第8話
ミナトは、自分の部屋の床に正座しながら、目の前の凪沙に懇々と叱られ続ける。
「良いですか? お兄ちゃん。私は約束通りに二時間待っていました……そこから、さらに三時間も遅刻したら、温厚な妹でも怒ります」
凪沙はミナトの正面に立つと、身売り手振りを使い。大いに叱る。
凪沙のミニスカートが、その度に大きく捲れ、際どい所まで露になる。さ先程から、皆人の視線上では下着が見えまくっている。それに気付かない凪沙は、相変わらず皆人を叱る事に夢中だ。皆人は無言で手を挙げると、それを見た凪沙が、生徒を指名する先生の様に答える。
「はい、結城皆人君、何か質問ですか?」
「大変言い難いのですが……」
「なにかな? 漸く、素直に私に謝ることにしたのかな? それでお詫びに明日は私と買い物に……」
「いえ、そうじゃなくて……さっきから見えてます……」
「?」
皆人の言葉に、凪沙は不思議な顔をすると、おもむろに自分と皆人の視線の位置関係を把握すると、スカートを押さえ、顔を真っ赤にして大きく飛びのく。
「お兄ちゃん!! そういう事はもっと早くに言って下さい!!」
「いや、だって喋ろうとすると、凄い顔で睨んできたじゃないか……」
「お兄ちゃんはデリカシーが無さ過ぎます!!」
凪沙は若干涙目になりながら、皆人に対し、手近にある物を投げつける。それを座りながらも器用に避けながら、皆人は、ついつい余計な一言を言ってしまう。
「凪沙……お前には、まだ少し紐パンは速すぎる様な気がするんだ」
その言葉に凪沙は首まで赤くなり、体を震わせると大声で叫ぶ。
「お兄ちゃんのばかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その後が大変だった、涙目になりながら蹴る殴るの直接攻撃に出てくる。凪沙をどうにか宥める皆人。
しかしその騒ぎを聞きつけた母親が乱入し、肉体言語で語る兄妹を見て。『今日は赤飯ね』などと訳の分からない事を言い出し、凪沙は攻撃はしてこなくなったが凄く恨みがましい目で、じっと皆人を見つめて来る。
それなのに何故か頭を撫でる皆人から離れずに服の袖を摘んで離さない。
それを見ていた母親がまた『今日は御節ね』と季節感のまるで無い事を言いだす。そんな騒ぎの後、何故か皆人の作った料理が食べたいと言い出す母娘にせがまれリクエストを困り顔で聞くと
「皆人(お兄ちゃん)の作ったスパゲッティが食べたい!!」
とのリクエストで皆人は材料を買い出しに行く事になる、外に出ると何故か凪沙も付いて行くと言い出し結局自転車で二人乗りをして商店街を目指す。
「お兄ちゃん、さっきはごめんね……」
凪沙は小さな声で謝って来る、最初は何故謝られるのか分からなかった皆人だが、暫く考ると喧嘩とも言えない様な先程のじゃれ合いの事だと思い当たる。それに気付くと皆人は優しい声を出し
「別に気にしてないよ、僕の方こそごめんな……」
その言葉に凪沙は安心したのか皆人の腰に回した手をぎゅっと強く抱きしめる、凪沙の体との密着度が上がり意外に大きい胸の感触に顔を赤くしながら皆人は無言で自転車を漕ぎ続けた。
橙色に染まる商店街に着くと自転車を駐輪場に止めて二人は歩き出す。夕方の商店街は買い物客や学校帰りの学生の姿などで賑わっていた。その中を皆人と凪沙は目的地の八百屋を目指し歩いていると
「おーい、皆人!」
と、呼ぶ声が聞こえて来る、この混雑した商店街の喧騒にも負けないほどの大声でこちらを呼んでくるのは皆人の良く知った顔だった
「あれ? 大助……」
「よう、皆人、お前も買い物か?」
「うん、そうだけど……意外、大助は今日はもうEOTCに入りっぱなしだと思っていた……」
皆人は大きな買い物袋を下げる大助に素直な感想を言うと
「俺だってそのつもりだったんだけどな……でもこれも下準備って奴さ、これからLV上げも兼ねて長時間の遠征にでるつもりなんだ、その為に、三日分の食料の買いだめさ。なるべくEOTC以外の事に気を取られたくないからな」
そういって大きな買い物袋掲げて見せる、それを見た皆人は苦笑を浮かべ大助に言う
「レトルトばかりじゃなくてちゃんとした料理もしないと駄目だよ?」
「俺はお前みたいに料理が得意な訳じゃないからな、でも心配してくれてありがとな、おっともうこんな時間だ。待ち合わせ時間がもう直ぐなんだ早く帰って飯食っておかないと、それじゃな!凪沙ちゃんもまたな!」
そう言って足早に去っていく大助に手を振りながら、ふと凪沙を見ると驚いた顔で大助の去った方を見ている。
「凪沙、どうかしたの?」
「いえ、久しぶりに大助さんと会ったのですが……失礼ですけど余りに変っていなくて……」
凪沙のその言葉に苦笑を浮かべる皆人。
「えーと、確か最後に凪沙が大助に会ったのは……」
「一年近く前になりますね……お兄ちゃんから初めて紹介されてから、多分今回でお会いするのは三回目位だと思います……それで良く私の顔を憶えていましたね……」
「記憶力は良いからなぁ……学校の成績はあまり振るわないけど……」
皆人の失礼な物言いに凪沙は苦笑しつつ、懐かしそうな顔をして何かを思い出してるようだ
「初めて、お兄ちゃんから周防さんを紹介して貰った時に余りに可愛らしい方なのでお兄ちゃんの彼女さんなのかと勘違いしてしまって……」
「あ~、そういえばそんな事もあったなぁ……あの後、大助を慰めるの大変だったんだぞ」
初めて大助を家に呼んだ時、偶然に居合わせた凪沙に紹介をすると、何故か顔を真っ赤にして大助に向かって、彼女なのかを必死な顔で聞くという傍目からはちょっとした修羅場になり、大助が男だと判明するまで結城家は大騒ぎなったのだった、自分の可愛らしい容姿がコンプレックスの大助は顔を真っ赤にしてそれを否定した後、
物凄く落ち込んだ、大助を皆人は必死に慰めた。凄く面倒くさくて大変だった事を思い出し。皆人は横目で凪沙見つめると顔を赤くして小さな声で何かを言っている
「私も大変だったんですよ……お兄ちゃんが彼女さんを紹介しに家に呼んだのではないかと思って……」
皆人はそんな凪沙の姿を不思議そうに眺めながら本格的に混みだした商店街を歩く。隣ではまだ何か小声で言っているが人とぶつかりそうになると皆人は凪沙の手を取り歩き出す。
「あっ……お兄ちゃん、て、手を……」
「混んできたしはぐれると大変だから……嫌だったら離すけど?」
「そ、そんな嫌だなんて事はありません!!」
かなり強めに否定の言葉を発すると凪沙は顔を赤くして俯く、その姿は昔と変らない事に皆人は微笑ましくなる。
「そういえば、昔も良くこうやって手をつないでおつかいに行ったよな?」
「はい、あの頃はまだお互いの家を行き来してましたね」
凪沙も昔を思い出したのか懐かしそうな顔で見返してくる。
「凪沙と兄妹になってから、まだ、四年しか経ってないんだな…」
「まぁ、昔から兄妹の様に育ちましたし……家もお隣さんでしたし……」
二人は昔を思い出しながら、手を繋ぎ商店街を歩く。
「それにしても四年前、父さんが神妙な顔で何を言い出すのかと思えば、海深さんと結婚したいんだけどって言い出した時は漸くかって感じがしたけどね」
「うん、母さんも洋お父さんの事ずっと好きだったみたいだし、プロポーズされた日は凄く泣いて、大変だった……」
「でも、結婚して直ぐに海外赴任になっちゃうなんて大変だよね、洋お父さん……お母さんも寂しいだろうなぁ……」
「うん、でもお盆の頃は海深さんも父さんの所に行くって言ってたし、久しぶりに親子水入らずで過ごせるんじゃない?」
皆人は微笑ましそうに笑顔を浮かべると、まだ八月の始めなのに旅の準備に余念の無い義理の母親の行動を思い浮かべ少し可笑しくなる
「うん、母さん凄く楽しみにしているから……でもお兄ちゃんは本当に行かなくて良いの? 母さん残念がってたよ?」
「まぁ、海外ともなれば旅費もそれなりにかかるし、今回僕はspirt worldを買ってお金も無いし……」
「旅費なんて気にする事無いって、お母さん言ってたよ……」
「うん、父さんもそう言ってたけど…でも今回はやっぱり遠慮しておくよ。凪沙と海深さんで楽しんできなよヨーロッパ、今は確かイングランドに居るはずだよね…向こうはこっちより涼しいのかな?」
「あれ? お兄ちゃん、お母さんから聞いてないの?私は行かないよ? 部活の追い込みで時間が取れないから」
「えっ! 聞いてないよ……それより良いのヨーロッパだよ、ヨーロッパ!」
皆人は凪沙に確める様に聞き返す、その皆人の言葉に余裕の表情を浮かべ答える
「ふふーん、文武両道を地で行く私は忙しいのです。美術部の出展作品を仕上げないといけないし、剣道部の大会も近いからその練習もサボる訳にも行かないしね」
その言葉に皆人は改めて、この義理の妹のスペックの高さに感心する。本来美術部所属だった凪沙は体育の授業での剣道で現役の剣道部員に勝ち、それを見ていた剣道部顧問の体育教師に懇願され入部、そこでも実力をいかんなく発揮し剣道部のエースとして個人戦、団体戦ともに大活躍していた。
美術部の方の創作活動も手を抜く事無く取り組み、少ない時間の中で描いた絵はコンクールでも高い評価を受けているらしい事などを詳細に思い出す
「これで勉強もそこそこ出来るんだから、凪沙は本当に凄いな……」
皆人は手を繋いでない右手で凪沙の頭を撫でると嬉しそうに目を細める。
「えへん、もっと褒めても良いよ、あとそこそこじゃなくて大変勉強も出来ます」
「まぁ、確かに五教科は出来るみたいだね……でも何故か家庭科と音楽は昔から壊滅的だよね……同じ芸術系なのに不思議……」
「良いんです、料理に関してはお兄ちゃんが居ますし、音楽もお兄ちゃんと偶に行くカラオケ位ですし問題はありません」
凪沙の言葉に苦笑を浮かべると皆人はやれやれと肩を竦める、その時、調度電気屋さんの前を通り掛るとディスプレイ用の大きなTVに一人の少女の写真が写る、そこには¨シオン¨芸能活動長期休暇のテロップが大きく出ていた、それを見た凪沙は突然立ち止まるとTVの前から動かなくなる。
「凪沙? どうしたんだ?」
「あっ、ごめんね、お兄ちゃん……ちょっと驚いちゃって……シオンが活動休止……」
「この人の事知ってるの?」
凪沙は信じられないものを見るような目で皆人を見つめて来る。その視線から逃れるように目を逸らすと
「お兄ちゃん……幾らバイト三昧でこういう情報に疎いからって……今時シオンの事を知らない十代の若者がこんなに身近に居るなんて……」
「そんなに有名人なのか……確かに良く見れば雑誌とかで見た事あるかも……」
「そういう情報に興味の無いお兄ちゃんでさえ、顔を知っているのが有名な証拠だよ! シオンはね、今をときめく超人気アイドルなの! 元々はネットの動画サイトで自作の歌をUPしていただけなんだけど、その歌が凄く良くて、音楽関係者の目に止まってあっという間にデビュー。
一年もしない内にトップアイドルの仲間入り、そして出す曲は7桁のダウンロードなんて当たり前の凄い歌姫になっちゃったんだから」
凪沙は興奮しながら皆人に説明する。その様子からかなりのファンである事を皆人は察すると
「でも、そんなに人気があるのに活動休止って何かあったのかな……」
「それは良く分からないけど……今まで生でシオンを見たことある人って居ないの……そのせいでバーチャルアイドルなんじゃないかって噂も在った位、ていうか、これで多分もっとこの噂が本当っぽくなっちゃうんじゃないかな……」
寂しげにTV画面を見つめる、凪沙の頭を撫でると皆人は繋いだ手を多少強引に引き、凪沙をTVの前から引っ張って行く
「お兄ちゃん! 急にどうしたの?」
「凪沙はあのシオンって娘を直接知ってるのか……」
その言葉に凪沙は驚くと皆人を見つめる
「今の凪沙の態度が友達を心配しているみたいに見えたから、もしかしたらと思って……」
「うん、友達って言うか、まだシオンが有名になる前、まだ動画サイトで活動している頃ね、偶然見つけたその動画を見てファンになっちゃって……ある日勇気を出してメールをしてみたら返事が帰ってきたの、それからメールし合う仲になったんだけど……デビューが決まっちゃってからはそれも段々少なくなって……デビューしてから一年くらい経つと完全にやり取りはなくなったの……」
「そうだったのか……」
「うん、私は友達だと今でも思っているけど、シオンはどうだったんだろうって思う事もあるけど……それでも私はシオンの歌が大好きだからね!」
笑顔を浮かべ話す凪沙を見て、明るさが戻った事に安心すると皆人は、少しおどけた感じで凪沙にシオンの話題を振ってみる
「でも、凄いなそんな有名人と友達だなんて、今度機会があったら紹介してよ」
「駄ー目、お兄ちゃんみたいにデリカシーの無い人には私の友達は紹介しません!」
その言葉に笑いながら答える凪沙、どうやらもう大丈夫だと判断した皆人はふざけた調子で言葉を紡ぐ
「何言ってるの? 僕ほど紳士な高校生は居ないよ!」
「妹の下着を見て、まだ速いだの言う人は紳士ではありません!」
二人は楽しそうに喋りながら、濃い紺色に染まり始めた空の下を仲良さそう手を握り合って歩いていた