第41話
夕日に染まる、塔の都の町並みを眺めながら、ミナトとユズリハはゆっくり歩いている。繋がれた手は何時の間にか離れていたが、隣り合う距離は今までで一番近い。
ともすれば触れ合いそうになる肩を、互いに意識しているのか、時折、戸惑いとくすぐったくなる様な感情が、二人の間に見え隠れしている。
「…………」
「…………」
二人は無言のまま、塔の都の中央に見える塔を目指し歩みを進めている。
周囲からは商人の呼び込みの声や、プレイヤー達の喧騒が聞こえてくるが、隣り合う二人の間には、相手の心音まで聞こえて来そうな程、静寂と緊張感が漂っていた。
「ユズリハさんは、時間大丈夫なの?」
その沈黙に先に耐えられなくなったのは、やはり、こういう経験の少ないミナトだった。
突然の呼びかけに、少し驚いた表情を浮べながらもユズリハは慌てずに答えた。
「うん、今日は特に予定も無いし、全然平気だよ……」
「そうなんだ……それなら良いんだ…………」
「…………」
「…………」
二人はまた無言に戻ると、互いに逆方向を見ながら歩き続ける。
(これは一体、どうすれば良いんだ? 会話も続かないし……何か気の効いた事でも言えれば良いんだけど……ああ、何も思い浮かばない!?)
(ミナト君の会話をぶった切っちゃった!? ボクの馬鹿! ボクの馬鹿!! でも、こんな状況で何を話せば良いんだよ……天気の事? それとも髪切った? とでも聞けば良いのかな? ああ、ボクのトーク力ではこれ以上何も思い浮かばないよ……)
一人、内心で苦悩するミナトは、隣で同じ様に悶々としている、ユズリハに気付かずに、更に二人は互いに深みに嵌って行く。
無言のまま歩き続ける二人は、内心の葛藤を抱えながらひたすら足を前に進める。やがて、周囲は塔から帰還したプレイヤー達の喧騒で騒がしくなった。
疲れた顔で家路を急ぐ者、何か収穫があったのか興奮気味にPTメンバーと話す者、ステータスウィンドウを開きながら悩む様な表情を浮べる者。
ミナトはそんなプレイヤー達の顔を見つめた後、目の前に迫った塔を見上げると、嬉しそうに笑顔を浮べる。
「僕達も、あんな風に楽しそうな、充実した顔でこの道を通るようになるのかな……」
「うん、きっとそうなるよ」
ユズリハは優しくそう告げると、ミナトの隣から一歩前に出るとクルリと振り返ると、ニコリと笑う。
「塔には、全てがあるって言うのが、このEOTCで言われてる事なんだ……
楽しい事も辛い事も、出会いも別れも、生きる事も死ぬ事も、全てこの塔にある。だから、ボク達プレイヤーは挑まずには居られない、このEOTCを生きる為に」
「…………凄い」
ユズリハの言葉に震えが来るほどの感情の昂ぶりを感じたミナトは、ユズリハの背後に聳え立つ雄大な塔の姿に圧倒された。
「受け売りの言葉だけど、塔を見てると、大袈裟では無いような気がして来ない?」
「うん。改めて今思ってる。早く登ってみたい!」
ミナトは、塔を見上げながら、興奮を押えられずにいた。それを察したのかユズリハは塔に向き直ると走り出す。
「ほら! 行くよ! ミナト君!!」
走り出したユズリハの後を追いながら、ミナトはホッと息を吐く。ジンとの話し合いから続いていた、微妙な空気が霧散した事に安心すると、笑顔を浮べながら走り出した。
ユズリハと共に塔の入り口である。鉄製の大きな門の前にはクライマーギルドの腕章を付けた職員が複数立っている。
「ミナト君、クライマーギルドのカードの提示を求められるから準備して置いて」
「了解。塔の管理ってギルドがしてるんだね」
「うん、初心者や救助や塔内部の地図の配布、プレイヤー同士の諍いの仲裁なんかが主な仕事だね」
「なるほど、交番勤務のお巡りさんみたいなものか、大変そうだね」
ミナトは門の前に立ち、プレイヤーとあれこれ話をしているギルド職員を見て感心する。
ユズリハは入り口の近くに居る職員に話しかける。ミナトはユズリハの背後から二人のやり取りを聞く
「塔に入りたいんだけど。目的は精霊の祭壇の使用ね」
「人数は?」
「二人。祭壇の方は今混んでるかな?」
「今、確認してみるから少し待ってくれ……」
職員は仲間に連絡を取っているのか、何度か頷くと、ユズリハに向かって言った。
「今は誰も使用していないらしいから、行けば直ぐに使用可能だそうだ」
「ありがとう。それじゃあ、はいこれ!」
ユズリハはギルドカードを取り出すと、職員に手渡す。ミナトもそれに習ってカードを渡す。
職員はカードを手持ちの端末に入れると、二人の顔とLVを確認する。
「確認終了、扉を開けるからちょっと待っててくれるか?」
そう言って、鉄製の門に向かい走って行く。
「随分大袈裟なんだね……こんなに手間をかけてたら、人が多い時なんか大変じゃない?」
「そうだね。こっちは手間がかかるけど、初めて塔に入るんだから、雰囲気って大事だと思わない?」
ユズリハはそう言って笑うと、ミナトに向かって悪戯っぽく微笑んだ。
それを見たミナトはユズリハの言いたい事を察すると、離れた場所に見える、自動改札のような装置に視線を向けると、調度その改札の様な機械にギルドカードを翳し塔に入って行くプレイヤー達を見つめる。
「ユズリハさん……」
ミナトはジト目でユズリハを見つめると、悪戯が成功した子供のような。屈託の無い笑顔を浮べると、ミナトに言う。
「初めて塔に入るって言うのに、あんな改札モドキじゃ、気分が出ないでしょう? それに、祭壇の使用状況を聞くって理由もあったからね」
ユズリハはミナトの無言の非難をそう言って軽くかわすと、嬉しそうに笑う。
「ユズリハさんって、偶に凄く悪戯っ子になるよね……」
「ふふーん、子供心を忘れないのは、思考を柔らかく保つのにも良い事なんだよ」
二人がそうやってじゃれ合っていると、ギルド職員が鉄製の門を開ける。開かれた門の隙間から《ヴェルト》の内部が見えてくると。ミナトは視線をそちらに向ける。
「構造は随分と近代的な感じがするね……壁も凄く綺麗に成型されてる」
「塔の階層によって、全く違う内部構造になってるんだよ。近代的な階層もあれば、石作りのダンジョンみたいな階層まで、その姿は千差万別なんだ」
ユズリハは、説明をしながら門をくぐり、塔に入って行く。その後に続くようにミナトも門を通る。
塔の内部に入ると、その明るさに驚く、外は既に日の暮れかかった時間帯だった。しかし、塔の内部は昼間と変らぬ明るさなのにミナトは驚く。
「随分と明るいんだね……それに入った時から気になってたけど……天井が見えない、一体どれだけ高いんだ……」
「塔の内部は、比較的明るい場所が多いみたいだね、中には真っ暗な階層もあるらしいけど、確か二十階位までは明るいままだって聞いた。天井に関しては、これまた階層によっても違うらしいけど、大体の平均が四十メートル位らしいね」
「四十メートル……それが何階層あるんだっけ?」
「今、分かってるのは八十八階までだね、単純計算で三千六百メートル弱、でも、外観ではそれ以上の高さがあるみたいだからね……広さもちょっとした地方都市レベルだし、救いなのは迷路の様な要素が少ない事かな……でも、八十八階より上には迷路要素もあると言われてるけどね……」
ユズリハは、溜息を吐くとやれやれと首を振る。二入は塔の中を歩きながら、そんな話を続ける。
「確かに、超広大な迷路で敵と戦いながら攻略とか考えると……それも、何か楽しそうだね」
「ミナト君はポジティブだね……まぁ、何時かは通る道だから、今の内に覚悟はしておいた方が良いかもしれないけどさ」
ユズリハは感心半分呆れ半分の顔でそう言うと、ミナトより少し前を歩きながら、嬉しそうにハミングしている。
そんな上機嫌なユズリハにミナトは幾つか疑問に思った事を聞いてみる事にした。
「塔について、幾つか質問があるんだけど良いかな?」
「ボクに分かる範囲でなら答えるよ。それで何かな?」
口ずさんでいたハミングを止めると、ユズリハはミナトの言葉を待った。
「それじゃあ、僕の場合は初めて今日塔に入ったんだけど、攻略が済んだ階層の移動は徒歩になるの? それだとかなりの時間のロスになるけど……」
「それは、ポータルが各階層に幾つか設置してあるから大丈夫だよ、でも、それは同階層内での移動手段なんだ、上下移動には各階のエレベーターや階段を使う事になるね」
「なるほど、つまり、ポータルやエレベーター、そして階段を見つけて行くのが、攻略の第一目的になる訳だね」
「そういう事、EOTCでは一度は絶対にその階層に居るボスを倒さないと、先の階に進む事は出来ないから……ボクは一応十三階までは攻略済みなんだけど、ミナト君とPTを組んでいる限り、ボクは十四階には行けない……それ所か二階に上がる事も出来ないね、
ミナト君がこれから一階層ずつ攻略して行く事によって、ボクも先に進む事が出来るようになるんだ、勿論ミナト君とPTさえ組まなければ、ボクは13階層までなら自由に行動できるけどね」
「僕が十三階層まで攻略して、漸く、ユズリハさんと先に進む事が出来るようになるんだ……」
ミナトは考え込むように、腕を組みながら首を捻っている。ユズリハはそれをチラリと観察すると、苦笑を浮かべ軽い感じの声で告げる。
「気にする事ないよ、ボクとミナト君のPTなら十三階層までなんて、直ぐに攻略できるから。」
「ありがとう……ユズリハさん。そう言って貰えると気が楽になるよ……でも、そういう仕様ならやっぱり、初期PTって大事だよね……」
「ああ、それは確かにそうかもね、飛行船の中でも話したけど、最初はやっぱり二人で進む事になるだろうね、さっき会ったジンさんは流石にLVが違いすぎるし、そのミナト君の現実友達のリーフさんだっけ? その人も固定PTが居るんでしょう?」
「詳しい話は聞いてないけど、多分居ると思う、その内の一人は天目一音さんだと思う……」
「あの鍛冶師のお姉さんか……あの人もLV高そうだったね」
二人は互いに考え込むと、答えの出ないこの問題に頭を悩ませる。すると、ミナトが突然顔を上げユズリハに言った。
「一人だけ、もしかしたら力を貸してくれる人が居るかも知れない……でもなぁ……まだ会ったばかりだからなぁ」
「心当たりがあるの? それならその人に連絡を取ってみたら?」
「いや、口約束にも程があるような感じの約束だったから、実際に力を貸してくれるかは、まだ分からないんだよね……」
ユズリハは、ハッキリとしないミナトの言葉に首を傾げていると、まだ遠いが、大きい広間が見えてくる。それに気付くと、ユズリハはミナトに声をかける。
「あの広間の中央に祭壇があるんだ。もう少し時間がかかりそうだけどね」
「入って結構直ぐなんだね。これなら初心者でも安心だ。それにしても精霊か……僕の精霊は何か一筋縄ではいかない感じもあるし……ちょっと不安だな」
「ミナト君の精霊は特殊っぽいしね……でも、EOTCではメインの一つでもある精霊の召喚だし。ボクは結構、楽しみなんだけど」
気楽そうな笑顔で肩を軽く叩くと、ウィンクをしてミナトを励ます。相変わらず妙に様になる。仕草に感心しながら、幾分と気が楽になりミナトは笑顔で答えた。
「そうだね。あのお姫様には聞かなくちゃいけない事も多いし、まぁ、答えてくれるかは分からないけど……」
「精霊って、何処か意味深な事を言ったりするからね……」
「そういえば、精霊ってあんなに人っぽいの? 僕の精霊もそうだけど、ユズリハさんの所もコミュニケーションが円滑そうだったけど……」
「……上位精霊と呼ばれてる存在は、特殊な思考ルーチンが搭載されてるって噂だから、会話や意思の疎通もしやすいのかもね……」
ユズリハはそう言って、少し目を伏せると遠くに見える祭壇を見つめた。
その姿に違和感を覚えながらも、ミナトはそれ以上の事を聞くの躊躇う。先程様な雰囲気に戻る事を内心恐れたからだ。
二人は塔の事を話しながら歩みを進める。十分ほど歩くと広大な広間の中心に見える、祭壇が近付いてきた。
「なるほどね、塔の階層ボスって、メインシャフトのエレベーターホールに居る事多いんだ」
「そうだよ、だから攻略するときは塔の中心にあるエレベーターホールを目指すのさ、全ての階層を通るのはメインシャフトエレベーターだけだからね」
「大体、分かったよ。教えてくれてありがとう」
「また、分からない事があったら遠慮なく聞いてくれて良いからね」
会話が一段落すると、広間の中央の祭壇に目を向ける。大分近付いたため、祭壇の詳細が見て取れるようになった。
広大な広間の中央はに高く詰まれた円形の台座、その台座には魔方陣が描かれている。それは中心に向かいながら複雑な文様を刻み。その文様は鼓動を刻むように規則正しく明滅している。
魔方陣の外側には十二本の巨大な柱が並び、それぞれが綺麗に等間隔に並んでいる。
「流石に雰囲気があるね……」
「うん、ボクも始めてきた時はドキドキしたよ」
二人は高く詰まれた台座に上りながら、一番上の魔方陣の描かれた場所まで来ると。改めて周囲を見渡す。
広大な空間にの中心で。暫しの風景に圧倒されていると、一緒に上がってきたユズリハがミナトに声をかけてくる。
「それじゃあ、早速召喚してみようか。やり方は簡単だよ。魔方陣の中央に立って。意識を集中すれば良い。そうすれば契約した精霊の名前が分かるから、その名前を呼べば精霊は応えてくれる」
「了解。それじゃあ行って来るね」
ミナトは魔方陣の中央に歩みを進め、そこに立つと目を閉じ意識を集中させる。自分の鼓動と近くに居るユズリハの優しい気配を感じながら、集中力を高めていく。
すると台座に刻まれた文様に銀色の光が灯っていく。それは魔方陣全体に及び、広間を明るく照らす。
「…………」
「ん?」
しかし、その後に続くはずのミナトの口から出る、精霊の名前が出てこない。不思議に思っていると。
情けない表情を浮べながら、ミナトはユズリハに告げる。
「あの~、精霊の名前が分からないんだけど……」
「えっ? えぇぇぇぇぇ!?」
ユズリハの大きな声が広間に響いた。
魔方陣の光が収まり、元の状態に戻る祭壇の上でミナトとユズリハは途方に暮れている。
「まさか、精霊の名前が分からないなんて……バグかな……」
「うーん、見た感じはボクが召喚した時と変らなかったけどなぁ……」
『なんでお主達は、こう決め切れないのかの? 此処は格好良く私を召喚するところだろうが』
「そんな事言われても、名前が分からないんだからしょうがないだろう」
『一度しか、言わないと最初に契約した時に言ったであろう? 私の事を今は姫と呼んでおるのじゃから、今は姫で良い』
「…………」
「…………」
『……どうしたのじゃ?』
ミナトは先程から聞こえてくる、ユズリハでは無い第三の声の主に目を向ける。
『おう、漸く此方を向いたな主よ、久しぶり……と言うほど時も経っておらぬがな』
そこには、真っ白の着物姿の精霊が地面から二メートル程浮きながら、ミナトとユズリハを見下ろしていた。
「どうやって出てきたの? ミナト君は貴女の名前を呼んでないのに……」
ユズリハは余りの非常識な現象に驚きを隠せないでいる、それは勿論一緒に居るミナトもだった。
『私は既に、主に一度召喚されている。その時に名を呼ばれたからの、態々、此処でまた大仰に儀式めいた事などしなくとも、呼ばれれば出てくるよ』
精霊は涼やかに笑うと、空中から地面に降りる。足袋に包まれた足に雪駄を履き、白い着物の下には目の覚めるような紅い襦袢、透き通るほど白い肌に銀色に輝く髪の毛は降り積もったばかりの雪のように輝いている。強い意志を持った瞳は紅く染まり、その瞳でミナトを見つめている。
「こうやって直接会うのは初めてだよね?」
『そうじゃな、私も人前に姿を現したのは久しぶりじゃ、ユズリハも元気にしておったか?』
突然声をかけられ驚きながらも、ユズリハはどうにか返事を返す。
「はい、色々お世話になったみたいで……」
『構わぬよ、主の仲間なら助けるのは当然じゃ』
精霊はうっすらと笑うと、ミナトの傍に近づき嬉しそうに微笑む。その笑顔は幼い子供の様に純粋だった。
『主よ、私の事は今まで通り姫と呼ぶが良い。私もその名称は気に入っておるしの』
「でも、僕は君の……姫の名前を思い出せない……それは凄く失礼じゃないかな」
『思い出せないのではない、思い出せない様にしておるのじゃ……主にはまだ、私の力を制御する力がないのでな、今の状態で本当の名前で召喚を果たせば、主は私の力を暴走させてしまう可能性が高い……』
姫はそう言って、ミナトの額に指をあてる。冷たく柔らかい指の感触に少し照れながら、話の続きを待つ。
『だから、私が主の魂に少し制約をかけた、主が私の力を制御するだけの力を得たら、自然と私の名前も思い出せるようになる。それまでは鍛錬あるのみじゃ、私の本当の名前を呼んでくれるの楽しみにしておるぞ』
綺麗な微笑みを浮かべ、額に触れていた指を離すとミナトの斜め後ろの位置に立つ。それを見たユズリハは溜息を吐きながら、ミナトと姫に近付く。
「初めて聞いたよ、精霊が自分の主に制約をかけるなんて……普通では考えられないよ?」
『私をその辺の精霊と一緒にするな、私は一個の意志だ。テンペストと契約している。おぬしなら分かるであろう?』
姫はそう言ってユズリハに意味深な笑顔で返す、それに少し動揺しながら顔を明後日の方向に向ける。
『折角じゃ、久しぶりに話したい、テンペスト、見ておるのじゃろう? 出てきて私の話に付き合え』
『……はぁ、分かりましたよ……まったくまさか貴女が出てくるとは思っていませんでした……』
召喚もしていないのに、突然姿を現したテンペストにユズリハは驚愕する。その顔にすまなさそうな表情で僅かに目を伏せ、謝罪の態度を示す。
『良いではないか、私も他の上位精霊と話すのは久しぶりじゃからの』
『私、貴女と同じ所にカテゴライズされたくないんですけど……』
二人の精霊は、主を放置して話を続けている。その姿を何か複雑な顔で見守るミナトとユズリハは、互いに頷き合うと、精霊達から少し離れ祭壇の上に腰を降ろす。
「まぁ、取り敢えず、精霊の召喚には成功したし、これからの予定を立てておこうか?」
「ユズリハさん、若干現実逃避してない?」
「言わないで! 自覚はしているから……」
ユズリハは手で顔を覆うとイヤイヤと首を振る、ミナトはその姿に苦笑を浮かべると、話を続ける事にした。
「そうだね、実際の攻略は明日、武器を受け取ってからだね、さっき話したPTメンバーにも連絡を取ってみようと思ってる」
話を再開してくれた、ミナトに感謝をしつつユズリハは頷くと、精霊達に視線を送りつつ言った。
「まぁ、今日のジンさんの話もあるし、ちょっとボクも把握出来ない現象が起きているけど……これからの予定としては、それで良いかな……」
「声に力がないよユズリハさん……」
「今日は色々ありすぎたよ、ちょっと疲れちゃった……」
言葉通りの表情を浮べながら、ユズリハは溜息を吐いた。ミナトは心配そうな顔を浮かべると提案した。
「今日はもうやる事も済んだし、終わりにしようか?」
「うん、そうしてくれると助かるかも……」
ミナトは素直に頷くユズリハの姿に頷くと、まだ、話し続けている精霊達に声をかけた。
「姫、それにテンペストさん、ちょっと良いですか?」
精霊達は話を打ち切り、ミナトとユズリハの近くまでやってくる。それを確認すると二人に告げる。
「今日は、もう落ちる事にしたから、姫とテンペストさんには悪いんだけど、話はまた今度にして貰って良いかな?」
『全然構わないぞ、私もそろそろ戻ろうと思っていた所だったのじゃ、それじゃあ、テンペスト、他の者達にもよろしくな』
『はいはい、誰も貴女の事なんて話題にもしたくないでしょうけど、伝えるだけは伝えておいて上げる』
二人は何か気の置けない友達のような会話を楽しそうにしている、その姿にミナトは昼間のジンの話を思い出す。
「NPCが本当の人みたいに反応するんだ――」
その言葉に精霊も含まれるのかは分からない、ユズリハの言葉を信じるなら、特殊な思考ルーチンのお陰という事で目を瞑る事も出来そうだが、楽しそうに話す精霊にミナトはその言葉に確信が持てなかった。
『それでは主よ、また、そなたとめぐり会えた事に感謝を……』
「うん、僕も嬉しかったよ」
そう言うと、姫は綺麗な笑顔を浮かべ一礼すると銀色の光の粒子と共に消えていく。
『ユズリハ、私も戻るわ。今日の事でも分かった思うけど、きっともう直ぐ始まるわ』
「…………分かったよ」
テンペストは妹を心配する姉の様な表情を浮べながら、緑色の粒子と共に消えていく。
「…………」
「…………帰ろうか。僕達の家へ」
二人は僅かに残る光の粒子を見つめながら、祭壇を後にした。
塔から出ると、あたりはすっかり暗くなっている。二人は寄り添いながら夜の街を歩きながら、今日あった事を思い出していた。
「今日は色んな事を一気に聞きすぎたかも、頭が良く働かないよ」
「ボクも……良くも悪くも、色々な情報を聞いたからね。これを整理するには時間がかかりそう」
互いに疲労の色を隠せず重い足を引きずる様に歩いていると、突然、夜空に巨大なウィンドウが現れる。
[本日もエレメンタルオブタワークライムに接続して頂きありがとうございます。お楽しみの所大変申し訳ございませんが、本日午後十九時より臨時メンテナンスを行なう事になりましたので、メンテナンス時間の五分前までのログ・アウトをお願い致します。なお、メンテナンス終了時間は公式ページにてお知らせいたします。繰り返し……]
夜空に浮かぶウィンドウとアナウンスによって、メンテナンスの実施が連絡されると、周囲のプレイヤー達の溜息と喧騒がミナトとユズリハにも届く。
「何か、丁度良かったみたいだね、僕たち……」
「そうだね……メンテまであまり時間も無いし、少し急ごう」
二人は喧騒が響く通りを抜け、東地区Fの十七番地に到着する頃にはメンテまで残り、十分を切っていた
「ギリギリだったね、まぁ、街の中なら何処でも良いんだろうけど、折角、家があるんだからね」
「そうだね……でも、臨時メンテってやっぱり、今日ジンが話していた事と無関係じゃないよね?」
「たぶんね……まぁ、詳しい事は公式で発表されるでしょう。ボク達がきにしても、今はどうにもならないよ」
二人は話しながら、階段を上がると左右に分かれ、それぞれの部屋に向かう。
「取り合えず、今はメンテ終了の時間も分からないから、明日のログ・イン時間は分からないけど、ボクはメンテが終わってたら、朝の九時には入ってると思う」
「了解、僕もその位の時間に入るよ」
慌しく会話をしながら、二人は約束を交わすと、それぞれの部屋に入る。
ミナトは部屋に入ると、備え付けのベットに座るとログ・アウトしていった。




