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第40話

 polestar(ポーラスター)を後にした二人は、まだ人通りの少ない道をゆっくりとした速度で歩いている。

 ユズリハは弾むような足取りでミナトの隣を笑顔を浮べながら歩いている。


「嬉しそうですね、ユズリハさん」


「うん、この鎧凄く着心地も良いし、デザインも可愛いからね。少し高かったけど買って良かったよ。これもミナト君のお陰だよ」


「僕の?」


「うん、この鎧が買えたのは、ミナト君がボクにお金を分けてくれたからだし、あのお店を見つける事が出来たのも偶然とは言えミナト君が武器を探していたからでもあるからね」


 軽い足取りでミナトの正面に回り込むと下から覗き込むようにして、ユズリハは笑顔を浮べる。


「でも、本当に凄い偶然だよ、あのお店にアマノさんがいるなんて思わなかったし……」


「そう言えば、あの鍛冶師のお姉さんとは現実(リアル)で知り合いなんでしょう?」


「うん、クラスメイトの家で知り合ってね、EOTCであると便利なアプリを教えてもらったり良くしてくれたんだ」


「アプリ?」


 ユズリハは不思議そうに首を捻ると、ミナトの隣に並び歩きながら問いかけた。


「そのアプリってどんなの? ボクも興味ある」


「そう言うと思った、通話アプリなんかは凄く便利だし、ユズリハさんも導入をオススメするよ」


 二人はそんな話をしながら、北地区の繁華街を目指し歩んでいく。


「へぇ、アプリって色々便利そうだね、ボクも通話アプリとそのステータス表示アプリは入れておこうかな……」


「うん、どちらもあると凄く便利だよ。値段もそんなに高く無かったからね」


 ミナトは笑いながら隣を歩くユズリハにそう告げる。


「それなら今日ログアウトしたら、早速買ってこようかな、何時でも声が聞けるのは嬉しいし……」


 少し照れ臭そうにそう言うと、ユズリハはミナトから少し離れると塔を指差し明るい声で言った。


「それじゃあ、精霊に会いに行こうか! 塔に入れば直ぐだしそんなに時間もかからないよ」


「ユズリハさん、その前に少し用事を済ませてからで良いかな?」


 ミナトは前を歩くユズリハにそう告げると、ウィンドウからフレンドリストを開く。


「用事? ボクは全然構わないけど?」


「ありがとう。友達から塔の都(ストーバ・トルレム)に着いたら話したい事があるって言われてるんだ」


「それって、風雲(ヴィント・ヴォルケ)の副ギルマスのジンに?」


「あれ? ユズリハさんジンの事を知ってるの?」


 ミナトは驚いた顔を浮かべると、ユズリハに向かって問いかける。


「それは知ってるよ、攻略系ギルド風雲(ヴィント・ヴォルケ)って言えば、EOTCでも古参の大手ギルドだし、そこの副マスターともなればちょっとした有名人だよ」


「ジンって、そんなに凄い奴だったのか……」


 ユズリハの話を聞きながら、僅かに驚きの顔を作り、そして何と言えない複雑そうな表情を浮べながら、首を振る。


「ミナト君とは、どういう関係なの?」


 そんな表情を浮べるミナトに、好奇心いっぱいの顔でユズリハは問いかける


現実友達(リアルフレンド)なんだよ、幼馴染で昔からの付き合い」


「そうなんだ? それにしてはEOTCを始めるのに随分時期の差があるね?」


「ジンは、昔からインドア派だったから、僕は道場に通ったりしてたから、家で遊ぶより外に出かける方が多かったしね、でも、小学校を卒業するまでは、良くジンの家でゲームしたよ。僕のゲーム経験の殆どはジンの家で積んだ物だからね」


 ミナトは懐かしそうに笑うと、ユズリハに答える。

 その嬉しげで優しい顔を見た、ユズリハは何となく女の自分には入り込めない男の友情を感じて、悔しくなる気持ちを抑えられなかった。


「……そうなんだ……それでその人がミナト君に話があるんだ?」


 僅かに声に険をはらませながら言うと、それに気付いたのか気付いてないのか、ミナトは申し訳なさそうに言う。


「うん、本当は買い物の前に誘われていたんだけど……その時は断ってしまったから、ジンも何かと忙しそうだし、なるべく速く話したそうな感じもしたから出来れば速めに会って置こうかと思って」


 ミナトの言葉に、ユズリハ表情を隠し頷くと何もいわず、北地区の大通りを南地区めざし歩き始める。

 その後ろ姿をミナトは嬉しそうな顔で追った。

 前を歩くユズリハの内心は嵐のように荒れ狂い、顔は羞恥で赤く染まり、まともにミナトを見る事が出来ず、ただ表情を隠しひたすら歩き続ける事しか出来ない、ユズリハだった。


(恥かしい! 同姓の友達に嫉妬しちゃうなんて! ボクは何時の間にこんなに独占欲が強くなったんだ……)


 苦悩しながら歩くユズリハの気持ちには気付かず、ミナトはフレンドリストからジンに連絡を取った。


「ジン、今、大丈夫?」


(ミナトか、買い物は済んだのか?)


「うん、今、南地区を目指して移動中、ジンのギルドって南地区にあるんだよね?」


(ああ、うちもご他聞に漏れず、南地区にギルドハウスを構えているよ、あとどの位で南地区に着く?)


「そうだね……十分弱って所だと思うけど?」


(分かった、クライマーギルドで待ち合わせだ、俺が迎えに出るから)


「了解、それと連れが居るけど構わない?」


(ああ、全然構わない、むしろ、お前のPTメンバーなら是非会っておきたいしな)


「分かった、それじゃあまた後で」


(おう!)


 通話アプリを切ると、人通りの多くなってきた通りを横目に見ながら、ユズリハの隣に並ぶと声をかける。


「南地区のクライマーギルドで待ち合わせすることになったから」


「分かった。それじゃあこのまま大通りを抜けて行くね」


 まだ幾分声が硬いが、先程より幾分落ち着いたのか顔の赤みは取れ、落ち着きを取り戻したユズリハは、人混みを避けながら進んで行く。

 二人は北地区を抜け南地区に着くと、クライマーギルドの前までやった来た。

 そこには大勢のプレイヤー達が建物の内外に溢れ、賑わいを見せている。ミナトはギルドの周りを見渡しながらジンを探す、すると、ギルドの入り口の脇に立ち一種異様な存在感を醸し出しているプレイヤーを見つけ溜息を吐いた。


「はぁ、ジンってば威圧感ありすぎ、周りのプレイヤー達が引いてるよ……」


「あれは近寄りがたい……余程の事が無い限り近寄らないよボクなら……殺されそう……」


 何気に酷い事を言うユズリハに苦笑を浮かべると、ジンに近づいて行く。ミナトを見つけると僅かに表情を柔らかくして寄りかかっていた壁から背中を離す。


「悪い、待たせた。それにしてもジン周りを威圧しすぎ、そんなに恐い顔してると誰も近寄って来ないよ?」


「良いんだよ、俺に用のある奴なんて限られているんだ。それにこれ位の威圧感を出していた方が、男らしいだろ?」


 相変わらずの少しずれた男気の感覚に、ミナトは苦笑いで答える。

 ジンはミナトの後ろに居る、ユズリハに視線を向けると軽く頭を下げる。それに深々と頭を下げ返すユズリハ、軽い挨拶とも言えない挨拶を済ますと、ジンはギルドの影にミナトを無言で引っ張って行くと、壁にミナトを押し付ける。


「ミナト、お前の仲間って女だったのか……しかも結構可愛い感じだぞ! あんな子とPT組んでるのか!」


「いきなり何事かと思えば其処!? しかも、男から壁ドン(物理)とかやめてよ!」


「今、大事なのはそんな事じゃない! 大事なのは! 彼女が可愛い事と! お前が一人幸せそうな事と女っ気のない俺の事だよ! 出来れば大和撫子で胸大きくて同い年の子と恋したいです!」


 何気に注文の多いジンの告白に、ミナトは溜息を吐いてジト目で見つめる。


現実(リアル)ではモテるだろ、昔から言い寄ってくる女の子結構居ただろう? 大助なら慌てなくても、直ぐに彼女出来るよ」


「ううっ……現実(リアル)だと何故か年上のお姉さんしか寄って来ない。しかも、何故か俺の事を獲物を狙うような非情な目で見つめてくるんだ……あれは捕食者の目だよ、俺には分かる……あれ絶対食べようとしてる目だよ……」


 若干トラウマを刺激してしまったのか、涙目を浮かべミナトの胸に顔を埋める、ジンの頭を撫でつつ、苦笑を浮かべると慰めるように言った。


「そういうお姉さんにあったら、取り合えず逃げなさい。そして、近くの交番に駆け込むと良いよ、それに僕が近くに居るときは声をかけてくれれば助けるからさ」


 そう言って背中を優しく叩くと、ジンは顔を上げミナトを見つめる。それに笑顔を向けると肩を叩く。


「だから、いい加減にこの体勢から脱却しよう、周りの目が痛すぎるから……」


「ゴリマッチョと細マッチョの絡み……しかも、細マッチョが攻めとか、私的にストライク過ぎる!」


「男同士の壁ドンからの、優しく慰める男の姿、あれこそ私が求めていたArcadia……」


「育まれる友情、しかし、その友情はやがて愛へと変る……この展開は薄い本が厚くなるわ……」


 周りの女子の方々から、好奇の視線を向けられてミナトは深々と溜息を吐くと、今度は逆にジンを引っ張り、ユズリハの近くに戻って行く。


「用は済んだの? 何か女性プレイヤーから熱い視線を向けられていたみたいだけど」


「言わないで……」


 ミナトは肩を落しながら、疲れた様に言うと引っ張ってきたジンを離す。改めてユズリハの前に来たジンは気を取り直す様に軽く咳払いをすると、自己紹介を始める


「俺はジン・ハイス、風雲(ヴィント・ヴォルケ)と言うギルドの副ギルドマスターをしている、ミナトとは現実友達(リアルフレンド)で幼馴染だ。」


「初めまして、ボクはユズリハ、ミナト君とはまだ知り合って日は浅いですが、仲間として一緒に行動を共にしています。よろしくお願いしますね」


 二人は軽く挨拶を交わす、するとジンがミナトに向かって言った。


「此処だと落ち着いて話も出来ないし、うちのギルドに行こう」


「良いの?」


「ああ、立ち話で済ますにはちょっとな……」


 ジンはそう言いながら歩き出す。ミナトとユズリハの二人は顔を見合わせ首を傾げると、先を歩くジンの後ろに付いて歩き出した。

 南地区のクライマーギルドの近くにジンの所属する、ギルド風雲(ヴィント・ヴォルケ)のギルドハウスはある。大きな北欧風の屋敷は綺麗に管理され。大きな扉の入り口はギルドメンバーが忙しそうに出入りしている。


「お帰りなさい、意外と早かったですね、そちらの方々はお友達ですか?」


 玄関から中に入ると、備え付けのカウンターから軽い感じの声がジンにかけられる。そこにはバンダナを巻き、髪を逆立てた戦士風の男が立っている。


「アラン、珍しいな、お前がこの時間にギルドに居るなんて」


「直ぐにまた出かけますよ。ちょっとアイテムの補充に戻っただけですから。しかし、アップデートからこっち、EOTCは色々な事が起こってますね」


「そういえば、アランは始まりの都(インゼル・ヌル)で起こった、大暴走(グラン・スタンピード)の事を調べるんだったな……」


 ジンはアランにそう言うと、後ろで何故かミナトが咳き込む、訝しげな視線を送るが、手を振り大丈夫だとジェスチャーをしている。

 ジンはそんなミナトを気にしつつ、アランの話の続きをを聞く体勢に戻る。


「そうなんだけど、情報はさっぱり。何処の誰なのかも、PTだったのかギルドだったのかも、一切謎のままです。俺以外のメンバーは、まだ、始まりの都(インゼル・ヌル)に残ってまだ情報収集してますけど……たぶん正体を掴むのは難しいでしょうね」


「目立ちたがり屋なら、今頃名乗り出ている筈だからな、今回ばかりは偽者も出て来ようが無いだろうしな……」


「そうですね……名乗り出れば、あの爆発を再現して見ろって言われるのは目に見えていますからね」

「まぁ、その辺の情報収集はお前達の好きにすれば良い、名乗り出ないのにはそれなりの理由があるんだろうしな、俺はそれを無理矢理解き明かすつもりはないぞ」


 ジンはアランにそう言って、興味無さそうに階段を上がっていく、ミナトとユズリハもその後を追い階段を登る。


「そういえば、もう一つ騒ぎの原因である新職業を見つけたプレイヤーですけど、どうやら二人組らしいってのは分かりましたよ。こっちもジンさん興味ないですか?」


 アランは階段を上がるジンに問いかけると。上がるのを止めニヤリと笑うと、アランにこう言い返した。


「そっちの正体はもう知っている。情報が遅いぞアラン?」


 その言葉にアランは間抜けな顔を浮べる、その顔を面白そうに見つめながら、ジンはミナト達を連れ、二階に上がっていった。


「ジン……僕の心臓に悪い事言うのやめてよ」


「悪い悪い、でも、安心しろ。ああ言っとけば、アイツ個人はもう調べる事はしないから」


「それはどうして?」


「他人が知っている情報を集めても面白くないだろう?」


 ジンはそう言って面白そうに笑うと、二階の突き当たりにある大きな扉を開ける。そこには長方形のテーブルが置かれて、大人数での話し合いも可能な会議室の様だ、ミナトとユズリハは先に席に着いたジンの正面の席に着くと話を聞く体勢になる。


「早速だが、これから話す事は内密にしてくれ。俺としてもまだ何とも言えない話だからな……」


 何時に無く真面目なジンの顔に、ミナトは頷く。

 隣に座るユズリハも神妙な顔で頷くと話の続きを待った。

 幾らか間を開けるとジンは重々しく口を開く。


「これから話す事は三つ、まず一つ目はこのEOTCではあまり意識されないものだが、現実(リアル)ではあって当り前の事に関してだ…………それは痛み。痛覚の話だ」


「痛覚?」


 ミナトは不思議そうに首を傾げていると、隣の席のユズリハが説明する。


「EOTCには痛みという感覚は設定されていないんだよ。幾ら現実(リアル)趣向が売りとは言え、実際に戦闘中に痛みを感じる様な仕様には流石に出来なかったんだと思う」


「ユズリハさんで良いかな?」


 ジンはミナトに説明をしているユズリハに向かって、改めて呼び方を尋ねる。


「はい、ボクもジンさんで良いですか?」


 ユズリハはそう返事を返すと、ジンも頷いて話しの続きを始める。ミナト共にジンの話しに真剣に耳を傾ける。


「ああ、構わない。ユズリハさんの言った通りに今稼動しているVRで痛覚が設定されているゲームは無い。だが、アップデートが行なわれた日から、戦闘中に痛みを感じると訴えるレイヤーの数が増えてきているらしい。最初は気のせいだと誰も取り合わなかったがその数は徐々にだが増え始めている……」


 ジンは溜息を吐くと、ミナトを見つめ問いかけて来る。


「ミナト、お前最近した戦闘で痛みを感じた事は無いか?」


「どうして、僕に聞くのさ?」


「痛みを感じた事のあるプレイヤーには類似性がある、VRへの適正値が高い者ほど痛みを感じる割合が高いんだ」


 ジンは手を組むとそこに自分の額を乗せ暫く俯く。ミナトはそこで何故自分にその問い掛けが来たのか理解する。


「昔、ジンの家でしたVRの適正診断を憶えていたから……かな?」


「その通りだ。俺が知る限り、最も高いVR適正値なのは、ミナト、お前だからな……」


 ミナトは少し考え込むと、自信無さそうにジンの問いに答える。その隣ではユズリハも難しい顔で考え込んでいる。


「僕は道場でちょっと特殊な訓練を受けたから、痛みに対しては結構鈍感なんだけど……痛みを感じた事があるか、どうかで答えるなら……たぶんある」


「たぶん……?」


「その時の事は少し記憶が曖昧なんだよ……でも、あの時、痛みを感じたのは間違いないと思う……」


 ミナトは大暴走(グラン・スタンピード)で巨人と戦った時の事を思い出しながら、記憶を呼び起こす。

 やはり少し曖昧だが、ユズリハに迫る巨人の背中を見ながら、体中の痛みに耐えていたことを、ミナトはボンヤリとだが憶えていた。


「そうか……やはり実際に起こっている事なのか……」


「それで残りの二つは? やっぱり似た様な話なの?」


 ジンは深く溜息を吐くと。ミナトに視線を向け話し始める。


「痛みの話と無関係ではないんだが、痛みを感じると言う事は何かしらの怪我を負ったという事だ。ここで残りの話の内の二つ目が出てくる。それは血、血液と怪我の描写だ……EOTCには血液やグロテクスな表現は無い。それがこの痛みを感じたと訴えるプレイヤーからは傷口から血液が噴出したとか、傷口がリアルに表現されていたとの報告がある……」


「そういえば、あの時、僕も血を流していた気がする……それにしても全然違和感を感じなかった……僕、おかしいのかな?」


「それは違う、おかしいのは俺達古参プレイヤーの方だ、ミナト、お前はまだEOTCを初めてから一週間経ってないだろう? 

感覚が現実(リアル)寄りなのは当たり前だ。だから、EOTC(此処)で痛みや血液を見ても、さほど疑問に思わないのも無理は無い……それは当たり前事なんだから……逆に俺達みたいなEOTCに浸りきってる方が問題なんだ、実際に夏休みなんかの長期休暇明けには、VRと同じ感覚で現実(リアル)に戻って大怪我をするなんてニュースは良く聞くだろう?」


 ミナトはジンの言葉を聞き、確かにその手のニュースを目にする事があったので、言われた事に納得する。

 自嘲気味に笑うジンに、ミナトは不思議に思った事と自分お体験を交えながら質問をして行く。


「う~ん、でも、実際には痛みを感じたことのあるプレイヤーの数って、話を聞く限り少ないみたいだし……ずっと痛みが続くって訳でもないみたいだし、そんなに心配する事も無いんじゃない?」


「ああ、戦闘中に稀に起きる程度みたいだな、それに回復薬を使えば何時も通りに回復もする、ずっと痛みが続く訳では無いのも確認している、それは分かってるんだがな……」


「一番ありそうなのは……単純にバグとかじゃないの? 運営に問い合わせしてみたら?」


 ミナトの至極まともな提案に、ジンは肩を竦めながら首を振る。


「勿論、とっくに報告済みだ。運営から返事はまだ来てないが、バグなら公式に説明が載るだろうさ。ただ、大型アップデートからEOTCでは色々な事が起きているからな……心配になったのさ、それにギルド運営に関わってる俺としは、何かと気を使わないといけない事も多いからな」


「なるほどね、でも、僕やジンが話し合っても、解決出来る問題では無さそうだね……」


「別に解決しようなんて思ってないさ、ただ、お前も気を付けろって言いたかっただけだ……さっきも言ったが、この現象はVR適正値が高い奴に多く見られるからな」


 少し照れ臭さそうに言いながら、ジンはそっぽを向く、その姿に現実(リアル)の時の大助の姿が重なり、ミナトは笑顔を浮かべる。


「心配してくれたんだな、ありがとう。ジン」


「良いさ、でも、実際体験してみてどうだった? その痛みは?」


「う~ん、僕が痛みにそれなりに強いのはさっきも言ったよね?」


「ああ、あの(・・)道場に通っていたんだ、多少の事では問題にならないだろうさ」


 恐れを含む口調で、そう言うジンにミナトは苦笑を浮かべながら、その時の事を思い出しながら告げた。


「感覚だけど、現実(リアル)と変らなかったと思うよ……だけど、実際に怪我をする訳ではないから何か違和感はあったけど……」


「そうか……多少でも痛覚が鈍くなってくれていればと思ったが、そんなに上手くはいかないか……」


「まぁ、今はさほど心配する事ないと思うよ。異常があればspirt world側で、強制ログ・アウトもあるし、僕が体験した時も強制ログ・アウトしなかったしね」


「安全性に関してはVRマシンの基準は厳しいからな、確かにミナトの言う通りかもな」


「そうそう、取り敢えずは運営の返事を待てば良いさ、それで三つの話の最後の一つは何?」


「これこそ、気のせいか、見間違えの可能性が高い事なんだがな……NPCが本当の人みたいに反応するって報告が増えてるんだ」


 前の話題ほど深刻な表情にはならずにジンは説明を始める。先程から黙って座っているユズリハに視線を向けると、何か考え込むようにしている。

 ユズリハに暫く視線を向けるが、それには気付かず一人思考の中にあるようだ。ミナトは邪魔をするのも悪いと思ったのか声をかけずにジンの話しに集中する事にした。


「確かに、EOTCで初めてあった人も凄かったなぁ、本当にこの世界に生きてるみたいだった……もしかしたら本当はプレイヤーだったのかな……」


 ミナトはこのEOTCで初めて会ったハーフエルフの老人の事を思い出し、もしかしたらプレイヤーだったのではないのかと思った。


「このEOTCには数多くのプレイヤーが居る、俺達みたいなクライマー、生産職者、観光客、ゲーム内就職者、それらを見分けるには頭上のタグを見るしかない。プレイヤーなら青、NPCなら緑、モンスターは赤、オブジェクトは黄色、普段は隠れて見えないこのタグで確認するしかないのだから、見間違いは多々在ると思う。それでも実際にアップデートが行なわれる度にこの話題は必ず上がるんだ。」


「アップデートの度に?」


 ミナトはジンの言葉に驚きながらも、話の続きを待った。


「そうなんだよ、アップデートが行なわれる度にもう決まったように囁かれる噂、とある検証系考察ギルドに所属していた学者の一人は、こんな事を言っていたんだ」


『このEOTCと言う世界は、アップデートをするたびに我々の知らない異世界の現実(リアル)に近づいてい行ってる。そして、最終的には我々プレイヤーはEOTCと言う異世界に囚われてしまうだろう』


「…………っ」


 黙って思考に沈んでいたユズリハは、その言葉に僅かに反応するが、それは一瞬でまた思考の海に潜って行く。

 ミナトはそんなユズリハを心配そうに見つめるが、俯いたまま、その視線に気付く事は無かった。


「……異世界か、それが本当なら怖いね……」


「どうしてだ? 小説や漫画なら極ありふれた設定じゃないか? それに誰だって一度位はゲームの世界に行って見たいと思うのは当たり前の事だろ?」


 ジンのその言葉に、ミナトは苦笑を浮かべると、個人的に思っていることを告げる。


「だって、実際に異世界なんかに行ったら、今の生活を全て失うんだよ? 親や友達、この安全な日本と言う国での衣食住、それを全て失くして、異世界に行きたいとは僕は思わないよ」


「言われて見れば、確かにそうだな……俺も家族や友達は大事だし、今の全てを捨てて一人で異世界に行きたいとは冷静に考えれば思わないよな……」


 ミナトの言葉に納得したのか、深く頷くジンにミナトは笑顔を浮かべながらフォローを入れる。


「冷静に考えればそうだけど、僕だってそう思った事が無い訳じゃないから……」


「そうだよな!、ゲーム好きなら当然思う事だよな! でも、ミナトは慎重派だな、もっと勢いで行動しても良いと思うぞ?」


「そうかもね、だからゲームでは、結構その場任せの、勢い任せの場合が多いよ。現実(リアル)でもいざとなれば結構後先考えないタイプだしね。僕は」


「そうかもな……まぁ、話はずれたけど、最後の一つはNPCについてだった訳だが、ミナトはどう思う?」


「何か大雑把な質問だね、僕はまだプレイ期間も短いし、NPCに違和感を感じるほど話した事も無いから、何とも言えないけど……もし、僕が大昔の人間でVRなんか知らなくて、この世界に強制的にログ・インさせられたら、多分自分は異世界に放り込まれたんだと思っても不思議は無い位の完成度は誇ってるね。

唯一の弱点はさっき話題に上がった痛覚だけだね、それも、適当な説明を受ければそうなのかと納得出来そうだけど……」


 ミナトは会議室の窓から、外の風景を見つめ、正面に居るジンと隣に座るユズリハの息遣いを感じると、その認識に間違いは無いと思うと、ジンに言った。


「つまりはこのEOTCは良く出来すぎているのかもね……さっきのジンの教えてくれた学者の言葉では無いけど、まるで元々あった異世界にそのまま僕達プレイヤーを連れてきたみたい」


「EOTCは確かに、他のVRMMOに比べると世界がリアルだとは言われているけど、流石にそれは無いだろう」


ジンはミナトの言葉に可笑しそうに笑うと、椅子から立ち上がり窓を開く。外からの風が会議室の中の空気を入れ替えていく。

 少し重苦しかった空気が軽いものに変るのを感じると、ミナトはユズリハに話しかけた。


「ユズリハさん、話は一応終わったみたいです。すみません付き合わせちゃって……」


「……ううん、ボクは全然構わないよ、それに有意義な話も聞けたしね」


 ユズリハはそう言って微笑むと、ジンに向かって問いかける。


「あの、さっき話していた学者さんて、なんてお名前なんですか?」


「学者……? ああ、名前は確か……鉄斎、黒刃鉄斎って名前だった」


「黒刃鉄斎……」


「ユズリハさん?」


 ミナトは真剣な顔で、その学者の名前を呟くユズリハを心配そうに見つめながら、口を開こうとした瞬間ユズリハは椅子から立ち上がる。


「今日は本当にありがとうございました。色々ため(・ ・)になる話を聞けて良かったです」


「いや、こちらもミナトの仲間に会えて良かった、これからも良かったらこいつの面倒を見てやって下さい」


 ジンはそう言って笑顔を向けると、ユズリハも硬い表情を僅かに崩して微笑んだ。


「はい、どこまでやれるか分かりませんが、一緒に頑張って行きたいと思っています」


「ジン! あまり余計な事をユズリハさんに言わないでよ!」


「あっはっは、良い仲間を持って幸せだな、俺からの話は終わりだ、二人ともまだ何か予定があるんだろう? 俺の事は気にしなくて良いから、行くといい」


 ジンは、ミナトにそう言って方目を瞑る、それに頷くと、ミナトは少し様子のおかしいユズリハの手を取り、会議室の扉を開け部屋を出て行く。

 手を引っ張られながら、ユズリハは戸惑いの表情を浮べ、ミナトの背中を見つめつつ、風雲(ヴィント・ヴォルケ)のギルドハウスを後にする。塔を目指し無言で歩くミナトに引っ張られながら、ユズリハは俯く。

 その様子を伺いながら、ミナトは握った手に力を篭める。それに反応し僅かに顔を上げるユズリハにミナトは言った。


「ユズリハさんが、今、何に気を取られているかは聞きません……誰にだって言いたくない事はありますから」


「ミナト君……」


「でも、力になりたいとは思っています。ですから、気が向きたら話して下さい。僕は何時でもユズリハさんの味方ですから……」


 ミナトは正面を向いたまま、ユズリハに視線を向ける事無く力強く言い切る。


「ありがとう……ミナト君、今は話せないけど……何時か必ず話すから」


 ユズリハは繋がれた手を強く握り返すと、今まで引っ張られていた体に力を入れ、ミナトの隣に並ぶと、一緒に歩き始める。

 傾き始めた日の光が橙色に染まる時間。並んで歩く二人の影を遠くまで伸ばしていた。

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