第10話
「フハハハハハハハハハハ。なんと面白い女だ。昨日に引き続き、
まさか今日もとことん俺を楽しませてくれる。
まさかこの俺に啖呵を斬った挙句、平手打ちまでするとは、気に入ったぞ。
俺は。あの女、必ず俺が手に入れてやろう。」
須王の高笑いはその場にいた通行人全員が振り返るほどの大音量だったが、
彼はそのことに対して気を止めることはない。
早坂はこのままでは往来の迷惑になることを分かっていた。
だが、この状態の彼を止められる力を彼は持ち合わせておらず、
その高笑いが止まるまでの間、彼は待った。
「あ~!!もう本当に最悪!!なんなのよ。本当に!!!」
私の怒りはさっきのだけでは収まりそうになかった。
彼がどういう立場なのかはどうでもいい。ただただ腹が立っていた。
このまま家に帰らないと、道行く人を包丁で刺し殺してもおかしくはない
それほどに今この瞬間、気が立っていた。
「あ、この間の人~!!」
その声は聞いたことのある優しい声色だった。
普段の私であれば、笑顔で振り返るようなシチュエーション。
しかし、さっきの俺様男の影響で今の私は話しかけんなオーラを放っていた。
それにも気付かない男が話しかけてきた。
いくら知り合いだからと言っても、話しかけていい時くらい見分けを付けて欲しい。
「あ?なに?」
そんな心理状況がもろに出た結果がこの態度だった。
眉間にしわを寄せながら睨むように振り返った私の瞳に映ったのは、
この間傘を貸してくれたあのホストの青年だったのだ。
(はっ・・。やばい)
俺様男に引きずられていた私はなんてことをしてしまったのだろう。
彼はあからさまに申し訳なさそうに、かつ悲しそうな顔をしている。
それもそうだ。
陽気な感じで話しかけたのに、邪険な扱いをされた。
どんな人であっても傷つくに違いない。
「ご、ごめんなさい。あなたの姿が見えてつい話しかけちゃいましたが、
やっぱりホストの俺が話しかけるのなんて迷惑でしたよね。
本当にすみませんでした。」
青年はそのまま勢い良く頭を下げると、そのまま走り出そうとする。
「ちょ、ちょっと待って!!」
思わず、私は彼の腕を掴んでいた。
咄嗟にした自分の行動に我ながら驚いてしまう。
けれども、このまま彼に走り去られたら
誤解されたまま二度と会えなくなってしまうのでは。
そう思うとなぜだか彼を引き留めなくてはいけない気がした。
「ご、ごめんなさい。さっき変な男の人に絡まれてしまって、
そのことでイライラしていただけなの。あなたには何の落ち度もないの。
だから、そんな泣きそうな顔しないで。」
今度は私が頭を下げた。
青年はまた申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「あ、あの、それでも俺が悪いです!!
ホストなのに女の人の心の機微を理解できないだなんて。
本当に俺ってホスト失格ですね」
青年は落ち込んでいるような感情を声に乗せながら、また頭を下げる。
私はこのままでは埒が明かないし、また目立ってしまうのではないかと思った。
周りを見渡せば、私たちの行動に引き寄せられるかのように
人が少しずつ集まってきた。
途端、恥ずかしさがさっきまで感じていた怒りや申し訳なさを超越した。
「お店、どこ?」
そんな恥ずかしさから一刻も早く逃れるために出した選択がこれだった。
彼も今のこの状況にやっと気づいてくれたのか、
察してくれたのか私の手を掴み直すと、
導いてくれると言わんばかりに彼は歩き出した。
そんな彼に導かれるがまま、私もついていくことにした。
「こ、ここです。」
青年が立ち止まったので、もしやとは思っていたが、やはりそうだった。
目の前にはネオンがキラキラと光る目に優しくない建物がある。
看板を見ると「Light Future」とでかでかと書かれていて、
今更ながら本当に連れてこられてしまったんだとほんの少しだけ不安を感じた。




