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第9話

 商店街で買い物を済ませた、二人は自転車の置いてある駐輪場まで戻ろうと人混みの中を歩いていた。


「もう、八百屋のおじさんもお肉屋さんおばさんもからかって……」


 凪沙は声は怒っているが、表情はにやけているという器用なまねをしながら、皆人の隣で手を繋いだまま、スキップをしそうな足取りで歩いている。その姿に器用な奴と思いながら、皆人は疲れたように言う。


「凪沙が手を離さないからだぞ、肉屋のおばちゃんや八百屋のおっちゃん、それに買出しに来ていた近所のおばさん達も、もの凄く良い笑顔で僕達の事を見てたぞ…明日から暫く商店街(ここ)には来れないぞ…」


 商店街を手を繋ぎながら、買い物をするという行為に至った二人は案の定、昔から付き合いのある商店街のお店の人達にから、かわれまくったのだった。


最初に寄った八百屋では


『おう、皆人に凪沙ちゃんとうとうゴールインか? これから夜も頑張らないといけないからな、よーしこのモロヘイヤにとろろ芋、オクラにニンニクをおまけしてやる、皆人頑張れよ!!!』


「セクハラだぞ!! このエロ親父!!!」


続いての肉屋でも


『あらあら、海深さんに続いて凪沙ちゃんまでゴールインかい? これからは頑張らないといけないからね皆人君! ……これでも食べて頑張って!!』


 そういって手渡してきたのは大量のレバーだった、それを受け取ると皆人は震えながら


「この商店街にはセクハラって概念はないのかよ!!!」


商店街に買い物に来ていた近所の主婦たち


『結城さん家は新婚夫婦が二組一つ屋根の下に住んでるのね……夜はさぞかし気を使うでしょうね……』


『あらやだ、逆にその方が燃えるかもしれないわよ』


『それはそれで凄いわね、良いわね若いって……今夜辺り久しぶりに頑張っちゃおうかしら?』


「せめて僕達に聞こえない様に噂してくれるかな! あと最後の新藤さん家のおばさん!! 生々しすぎるわ!!!」


 こんな感じで皆人は突っ込みを入れまくったのだった。

 何故そうまでして手を繋いだままだったかと言われると、手を離そうとする度に体を震わせ、寂しげな目で此方を見上げてくる凪沙(いもうと)に皆人が勝てなかったのが主な原因だった。


「もう、仕方の無い人達ですね、私とお兄ちゃんが、ご、ゴールイン!! なんて……」


 そして最後まで照れながらも手を離そうとしなかった、肝のデカイ妹は嬉しそうに身悶えしていた、その姿をジト目で見ながら皆人は本当に疲れた様に溜息を吐く


「凪沙……帰るよ、因みにその身悶えてる姿、とてもじゃないけど人には見せられないよ、きっと百年の恋も冷める……」


「そんな! お兄ちゃん!! 百年も恋を…早く言ってくれれば……」


 ワナワナと震えている凪沙に向かって、皆人は困った様な、しょうがないぁみたいな声で優しく問いかける。


「凪沙……今日は楽しかった?」


 その言葉に凪沙は嬉しそうに、そして、悲しそうに微笑みながら頷く。


「うん、楽しかった……久しぶりに昔に戻ったみたいで……ありがとうお兄ちゃん……」


 先程までの妙なテンションでは無く、何時もの凪沙に戻ると皆人は自転車の荷台をポンポンと叩くと、それが合図の様に凪沙はそこに腰かけると、皆人は買い物袋をかごに入れ自転車を漕ぎだす。


「お兄ちゃん……また一緒に買い物に行ってくれる?」


「行くよ……凪沙が良い子にしてたらな」


「もう、お兄ちゃんはそうやって何時も私を子供扱いするんだから……」


 皆人の言葉に、不満そうな凪沙だが、顔は嬉しそうに微笑んでいる。前を見て自転車を漕ぐ皆人はその笑顔に気付く事は無かったが、凪沙は満足そうに微笑んで、皆人の背中に頬を押し付けて目を閉じ、揺れる自転車の荷台で心地良さそうにたゆたんでいた。



 家に戻ると、皆人は早速料理を始める、結城家ではスパゲッティと言えば、ナポリタンと決まっているらしく、皆人はなれた様子で調理をしていると、リビングで寛いでいる母娘はその姿を楽しそうに見守っている。


「皆人の作るナポリタンは美味しいから凄い楽しみ~」


「私も凄く楽しみにしてるんです、お兄ちゃん頑張って下さい」


 そんな母娘の暖かい声援を受けながら皆人は料理を作っていく、玉葱をスライスし、トマトの湯剥きをして、肉屋で買ってきた手作りウィンナーを炒めていく、そんな風に調理が進んでいくとリビングに食欲を刺激する良い匂いが立ち込めてくる。その匂いに誘われるかのように、食卓に座って既に待機している母娘に、皆人は苦笑しながら料理を仕上げていく。

煮込んだトマトソースを、茹で上げたパスタにかけると、サッと炒めて大皿に盛り付ける、パルメザンチーズと唐辛子を漬け込んだオリーブオイルも、スパゲッティと一緒に食卓に運ぶと、お腹を空かせた母娘が目を輝かせていた。


「う~ん、良い匂い、やっぱり我が家はコレで決まりね」


「はい! 凄く美味しそうです、早速盛り付けますね」


 そう言って大皿から凪沙がそれぞれに盛り付けていく、皆人は水差しからグラスに水を注ぎ凪沙と母親に渡していく、盛り付けが終ると三人は手を合わせ『いただきます』と言うと食べ始める。


「美味しい~~」


「はい、今日も凄く美味しいですよ、お兄ちゃん!」


「うん、ありがとう、沢山作ったからいっぱい食べてね」


 三人は楽しそうに食卓を囲み、大皿からスパゲッティがなくなるのにそんなに時間は掛からなかった。食後のデザートとして買ってきたイチゴを食べながら皆人は寛いでいると、後片付けをしていた凪沙と母が食卓に戻ってくる。


「ごちそうさま、皆人」


「ごちそうさまでした、お兄ちゃん」


 そう言って席に着くと、イチゴを食べ始める二人に『おそまつさま』と返事をして、皆人はこれからの予定を考え始める


(まだ約束の時間には余裕があるから、お風呂に入ってからでも平気そうだな……)


 そんな事を考えていると、凪沙はイチゴを食べ終える、空になった皿を台所に片付けると


「私、お風呂に入ってくるね」


 と言ってお風呂場に向かうと


「ああ、凪沙、偶には一緒に入らない?」


「ええ、お母さんと一緒に入ると、変な所触って来るからイヤなんだけど……」


「何言ってるの、娘の成長具合を確めているだけでしょう? 何時お嫁に出しても恥ずかしくない様にね」


「ちょ、何言ってるの!? 私はまだお嫁になんか行きません!!」


「そうねぇ、大好きなお兄ちゃんから離れたくないものね~」


「お母さん!!」


 その様な会話を繰り広げながら、此処に男である皆人が居る事も構い無く際どい会話をしながら二人は何だかんだ言いながら仲良さそうにお風呂場に入っていった。その後お風呂場から凪沙の嬌声が聞こえてきたが、皆人はおもむろにTVにヘッドフォンを繋げると、それをして外界の情報を遮断して心の安定を図るのだった。


 肩を叩かれ、後ろを振り返るとパジャマ姿の凪沙が立っていた、皆人がヘッドフォンを外すと、凪沙がサッパリした顔で風呂が空いた事を言ってくる。


「お風呂あいたよ、お兄ちゃん」


「うん、それじゃあ僕も入るかな……」


 時計を見ると八時をちょっと過ぎていた、皆人はそれを確認するとお風呂場に入っていく、脱衣所には凪沙が普段使っているシャンプーの匂いが漂っていて、さっきまで此処で凪沙がお風呂に入っていた事を少し意識してしまう。皆人は首を振ると、少し温度設定を上げてからお風呂に入った


風呂場(こっち)の方が危険度は上だったか……」


 お風呂場の方が匂いは濃くて、皆人は溜息を吐きながら窓を全開にあけると熱めのお風呂に沈んでいった。



すこしのぼせながらダイニングに戻ると、凪沙がTVを見ながらアイスを食べていた。


「お兄ちゃん上がったの? 冷凍庫にアイス入ってるから食べなよ」


 その言葉に頷き皆人は冷凍庫を開けると、そこからアイスを取り出し、凪沙の居るソファーの対面に座るとアイスを食べ始める、皆人は何気なく時計を見ると九時十五分前なのを確認するとアイスを急いで食べ始める


「お兄ちゃん、これから何か予定があるのですか?」


 凪沙は不審そうな顔をして聞いて来る


「うん、EOTCで待ち合わせしてるんだ、だからちょっと急がないといけないからさ」


「そうなんですか」


 ゲーム内の待ち合わせと聞いて凪沙は安心したのか、食べ終えたアイスのカップを置くと皆人に聞いて来る


「お兄ちゃん、そのEOTCってゲーム楽しいの?」


「凪沙も興味あるのか? 多人数プレイ様に一つ簡易型のspirt worldが付属していたから、興味があるならあげるよ?」


「うーん、興味は引かれるけど……今はちょっと無理かな……せめて美術部の出展作品が仕上がれば時間も取れるんだけど……」


 凪沙は残念そうな顔をしてそう言うと、今度は具体的に聞いてき。


「ゲームの世界ってどんな感じなの? やっぱり魔法とか怪物とか沢山出たりするの?」


「う~ん、まだ戦闘はした事ないから分からないけど……とにかく凄くリアルだよ……現実(リアル)がもう一つあるみたいな感じ……」


「へぇ~、お兄ちゃんはそこで何がしたいの?」


「いきなりな質問だな……」


「だって、あんなに一生懸命バイトしてお金貯めて買ったんでしょう? 何かしたい事があったからじゃないの?」


 凪沙は皆人を真剣な顔で見つめる、皆人は困った顔をしながらもその質問に答える。


「う~ん、明確な答えって訳ではないかも知れないけど……現実では出来ない事をしてみたかったんだと思う、あの世界なら現実(リアル)では出来ない事が色々出来るんじゃないかって…」


「お兄ちゃんしては、曖昧な表現だね、何時もは結構ハッキリするタイプなのに…」


「うん、まだ自分でも良く分かってないんだと思う……唯、僕は単純に冒険をして見たくなったのかも……こっちの世界じゃ、もう謎を解くとか、冒険をするとかは、その言葉の意味からは凄く遠くなっているような気がするんだ……本当の冒険や謎って言葉の意味はきっともっと単純だったんだよ昔は……それを体験して見たくて僕はspirt worldを買ったんだと思う」


 皆人は少し恥ずかしそうにすると、凪沙の頭を撫でながら


「これは二人の秘密な……恥ずかしいから……」


 その言葉に凪沙は嬉しそうに微笑むと、


「うん、お兄ちゃんと私の二人だけの秘密ね!」


 そう言って、小指を差し出してくると、皆人は細い凪沙の小指に自分の小指を絡める


「えへへ、今日は嬉しい事が沢山あったなぁ……日記をつけるのが楽しみ!」


「へぇ、まだ続けていたのか、かれこれ十年近くになるんじゃないか?」


「うん、今年の十二月で調度十年だよ…お兄ちゃんとの楽しい思い出が沢山詰まった日記、あっ、もうそろそろ日記帳が書き終わるんだった……新しい日記帳買ってこないと」


 その言葉に皆人は、昼間の約束を思い出すと


「なら、今度二人で日記帳を買いに行こうか……昼間の約束もあるし……」


「本当に!? ねぇ何時行くの? 私何時でも大丈夫だよ!」


「慌てない、僕もこれから少し予定が詰まっているから……それに凪沙も嘘吐かない、部活がいそがしいんでしょう……」


 皆人の言葉に凪沙は苦笑を浮かべると


「でも、一緒にお出かけはしてくれるんだよね! それなら予定を決めておかないと! 私もほら忙しい身だし…もしかしたら予定がつかないかも知れないし……」


 何故か謎の強気を発揮する凪沙に皆人は悪戯心を発揮しなるべく素っ気無く言葉を出す


「そうだね、そうなったら約束はお流れって事で……」


「嘘です! お兄ちゃんとの約束ならどんな事をしても守るから!」


 あっけ無く強気が崩れ、泣きそうな表情で詰め寄ってくる凪沙に皆人は苦笑しながら


「はいはい、そんなに泣きそうにならなくても大丈夫だから……そうだね、お盆の頃なら良いかな、都内はすいてるし何時もよりはゆっくりできるかもしれないから……」


「お盆だね、約束だよお兄ちゃん!」


 勢い込んでm顔を近づけてくる凪沙から、少し距離を取りながら皆人は笑顔で頷く。


「ああ、約束な……」


 そう言って今度は、皆人から小指を差し出すと、凪沙は嬉しそうに小指を絡めてくる。


「うん、楽しみにしてるね!!」


 そうして約束を交わすと、凪沙はスキップする様にして自分の部屋へと向かおうとすると思い出したかのように振り向き


「あっ、それとお兄ちゃん! 夜更かしも程ほどにね!」


「うん、分かってる、お休み、凪沙」


「お兄ちゃん、お休みなさい」


 そうして凪沙が部屋に戻るのを確認すると、皆人は食べていたアイスの空のカップをゴミ箱に捨て、コップに麦茶を注いでそれを持って部屋に戻ると、spirt worldのカプセルの蓋を開ける、麦茶をサイドテーブルに乗せると、ヘルメット型の誘導装置を被るとベッドに横になる、部屋の明かりを消しカプセルを閉じると目を瞑り皆人はもう一つの世界を目指す。


「ダイブスタート!」



 軽い落下感を覚え、目の前の七色の光が収まると目を開ける、そこはミナトが落ちた閲覧室では無く図書館の前の扉の前なのに気付く


「あれ? 閲覧室じゃない?」


「図書館の閉館時間によって強制的に追い出されたの、落ちる所も考えて置かないとね、これからは……」


ミナトは急に声をかけられた事に驚いていると、そこにはショートカットの女の子が花壇の縁に座って此方を見ていた


「お帰りなさいミナト君……準備は整ってる。さぁ、冒険の始まりだよ」


 嬉しそうに言うユズリハに、ミナトも不適に笑い、答える。


「うん、ユズリハさん……行こう冒険へ!」


こうして皆人の本格的なこの世界での冒険が始まった…

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