actual world&spirit world Ⅱ-Ⅱ
その小さな建物には看板も何も無く、店舗としての機能を果している様には見えなかった、不思議そうにその建物を見た後、隣で袖を掴んでいる琴にミナトは尋ねる。
「この建物が、琴さんのオススメにお店?」
「そう。中々の品揃え……でも、店主が少し変わり者……」
ミナトと琴の後を追って、ユズリハとキッカ、それにリーフの三人が追いかけて来た。目前の店舗を見つめていると。琴が店の扉を開ける。四人は琴の後に続いて中に入ると、そこには大量の本が所狭しと並べられている。
一部は床に平積みにされているが綺麗に整えられてる為、雑然とした印象は受けない。不思議な雰囲気の店だった。
小さなカウンターから顔を出し、五人を平坦な目で見つめてくる山羊のようなタレた耳を持つ少女は、琴の姿を見つけるなり。
「帰れ……此処はお前の様な、脳みそが筋肉で出来てる奴が来て良い場所では……あっ。コラ、勝手に椅子に座るな、出て行ってよ~、須弥はいそがしいんだからぁ~」
最初の強気は何処へ行ったのか、琴が店内の椅子に正座で座ると、カウンターから出てきて、琴の腕をポコポコ叩く。
全く痛くないのは音で分かるのか、ミナト達四人は姉妹喧嘩をしているような、二人を困った顔で見つめた。
「紹介する、この子は須弥、このスキル専門店、デネブ・アルゲティの店主……」
何故か店の中に掲げてある看板を指さしながら、琴はミナト達に獣耳娘を紹介する。店の看板と須弥と呼ばれた少女を見てミナトは頷きながら言う。
「なるほど、店の名前はその耳からかな……でも、僕の知り合う店の関係者……動物娘の確率高いなぁ……」
「ほう? 店の名前の由来が分かるのか……ふん、少しは学がある奴が居るみたいじゃないか? 琴、お前が連れて来た奴にしてはな」
須弥は琴を叩くのを止めると、ミナトの傍に寄って行き、小さい体を目一杯反らしながら告げる。
「スキル専門店、デネブ・アルゲディに良く来たな、この低脳ども!」
その余りの発言に、四人は呆けてしまった。須弥は相変わらず大威張りで、無い胸を反らしている。すると、その後頭部に袋に包まれたアメ玉が物凄いスピードで撃ち込まれる。
「あいた~! 何するんだよぅ、琴ちゃん! あいた!? 痛てて、もう、やめてよぅ……謝るからぁ、ごめんなさい。本当にもう許してよぅ……ぐすっ」
琴は無言でアメ玉を撃ち込む。やがて泣き始めた須弥を見て、漸く、アメ玉を撃ち込む手を止めると、怒った顔で須弥に告げる。
「何度も言ってるのに……須弥はちっとも反省しない……」
「だって、琴ちゃん……」
「だってじゃない! ちゃんと謝って……」
初めて見る琴の怒りの表情に四人は驚きながら、しばらく様子を見ていると、須弥はアメ玉をぶつけられた所を押さえながら素直に謝って来る。
「ううっ、ごめんなさい……調子に乗ってました……」
「私からも謝る……ごめんなさい」
そう言って二人は頭を下げる。それを見て四人は互いに頷き合い、琴と須弥の頭を撫でると笑顔を浮かべその謝罪を受け入れる。
二人は擽ったそうにしながらなすがままになっている。すると、少しその様子羨ましそうに見ている。キッカに気付くとミナトは須弥を撫でている手とは反対の手でキッカの頭を撫でた。
「えへへ~」
嬉しそうに微笑むキッカを須弥が見つめている。すると何を思ったのか、キッカの顔を両手で挟み無理矢理自分の方へと向けさせた。
「痛い!? 何するんだよ! 首が取れちゃうだろ!」
「この程度で取れはしない! 少し黙っておれ!」
そう言って一喝すると、須弥はキッカの事をマジマジと見つめると、一言ぼそりと告げる。
「お前、可愛いな」
「……助けて、ミナトぉ……この子、おれをおかそうとしている」
涙声になりながら助けを求めるキッカに、ミナトは慌て須弥を引き剥がそうとするが、その前に自然と手を離す。
「何だ、その言葉使いは……せめて、私に変えろ、これは命令だ!」
「うーー、この子凄く理不尽だよ、それに凄いわがままだぞ!?」
「良いから言ってみろ。わ・た・し!」
「うぅー、あたし」
「違う! わたしだ! これだから知能の低い輩は……良し、これからお前を私が教育してやろう。明日までに立派なレディに仕上げてやる。ぐへへ」
何やら女の子として出してはイケナイ笑い声を口から出しながら、須弥はキッカに迫る。
その時ミナトの横を、物体が物凄いスピードで通り過ぎると、須弥の後頭部に直撃する。
「ぴゃっ!?」
物凄く変な悲鳴を上げると、その衝撃と共に床に顔面から倒れる。そこに駆け寄った琴が馬乗りになり、逆えび固めを決める。
「うにゃぁぁぁぁぁ!??」
小さな体からありったけの声を出すと、須弥は床をバンバンと叩いて降参の意思を伝えるが。琴は無表情に逆エビ固めを決め続ける……そのあまりにも無慈悲な刑の執行に、当事者のキッカも戦慄せずにはいられなかった。
約二分ほど続いた逆エビ固めにより、須弥は自分の店の床を涙と鼻水で濡らす事になった。その光景にミナト達は同情と憐憫が混じった微妙な視線を送るのだった。
ブツブツとうわ言を言い続ける様子に流石に気の毒になったのか、キッカが側に近付くと小さな声が聞こえてくる。
「琴ちゃんの馬鹿、琴ちゃんのオタンコナス、琴ちゃんのアホぅ……」
反骨精神だけは旺盛な須弥に、キッカは笑顔を浮かべると優しく抱き起こした。
「須弥だっけ? お前根性あるな! そういう所、お……あたしは好きだぞ!」
キッカの力強い言葉に、須弥は抱えられた腕の中で一瞬呆然となるが、直ぐに顔を背けると、強気なのか弱気なのか判別できない声で言い返す。
「わたしだ! バカモノ……」
にこやかに笑い合っている二人を無表情に見つめる琴の口の端が、僅かに上がっているのにミナトは気付くが、其処から視線を外し。元気にハシャギじゃれ合う二人を黙って見つめていた。
「ふん! 琴のせいで酷い目に会ったが、別の収穫もあったから今回はこれ位で許してやるぞ。それで、お前らは何を求めて。私の店に足を踏み入れたのだ?」
「魔法を修得しに来たんだぞ。お……あたしは氷で、ミナトが精神だ」
キッカの言葉に、須弥は少し考えると、カウンターから何かを取り出す。それをミナトとキッカに放り投げる。
二人は投げられた物を受け取るとそれは掌大の水晶だった。二人は顔を見合わせて不思議そうにしていると、突然水晶が光を放った。
「なるほど、魔力は二人ともそれなりに強いようだ……その水晶を握って、意識を集中させろ」
「えっ? もうやったよ。それ……」
「うん、ギルドで同じ様な事したけど……」
キッカとミナトは水晶を見つめながら。そう言うが須弥強の強い視線で射竦められる。
「いいから言う通りにしろ! 私に同じ事を言わせるな!!」
「分かったから怒るなよ。須弥はカルシウムが足りないのか?」
「女の子って偶に理不尽に怒るよね……」
ミナトとキッカは言われた通りに水晶に意識を集中していく。僅かな時間で掌の水晶が光を放ち始める。その光はギルドで見たものよりも色鮮やかに澄んでいる。
「ふむ、こっちの適正は氷で間違いないが……そっちのお前!」
「僕?」
「そうだ、貴様の加護属性は精神だけじゃない、闇も加護属性だ。“ツヴァイト”って奴だな……」
「ツヴァイトって?」
「二つの加護属性を持ってる奴の事をそう呼ぶんだよ。プレイヤー中でも、それなりに珍しい部類に入るな、まぁ、ツヴァイトでも加護属性なら騒ぐほどじゃない。これがアビリティのツヴァイトなら、明日のリストは大騒ぎだ」
「えっと……それって、二つアビリティを持っている人の事も同じ様にツヴァイトって呼ぶの?」
ミナトは須弥に問いかけると。それに頷き嬉しそうに解説を始める。
「そうだ、でも、加護属性のツヴァイトは先程も言ったが、そんなに珍しくはない。千人に一人くらいの割合でいるからな。でも、アビリティのツヴァイトの場合は、その珍しさの桁が違う。全世界のEOTCサーバーを合わせても、七人しか存在してないんだよ。アビリティのツヴァイトってやつは」
「七人……日本サーバーには居るんですか?」
「居るよ。しかも二人、今、分かっているのはアメリカに二人、ドイツに一人、スペインに一人、イングランドに一人の合わせて七人だな。これに続いて、所持者が少ないレアアビリティなのが、奇跡の才能と言われるものだが……説明に時間がかかりそうだし。面倒だからパス! ただ、このアビリティを持っている奴は、今、日本サーバーには、十一人しか居ない事だけは補足で教えといてやる。」
須弥はそう言うと、少し離れた本棚から数冊の本を取り出してカウンターに並べると二人を呼んだ。
「今はアビリティより魔法の話だからな、詳しい話はまた今度してやる。お前達の加護属性の魔法だ、これを読めば修得出来る」
須弥はカウンターに並んだ本を指し示すと、その内の一冊をキッカに渡す。
「これを読めば、魔法が使えるようになるのか?」
「その通りだ、だが、その前に、二人とも見た所初心者の様だし、魔法について少し説明してからの方が良さそうだな」
須弥は二人を見ながらそう言うと、ミナトとキッカの反応を待った。二人は互いに頷き合うと詳しい説明をしてくれる様に頼んだ。
須弥は頷くと話しを始める。それを二人は真剣な面持ちで聞いている。ユズリハと琴も邪魔をしない様に静か見守っている。
「先程、お前たちに渡した水晶で加護属性の判定と魔法使いとしての適正を計らせて貰った」
「そういえば、クライマーギルドでした適性検査の時より光が強かった様な気がしたな」
ミナトは先程の光景を思い出し不思議そうに呟いた。その言葉に須弥は簡単に説明を始める。
「ギルドで使っている水晶は不特定多数の者達の魔力の残滓で澱む事があるからな、正確性に欠ける所がある。今、お前たちが持っている水晶は使用する度に浄化している物だから。適性を間違う事は無い」
「なるほど、そう言う事だったんだ」
先程、須弥が行なった再測定は誤りが無いかの確認作業だったと気付く。ミナトは掌にある水晶を見つめると感心した様に頷いた。
「疑問は晴れたか? それなら話の続きだ。魔法には八つの属性と四つの系統魔法があって、それぞれ使える魔法に違いがある。まぁ、この辺は普通のRPGをやった事があるなら経験で何となく察する事が出来るだろうから割愛するぞ」
その言葉にミナトは頷くが、キッカは不安気に言葉を出した。
「あたしは。RPGあまりやった事無いんだけど……」
「ファンタジー物のアニメでも漫画でも良いから。魔法をイメージしろ。それで大体は合っている」
「うーん、God Worldの属性みたいなモノかな……」
「それで大体合っている。相克もGod Worldとspirt worldは似通っているからな……God Worldの経験者なら、その認識で間違いは無い」
「おうっ! そういう事なら問題ないぞ」
キッカは笑顔を取り戻すと話を真面目に聞く体勢に戻った。それを見ると須弥は改めて説明を始めた。
「さて、ここで大事なのが適性と属性加護だ。この辺りもギルドで説明されているだろうが……質問はあるか?」
「大体は理解しているから大丈夫だと思います。用は属性加護に限れば、本業の魔法使いと遜色なく魔法を使う事が出来る……で、良いんだよね?」
「それで十分だ。適性については?」
「えっと……」
ミナトは記憶を探り、その用語を思い出そうとするが、まるで記憶にない事に気付くと、素直に須弥に質問した。
「たぶん、聞いた事無いと思うんで。簡単に解説お願いします」
「そうか……今はそこまで細かく説明はしないのだな……分かった。簡単に説明してやる。魔法は三つの適性で判断される。一つが魔力強度、魔力の強さだ。これが強いと魔法の威力も強くなる。同じ魔法を使っても、魔力強度が違うと威力がまるで別物になると言っても過言じゃない。二つ目は魔力純度、魔力の純度が高ければ魔法で消費するMPが少なくなる。つまり同じMPでも魔法を使える回数に違いが出てくるという事だな、そして、最後が魔力量。MP量の事だ。説明するまでも無く、これが多ければ多いほど魔法を使える回数が多くなる。以上の三つを総合して。魔法適性と呼んでいる」
須弥は一気に喋ると、説明を聞いている二人に視線を向ける。表情を固めたまま身動き一つしない。二人の様子を疑問に思っていると、ミナトとキッカは首を振ると情けない表情で須弥を見つめて来る。
それを見て、溜息を吐くと須弥は二人にもう一度説明を始めたのだった。
丁寧に一つ一つ説明すると、漸く、理解できたのか、二人は頷きながら、尊敬の目で須弥を見つめて来る。
「さて、少し時間がかかったが、魔法についての説明はここまでにして置こう。」
「「はい、ありがとうございました」」
ミナトとキッカはすっかり生徒気分で元気良く返事をすると、その姿に悪い気はしないのか、須弥は若干声を弾ませながら答える。
「まぁ、お前達も中々見所があるから、これからも真摯な態度で物事に臨む様に。後は実際に魔法を修得してみてからだな……何事も経験がものを言うからな」
そう言って、それぞれに合った属性の魔法の本を渡して来る。それを受け取ると早速開こうとする。キッカを止める。
ミナトは須弥に魔法の本の値段を問いかけると。価格を口に出す。
「一冊、金貨一枚だよ。その顔は随分安いと思っているだろう? 確かに基本的な魔法の本の値段は安いが、強力な魔法の書は、それこそ目玉が飛び出る価格だぞ?」
「魔法の書? 本とは違うんですか?」
「ああ、簡単に説明すると、普通に魔法のスキルLVを上げただけでは修得不可能な魔法があるんだよ。それは魔法の書って言う特殊な書物でしか修得する方法がない……そして、殆どの魔法の書はドロップ品だからな……欲しい魔法が確実に手に入る訳じゃない。そのせいで強力で使い勝手の良い魔法の書は、高値で取引されているのさ」
「ちなみに、どの位の値段なんですか?」
ミナトは好奇心から須弥に尋ねると。ニコリと良い笑顔を浮べて。価格を告げた。
「私の店にある最も高額な魔法の書で金貨八万枚だな。人気のあまり無い地属性、スキルLV7で修得出来る攻撃魔法の書でこれだけの値段だからな……人気属性で使えると言われている魔法の書なら一財産だな」
「金貨八万枚……そこらのレア武器より高いですね……」
あまりの高額にミナトは呆然と呟く。その様子に苦笑を浮かべると、須弥は淡々と答える。
「まぁ、時価だからな値段なんて在って無い様なものだ。明日には価格が暴落する可能性もあれば、一気に高騰する場合も考えられる。ちょっとした先物取引や株の様なものだ」
「取り合えず物凄いレアなアイテムって事は理解しました。今の、僕達には縁が無い事も理解出来ましたけど……」
ミナトはそう言って一つ息を吐いた。隣で黙って話を聞いていたキッカは、話が終わったのを確認すると急かす様に言う。
「ねぇ、もう読んでも良いの? いい加減待ち草臥れたんだけど……」
ミナトは頷くと懐からギルドカードを出して、須弥に渡す。それを受け取ると。ミナトに二冊の本を手渡した。
「それがお前の加護属性。闇属性の魔法と精神の系統魔法の本だ。本を開いて中身を見れば。直ぐに修得出来るから試してみると良い」
須弥の言葉に頷くとミナトは本を開く。中に書かれている文字をめで追って行く。
その時、不意に眩暈の様な物を感じると、一瞬目の前が暗くなる。しかし、次の瞬間には意識が覚醒する。
「…………これで、終わりですか?」
「そうだ、それで魔法の修得は終わりだ。案外、呆気なくて拍子抜けしただろう?」
須弥は肩を竦めながらカウンターに入ると。柔らかそうな椅子に腰を落ち着ける。そして、カウンターの上に置いてある本の何冊かをキッカに渡した。
「えっと……これって……」
「魔法使いが持っていると何かと役立つスキルを見繕っておいた。修得しておくといい。それともう一つ位、何か魔法を修得しておけ。一属性だけでは多様性に欠けるからな」
「ありがとう須弥! そっか、もう一つ魔法か……何にしようかな」
キッカは嬉しそうに微笑むと、ニコニコしながらステータスウィンドウを開いて、あれこれ考え始める。
「ふん、それでそっちのお前は二つとも修得したのか?」
須弥はミナトに声をかける。その声に頷くとステータスウィンドウを開き。スキルの確認をして置く。
「確かに修得済みです。須弥さん。ありがとうございます」
「客に物を売るのは店として当たり前だ。それに琴の紹介だからな……無碍には出来んさ」
顔を少し赤らめながらそう言うと。琴をチラっと見て、直ぐに目を逸らす。ミナトは微笑ましい気持ちで、照れている須弥を見つめていると、悩んでいたキッカがカウンターに向かって、元気な声で告げる。
「決めた! もう一つの魔法は雷にする。だって格好良さそうだし!」
「なるほど雷か……少し待て、今出してやる」
そう言ってカウンターの中から一冊の本を取り出し。それをキッカに渡す。須弥はミナトから預かったカードから代金を引き落とすと。一冊の小冊子と共に返却する。
「その小冊子には、それぞれの属性魔法のLV1からLV10までの魔法が書いてある。それを参考にしながら、魔法のLVを上げて行け。ちなみに魔法の書で修得する魔法は書いていない。その辺は追々自分で調べていけ」
「ありがとうございます」
「まぁ……暇潰しにはなった。また何か入用になったら来るがいい」
「須弥は素直じゃない……本当はもっと仲良くなりたい癖に……」
「琴ちゃん、うるさい!」
須弥は琴に向かって大声で叫ぶ。その声を聞きながら。ミナト達五人はデネブ・アルゲディを後にしようとした時、キッカが須弥に向って元気な声で言った。
「あたしの事はキッカで良いぞ! またな、須弥!」
その声に一瞬呆けた表情を浮べると。次の瞬間には顔を真っ赤にしながら、キッカに返答する。
「何時でも来い。その時はお茶でも飲もう。またな、キッカ……」
その声がキッカの耳に届くと同時に、デネブ・アルゲディの店の扉が閉じる。それを名残惜しそうに見つめながら、キッカはミナト達の後を追ったのだっった。




