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actual world&spirit world Ⅴ

 広場の空に突然現れた、大きなスクリーンの中で男はそう言い放つと、優雅な動作で一礼する。


『自己紹介が遅れたね、私は神林良。EOTCの開発責任者だ。名前位は知っている人間も居ると思う』


 神林は、何か研究室の様な場所から、映像を送信しているらしく。背後には巨大なコンピューターが並び。その他にも、様々な資料や書類が其処彼処に積み重ねられている。


「神林良……責任者が出て来るほどの事態なのか?」


「システムエラーだろ、だから専門家に、お鉢が回ってきたんじゃないのか?」


 プレイヤー達は、この事態に責任者である人物が出てきた事に。安堵の声と懸念の声が同時に上がった。


『先程も言ったが、改めて言おう、ようこそ|異世界《spirt world》へ――』


 同じ言葉を繰り返す神林に、広場に集まるプレイヤー達は不満の声を上げ始める。


「だから、何なんだよ! それは!?」


「|異世界《spirt world》? 此処はEOTC。VR世界だろ!」


「そんな事、どうでも良いから、速く説明しろ~ そして、お詫びのアイテムに配布よろしく~」


 プレイヤー達は、スクリーンに映る神林に向って野次を飛ばす。周りでは意識を取り戻し始めたプレイヤー達が騒ぎ始めた。

 その様子を少し離れた場所から見つめている、ミナト達は意識を取り戻したばかりの、リーフを休ませる為に、広場から少し離れた場所にあるベンチに身を寄せている。


「神林良……EOTCの開発責任者か……」


「一体、どういう事なのかな……三十分以上もこれだけの人が意識を失っていたんだ。唯のシステムエラーじゃない事だけは確かなんだろうけど……」


「あの人の言っていた|異世界《spirt world》と言う言葉も気になりますね……」


「アイツ何か嫌な感じがするから、好きじゃないぞ……」


 ミナト達は、広場の中央で交わされている、遣り取りを静かに見守っている。スクリーンに映る神林は、その野次が聞こえていないのか、にこやかに笑顔を浮べると話し始める。


『残念な事に、君達の声は私の居る場所には届かない、だから此方で勝手に喋らせて貰う事になるが、そこは勘弁して貰おう』


 その言葉に、更に野次の声が大きくなるが、本当に聞こえていないらしく、神林は一人で話し始める。


『プレイヤー諸君に知らせるべき事は、大きく分けて三つしかない。それ以上の事は、自分自身の力で確認してくれたまえ、勿論。私としてもヒントは出していくつもりだ』


 野次を飛ばしていたプレイヤー達も、神林の話が始まると自然に、その声を小さくしていった。

 ミナト達四人も、その声に耳を澄ませている。ユズリハなどはメモ機能を立ち上げながらジッと話に集中している。

 神林は研究室ホワイトボードの前に立ち、一つ咳払いをすると説明を始める。


『第一に此処が異世界だと証拠の提示から始める。まずログ・アウト機能が動作しない。当たり前だが強制ログ・アウトも動作しないので、ワザと精神的圧迫を掛ける様な事をしても無駄だ。

そして、もう一つの確認の方法は簡単だ、自分の頬でも腕でも良いから抓ってみると良い。EOTCでは決して起こり得ない事が体験出来る筈だ。それでも、まだ疑うならば、塔の都(ストーバ・トルレム)から出てみると良い。今までとは、まるで違う風景が現るだろう』


 神林の言葉を聞くと、プレイヤー達は各々の頬や腕を抓り合う。すると、広場の彼方此方から驚愕の声が上がった。


「痛てぇ! なんだこれ、なんで痛みを感じるんだ!?」


「ログ・アウト出来ない……マジかよ……」


「おいおい、痛みがあるぞ……一体どういう事なんだ……まさか、本当に此処はEOTC(ゲーム)の世界じゃないのか……」


「冗談だよな……小説やアニメじゃないんだから」


 ミナト達も他のプレイヤー達と同様に、神林の言葉を真偽を試していく。

 ログ・アウトキーをタッチしても反応がない事を改めて確認した後。ミナト達、四人は互いに頬を引っ張り合う。


「痛い……」


「痛いね……」


「痛いです……」


「痛いぞ……」


 四人は互いに痛覚(それ)を確認し合うと頷き合う。ユズリハはメモ機能で神林の言葉を打ち込み始め。リーフもウィンドウを開くと何かを確認し始める。キッカは二人の邪魔にならない様に、その様子を静かに見守っていた。

 ミナトはスクリーンに映る神林に視線を向け、説明の続きが始まるのを待った。

 神林はホワイトボードに今言った事を書き込んでいく。最後まで書き終わると説明の続きを始めた。


『二つ目は、プレイヤー諸君の現実世界の状態だ……安心すると良い。君達の肉体は、深い眠りについているのと変らぬ状態で現実世界に存在している』


「それって、意識不明って事じゃねぇか……」


「心配してるだろうな……お母さん……」


 プレイヤー達から不安緒声が上がる。それを無視するかのように神林は話を続ける。


『その事も踏まえて説明して置くよ。|異世界《spirt world》に転移した時点で、君達プレイヤーは、使用していたアバターを元に肉体を得ている。痛みを感じるのも肉体を得た為だ、君達のその(アバター)は、EOTCで使用して来たものだ、この|異世界《spirt world》でも、EOTCと同様の強さを発揮するだろう』


 神林の、その言葉に広場からは安堵の声が漏れる。VRMMO時代と同じ強さを維持していると知って、高LVプレイヤー達の表情は幾分和らいだ。

 その一方で、中堅プレイヤーや駆け出しのプレイヤー達の表情は暗い。広場の隅で説明を聞いていた、ミナトも微妙な顔になるが、その表情は、それほど悲壮感に溢れている訳では無かった。


「この世界がアイツの言う通り。限りなくEOTCに近いなら、強くなれる可能性は幾らでもあるから、それほどの重要な問題じゃないけど……」


 言葉を途中で止め、ミナトは深刻な表情で考え込むと、視線をユズリハに向ける。


「そうだね。だけど、それもある一点がハッキリしない事には諸手を挙げて。ミナト君の意見に賛成って訳には行かない」


 ユズリハはキータッチしながらそう答えると、神林の言葉の続きを待つ。リーフとキッカは二人の言葉に首を傾げながら疑問を投げ掛ける。


「ミナト君の意見は少し乱暴ですけど、間違ってはいないと思うのですけど……」


「うん、ミナトの言ってる事は正しいぞ! 常に前向きに生きて行けって、お父さんも言ってたしな!」


 ユズリハは二人の言葉に頷くと、少しの間手を止め、深刻な表情でその疑問の答えを口にする。


「うん、それは間違いないけど……それも、これからあの男がする説明次第だよ、もし、ボクとミナト君がしている懸念通りの事なら、とんでもない事態が此処で起きるかもしれない……」


 リーフとキッカはユズリハの言葉に表情を曇らせると、不安げな視線をミナトに向ける。その視線に気付くと、厳しい表情でミナトは告げる。


「僕とユズリハさんの憂慮している事が事実だとしたら……凄まじい混乱が起こる……それは避けられない事だと思う……」


 ミナトは苦渋に満ちた顔でプレイヤーが集まる広場に視線を向ける。そしてスクリーンに映る神林の姿を祈るように見つめると話の続きを待った。

 リーフとキッカは、ミナトとユズリハの様子に何かを感じたのか、互いに頷き合うと万一の時に備え、辺りを警戒しながらスクリーンに視線を向ける。

 四人の視線はスクリーンを集まる。そこにはホワイトボードに、説明した事を書き込んでいる神林の姿が映っている。最後の文字を書き込むと、ゆっくりとした動作で着ている白衣の裾を払う。そして正面を向くと話の続きを始める。


『さて、最後の一つだが……それはこの|異世界《spirt world》での死についてだ』


 神林の言葉に広場が、また騒がしくなり始める。あちらこちらで不安の声が上がる。その声を聞きながら、ミナトとユズリハは互いに頷き合った。


「最後に来たね……最も重要な事が……この事がハッキリしないと、今後の事を決められないから」


「そうだね、さっきのミナト君の意見が現実的になるかどうかは、この話次第だから……」


 二人は神妙な顔で神林の姿を見つめる。リーフとキッカは漸く此処で、ミナトとユズリハが憂慮する事態を朧気ながら理解した。


「二人が憂慮していたのは、この事だったんですね……確かに、死については避けられない話題です……でも、冷静に考えるならば肉体と痛覚があるなら……」


「……何時でも、何処でも、死の存在は常に近くにあるんだって、それに普段は気付かないだけだって、お父さんは言ってたぞ……だから、お、あたしは怖くなんて……無いぞ……」


 その勇ましい言葉とは裏腹に、震えるキッカの体をリーフは優しく抱きしめた。同じ様に震えていたリーフは体に力を入れ無理矢理に震えを止めると、頭をやさしく撫でながら安心させる様に声を掛けている。その行動には年上の存在としての優しさと意地が垣間見えた。

 広場に神林の言葉が浸透する様に広まると、彼方此方から焦燥と疑問の声が上がり始める。


「そうだ、俺達はこの世界で死んだら、どうなるんだ?」


「この世界がEOTC(ゲーム)と、ほぼ同じと言うなら、死はそれほど遠いものじゃない……」


「確かに……攻略中に敵にやられる事なんて、日常茶飯事だからな……」


 そんなプレイヤー達の声は、広場の隅に居る四人の耳にも届いた。ミナトとユズリハは、神林の言葉を待つ、説明次第ではこの広場は阿鼻叫喚の地獄絵図になる事を予測している、二人は祈りと若干の諦めが混じった顔でスクリーンを見上げる。

 そこには神林が無表情のまま、この世界の真実を告げる姿が映し出されていた。


『この世界での死は、現実の死だと思ってくれて構わない』


 その言葉に広場に集まったプレイヤー達から悲鳴や怒号が響き渡る。

 しゃがみ込み泣きじゃくる者。スクリーンに向かい怒りの声を上げる者。辺りにあたり散らす者。それぞれが絶望の表情を浮かべながら、呻き、喚き、泣き、怒り狂っている。

 ミナト達は苦情の表情を浮べると、混乱が広まる広場から離れる事を選択する。


「このまま此処にいると不味い……家に避難しよう。ユズリハさん!」


「了解……あんな事を言えば、こういう事態になるって、分からない人でも無いだろうに……」


 ユズリハはスクリーンに映る神林を睨みつけると、先頭を切って駆け出した。


「こうなってしまっては、落ち着くまでに、かなりの時間を要するでしょうね……」


 リーフはキッカの手を優しく握ると、ユズリハの後を追い。駆け出した。


「あの人……何か哀しそうだな……」


 リーフに引っ張られながら、キッカは神林を見つめると。そう小さく呟く。

 ミナトもスクリーンに映し出される神林を見つめる。その表情は確かに何かを哀しんでいるように見えた。


『…………待っているよ』


 その時、一瞬だがスクリーンの中の神林が、此方を見てそう言った様な気がした。しかし、その事を気に掛ける余裕は無く、ミナトは三人の後ろについて走りだしたのだった。







 2075年 8月6日


 こうして大混乱の中、異世界での冒険が幕を開けた。

 現実世界以上の混乱を呼び、数多くの犠牲者を出し、絶望と慟哭が溢れ出た日

 この日の事を、後にプレイヤー達はこの様に呼ぶことになる。

 

 

 終わりと始まりの日と……

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