第15話
その声にはどことなく聞き覚えがあった。もっと言えば懐かしさを感じるほどで・・・。
瞬間的に声のした方を見つめてしまう。
「お、やっぱり圭織じゃないか。久しぶりだな・・・。」
その視線の先・・・。
そこにいたのは、かつての想い人ー森下瑞樹だった。
「はは、なんだよ・・・。その鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔は」
「いや、だって、瑞樹・・・。」
瑞樹は相変わらずの屈託のない笑みだった。
その笑顔は昔、別れる前によく見せてくれていたものと紛れもなく同じもので・・・。
「あ、あの・・・。」
とまあ、少しの間硬直してしまっていた私の耳にすんなり届いてくる龍聖君の声
戸惑いが明らかに見える。
「あ、悪い悪い!!ついお前のこと見つけちまったもんだから声を掛けてしまったんだ。新しい男と一緒にいたのに悪かったな」
「お、男って・・・。そんな関係じゃないから・・・。」
瑞樹はハハハと笑いながら、そんなことを言ってきては困らせてくる。
昔と同じような感じに少々戸惑う
「え、お前の男じゃないんだ・・・。へ~、お前、会わない間に偉く成長したんだな~。かれしでもない男にあんな愛おしそうなことをして・・・。」
「ちょ、ち、違うから!!」
「ま、いいや。お前の男じゃないなら遠慮はいらないな・・・。」
ちゅっ
それは突然だった。
いきなり何の前触れもなく、瑞樹の唇が私の唇に触れあったのだ。
その感触は懐かしくて、数年間忘れていたはずの愛おしさを再燃させるのには十分で・・・。
「///」
「え、え・・・・・///。」
あまりにも突然、そして懐かしい感触に放心してしまう。
ちらりと視線を横に向けると、そういうことにも慣れているであろう龍聖君は戸惑い半分で顔を赤くしている。
「行くぞ。圭織」
そしてそんな龍聖の反応なんてなんのそのといったような感じで腕を勢いよく引っ張ってくる瑞樹
「ちょ・・・。」
いったいどうしていきなり瑞樹はこんなことをしてくるのだろう、
そもそもなんで日本にいないはずの瑞樹がここにいるのか。
わからないことだらけ。
だけど、その男らしい力強さと先ほどのキスの余韻で力の入らない足腰のせいでそのまま成すすべもなく、その手の導く先へと行ってしまうのだった。
「ちょ、瑞樹、いい加減離して・・・・・。」
未だにしっかりと握られている手のまま、ずんずんと目的地も言わずに進んでいく瑞樹。
さすがにこのままでは心配だった。
もう恋人同士でもないのに、こんなところを知り合いに見られなんてしたら大変だ。
「嫌だ・・・。」
しかし、どうしてなのか。
そんな風に言いながら、さっきよりも握る力が強くなった瑞樹。
「嫌だ。って・・・。もう私達恋人じゃないでしょ・・・。おかしいよ。こんな強引に・・・。」
一瞬、ほんの一瞬だけ、瑞樹の眉間がピクリとなった気がした、
多分、痛いところを突いたためだろう。
だけど、だからと言って、瑞樹の引っ張る力が弱まることはなく・・・。
そのまま成す術もなく、瑞樹に付いていくことしかできなかった・・・。
「ここだ」
それからしばらく歩かされた後に。着いたのは超高層マンションだった。
下から見上げても、そのてっぺんは見えない程で・・・。
「え・・・・・。あ・・・・・。」
そしてそんな驚く私を他所に瑞樹はまた私の腕を引いてその中へと歩を進めていく。
「なにか飲みたいものでもあるか?」
「あ。それじゃあ、水を・・・・・。って、そうじゃなくて!!!」
瑞樹のあまりにも自然すぎる流れについついノリツッコミのようになってしまった…。
突然、連れて来られたこともそうだが、先ほど見たエントランスの自分の家よりもはるかに大きく、絢爛豪華であったこと、そしてここが夜景がすごく綺麗な高層階で理解が追いついていない。
それに・・・。
(どうして、瑞樹は日本に、それも私の前にいるんだろう・・・?)
その事が一番の疑問だった。
突然姿を消して、私がどれだけ悲しんだか傷心したか分かっていないのだろうか。
もしそうなのだとしたら。許したくはなかった。
こんな強引に連れ込まれたこともそうだけど・・・。
「なんだよ。何か言いたいことがあるなら言えば?」
カチンと来てしまった。
多分、瑞樹はそれほど考えてなどはいないのだろう。
だけど、その何気ない言葉が私の中の怒り・悲しみを助長させてしまい・・・。
「言いたいことあるかって言いたいことありすぎなんだけど!!」
「どうしてこんな高そうなマンションに住んでるの!!どうしてここに私を連れてきたの!?どうして、私に何も言わないでどっかに行っちゃったの!?どうして、私の気持ちをわかってくれないの!?!?どうして・・・。」
「私の前にまた現れたの・・・。」
堰を切ったように溢れ出してしまう不満の数々・・・。
それと同時に、瑞樹と過ごした楽しかった時なんかも一気に思い出してしまって、こんなはずじゃなかったのに涙までもが溢れてしまう・
それほどに瑞樹の存在は私にとっては大きかったのだと、今更気付いた。
こんな想いをするくらいなら、もう会わなくても良かったのに・・・。
「圭織・・・。」
「なに・・・。」
涙を手で拭おうとしたその瞬間だった。
瑞樹の手が思い切り私のことを抱きしめてきたのは・・・。
そして
「圭織、やっぱり俺にはお前が必要だ。好きだ。結婚してくれ」
耳元でそんなプロポーズを囁く瑞樹。
「え・・・・。」




