actual world&spirit world Ⅰ-Ⅰ
八月五日の夜、コンビニで知り合ったGod Worldプレイヤーの橘花から、メールが届いているのに気付くと、皆人は連絡を取った。此方から連絡をしてみるつもりだった皆人には渡りに船の連絡だった。
嬉しそうな声で電話に出た橘花にこれからの予定や。PTメンバーに入ってくれるか聞く為の電話だったのだが、spirt worldの初期設定で躓いている橘花に、皆人は用件そっち抜けで設定の仕方を教えてあげていると。かなり時間が経っている事に気付く。電話越しに聞こえる、橘花の甘い声にくすぐったくなりながら用件を切り出す。
「ねぇ、橘花。EOTCでは、僕と一緒にPTを組んでくれないかな?」
「はぁ? 今更何言ってるんだ? おれは元々、皆人と一緒に遊ぶためにEOTCを始めるんだ。当たり前の事を聞いて来るなよ」
電話越しでなければ皆人は橘花の頭を滅茶苦茶に撫で回していただろう。
その言葉に笑顔を浮べながら礼を言う皆人。
「ありがとう。橘花」
「べ、別に礼を言われる事じゃないぞ」
橘花は少し動揺した声で皆人の優しい声に答える。その声の変化に微笑ましくなりながら、皆人は初期設定の仕方を橘花にレクチャーしていく。
それから暫く時間が過ぎ、設定項目が埋まった事を確認すると、皆人は橘花に尋ねた。
「えっと……たぶん、それで初期設定は終わりの筈だけど、どうかな?」
皆人は電話越しに尋ねると、橘花の嬉しそうな声が耳に届いた。
「おーー、初期設定完了って出てる。これで終わりだよな?」
「うん、画面にそう出てるなら大丈夫だよ。あとはアプリなんかのインストールなんだけど……橘花のspirt worldって、もしかしてハイエンド?」
「はいえんど? でっかいベットみたいな奴だぞ、部屋に無理矢理入れたからすごく狭くなったぞ」
皆人は橘花の言葉を聞いて使用しているspirt worldがハイエンドの物だと確信する。
「もしかして、橘花ってお嬢様なの?」
「お嬢様? 家は普通だぞ」
「お父さんの仕事は?」
「会社員! クローネって会社に勤めてる。それに、このspirt worldはお父さんじゃなくて、誕生日に叔父さんから貰ったんだ」
「叔父さんの職業は?」
「社長って、自分では言ってるけど嘘くさいぞ。でも、面白くて優しい人なんだ。おれは好きだぞ―― でも、それは男としてって訳じゃないぞ!」
橘花は何故か途中から慌てて否定する、皆人はそれを不思議に思いながらも、その叔父さんの言う事に間違いは無いのではないかと思った。
(spirt worldのハイエンド型を姪の誕生日に送るなんて、よっぽどお金持ちじゃないと無理だよね)
皆人は心の中でそう呟くと、橘花に言う。
「今度、その叔父さんに会ったら、良くお礼を言った方が良いよ」
「? 分かった、今度会ったらちゃんと礼を言うぞ」
橘花の素直な返事に、皆人は頷くと時計を見る。午後十時を過ぎている。いい時間になってきたので、明日の予定を伝えて話を終わらせる事にした。
「一応これでEOTCを始められるけど、今はメンテ中だからログ・インする事は出来ないんだよね……」
「それじゃあ、最初にやる事を教えてくれよ」
「ああ、そう言えば、橘花はあまりVRの経験がないんだっけ? それなから軽く説明しとかないとね、まずはキャラクター作成から始まるんだ。自分の分身だから愛着が湧く様にしっかり作った方が良いよ」
「キャラクター作りか……何か楽しそうだな!」
橘花が嬉しそうに言うと、皆人は自分の経験を伝えていく。素直で年の離れた妹がいればこんな感じなのだろうと思い、一緒に暮らす、素直だが時々はっちゃける血の繋がらない妹の顔を思い浮かべ苦笑を浮かべた。
「それで、皆人はどんなキャラクターなんだ?」
橘花の声に我に返ると、皆人はその問い掛けに答えていく。
「僕のキャラクターは、種族はハーフエルフ、外見の設定は僕の現実ままの姿で唯一違うのは瞳の色が紫な事かな? あと職業は、まぁ分かり易く言えば戦士だね、チュートリアルで詳しく教えてくれるから、それを良く聞きながら作れば問題ないよ」
皆人は軽くそう言うと反応を待ってみる。すると、橘花は意外な所に興味を示し問いかけた。
「瞳の色が紫……知ってるぞ、それって中二病ってやつだろ? あれ? それともじゃきがんだっけ?」
「確かに間違ってはいないけど……そうハッキリと言われると古傷が痛むなぁ……」
橘花の言葉に、皆人は苦笑を浮かべつつ、改めて自分のキャラクターを思い出すと、確かに中二病と言われても可笑しくない外見になっている事に苦笑を深くする。
「まぁ、男の子は、そういうのは幾つになっても好きだからね……そういう事にしておいて、これ以上話すと、過去の過ちを思い出して無性に恥かしくなるから……」
「そうなのか? まぁ、皆人がそう言うなら、この話は終わりにしよう。それにしても戦士かぁ……おれは一体何になれば良いと思う?」
「橘花が好きに決めれば良いよ。やるなら楽しまないと損だからね」
「うーん、ろーるぷれいんぐげーむは、あまりした事ないんだよな……」
「何か漠然とでもやりたい事はないの? 剣で戦いとか、魔法を使ってみたいとか?」
皆人がそう言って、指針を大まかに言うと、橘花は魔法と言う言葉に反応する。
「魔法が使えるのか?」
「僕もあまり詳しくは無いけど、確か職業に魔法使いってあったと思うよ」
「そうか、魔法かぁ……それにしてみようかな? 興味あるし」
「うん、良いと思うよ。橘花がしたいと思ったなら、僕には反対する理由はないよ」
「そうか、それならおれは魔法使いになる。それで皆人を助けてやるからな!」
橘花は嬉しそうな声でそう告げてくる。それに皆人は通話越しに頷くと言葉を続ける。
「そうしてくれると助かるよ。あと、ログ・インしたら最初は始まりの都って言う場所の近くから始まる筈だから。そしたら取り合えずクライマーギルドって場所を目指すんだ。そこで職業に就いてギルドに登録すれば最初にやる事は完了だから」
「あれ? 皆人はついて来てくれないのか……」
若干、不安そうな声で聞いて来る橘花に、皆人は申し訳なそうに言う。
「僕のキャラクターは今、始まりの都には居ないんだよ。塔の都って別の場所にいるから着いていってあげる事が出来そうもないんだ」
「そうかぁ……それなら仕方ないよな……ちょっと心細いけど……」
残念そうな橘花の声に罪悪感を感じ、皆人は何か方法がないか考え出す。そして、ユズリハが説明してくれたポータルの事を思い出す。
「待って、もしかしたら行けるかも知れない。移動手段でポータルって言う物があるんだ、それを使えば時間をかけずに始まりの都に行けると思うから待ち合わせをしよう」
「良いのか? 迷惑じゃないか?」
恐る恐ると言う感じの声で聞いて来る。皆人は優しい声で橘花にこう言った。
「迷惑なんじゃないよ、大体、僕が頼んでEOTCを始めて貰ったようなものだから」
「ありがとう! 皆人! 大好きだぞ」
先程とは打って変わったような、元気な声でお礼を言ってくる。その声の大きさに少し驚いてしまうが、その嬉しそうな声に笑顔を浮べると、皆人は改めて約束の話をする。
「それじゃあ、明日の朝八時にクライマーギルドの前で待ち合わせしよう。多分、その時間ならメンテナンスも終わっていると思うから」
「分かったぞ、それじゃあ寝坊しないようにもう寝ないと。今日は色々ありがとな!」
そう言うと橘花は通話を切った。あまりの速さに挨拶をする暇も無く、皆人は橘花らしいと笑って携帯端末の通話終了ボタンを押した。
そうして、昨夜の事を思い出すと、皆人はspirt worldから起き上がると時間を確認する。待ち合わせの時間まで、まだ余裕があるのを確認すると、階下に降りていく。
リビングの食卓には朝食が乗っており、そこにはメモが一枚添えられていた。
『今日も早めに出る事になってしまったので朝食の準備だけしていきます。凪沙も私と一緒に出るので、その辺もよろしく。
今日は早く帰れると思うので、久しぶりに腕を振るいたいと思っています。夕食楽しみにしておくように!』
海深からの伝言メモを読むと、皆人は食卓の上の朝食を食べ始める。ハムエッグを食パンに乗せ。冷蔵庫から牛乳を取り出すとコップに注ぐ。
それを口に入れながら、皆人は一人、静かなリビングを眺めていると。携帯端末が鳴る。
着信者の名前を確認すると、珍しい名前が表示されていた。
「もしもし、珍しいね。父さんの方から連絡を取ってくるなんて」
『人が折角バカンスに誘ったのにこっちに来ないなんて言う親不孝者に、連絡する義理は無いんだが、折角の夏休みをどう過ごしているか聞くのも保護者としての勤めだからな』
久しぶりに聞く父の声に、皆人は苦笑を浮かべつつもその軽口に付き合うことにした。
「実際は凪沙に会いたいだけなんだろ? それが今回は部活のせいで行けなくなったから、その愚痴を息子に聞かせようと言うんだろう」
『そういう側面が無いとも言いきれないがな、凪沙ちゃんも年頃だからな、義理とは言え、親としては色々な事が心配にもなるさ、それで実際そっちは上手くやってるのか?』
「親子としてなら、これ以上ない位に上手くいってるから心配すること無いよ」
『それなら安心だ、海深さんは結構思い詰めるタイプだし、凪沙は色々我慢をしてしまうからな、皆人、お前が助けてやれる所は助けてやるんだぞ。親子としてではなく、男として時には二人を守ってやってくれ』
「何だよ、急にそんなに死亡フラグを立てて……」
皆人のからかう様な口調の返答に、洋は苦い声で言い返してくる。
『死亡フラグ言うな!! 俺は唯、お前達の事を心配してだな……』
「分かってるよ、凪沙も海深さんも守るよ。僕の出来る範囲で、これは父さんと約束するよ」
『そうか、その言葉が聞けたなら安心だ。そろそろ仕事の時間だから切るぞ』
「了解、父さんも体には気をつけてね。まだまだ凪沙や海深さんのために稼いでもらわないといけないんだから」
『ふん、当たり前だ。お前に心配されるような事はない、若造は一生に一度しか無い、十七歳の夏休みを謳歌していろ』
洋はそう言い残すと通話を切った。皆人はその捨て台詞めいた言い草に、苦笑を浮かべると携帯端末から耳を離す。
朝食を食べ終え、食器を片付けると皆人は自分の部屋に戻る。もう直ぐ約束の時間だと気付くと、spirt worldに横になると早速、ログ・インの手続きに入った。
「メンテは……流石に終わっているみたいだな。それじゃあ遅れるといけないから早めに入って置きますか、ダイブ・スタート」
目の前に七色の光が流れていく。既に見慣れたその光景に身をまかせるが、何時もより長い接続時間に違和感を覚えながら、ログ・インの瞬間を待った。一分ほど時間がかかり、漸く七色の光が収まると、まだ見慣れないが自分とユズリハの物になった屋敷の部屋で接続が完了する。
「うーん、随分と時間がかかったけど、まだ何かシステムに問題が発生してるのかな?」
ミナトは何かその手の報告が出てないか、リストを開く。しかし、其処には今の所、運営からの報告は書かれていなかった。
「うーんこれと言って情報は出てないけど……ユズリハさん入ってないかな?」
フレンドリストを開くと、ログ・インしているのはジンだけだった。ミナトはそれを確認すると、ウィンドウを閉じる。
座っていたベットから立ち上がると、部屋を出て一階に向う。静かな屋敷の廊下を歩き、階段を降りて玄関に向う。すると階段の上からミナトを呼ぶ声が聞こえてくる。
「おーい、ミナトくーん、待ってよー!」
「あれ? ユズリハさん?」
先程フレンドリストで確認した時には、まだログ・インしていなかったユズリハが二階から降りてくる。
「さっきフレンドリストで確認した時には、まだログ・インしてなかったのに……」
「ついさっきなんだ、ログ・インしたの。それより何かEOTCへの接続時間がいつもより長くなかった?」
「ユズリハさんもそう感じた? 僕もそう思ってリストに何か運営からの報告が来てないか見てみたけど、何も書いてなかったから、大丈夫だとは思うんだけど……」
「うーん、これと言って異常があるわけでもないよね?」
「たぶん……問題は無いと思うけど……」
ミナトは自分の外見を確認するように動かして見る。
「……何か動きにズレが少ないような気がする」
「そうなの? ボクは全然昨日と変ってないような気がするけど?」
「気のせいじゃないと思う。何か凄く現実に近い感じがする……自分の本当の体……それより動かし易い様な気もする」
「そうなの?」
ユズリハもミナトの言葉を聞くと、その場で体を動かし始める、そして僅かに首を傾げると考え込むように額に指を当てる。
「体の動作に関しては、ボクでは判断できないけど……確かに何か違うかも……違和感ではないけど体の調子が良すぎるような気はする」
「これも大型アップデートの恩恵なのかな? 昨日のメンテで実装されたとか?」
「それなら運営から報告がありそうなものだけど……それに直ぐに分かるような違いじゃないと思うけど? そう思ってみて初めて分かる位の違いだし……」
二人は首を捻りながら考え込む。すると、ミナトはその場でジャンプしたり、腕を回してみたしながら、体の調子を再度確認して行く。
ユズリハは息を大きく吸い込み、声を出して見た。その声は屋敷の玄関ホールに響き渡る。声を出し続けながらステップを刻み始めると。ユズリハは困惑の表情を浮べる。ステップをやめると乱れた呼吸を正していく。そして顔を上げるとミナトに言った。
「違和感の正体が何となく分かったよ……ボクが思い描く理想の形を再現出来てるんだ……ここまで完璧に思い通りに体が動くなんてありえない。もし、今の動きを現実で再現するとしたら。物凄い努力と練習しなくちゃ無理だね……」
「なるほど、言われて見るとそうかも知れない……僕が感じた違和感もそれに近いような気がする」
二人を顔を見合わせながら考え込む。色々な理由を考えてみるが答えが出る事は無かった。すると、ふとホールにかけてある大きな飾り時計が七時半を知らせるチャイムを鳴らす。
「うわっ!? もうこんな時間だ。待ち合わせに遅れちゃう」
「ミナト君、誰かと待ち合わせしてるの?」
突然大きな声を上げたミナトに驚きながら、ユズリハはそう尋ねた。ミナトは頷くと、急いで玄関の扉に向う。
「昨日話した子がPTに入ってくれるって言ってくれたんだ。それでギルドへの登録とかする時に一人だと心細いって言うから、始まりの都で待ち合わせしてるんだ」
「えっ!? それじゃあPTメンバーが増えるんだね! それは楽しみだなぁ」
ユズリハは嬉しそうに言うと、ミナトの後を追う。二人は屋敷の扉を開けると駆け足で通りを抜けていく。この時二人の脳裏には先程の違和感の正体の事など、頭の隅に追いやられていた。
二人はかなりの速度で走りながら南地区の転移神殿を目指す。辿り着く頃には二人は体の違和感の事などすっかり頭から消えていたのだった。




