第43話
風化した建物の残骸はかつての生活の後を感じさせる事無く、唯、静かに其処に佇むだけの存在に変っていた。
そんな廃墟に突然、土煙と轟音が上がる。それに合わせるか様に剣戟と魔法の光が上がる。
「ユズねえ! ミナトの位置は?」
「此処から、北に二百メートルの位置!! こっちに向ってる。キッカは魔法の詠唱開始して! 周囲はボクが守るから安心して、大きいの頼むよ」
ユズリハの指示に頷くと、キッカは魔法の詠唱に入る前に精霊を召喚する。光と共に銀色の髪に白い服を着た小さな精霊が現れる。
「シュネー! 増幅をお願い!」
『はーい』
シュネーが目を閉じると、キッカの周囲に複数の魔法陣が現れる。それを確認するとキッカは精神を集中させ、魔法の詠唱を始める。
ユズリハは、近くの建物の屋根に登り周囲を警戒する。その時、PT内通信にリーフの声が響く。
「すみません。何体かそちらに逃してしまいました。フォローお願いします」
「了解、此方の事は気にしないで、ミナト君の援護に集中して」
ユズリハはリーフの居る方角に弓を構える。するとその方向から、背中に小さな翼を生やした黒い石像が、此方に向かい飛んでくるのを確認する。
「動く石造が二体か……」
ユズリハは、弓筒から二本の矢を引き抜くと弓に番える。かなりの速度で此方に向かって来る。動く石造に狙いを定めると、二本の矢を同時に射った。
解き放たれた矢は光の尾を引きながら、二体の動く石造を射抜く。耳障りな悲鳴をあげると砂の様に崩れていった。
敵の消滅を確認するとユズリハは一息つく、そしてミナトに向って通信を飛ばした。
「ミナト君、こっちの準備は万端だよ」
「分かった。あと三十秒で指定の位置に到着する。そのまま待機していて!」
遠くから破砕音と土煙、それに獣の大きな雄叫びがあがる。ユズリハは少し心配そうな表情で、其方を見つめる。
「まぁ、心配ないと思うけど……気をつけてね。ミナト君」
「了解」
ミナトの軽い返事に苦笑を浮かべると、通信を切りユズリハは周囲を警戒始める。地面からの伝わる振動が間近に迫っていた。
「軽く言って見たものの……流石に怖いな」
体長五メートルは超える。巨大なサイ型モンスターが風化した建物を破壊しながら、ミナトの背後に迫る。
その巨体には十数本の矢を突き刺さってるいるが、走る速度はまったくと衰えていない。
「あれだけ射ち込んだのに平気な顔とか……でも、そのお陰で敵愾心は稼げたみたいだけど……」
パッシブスキルが発動し、ミナトの身体能力を強化する。それを利用しながら、建物を飛び越え目標地点に向う。後ろから迫るサイ型モンスターは、雄叫びをあげながら猛烈な勢いで追って来ている。
「あと少し……」
視線を先に向けると建物の上で待機する。ユズリハとキッカの姿が目に入ると、ミナトは走る速度を更に上げ、目標地点を辿り着く。後ろから迫るサイ型モンスターは速度を落す事無く追いかけて来る。
魔法の射程範囲に上手く誘い込んだのを確認すると。ミナトはキッカに向って叫んだ。
「キッカ! 今だ!!」
ミナトの声に反応すると、キッカは魔力を開放する。魔法が発動したと同時に、周囲に展開していた魔法陣が正面に集まる。発動した魔法の青白い光が輝きが、その魔法陣を一つ一つ通過する度に輝きを増していく。そして一番最後、四番目の魔法陣を通過すると。光は元の輝きの数倍の光度になっていた。
その光は、サイ型モンスターの横腹に突き刺さると、頑強な皮膚を突き破る、その衝撃で巨体は横倒しに倒れる。青白い魔法の光は巨体を貫通する勢いで続く。
「硬い……ミナト! あたしの魔法だけじゃ止めをさせないみたいだ。最後の一撃は任せるぞ!」
キッカの声に頷くと、ミナトは腰の剣に手を掛ける。魔法の光が徐々に弱まり完全に収まると、モンスターは怒りの雄叫びを上げる。倒れていた巨大な体を起こし、魔法を放ったキッカに向かい突進しようと足蹴りをしている。
その正面にミナトは庇うように立ち塞がると、腰を落とし剣の柄に手を掛ける。
「悪いけど、此処から先に行かせる訳にはいかない……」
そう言ってキッカを庇う様に立ち塞がると。サイ型モンスターは、ミナトは粉砕しようと突っ込んで来る。
その瞬間、背後から複数の飛翔音が響くと、ミナトの側を抜け、サイ型モンスターの両目に矢が突き刺る。突然、視力を奪われた。サイ型モンスターの突進の勢いが弱まる、その隙を点き、横の茂みから、片手半剣を手にしたリーフが突撃を掛ける。魔法で強化した身体能力の使った攻撃に片手半剣は、そのまま硬い外皮を突き破り半ばまで埋まる。その突然の痛みに、首を上下に振って威嚇行動をしようとした瞬間。
正面に居たミナトの体が、大地を滑るように前に出た。鍔鳴りの音と、僅かな擦過音が聞こえた瞬間。
サイ型モンスターの首から黒い霧が吹きだす。
深く、暗い、夜の様な霧は周囲を夜の様に覆う。ミナトは、その闇の中で、力尽き倒れ行く、サイ型モンスターを最後まで見届けると。目礼をささげる。
黒い霧は徐々に晴れ、闇が晴れると、ユズリハ達の姿が見えてくる。ミナトは軽く笑うと三人に向かい礼を言った。
「ふぅー、ユズリハさん、リーフ、フォローありがとう。助かったよ。それにキッカもお疲れ様」
「ミナト君もお疲れ様。大物だったけど何とかなったね。これでクエスト達成だ」
「これだけの大物ですし、クエスト報酬と共にドロップも期待出来そうですね」
「お~! 遂に我が家にも、待望のコタツが光臨するのか!」
ミナトの言葉に三人がそれぞれ明るい表情で語り合っていると。倒したサイ型モンスターは黒い霧と共にその巨体を消滅させると、其処には角と牙、そして大き目の青色の魔石が現れる。
「これは運が良いです。この角かなりのレアアイテムですよ。これだけで今回のクエスト消費したアイテムを全て買い直した上に、キッカちゃん待望の炬燵も購入可能ですよ」
リーフの言葉に、キッカの目が輝き笑顔で両手を挙げる。
「やったー!! コタツでみかん♪ コタツでお鍋♪ コタツでお昼寝ー♪」
嬉しそうにはしゃぐキッカを見て、年上の三人は笑い合いながら今後の事を話始めた。
「大分冷え込むようになったからね、これからの事を考えると炬燵もだけど、冬物も買い足さないとね」
「そうですね、冬物もそうですけど、装備の事も考えないと……LVもスキルも上がりましたし、上級職への転職の事も考えないといけません。特にユズリハさんには、私達の為に大分我慢して貰いましたから……」
リーフは申し訳なさそうに言うと、ユズリハは手を振りながら笑顔で返す。
「別に気にしなくて良いよ。ボクが望んで下級職ままだったんだから、でも、そうだね……そろそろ上級職の事も考えないとね」
「ユズリハさんは、どの上級職に就こうと思っているの? やっぱり遠距離攻撃専門の狙撃手か狩人が本命なのかな?」
ミナトがそう問い掛けると、ユズリハは首を横に振ると躊躇いがちに言う。
「実は気になる職業があるんだ……それを目指してみようかと思ってるんだけど……良いかな?」
「良いも悪いもなりたい職業があるなら、それになるのが一番だよ! それに今までユズリハさんには、お世話になりっぱなしだから……僕とキッカのLVが低いのをフォローする為に、上級職への転職を待っていて貰ったんだからさ」
「そうですよ……本当なら私の上級職への転職の方をもう少し待てば良かったんでしょうけど……」
リーフが本当に申し訳なさそうに言うと顔を俯けた。それを見たユズリハは手を振りながら慌てて言葉を紡ぐ。
「リーフの転職はどうしても必要だったからだし、ボクは全然気にしてないよ」
ユズリハの言葉をフォローするようにミナトも言葉を重ねる。
「まぁ、リーフの転職はPTの方針だったからね、ユズリハさんの言う通り。気にする必要は無いよ」
「そうそう。あたしもお世話になってるからね。リーフねえには」
キッカはそう言うと笑顔を向ける。三人の言葉にリーフは小さく頷くと微笑を浮べた。その表情に曇りがない事を確認すると、ミナトはユズリハに向って改めて問い掛ける。
「ところで、ユズリハさんの就きたい職業って、何?」
「それはね……吟遊詩人だよ」
「吟遊詩人って、確かあの日の少し前に発見されたって言う。新しい上級職だよね?」
「そうだね。あの日の混乱で転職方法が解明されてなかったけど、最近なって、漸く、その方法が判明したみたいなんだ。中々の優遇職みたい」
ユズリハは嬉しそうに微笑みながら、その場でクルリと綺麗なターンを決めると、その場で軽くステップを刻み始める。
「ボク、趣味で歌とダンスのスキルを修得してるんだ、実はこの二つのスキルが吟遊詩人の転職条件に入っていて、スキルLVも問題無いみたいだし、あとはクエストを受けて、それを完遂すれば転職出来るんだ」
「吟遊詩人ですか、歌やダンスをベースにした特殊魔法で補助と強化、それに回復までこなすオールラウンダー、武器は細剣と弓を持てるんですね」
リーフはリストの職業掲示板を見ながら頷くと、顔を上げ、ユズリハを見つめながら言う。
「少し癖のある職業みたいですけど……確かにPTに居れば心強い存在ですね」
「うん、このPTは物理、魔法とも高火力で殲滅力は凄いんだけど、回復や強化と言った長期戦を睨んだ戦いには向いてないのが心配だったんだ。ボクが吟遊詩人になって本格的に中衛で援護に専念出来る様になれば、ミナト君とリーフを前衛に配置出来るし、後衛のキッカの魔法ももっと生かせる様になると思うんだ」
ユズリハの言葉に、三人がそれぞれ感心した様子で頷く。特にリーフは、PTの今後の事まで考えているユズリハに感心しきりだった。
「ボクとしては、今週中に転職してLVとスキルを上げて行きたいと思っているんだけど……」
「うん、良いと思うよ。暫くはこの階層でLV上げに励みながら、クエストをこなして行こう。それぞれ新しい装備も欲しいでしょう?」
ミナトは今後の方針を決めると、地面に落ちているドロップアイテムの一つを拾い上げる。
「うん、それでお願い出来るかな……LV上げ頑張るから!」
ユズリハもアイテムを拾い集めつつ、そう言ってリーフとキッカに手を合わせお願いする。その仕草に笑顔を浮べるとリーフは快く頷いて答える。
「分かりました。私も転職したてでLVもまだそんなに高くないですし、スキルLVも上げたいと思っていたので丁度良かったです」
「あたしも、もう少し頑張れば転職出来るLVだし全然問題ないぞ。それに新しい装備も欲しいし、此処でお金を貯められるのは願ったり叶ったりだぞ!」
キッカも純粋に賛成しているのか。普段から眩しい笑顔が更に輝いている。四人は倒したモンスターのドロップアイテムを拾い集めた。
「よし、これで最後だね。今日はこの位にして戻ろう」
ミナトの言葉に三人は頷くと、一番近いポータルを目指して歩き出す。先を歩く三人の後姿を見守りながら、ミナトはあの日事を思い出していた。この|異世界《spirt world》に囚われた時の事を……
塔の二十八階、荒野と廃墟が点在するこの階層で、ミナト達四人は生きる為に戦っていた。
始まりと終わりの日と呼ばれる。八月六日――全ての運命が変った。あの日から、すでに半年の時間が過ぎようとしていた。




