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第37話

『間も無く本船は塔の都(ストーバ・トルレム)空港に到着いたします。着陸態勢に入りますので、お近くの席にお座り下さい』


 展望ラウンジにアナウンスが流れる。ミナトとユズリハは座っていた席に深く腰掛ける。


「いよいよ塔の都(ストーバ・トルレム)に着くんだ……楽しみだなぁ」


「きっと色々な意味で驚くと思うよ。現実(リアル)では見れないものばかりだしね」


 ユズリハはそう告げると悪戯っぽく微笑む。ミナトはその笑顔を見ながら頷いた。


「今の話で、また楽しみになったなぁ」


「期待は裏切らないよ。着いたら色々案内してあげるからね」


 ミナトは頷くと、ラウンジの大きな窓から見える塔に圧倒されながら、ゆっくりと降下していく飛行船の中で直陸の時を待った。

 離陸の時と変らず、飛行船は静かに着陸すると、係留ロープが船員達によって地面に設置されたボラードに繋がれていく。ミナトは席から立つと飛行船の搭乗口に向かう。そんなミナトの後ろをユズリハは苦笑を浮かべながら追った。

 搭乗口は既に開かれており、ミナトはそれを確認すると駆け足で飛行船から出る。空港の離発着場には何隻かの飛行船が係留されており、視界を遮っているため遠くまでは見渡せない。空港に向かい歩きながら係留された飛行船の影から出ると、そこには見上げる事も困難な程の巨大な塔が聳え立っていた。


「これが(ヴェルト)……」


「そうだよ……直径約十五キロメートル、高さに至っては測定不能、EOTCが開始されてから三年経つけど、未だにその全容は謎のまま……“(ヴェルト)”と呼ばれるこの世界のメイン舞台だよ」


 ユズリハの説明を受けながら、ミナトは聳え立つ(ヴェルト)を見つめ続ける。青空を貫くその姿に畏怖と感動を覚える。


「何か人知が及ばない……もう一つの世界を見ているみたいだ……」


「そうだね……そういう気持ちを抱いてしまう人がきっと大勢居たから、ドイツ語で世界を意味する、ヴェルトって呼ばれるようになったんだと思うよ」


「世界……なるほど……ヴェルトってそういう意味だったんだ……」


 ミナトは納得しながら頷くと、塔から視線を外しユズリハを見つめながら空港を指差すと笑顔で言った


「それじゃあ行こう、ユズリハさん! “(ヴェルト)”へ!」


「慌てないで、塔の都(ストーバ・トルレム)を案内してあげるから、(ヴェルト)に登るのは、そこで色々準備を整えてからね」


 今にも駆け出しそうなミナトを引きとめながら、ユズリハは苦笑を浮かべると空港に向かって歩き出す


「取り合えず空港から出よう、飛行船の中でも話した通りにまずは装備や貰った物件を見に行ってみよう」


「う~ん……速く(ヴェルト)に行ってみたいんだけど……」


 ミナトは不満そうな顔で、ユズリハに訴えかける。


「駄目だよ、何事も事前の準備って大事でしょう? しかも、ミナト君は初めて(ヴェルト)に登るんだ確り準備しないとね」


 そんな様子のミナトに窘める様に言うと、ユズリハはミナトを真剣に見つめる。その視線に観念したのか不承不承頷く


「分かったよ、確かに準備は大事だからね……それでまずは何処を目指すの?」


「そうだね、まずは活動拠点をしっかり作った方が良いから物件を見に行こう! 場所は分かってるんだよね?」


「うん、場所は教えて貰ったから……でも、僕は塔の都(ストーバ・トルレム)の地理には詳しくないから案内出来るかなぁ……」


「いいよ、住所を教えてくれればボクが案内するから」


「ありがとう、え~と、住所は東地区のFの十七番地だって」


「東地区か、良い所にある物件みたいだね」


 ユズリハは住所を聞くと頷きながらそう言うと、ミナトの手を取り歩き出した。二人は空港から出ると、大通りを目指し歩き始めた。


塔の都(ストーバ・トルレム)はその名の通り(ヴェルト)を中心にした街なんだ、その(ヴェルト)を中心に円形状に広がって東西南北の四地区に分かれているんだ、今ボク達が居るのが南地区、此処には空港やポータル、クライマーギルドなんかの公共機関が多く立ち並び、所謂TOPギルドなんかのギルドホールも数多く点在している。塔の都(ストーバ・トルレム)中心地だね」


「なるほど、つまりはEOTCの攻略の最前線って事だね」


「そうだね、攻略系のTOPギルドの多くはこの南地区にギルドホールを構えているから。確かにそういう意味では最前線って言い方は正しいと思うよ」


 ミナトは通りを見渡すと、明らかに高LVの装備を身に付けたプレイヤーが、かなりの数歩いている。それを横目に見ながらミナトはユズリハの話の続きに耳を傾ける。


「そして、これからボク達が向かう東地区は、中堅ギルドが多くて多分この街で一番活気がある場所だよ」


「良い所にある物件みたいだね、クライマーギルドには感謝しないと、ところでユズリハさんは普段何処を拠点にしてるの?」


「ボク? 西地区の宿屋だよ。ソロプレイヤーや初級者なんかが、最初にお世話になるのは大体西地区だからね」


 ユズリハは笑顔で答えると、西地区の方を指差しミナトに告げる。


「西地区には実力者が住むって言われていてね、ギルドに所属しない高LVプレイヤー達が多く集まる地区なんだ、ボクも何人か知ってるけどちょっと変わり者が多いね……あまり人の事は言えないけど」

「ユズリハさんも変わり者って事?」


「う~ん、自覚はあまり無いけど、同じ頃にEOTCを始めた知り合いは、転職して上級職になっている人も多いのに、それに比べて、ボクはまだ下位職業のままだしね……よく言われるよ効率が悪いとか、変に拘り過ぎているとかね……そういう人達から見ればボクは十分に変わり者って事さ」


 ユズリハは自嘲気味にそう言って笑った。その姿に、ミナトは躊躇いがちに問いかける。


「そういうプレイスタイルを後悔してるの……?」


「まさか、効率が悪くても、変な拘りで進行が遅くなっても今までの行動に、ボクは後悔はした事無いよ、無駄な事だと分かっていても試さずに居られない性格だからね」


 ユズリハは今度ははっきりとした笑顔を浮べると、ミナトに向けてそう言い切った。


「ユズリハさん……」


「さて、愚痴っぽい事はこれ位にして、北地区の事も説明しておくね。北地区は生産系のギルドが多く集まる地区で、毎日何かしら、新しい装備やアイテムが生み出されているんだ。大手の生産系のギルドは攻略系のギルドのスポンサーみたいな事もしているし、ある意味最も(ヴェルト)の攻略に貢献しているのが生産系のプレイヤー達かもね」


「なるほど、確かにその通りかもね」


 ミナトは感心したように様に頷くと、数多くの煙突かあら煙が上がる、北地区の方を見ながらユズリハに尋ねた。


「それじゃあ、買い物する時は北地区に行けば大体の物は揃うんだ?」


「う~ん、それは間違い無くそうなんだけど……プレイヤーメイドの装備やアイテムは値が張るからね、既製品の方を求める人も多いんだ、NPCのお店は東地区に多いから最初はそっちにお世話になる方が多いかもね」


「普段の買い物は東地区で済ませて、装備や特殊なアイテムを買う時は北地区に行くって感じなんだね」


「うん、そんな感じだね、今日は装備の買い替えだから北地区に行く事になると思うけど、きっと吃驚すると思うよ」


 ユズリハはそう言って意味深な微笑を浮べる。その様子にミナトは肩を竦めると首を振りながらも微笑を浮べた。二人はそんな話を楽しそうに交わしながら大通りを歩いていると、街路に立てられた標識に東地区の文字が目立つようになった。


「東地区に入ったみたいだけど、まだ着かないのかな?」


「えーと、住所が間違っていないなら、もう直ぐ着く筈なんだけどなぁ……あっ! あの路地の先だねFの十七番地」


 区画ごとに設置されてある案内板をユズリハは見つけると、今まで繋いでいた手を離すと駆け出す。ミナトも慌ててその後を追うと、何故か路地を少し入った所で呆然と立ち尽くすユズリハを不思議そうに見つめた。


「どうしたの、ユズリハさん?」


「み、ミナト君……目の前……」


 ユズリハが驚愕の表情を浮べながら目の前の建物を指差した。ミナトは、その指先の方向に目を向けると、そこには鉄製の門が建ちそこから伸びる道の先には噴水が水を噴き上げ、綺麗に芝の敷かれた大きい敷地に三階建ての白亜の屋敷が建っていた。


「あはは、凄いお屋敷だね。ところで僕達の物件は何処?」


 ミナトは目の前の屋敷から視線を外し、辺りを見渡してみるがその屋敷以外に建物は見あたらなかった。


「あれ? 場所を間違えたのかな? ユズリハさん此処じゃないみたいだよ」


「合ってる……」


「へっ?」


「此処で合ってるの」


「何が?」


「東地区、Fの十七番地って此処だよ、そして多分、このお屋敷がボク達の目指していた物件って事だよ」


「え? えぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 ミナトの驚愕の声が周囲に響き渡る、その叫び声を無視する様にして、ユズリハは何度も確認する様にその屋敷の番地を見つめ続けた。


「ほ、本当に此処がそうなの?」


「うん、間違いない……ミナト君、確かエルティから屋敷の鍵を貰ってたよね?」


「確かに貰ってるけど……」


「それじゃあ、この門を開けてみて、そうすればハッキリする筈だから、物件がちゃんとミナト君の物なら開くはずだからさ」


 ユズリハはそう言うと、ミナトに場所を譲る。その場所に立ちアイテムストストレージから鍵を取り出すと物鍵穴に差し込んだ。すると突然ウィンドウが現れる。


「何? 何か手違い!? 僕やっぱり間違えてた? ごめんなさい、もうしません!」


 ミナトは慌ててその場で謝ると、逃げ出そうとする。それをユズリハが止めると、現れたウィンドウを覗き込みながら言った。


「どうやら認証画面みたいだよ、このウィンドウ……名前とパスワードを入力して下さいって出てるよ?」


「なんだ間違えて、何か警報的なものが作動したんじゃなったんだ……」


 ミナトはホッと胸を撫で下ろすと、ユズリハが覗いているウィンドウに視線を向ける、そこには入力画面が表示されており、名前とパスワードの設定をしてくださいとメッセージが出ている。


「ミナト君、入力してみなよ、どうやら此処が目的の物件で間違い無さそうだよ」


「うん、取り合えず入力してみるね。ちょっと良いかな?」


 そう言って、ウィンドウを覗くユズリハから場所を代わって貰うと、ミナトはウィンドウに必要事項を入力していく。


「えーと、名前はミナト・ユウキ、パスワードは…………これで良いかな、それから留守設定? あー、僕がログインしていない時でもこの屋敷に入れる人を設定出来るのか、えーと、それじゃあ……

これで設定は一応終わりかな……」


 ミナトが必要事項を埋めると、鉄製の格子状の門がゆっくりと開く、二人はお互いに顔を合わせると頷き合い門をくぐる


「外から見ても凄かったけど……中に入るとまた別の意味でも凄いね……大きい噴水に綺麗に整えられた庭、それに離れも在るみたいだよ」


 ユズリハが庭の片隅にある建物を見ながら感嘆の声を上げる。

 ミナトも辺りを見渡しながら、その敷地の大きさに驚いていた。二人は綺麗に敷かれた石畳を歩き噴水の前を通り過ぎ屋敷の入り口に辿り付く。


「開けるよ? ユズリハさん……」


「うん……良いよ……」


 屋敷の扉の豪華なノブに手をかけると勢い良く扉を開けた。まずミナトの目に飛び込んできたのは広い玄関ホールだった、天井にはシャンデリアが下がり優しい光を放っている、正面には幅の広い階段がありそこには綺麗な青色の毛並みの深い絨毯が敷かれている。


「……ちょっと豪華過ぎないかな?」


 ミナトは思わずそう呟いて、ユズリハを情けない表情で見つめた。


「そうかもしれないけど、この屋敷はミナト君の物なんだからそこまで気後れする事ないんじゃないかな?」


 ユズリハはそう言って、ミナトの隣から広い玄関ホールの中央に向かうと、そこで軽くステップを踏んだ

 軽い足音がリズムを刻み始めると、ユズリハは楽しそうにダンスを始める

 その姿にミナトは驚きながらも、ホールを一杯に使い、ダンスを踊るユズリハの姿に心を奪われていた。

 少しも乱れる事無く刻まれる足音のリズムに合わせ、ユズリハの踊りは緩急自在に次々に変化して行く

時には激しく情熱的に、またある時は月夜の夜の静かな湖面に出来る波紋の様に静かにダンスは続いた

 たった一人の観客であるミナトは、そのダンスを静かに見つめる。ユズリハの刻むリズムがゆっくりになり、やがて静かにその動きを止めると、微笑を浮べて一礼する。その姿にミナトは惜しみない拍手を送った。


「どうだい少しは気分転換になったかな?」


「うん! ユズリハさん、歌だけじゃなく……ダンスも凄く上手なんだね」


 ユズリハはあれだけ踊ったのに息もあがった様子もない事に、ミナトは驚きながらも感心した。


「まぁ、歌と踊りは二つで一つみたいなものだからね」


「凄く感動したよ! 本当に凄かった!」


「良かったよ、何時ものミナト君に戻ったみたいで、さっきまでは何か少し萎縮してたみたいだったから……」


 ユズリハの言葉に、ミナトはこの家を見た時から感じていた。緊張感が薄らいでいるのを感じると、ユズリハに頭を下げる。


「自分でも気付かないうちに、何かこの屋敷の豪華さに緊張してたみたいだ……ありがとう気を使ってくれて」


「ううん、礼を言われる様な事じゃないし、それより速くこの屋敷を見て回ろうよ!」


 礼を言われたのが恥かしかったのか、頬を赤く染めながらミナトから視線を反らした。


「そうだね、それぞれの部屋も決めておかないといけないし」


「そ、そうだね……部屋をき、決めないとね……」


「どうしたのユズリハさん?」


「いや、幾ら仮想とは言え……男の子と二人きりで暮すとなると、少し緊張してしまうね……」


 赤くなった顔を更に赤く染め、ユズリハはチラチラとミナトに視線を向ける。ユズリハの言葉の意味に気付くとミナトも一気に顔が赤くなる。


「ご、ごめん! 配慮が足りなかった、決してイヤらしい気持ちで言った訳じゃないから!」


「うん、分かってるよ。だからそんなに慌てなくても良いよ」


 そんな風に慌てるミナトの姿が微笑ましかったのか、ユズリハは幾分か赤み引いた顔に笑顔を浮かべると右手を差し出しながら言った。


「これからもよろしくね! ミナト君!」


 差し出された右手を見つめながら、ミナトも笑顔を作ると、ユズリハの右手を握る。


「うん、こちらこそ! よろしく!」


 塔の都(ストーバ・トルレム)の東地区Fの十七番地、後に、この都で知らぬ者が居なくなるほど有名になる場所だが、今はまだ、男女二人のクライマーが仲良く住まうだけの家でしかなかった。

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