第39話
塔の都の北地区にある武具屋polestarで思いがけない人物と再開したミナトは驚きの顔で正面に座る女性を見つめている。
「生産職だって、聞いていましたけど、まさかこんな形で会う事になるなんて思っていませんでした……」
「それは私もですよ……ユウキさんと呼んで良いかしら?」
ヒトツネがそう尋ねると、ミナトは笑顔で頷いた。その隣にすわるユズリハが微妙な表情を浮べるが、それには気付かず、ミナトは話し続ける。
「はい、全然構いませんよ。僕もアマノさんって呼ばせて貰いますね」
ヒトツネも柔らかい微笑を浮べながら頷く。そしてミナトの隣に座るユズリハに少し視線を向けると、何やら納得顔を浮べる。その表情も僅かの間だけで直ぐにミナトに向き直る。
「それにしても偶然って凄いですね……」
「そうですね、まさか昨日今日でEOTCで会う事になるなんて思ってみませんでした」
「そういえば、昨日はどうでした? リーフさんと約束していたのでしょう?」
ヒトツネの言葉にミナトは苦笑を浮かべると、昨日の顛末を思い出しながら言葉を紡ぐ。
「まぁ、色々ありましたけど、楽しかったですよ……リーフは大変だったかもしれないですけど……」
「なるほど……その辺の事は、リーフさんに会った時に詳しく聞きましょう」
ミナトの言葉に何かを感じ取ったのか、ここでは詳しい説明を求めてこなかった。その対応に感謝しながら改めてヒトツネに向かって言った。
「実は先程も言いましたけど、、僕に武器を作って欲しいんです。」
「良いですよ。ユウキさんの頼みなら断れませんし、調度今なら他に注文もありませんから」
ヒトツネは軽い調子で答える。その返事にミナトは驚きながらもホッとした表情を浮べる。
「本当に良いんですか? そちらの店長さんは、あまり頻繁には注文を受けないと言っていましたけど……」
猫耳少女は目を閉じ美しい所作でお茶を飲んでいる。その姿を見つめ、ヒトツネは微笑を浮べると、琴の頭を撫でながらミナトに答える。
「確かに、私はあまり沢山の注文を受ける方ではないですけど、リーフさんのお友達でもある訳ですし、私とも知らない仲ではないでしょう?」
「そう言って貰えると助かりますけど……本当に良いですか?」
「ええ、構いません。私は、貴方の使う武器を作ってみたいのです。こう言えば納得してもらえますか?」
「敵わないですね……此処で遠慮するのは帰返って失礼でしょうからね……でも、本当に助かりました、実は、まだ、LVが低くて良い武器を見つけられなかったものですから……」
ミナトは恥かしそうに頭を掻く、その姿にヒトツネは微笑を浮べると優しげな声で聞いて来る。
「それでユウキ君はどういう武器が欲しいんですか?」
「剣……刀を一振り作って欲しいです」
「刀……日本刀ですか……」
ヒトツネは少し考え込むと、ミナトに向き直り問いかけて来る。
「ユウキさんの希望はどのようなものですか?」
「僕はLVも低いのですから……それでも装備出来る物を……それからなるべく長く使える物が希望なんですけど……」
「長くとは、戦闘時間では無く、これから先LVが上がってもと言う事ですか?」
「はい……」
ミナトは申し訳無さそうに告げると、ヒトツネの表情を伺った。
「取り合えずどの位の物まで装備出来るのか、調べてみないと何とも言えません」
そういうとヒトツネはアイテムストレージから三本の剣を取り出すと。ミナトの目の前に置いた
「手前から装備していってもらえますか? そしてペナルティが付いたら教えてください」
ミナトは頷くとソファーから立ち上がって手前の剣から手に取った。
一本目は問題なく装備出来たので、二本目に手を伸ばす、装備すると少し表情が変わるが問題ないのか、それを置き最後の一本を手に持ち装備して鞘から抜き振るとミナトは頷き剣を鞘に戻す。
「三本とも問題なく装備できました」
「凄いですね、三本目は結構ステータスの要求値が高めなんですけど……うん、それが装備出来るようなら、ユウキさんの要望にあった武器を作れますよ」
ヒトツネはにこやかに微笑むと、琴に向かい小さく頷く。それを見た琴が立ち上がりカウンターから一枚の紙を持ってくる。
「こちらが注文書……名前と連絡先を書いて下さい。それとクライマーギルドのカードの提示をお願いします」
そういうと琴は羽ペンをミナトに渡す、それを受け取り注文書に名前と連絡先を書き込むとギルドカードと共に琴に手渡す。
「確かにご注文承りました。何か要望があればヒトツネに仰ってください」
琴は隣に座るヒトツネに目配せすると、注文書を持ってカウンターの奥に入って行く。
「さて、ユウキさんの要望を詳しく聞きますね、長く使えると言う事意外に何かありますか? 例えばこの素材を使って欲しいとか、切れ味重視か耐久性重視のどちらが良いとか」
「そこまで我侭を言っても良いんでしょうか……」
ミナトは隣に座るユズリハにも視線を送るが、何か不満があるのか、ミナトから視線を外す。
「良いんじゃない? 鍛冶師さんがそう言ってくれてるんだから」
ユズリハの声に棘があるのを感じると、ミナトは不思議そうにユズリハを見つめると問いかける。
「どうしたの? 何時ものユズリハさんらしくないけど……」
「ボクは何時も通りだよ! ミナト君が何時の間にか綺麗な鍛冶師さんと仲良くなっていても、ボクはちっとも気にならないし!」
「この前にも言いましたけど、女性と一緒に居るときにはちゃんと気配りしないと駄目ですよ? ユウキさん」
ヒトツネはそう言って、ミナトに微笑むと、今度はユズリハに向かい頭を下げながら、事情を話し始める。
「私はユウキさんの現実友達である人の家で出会ったばかりです。ユズリハさんが言うほど親しい間柄ではないのですよ?」
「そう言えば、会ってこうやって話すのはまだ三度目ですね……色々と教えてもらったからそんな感じはしませんけど……」
「そうなの?」
ユズリハは二人の言葉に驚きながら、ミナトに問いかける。
「うん、EOTCで使える便利なアプリを教えて貰ったりしたけど、実際に話した時間なんてほんの少しだよ」
「そうですね……そういえばユウキさん、アプリ導入したのですね?」
「はい、教えてもらったアプリの幾つかはもうインストール済みです。凄く便利で重宝してますよ」
「良かったです。お役に立てたみたいで」
ヒトツネは優しく微笑むと、ユズリハに向かって意味深な笑顔を向けると言った。
「そういう訳ですから、ユズリハさんが心配するような関係ではないので安心してください」
「べ、別に何も心配なんてしてません!!」
ユズリハは顔を赤くして語気を強めて言い返すが、ヒトツネは微笑を浮べたまま二人を見つめている。
「これはリーフさんに強力なライバル登場というところですね」
「リーフがどうかしたの?」
ミナトはヒトツネの小さな呟きに反応すると、不思議そうな顔で尋ねる。
「いいえ、なんでもありません、ユウキさんは、これから大変そうだと思っただけです」
「?」
「…………」
意味深な発言に訝しげな表情のミナトは苦笑を浮かべながら首を振り
今の発言の意図を何となく察したユズリハは顔を赤くしながら顔を背ける
ヒトツネはそんな二人を見つめると可笑しそうに笑った。
「さて、雑談はこの位して、もう少し詳しい注文を聞きましょうか、ユウキさん。要望があれば仰って下さい。私は鍛冶師お客さまの要望に出来るだけ添える武器を提供するのが誇りでもありますから遠慮なく注文を付けて下さい」
ヒトツネの顔が一人の鍛冶師に変るのを見ると、ミナトは頷き姿勢を正すと改めて頭を下げる。
「分かりました、我侭を言ってしまうかもしれませんが……それではよろしくお願いします」
「全く構いません、お客さまの注文に誠実に答えるのは当たり前ですから、それでは改めて要望を確認していきましょう……」
ヒトツネに問い掛けにミナトが答え、ミナトの要望にヒトツネが返答を返しながら話し合いが続く。
琴の用意してくれた和菓子を食べながら話し合いが終わるのをユズリハが待っていると。カウンターからお茶のお代わりを持って琴がやってくる。ユズリハは受け取ったお茶を飲みながら店内を見渡していると、何か特殊な素材を使っているのか見た事のない光沢を放つ女性用の革鎧が目に入った。その鎧に吸い寄せられるように近付くと手を伸ばし触れてみた。
「それは、白蛇の皮とホワイトメタルスライムの体液を使って加工した革鎧です……毒耐性、斬撃耐性、火属性と氷耐性を備えた。当店の試作品でもあります……」
琴がユズリハの背後から革鎧の説明を始める。
「綺麗な鎧……金属とも革とも違うんだ……」
「はい、加工の段階で金属と革の両方の長所を最大限引き出すように作られています。女性にも装備出来る軽さでありながら、金属鎧にも負けない防御力も備えています」
「凄いね……こんな綺麗な鎧見たことないよ」
ユズリハは白色の鎧から目が離せずにいる、琴が嬉しそうに小さく微笑むと、静かに告げる。
「お気に召したなら購入しますか……?」
「えっ? えっと……欲しいけど……良いの?」
「はい、この鎧は私とヒトツネの合作です……試作品ですので使って頂いて、感想などをお教え頂けるなら、お値段のほうも勉強させて頂きます」
琴のその言葉に内心かなり揺れるユズリハ。しかし、しっかり者の彼女は冷静になると琴に問いかける
「えっと、値段は?」
「金貨三千枚……」
「さ、三千……!?」
ユズリハにはとても手が出せる金額ではない事に溜息を吐く。
「残念、ボクの経済力じゃあ手が出ないよ……」
ユズリハは残念そうに言うと、琴にそう言って苦笑いを浮べる。琴は小首を傾げミナトの方を向くと、こう言った。
「お金ないの? 彼はいっぱい持っていたけど……」
「それは、ミナト君は持ってるだろうけど…………あれ? そういえばボクも……」
ユズリハはふと今朝の事を思い出し、自分の今の所持金を確認する。
「そうか……ボクもお金はあるんだ……それなら……」
ユズリハは暫く考え込むと、不思議そうな顔をしている琴に話しかける。
「この鎧の値段は金貨三千枚だったよね?」
琴は改めて問いかけて来る、ユズリハの言葉に頷くと商売人の顔に変わる。これから交渉が始まる事を直感的に感じ取って目つきが僅かに鋭くなる。
「値段を勉強してくれると言ったよね? どれ位まけてくれるのかな?」
「……試作品だけど性能は確か、金貨二千八百枚」
「試作品なんだよね? それに命を預けるんだもう少し勉強しようよ、金貨二千四百枚」
「いきなり二割引きは法外……私とヒトツネの仕事に間違いは無い……金貨二千七百枚」
「そうは言うけど、実際に体を張るのはボクだし、金貨に二千五百枚」
「…………」
「…………」
「分かった……確かに実際に使うのは貴女だから……金貨二千六百枚でどうですか……?」
「……その値段で手を打ちましょう、それにこれ以上の交渉はこの鎧に対して失礼だからね」
ユズリハはそう言うと、ギルドカードを取り出し琴に手渡す。そのカードを受け取ると僅かに微笑を浮べカウンターに入り精算をする。
「サイズは自動調整されます……装備条件もそんなに厳しくないはず……」
カウンターから戻ってきた琴はそう言いながらカードを返し、展示してある鎧をユズリハに渡す。
「ありがとう、まぁ、LVやステータスが足りなかったら鍛えれば良いさ」
目の前にある鎧をもって、試着スペースに入ろうとするユズリハは、ソファーで話し込んでいるミナトに視線を向ける。
ヒトツネと話し込むミナトは、ユズリハの様子に気付かず真剣に話し合っている。その姿にユズリハは舌を出すと勢い良く仕切りのカーテンを閉めた。
「中々楽しい方ですね、ユウキさんの仲間は」
その姿を目撃して、楽しそうに笑うヒトツネに対し、ミナトは困った様な笑顔で頭を掻いた。
「ユズリハさん、頼りになる人なんですけど、偶に凄く悪戯っぽくなる時があるんですよ……」
「良いじゃないですか心を許している証拠ですよ。あれ位、素直な方がかえって好感が持てます」
ヒトツネの言葉には衒いが無く、その感想に素直に頷くとミナトは笑う
「さて、お連れの方をあまり待たす訳にも行きませんし、伺った要望を纏めますね」
「はい、お願いします」
「まず、形状は日本刀、長さは二尺七寸、鞘走りの良い物、ある程度のLVまで使える事、攻撃力より耐久力を重視、素材は此方に任せて貰うという事で良いでしょうか?」
ヒトツネの言葉の一つ一つに頷きながら、頭の中で確認していくとミナトは大きく頷いた。
「はい、間違いありません」
「確かに承りました。明日の朝までには仕上がると思いますので、また明日お出で頂けますか?」
「了解しました」
二人は頷き合うと、ヒトツネが手を出してくる、不思議そうに手を見つめるが、それが握手を求められているのだと気付くとミナトはその手を握る。
互いに力強く手を握り合っていると、試着室仕切りのカーテンが開かれた。二人は手を離すとそちらに視線を向ける。
「ジャーン! どうだいミナト君に会うかな?」
そこには白い女性用の革鎧を装備した、ユズリハがポーズを取ってミナトの感想を待っていた。
「うん、凄く似合ってるよ」
あまりに芸の無いミナトの答えだが、それでもユズリハは嬉しそうに微笑んだ。
「えへへ~、ありがとっ!」
そんな二人の様子を、polestarの店長と鍛冶師が微笑ましそうに見守っていた。
「ミナト君の方も済んだの?」
「うん、出来上がるのは明日だから、今日は塔には登れないかな……」
「それじゃあ塔の一階にある、祭壇に行って精霊召喚をして今日は終わろうか?」
「その祭壇までの道のりって安全なの?」
ミナトの質問に、ユズリハ頷くと説明を始める。
「塔に入って直ぐの広間にあるから道のりって程じゃないし、勿論モンスターも出ないから安全だよ」
「そうなの? それじゃあ残念だけど今日はそうれだけにしておこうかな……」
残念そうなミナトの背中を優しく叩くと、ユズリハ元気付ける様に言った。
「大丈夫、さっきも言ったけど塔は逃げないよ」
「そうだね……慌てる事もないね! まだまだ僕のEOTCライフは始まったばかりだしね!」
「そうそう、慌てずにじっくりと行こう」
二人は頷き合うと、ヒトツネと琴に向かって頭を下げる。
「今日はありがとうございました。急な申し出にも関わらず受けてくれて、アマノさんには迷惑をかけてしまいました」
「いいえ、私は職人です。お客さまの要望に答える義務がありますから」
「毎回そうやって注文を受けてくれれば良いのに……変な職人気質を持ってるからヒトツネは厄介……」
琴は小さく溜息を吐きながら、少しヒトツネを皮肉る。苦笑いを浮べながら猫耳の生えた小さな頭を撫で回す総髪の鍛冶師はこう告げる
」
「職人って者は気難しくて厄介な人ばかりなんだよ、琴だって分かってるだろう?」
琴はヒトツネの言葉に小さく頷くと、着物の袂から二枚のカード取り出すと、ミナトとユズリハに渡してくる。
「この店polestarのメンバーズカード……ポイントを溜めると良い事あるかも?」
「何故疑問系なのかは気になるけど……うん、使わせて貰うね」
「ボクもこの店の事気に入ったから、頑張ってポイントを溜めさせて貰うね」
二人はカードを仕舞うと、店の出口に向かう。二人に琴はお辞儀をすると澄んだ声で言う
「ありがとうございました。またpolestarをご利用下さい」
琴の声と微笑むヒトツネに見送られながら、二人は店を後にした。




