第6話
ギルドを出ると、図書館に向かおうとするミナト。だが、直ぐに足が止まる。そのまま周囲を見回すと一言。
「図書館って何処?」
ミナトは慌てて出てきたのに、また引き返すのは格好悪いなぁと思いつつも、場所が分からない事にはどうしようもないので、ギルドに戻ろうとすると。
「君は図書館を探してるんだよね? 良かったら案内しようか?」
後ろから声をかけられる、そこにはシュートカットの可愛い女の子がミナトを見つめていた。
どうして図書館を探しているのを、知っているのか、ミナトは不思議に思っていると、ショートカットの女の子が近付いて来る。
「ギルド内で、あれだけ目立っていれば、誰か一人位、聞き耳を立ててるもんだよ?」
「それは盗み聞きしてたって事でしょう? 僕はそういう行為、好きじゃないね!」
ミナトは、皮肉気にを言うが、女の子は大して気にした様子も無く。さらに近づくと、ミナトに耳打ちをする。
(面白うそうな事を考えてるみたいだね、僕にも一口噛ませてよ)
突然、顔の近くに女の子が、顔を寄せてきたので思わず身を引こうとすると、女の子はミナトの腕を取り距離を開けさせない。
「ちょ、ちょっと離して下さい。う、腕に、そ、その当たってます」
「そんな事、一々気にしないでいいよ、ボクは気にならないし、それよりさっきの件、良いでしょう?」
女の子は、ますます身を寄せてくる。ミナトはその攻撃に観念してしまう。
「分かった、分かりましたから、離して下さい!」
女の子は腕を放すと。にこやかに笑い、手を差し出してくる。
「ボクの名前はユズリハ! ユズって呼んでくれて良いよ!」
「僕はミナト・ユウキ、ミナトで構わないよ」
ミナトは名乗ると、差し出された手を握ると、ユズリハは嬉しそうに笑う。その笑顔に若干照れながら、ミナトはユズリハに疑問を投げかける。
「君は、どういう目的で、僕に協力してくれる気になったの? そもそも、どこからか聞いてたの?」
「う~ん、目的は特に無いな、強いてあげるなら面白そうだったから、で、いつから君とシルさんの話を聞いていたかと言えば、新職業を探すってところからかな?」
ユズリハは、笑顔を浮かべたまま聞かれた事に素直に答えていく。まるで悪い事をしたと思っていない様子に、ミナトは呆れるが、彼女の笑顔を見ていると毒気が抜かれてしまう。
「はぁ~、取りあえず、今は、その言い分で納得しておくけど、君の事を信用した訳じゃないから」
「はいはい、それで良いよ、ボクとしては、楽しい事になれば、それで良いんだし、それじゃあ図書館に行こうか、此処に居ても、問題が解決出来る訳でもないしね」
ユズリハは、そう言うと大通りを歩き出す。その後を追いながら、ミナトは、先を歩くユズリハを改めて見つめる。髪は鮮やかな紅髪のショートカット、瞳も紅で猫のような。大きな瞳が印象的で、外套を着ているので分かり難いが、胸はかなり豊かだった。
腕に抱きつかれた事を思い出し、顔を赤くしながら首を振るミナト、自分の後ろで、葛藤している人間が居る事など気付いた風も無く。
ユズリハは歩みを進める。二人は何を話すわけでもなく、夕暮れが近い都の大通りを暫く歩くと、左手に大きな建物が見えてくる。
「あれが、この都で最大の蔵書量を誇る大図書館さ。さぁ、閉館の時間も迫ってるし、早く入ろう」
ユズリハは、少し歩みを速めると、図書館の大きな扉を開いて中に入っていく、その後を追って、ミナトも中に入ると紙とインクの独特の匂いが充満している。
大きな書架に隙間無く並べられた本、独特の静寂の中を、僅かに本のページをめくる音だけが、微かに聞こえてくる。
「おや、今日は一人じゃないのか、ユズリハちゃん?」
図書カウンターの中から、品の良い初老の男性が声をかけてくる。それにユズリハは笑顔で答える。
「うん、ちょっと知り合いが、調べたい事があるからって、モーリさん少し閲覧室借りるね」
知り合いなのか、ユズリハは気軽挨拶しながら図書館の奥。
閲覧室に向い歩いていく。周りを見渡しながら、後に続くミナトは、その蔵書の数に圧倒されていた。
「これって本物? オブジェクトだよね…」
「全部、読める本だよ、内容はそれこそ重要なものから、晩御飯のレシピまで玉石混合、さっきの司書のお爺ちゃんがいたでしょ? あの人が少しずつ編纂してるけど、終るのは何時になる事やら…」
ユズリハは呆れた様な声で言う、ミナトは疑問に思った事を聞いてみた。
「さっきの人ってプレイヤーなの?」
「うん、そうだよー、EOTCにはクライマーだけじゃなくて、この世界観が気に入って、一般人としてプレイしている人も結構居るからね、もしかしたら今までにあった人の中には、NPCじゃ無かった人もいるかもね」
「その見分け方って……変な言い方だけどあるの?」
「それは簡単、良く目を凝らしてみて、頭の上にウィンドウが見えるでしょう?」
言われる通りに、少し集中して見ると、ユズリハの頭の上に、名前とLV、それに職業が表示された。青いウィンドウが見える
「NPCは、このウィンドウの色が緑なの、モンスターとかは赤、オブジェクトの案内板なんかは黄色の表示だね。それで大体見分ける事が出来るから」
「本当だ……普段は見えないんだね、今まで全然気付かなかった……」
「なるべくゲームって感じる演出は控える方針みたい、この世界を本物に近く感じてもらうためにって……そのお陰でゲームにあまり興味の無い人達も、観光気分でEOTCに来るみたいだから、試みとしては成功しているって事だね」
ミナトは、なるほどと感心して頷くと、周囲に音がしなくなっている事に気付く。
左手の壁には似たような扉が、かなり先まで続いているのが見える。その中の一つの扉の前に、ユズリハが立つ。
「着いたよ、此処が図書閲覧室ね、さっさと入っちゃおうか?」
ユズリハは扉を開けると、一人中に入っていく。ミナトは、その後を追い中に入る。
中の閲覧室は広く。床には緑の柔らかい絨毯が敷かれ、光を取り込む窓は柔らかい日差しで照らしている。歴史を感じさせる大きな円卓には、アンティーク作りの椅子が五脚並べられている。その中の一つに座ると、ユズリハは悪戯っぽい顔で、ミナトに囁く様に言う。
「中に入れば、幾ら騒いでも外には漏れないよ、これで落ち着いて話が出来るね!」
「その前述が、何か意図的なものを感じるんだけど……突っ込まないからね……」
二人は椅子に座ると一息吐く、ミナトは、ユズリハを見つめると、早速話を振る。
「それでユズリハさんは、僕に何をさせたいの?」
「いきなり単刀直入だね、そういう所は可愛い顔に似合わず随分と男らしいね」
「混ぜっ返さないでよ、真面目に聞いてるんだから! それで本当に目的は何?」
ミナトは、ユズリハのおちゃらけた態度は、そういうポーズなんだと思っているために、いい加減、その態度に怒りを感じていた。
「ふぅ、分かったよ……ボクも君を怒らせたい訳じゃなから……では素直に言う。ボクも少し前まで新職業を探して、この都を駆け回っていたんだ……結局は見つける事が出来なくて、諦めちゃったけど……ギルドで君達の話を聞いて、もしかしたら、リベンジ出来るかも知れないって思ったんだ」
ユズリハは先程の態度とは、打って変わって真面目な顔で、ミナトを見つめながら語りかけてくる、その視線の強さに、若干怯みながらも、ミナトは、ユズリハの話を静かに聞いている。
「ボクは最初、新職業なんて見つける気も無かったんだけど、一人でこのEOTCを始めたから人と違う事をして見るのも面白いんじゃないかって思っちゃったのが悪かったのかな……元々凝り性だった性格が悪い方向に向かっちゃってこの始まりの都で三ヶ月も過ごすはめになるとは思ってなかったよ」
自嘲するように言うと、ユズリハは溜息を吐き、話し出す。
「最初は、もっと簡単に見付かると思っていたんだ……下位職業っていわれているけど、所謂、他のゲームでは基本職って事だから……条件がそこまで厳しく設定されてるとは思えなかったし。
そうしてボクは一人で、色々な事を調べたよ、最初は楽しかった。でも時間が経って行くにつれて、実は無駄な事に熱を上げているんじゃないかって 思うようになってしまった……
そう思うようになったら、もう駄目だった。見つからない徒労感は神経をささくれさせて、リアルにも影響が出始めて……ボクは諦めてしまったんだ……それから直ぐに、今の職業に就いたけど、心の何処かで、まだ何かが燻っていて……それが今日、君の話を聞いた時に気付いたんだ。新職業があるにしろ無いにしろ、ボク自身が納得行く結果が見たいって。それがこの燻りの原因なんだって……これはボクの我侭で、君には関係ない事で……でも、これが最後のチャンスかもしれないって思ったら、ジッとしていられなくて、君に話しかけていたんだ……」
一息に自分の感情を吐き出したユズリハは、力無く微笑み。ミナトを見つめる。
その姿は何処か。迷子の子供の様で、見ているだけで辛くなってくる、ミナトは溜息を吐くと。
「そういう事なら最初から言ってくれれば良いのに……」
ミナトはユズリハを見つめながら、苦笑する
「だって、いきなりこんな愚痴を聞かされたら挙句、イジケちゃってるボクの姿なんて見せたら引いちゃうでしょう?」
「最初から素直に言ってくれれば、僕は全然気にしなかったのに」
「元気溌剌キャラで通ってるの! こんな姿リアルでも見せた事無いに……」
二人の間の空気が軽くなっていく、ミナトは覚悟を決めるかの様に一つ頷くとユズリハの大きな瞳を真っ直ぐに見つめながら強く気持ちを込めて言葉を発する。
「ユズリハさん! 僕に協力して下さい!! そして二人新職業を見つけましょう!!」
突然の行動に驚きながらもそのミナト言葉に、ユズリハは大きな瞳に涙が溜まり溢れ出すと掠れた声でどうにか返事を返す
「ありがとう、ボクは良い出会いにめぐり合えた……」
溢れ出た涙は夕日の光に照らされて、橙色の光を綺麗に反射していた。