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第7話

 夕日の優しい光が照らす閲覧室の中で、ミナトとユズリハは、先程のお互いの行動を思い出し。

 恥ずかしさに身悶えながら、互いに目も合わせられない程、悶絶している。


「うぅぅ~、恥ずかしいあそこまで醜態を晒す事になるとは……ボクとした事が一生の不覚……」


 目元の涙の跡も、新しいユズリハは、顔を両手で覆い。イヤイヤと首を左右に振りながら顔を赤くしている。


「大丈夫……恥ずかしいのは、お互い様だから……」


 ミナトも大概、顔が赤いが、ユズリハの取り乱しようが大きいために、比較的落ち着いていられた。

 もしユズリハが居なかったら、ミナトは壁に頭をぶつけて喚いていたかもしれないと、妙に冷静に自己分析していた。


「ううっ、ミナト君……ボクもう駄目かもしれない……暫く立ち直れそうもないよぅ……」


 いやに可愛い声で訴えてくるユズリハに、ドギマギしながらも、ミナトはそれをなるべく表に出さないように、声をかける。


「お互い様だよ、もし此処にユズリハが居なかったら、僕はたぶん悶え死んでいた…」


 幾らか本気のトーンで言うミナトに、ユズリハも若干引くが、お互いに恥ずかしい思いをしたという事実に気付いて、どうにか落ち着きを取り戻すとユズリハはコホンと咳払いをする。


「えっと……それじゃ、これからの事を決めて置かないとね、ミナト君はシルさんとの約束もあるから時間的余裕もないし、ボクもそんなに長い間、迷惑もかけたくないから……時間的制限があるのは、返って良いのかもしれない」


「ユズリハさんはそれで良いの? もし時間内に新職業が見つからなくても納得できる?」


 ユズリハの思いの丈を聞いたミナトは心配そうに、ユズリハを見つめる。


「うん、大丈夫だよ……もしかしたら、ボクは、ただ。誰かに気持ちを聞いて欲しかっただけなのかもしれない……あれだけの事を打ち明けておいて……何だけど……今は、とても落ち着いた気持ちなんだ。胸の中の燻りも、今は、余り感じない……だから、ボクは多分大丈夫だよ。何を勝手に自己完結してるんだって。思われちゃうかもしれないけどね……」


 ユズリハは自嘲気味に言うと、申し訳無さそうにミナトを見る。

 その視線を受けて、ミナトは、ユズリハが一応の答えを得たのだと感じた。


「ううん、さっきも言ったけど、こっちが協力して貰う立場なんだから、ユズリハさんは気にする必要は無いよ……僕たちが、それぞれの形で納得する事が出来たなら、このクエストは成功だからね!」


 ミナトの、その不器用な優しい言葉に、また涙が溢れそうになるが、ユズリハはそれを堪え、笑顔で答える。


「うん、ボクの初めてのクエスト……ずっと心のリストに残っているこのクエストをどんな形でも良いからきっと達成させよう!」


 ユズリハは覚悟を決めた顔で、ミナトを見つめる。その決意を感じたのか、ミナトも知らずに気持ちが高揚してくる。


「取り合えず。大まかな基本方針を決めないと、効率よく行動していかないと、時間が足りないだろうし……ユズリハさんはどうしたら良いと思う?」


「そうだね……まずは職業に就くには、どういう条件があるのかを知っておかないといけないし、その辺から始めようか?」


「ユズリハさんは、もうその辺りの知識はあるんじゃないの? 今更な感じがするけど……」


 ミナトはユズリハの意見に首を傾げると、


「ボクは知っていても、ミナト君が知らないでしょう? 知識の共有ってのは大事な事だから! まずは慌てず、そういう基礎知識を憶えてから行動しよう」

 

 ユズリハは、そう言って閲覧室の扉に向かって歩いていく。


「少し待っていて、ボクが参考にした本を持ってくるから」


 扉を開けて、閲覧室から出て行くユズリハは、扉がしまる瞬間、此方に向かってウィンクしてくる、その仕草は、妙に堂に入っていて似合っている事に、ミナトは驚く。


「ああいう仕草が、似合う人ってあまり居ないのに……ユズリハさんって一体……」


 ミナトはユズリハの思いもしない一面に、少し落ち着かなくなるが、良く考えて見れば、出会って。まだ少ししか経っていないのに気付くと。苦笑を浮かべる。


「当たり前だよ。出会ったばかりだし……それに女の子の事を、あれこれ考えるのは止そう、考えた所で、僕にはどうせ分からない事だし、凪沙にも良く乙女心が分からなさすぎるって、注意されたからなぁ……」


 益体もない事を考えながら、窓から見える夕日を、何となしに見ていると、扉が勢い良く開きユズリハが戻ってくる


「お待たせ! それじゃあ早速始めよう!」


 ユズリハは机に何冊かの本を広げながら、ミナトの正面に座ると説明し始める。


「まずは職業(クラス)に就くには、どういう条件があるのかを考察しよう。ボクが独自に調べた事も入ってるから、完全な確定情報ではないけど、的外れって事はないと思うから安心して」


「その辺は、ユズリハさんを信用してるから大丈夫、それでその条件って?」


「ボクが考えるに、三つ条件があると思うんだ、一つ目はスキル関係、特定スキルとスキルLVによって、現れる職業ってのは幾つか、上級職業で発見されてる。

もう一つは、クエストの報酬として贈られるモノもあるみたい……そして最後は、一番分かり易いけどLV……ある一定のLVになると自然に現れる。今ある下級職業から、上級職業に転職する時の条件もLVだからね」


 一息に話すと、ユズリハはミナトに確認する、


「ここまでの説明で、何か疑問はあるかな?」


 ミナトは『大丈夫』と言って頷く、それを確認するとユズリハはまた説明に戻る


「ここで考えなければいけないのは、ボク達は上級職業を探している訳ではないって事、たぶん上級職に比べればその条件はそんなに厳しくは無いはず……

 LV1で、一般という初期値、職業に就かないと基本的に取得出来ないスキル、こういう縛りがあるのだから、新職業になるための条件は、この縛りの範囲内で可能な事ってなるんだけど…」


 ユズリハは考え込むと、ミナトに話を振ってみる。


「ミナト君は何か思いついた? 思った事なんでも良いから」


「そうだね……心配事は二つある……僕の種族がハーフエルフだって事、もし条件が、クエストの達成だった場合。そのクエストを受けられないかも知れない事。

 もう一つも、種族に関係する事だけど、ハーフエルフが、その職業に就く事が、出来るかどうか分からないって事、この二つが思いついた事かな……」


 ミナト自身も悲観的な意見だなと感じたが、これは結構重要な問題だと思い口する、ユズリハはミナトの言葉に考え込むと。


「う~ん、クエストに関しては多分問題ないと思う……その手の重要クエストはクライマーギルドからの受注が多いから、ハーフエルフでも問題なく受けられると思う……もし一般からのクエストが(キー)になっていた場合はどうしようもないけど……それは無いと思うけどなぁ……種族による職業規制に関しては何とも言えない……でも人間の次に、規制の緩いハーフエルフなら大丈夫だと思うけど……」


 ユズリハはミナトの意見に答えながら、思考を巡らす。考え込むユズリハを見ながら、ミナトも無い知恵を絞って考え込む。


「EOTCが稼動して三年経っているのに、未だに発見されてない事を考えると、盲点を突くような事じゃないと思うんだ……どんなゲームでも人と違う行動をする人間は居る。ましてこれだけプレイヤーの多いゲームで、僕達みたいな事を考え付く人も、それなりの数居たはずなのに、見つかっていない事を考えると……新職業の条件は、かなり厳しいものだと考えたほうが良いのかもしれない……」


 ミナトが言うと、ユズリハもその意見には賛成なのか苦笑を浮かべる。


「確かにね……でも決して達成不可能な条件では無いはず。EOTCはゲームバランスがとても良い事でも有名だからね、そこで考えられる最も厳しい条件を探せば、それが正解かもしれないって事か……」


 ユズリハは難しい顔になると、ブツブツ言いながら自分の世界に入っていく。

 その集中を乱すのは悪いので、ミナトはユズリハが持ってきた本を一冊手に取り読んで見る。そこにはスキルとアビリティの事が詳しく書いてある。


『アビリティとスキルの考察を此処に記す、スキルは無限、アビリティは唯一と言う。言葉もあるように、どちらも多大な可能性を持って、人々にその恩恵を与えている。

スキルは取得するという概念が一般的だが、厳密には憶えるモノなのだ。

一つの事を、繰り返し行なうと取得した覚えのないスキルが、何時の間にかスキル欄に現れたりする事は、あまり知られていない。

しかし、この事実からスキルとは本来憶えるものであり、この世界のあり方としてはこちらが正しく。

我々クライマーが日々何気なくスキルの付け替えを行なっている事の方が異端なのだ、だがこの考察が正しいとするならば、スキルというシステムが根本から覆る、それはゲームとしては正しくは無いので、やはり一種の緩衝材、世界の余裕とも言える事柄なのではないのかと作者は愚考する。

それではアビリティは、どういう位置づけで、この世界にあるのかを考えると、正にリアルと同じ才能としての見方が大半だ。

唯一リアルと違うところがあるとすれば、それは自分の才能を知っていると言う事だろうか……これによって人々は迷う事無く、その才能が生かされる職業やスキルを鍛えていく。己の才能を最大限に生かす事の出来る世界。

それはなんと素晴らしい世界だろう。作者も初期はそう思っていたが、ある一定の視点から見ると、可能性を置き去りにした効率世界という冷たい見方も出来るのだ。これ以上の考察は無駄であり、ゲームを詰らなくするだけなので自重しようと思う……』


「よーし! これで行こう!!」


 そんな声と共に、ユズリハが自分の世界から帰還すると、ミナトは開いていた本を閉じる。

 此方を大きく輝く瞳で、見つめて来るユズリハに、ミナトは話を聞く体勢になる。


「ボクが考える最も厳しい条件を実行する事にしたよ、時間的制限もあるし、厳しい戦いになるかも知れないけど……協力してくれるかい? 

ミナト君……」


「勿論! ユズリハが考えて出したものなら、僕はそれを信用するよ、それに何度も言うけど協力してもらっているのは僕の方だから……」


 ミナトの言葉に頷くとユズリハ、その方法を伝える


「LVを上げよう、たぶんこれが一番厳しい条件だと思う、気休めかも知れないけど討伐系のクエストを受けながら、そちらもフォローしつつ……スキルに関してはもう諦めるしかない。元より可能性は低いんだ全部をこなす事は出来ない」


「分かったよ……でもどうしてLV上げが一番厳しい条件なの? スキルを鍛えるとかのほうが難しいとおもうけど……」


 ミナトは疑問に思った事を問いかける、その疑問に、ユズリハは神妙な顔で答える。


「それはね……一般という職業は死亡判定を受けると……経験値が全損するんだ……」


「えっ? それって……」


「うん、今まで溜めた経験値が、全て無くなる。たとえばLV5まで育てたとしても、一度でも死亡すれば、LV1に逆戻り……これはゲームバランスが良いと言われている。このゲームの中で、唯一と言っても良いほどの、鬼畜仕様だね……」


 ユズリハは神妙な顔で、言葉を続ける。


「ボクが諦めた原因も、これにあるんだ……LV15まで育てたんだけど、そこで敵にやられちゃってね。LV1に戻されて、折れちゃったんだ……ポッキリとね……」


「ユズリハさん……」

 

 ミナトは心配そうに見つめる、その視線に気付くとユズリハは微笑み笑顔で返す


「でも、今回は一人じゃない! 協力者……仲間が居る! そして知識がある、入念に準備をして挑めば、不可能ではないはずなんだ……」


「うん、僕も頑張るから! きっと達成出来るよ!」


 二人は頷きあい、互いに笑顔を浮かべる。ユズリハ照れたように笑いこれからの予定を聞いて来る


「ミナト君は、このままINし続けられる? もうすぐ夕ご飯の時間だけど……」


「あっ!? 忘れてた……二時間で帰るって言ってたのに……」


「それなら一回落ちたほうが良いね、ボクも一回塔の都に戻って準備してこないといけないから……夜は大丈夫?出来れば今日から始めたいから出来ればINして欲しいんだけど……」


 ユズリハが伺うように聞いて来る、それにミナトは考えながら答える


「えーと、夜の九時以降なら問題ないと思う、その時間にまた来るよ、準備は任せちゃっても良いのかな」


「うん、準備はボクがしておくミナト君は身一つで来てくれて構わないよ」


 ミナトの言葉に嬉しそうに答えると、ユズリハが少し照れたように聞いて来る。


「あのね……フレンド申請しても良いかな?」


 普段の元気印が嘘のような小声で聞いて来るユズリハを不思議に思いながらも、ミナトは頷くとこちらからフレンド申請を送る。ユズリハがそれをOKする、これでミナトのフレンドリストは目出度く二人目を迎える事になった。


「えへへ、男の子と初めて連絡先を交換してしまった……これでボクも大人の女性に……」


 なにやらにやけた顔と声でブツブツ言っているユズリハを見ながら、ミナトは首を傾げる


「それじゃあ、僕は一回落ちるね。準備手伝えなくて悪いけど……」


「ううん、全然構わないよ! それじゃ入ったら連絡頂戴! それまでには準備を終らせておくから!」

 

 ユズリハは元気に答える、その姿を見ながらミナトはステータスウィンドウを開きログアウトのボタンをタッチする。目の前が暗くなりエレベーターに乗ったような上昇感を感じると次の瞬間、目の前が七色の光に包まれ軽い酩酊感と共にspirt worldのカプセルの中で目を覚ます。


「お帰りなさい。お兄ちゃん……」


 そこにはとても良い笑顔を浮かべた凪沙がミナトをジッと見つめていた。


「あはは……ただいま凪沙……」


 どうやら一波乱ありそうだと思いながら、ミナトは凪沙の笑顔を見つめながら乾いた笑いを続けていた。

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