第36話
始まりの都の南側、塔の都方面に続く街道が整備され、沢山のプレイヤーが行き交う、南城壁城門の前にミナトとリーフ立っている。
「流石、塔の都へ続く街道だけあって、物凄い人の数だね」
「これでも、ポータルが設置されてからは随分と減ったと聞いたよ」
「ポータル?」
「ああ、都市間移動転移装置って名前がついてるんだけど、皆ポータルって呼んでるね。簡単に言えば、一度行った事のある、都市や町、村、ダンジョンの近くに移動できるシステムの事だよ。これのお陰で随分と移動が楽になったって、古参プレイヤーの知り合いに聞いた事があるんだ」
ユズリハは城門の近くにある、大きな神殿風の建物を指差すと、ミナトに説明し始める。
「あれが都市間移動転移装置、通称ポータルが設置されてる転移神殿と言われる施設だよ。行った事のある場所でポータルがある場所なら、お金を払えば一瞬で移動が出来る。これから最もお世話になる施設の一つだね」
転移神殿を眺めると、次々へと人が中から出て来る。その数は街道を歩いてくる人数を遥かに超えている事にミナトは気付いた。
「便利な施設だね、確かにこれからお世話になりそうな所だね……それじゃあ、ユズリハさんは転移神殿に行けば、すぐに塔の都に行けるって事だよね?」
「そうだよ、でも、ミナト君はまだ一回も塔の都に行った事無いでしょう? だから一緒には転移出来ないから、どうしても一回は自力で塔の都辿り着かないとね」
ユズリハはにこやかに笑うと北の城門から伸びる街道を指差す。その先には天を支えている様にも見える塔が悠然と聳え立っている。
遠近法を超越したような大きさの塔にミナトは圧倒されながらも、ユズリハに向かって言った。
「結構な距離がありそうだし……ユズリハさんはポータルで、先に行ってくれて構わないよ?」
「一緒に行くよ、先にに行っても、ミナト君が居ないんじゃあする事も無いしね」
その言葉に苦笑を浮べるとミナトは早速街道に向かおうとすると、ユズリハが後ろから声をかけて来る
「ミナト君、ちょっと待って。お金に余裕もあるし、飛行船に乗って塔の都に行ってみようよ」
「飛行船?」
不思議そうな顔をするミナトに向かって、ユズリハは笑顔を浮べながら近くの建物を指差す。
「この建物空港なんだよ、ちょっと高いけど飛行船なら塔の都まで一時間もあれば着くし、一度乗ってみたかったんだよね」
「一時間……それは速いなぁ、うん、塔の都に早く着けば、その分色々な事が出来るし、興味もあるし乗ってみようか」
「決定だね! それじゃあ早速中に入ろう!」
ユズリハはミナトの手を取ると空港の中に引っ張って行く。その足取りは弾むようだった。
空港に入り受付カウンターに近付き、受付嬢に話しかける、
「ようこそ、始まりの都空港へ。今日はどちらまでのご利用でしょうか?」
「なるべく速い便で塔の都に行きたいんだけど、乗れるかな?」
ユズリハ受付嬢に希望を告げる。受付嬢は頷くと小型ウィンドウを開き何か確認している。
「はい、二十分後に出発する塔の都行きの飛行船なら、まだ、余裕があります。人数はお二人様で宜しいでしょうか?」
「はい、それで良いです」
「かしこまりました。それでは料金の方がお二人で金貨四十枚になります」
受付嬢の言葉に頷くと、ユズリハとミナトはそれぞれのカードを取り出し渡してゆく、受け取ったカードに手をかざし受付と支払いの処理を終えると、受付嬢は笑顔でカードを返却してくる。
「ありがとうございました。飛行船への搭乗ゲートは二番になります。もう出航準備も終わっていますので、どうぞ飛行船の中でお待ち下さい」
「ありがとう! それじゃあミナト君行こうか」
「了解! 楽しみだね、ユズリハさん!」
二人は受付嬢に礼を言うと二番ゲートに向かい歩き出した。空港の中はそれなりに混雑しており、人混みを縫うようにしながら搭乗ゲートに向かう。
「ポータルがあるのに、結構混んでるね……」
「全部の街や村にポータルがあるわけじゃないから、遠方に行く時は今でもやっぱり、移動手段としての飛行船は速くて便利だから」
そんな事を話しながら歩き、搭乗ゲートの傍までくると、外の発着場に停泊している飛行船を見ると、二人は驚きの声をあげた。
「大きいなぁ……これが空を飛ぶのか……」
「飛んでいる所は何度か見た事があるけど、間近に見るとやっぱり迫力が違うなぁ」
飛行船の大きさに驚いていると、ゲートが開き飛行船への搭乗が可能になったことが分かると、ユズリハは、笑顔を浮べながらゲートをくぐる。
「ほら、ミナト君も速く来なよ! 折角なんだから色々見て回ろうよ」
「分かったから、引っ張らないでよ、ユズリハさん」
ユズリハに手を引かれながら飛行船に乗り込むと、そこはちょっとしたホテルのラウンジ様な内装になっていて二人を驚かせた。
「流石、お一人様金貨二十枚……豪華だとは思っていたけど、ここまで凄いとは思って無かったよ……」
「確かに豪華だね……乗っている人達もかなりのお金持ちみたいだし……ちょっと緊張してきた……」
二人は先程までのテンションとは打って変わると、緊張した様子で辺りを見渡しながらラウンジを抜けていく。
展望デッキまで上がる頃には、緊張より好奇心が上回ったのか、ユズリハはあちこち興味深そうに見つめては、目を輝かせている。
「ユズリハさん楽しそうだね」
ミナトの言葉に頬を少し赤く染めると、照れたような笑顔を浮べ言った。
「えへへ、少しはしゃぎ過ぎかな? でも、初めての体験てワクワクしない?」
「うん、気持ちは凄く分かるよ。飛行船なんて現実では乗る機会もないからね」
「うん! 私も飛行機なら何度か乗った事あるけど、飛行船は初めてだから楽しみなんだ!」
二人は楽しそうに話しながら、展望ラウンジから外を見ていると、飛行船の係留ロープが外され、プロペラが回り始めるのが見えた。
「いよいよ飛び立つみたいだね! 立ったままで大丈夫なのかな?」
「どうなんだろ? 一応座っておいた方が良いのかも、席もあるみたいだし……」
ミナトはそう言って近くの席に腰を降ろすと、ユズリハもそれに習い隣の席に座る。二人が座り暫く経つと、飛行船内にアナウンスが流れる。
『本日は飛行船ヴォルケをご利用頂きありがとうございます。本船はこれより塔の都へ向かい離陸します。お近くの席にて離陸までの時間をお過ごし下さい』
アナウンスが終わると、飛行船がゆっくりと浮き上がる感覚に二人は互いに目を合わせ微笑みあう。
機体が空高く舞い上がり、安全高度に達すると飛行船は大空を進み始める。
「へぇ~、思ったより速度が出るんだ、これなら確かに一時間もあれば塔の都に着くよ」
「じゃあ、その短い空の旅を楽しむ為に、船内を見て回ろうよ」
「賛成! ミナト君は何処か行きたい所はある?」
ユズリハの言葉に、ミナトは周囲を見渡すと飛行船のパンフレットが置いてあるのを見つける。
「取り合えず、パンフレットでどんな施設があるか見てみようよ」
「了解!」
二人はそれぞれパンフレットを取ると施設の確認をしていく。他の乗客達も安定飛行に入ると席を立ち、思い思いに空の旅を楽しんでいる。
「色々あるみたいだけど、まずは何処に行こうか?」
「そうだね……この遊技場って所に行けば、何か面白いものがあるかも」
ユズリハはそう言って、展望ラウンジから遊技場を目指し歩き出した。ミナトもその後を追うと隣に並んで歩き始める
「遊技場か……ゲームの定番だと賭博上とかだけど……何があるんだろうね?」
「うーん、簡易劇場みたいな物じゃない? 現実でもよく豪華客船とかにはあるみたいだし……」
「劇場……演劇かぁ……歌劇とかだったら見てみたいかも」
「ユズリハさん、やっぱり歌が好きなんだね。昨日のログ・アウトの時の歌も凄く上手だったし……」
ミナトのその言葉に頬を少し赤く染めると、隣を歩くユズリハは嬉しそうに言った。
「ありがとう。昨日の歌は久しぶりに気持ちよく歌えたんだ、それはきっとミナト君のお陰だよ」
「僕は何もしてないよ……それより、ユズリハさんEOTCタブロイドって所に昨日の事が大々的に取り上げられているの知ってる?」
「うん、知ってるよ、ボクも吃驚したからね……幸いにもSSで姿を撮られた訳じゃないし大丈夫だと思うよ? それにこれからは塔の都を中心に活動していくんだから……プレイヤーの数も始まりの都とは比べ物にならない位の人数だからね。その中から顔も分からない人間を探すなんて殆ど不可能だよ」
ユズリハは何も心配はいらないとばかりに笑う、ミナトは少し心配気な顔で見つめるが、ユズリハの言う事も最もだと思い苦笑を浮かべつつも納得した。
「でも、これから暫くはあまり目立たない様にしないとね……ユズリハさんなら大丈夫だと思うけど油断しないでね」
「了解、ボクも暫くは大人しくしてるよ、歌う時はミナト君と二人っきりの時だけにするから」
何気ないその言葉に、ミナトは顔を赤くしながら、ユズリハの隣を照れ臭さそうにしながら歩いた。
展望ラウンジから、暫く歩くと目的地の遊技場に辿り着く、そこは円形状のホールにテーブルが並べられ乗客たちがそれぞれのテーブルでカードゲームやクラップスを楽しんでいる。
「何か、凄くお金持ちの遊び場みたいな感じだ……」
「確かに、ボク達には場違いな場所みたいだね……」
二人はホールの雰囲気に顔を引き攣らせながら、ホールの隅に移動する。ホールを見渡すとミナトは困った様な表情でユズリハに告げる。
「これは、ちょっと僕には敷居が高いんだけど……」
「安心して、ボクもそう思っているから……でも、殆どがプレイヤーの筈なんだけどなぁ……なんて言うか格差? みたいなのを感じちゃうよね……」
「まぁ、どんなゲームでも古参と新規には差はあるもんだからね、それは仕方が無いのかも……」
ミナトの言葉にユズリハは頷くと、ホールを見つめながら神妙に頷く
「確かにそうだね……此処に居る人達も、昔は今のボク達と変らないLVだった頃もあるんだもんね」
「そうだね、きっと時間をかけてLVを上げて、スキル構成を考えながら、膨大な試行錯誤を繰り返して強くなったんだよ……僕達もこれから同じ道を辿っていくんだよ」
二人はホールに居るプレイヤーを見つめながら感慨に耽った。ミナトは傍にいるユズリハの肩を叩くと、遊技場の出口に向かう。
賑わう遊技場を出ると二人は展望ラウンジに戻る、最も見晴らしが良さそうな席を見つけ腰を降ろすと一息ついた。ユズリハはふと何かに気付いたのかミナトに言ってくる。
「そういえば、ミナト君装備変えたんだ? 似合ってるよ、その装備」
「ありがとう、昨日の夜に買ったんだ、流石に何時までも初期装備って訳にもいかないしね……」
「そうだね、折角資金もあるんだし、塔の都着いたら一通り装備を整えないとね……ミナト君は武器も買ったの?」
「ううん、防具だけだよ、武器に関しては後回しにしたから、だから塔の都に行ったら、今度は武器を探さないと」
「それじゃあ、まずは買い物かな? クライマーギルドから貰った物件も見て置かないといけないし、スキルも憶えないと…… あとこれが一番の問題だけど、PTメンバーをもう少し増やさないとね……」
ユズリハは溜息を吐きながら、これからの予定をミナトに告げていく。
「PTメンバーか……やっぱり二人だと厳しいかな……」
「うん、何よりもバランスが悪いよ……ただ戦闘するだけなら構わないけど、塔の中には罠もあるし、魔法しか効かない敵も出る。武器やアイテムで補うにも限度があるから……せめて魔法使いと盗賊の仲間は欲しいね……」
その言葉にミナトは頷くと、困った表情を浮べながら考え込む。その様子にユズリハは苦笑を浮かべると軽い口調で言う
「塔の都のクライマーギルドに行けば、幾らでも人は居るし、そんなに心配する事は無いよ」
「うん、それは分かってるんだけど……出来れば固定メンバーの方が良いと思って……」
「どうして? 野良PTは確かに当たり外れはあるけど、それもこの手のゲームの醍醐味じゃない?」
「それはそうなんだけどね……ほら僕の職業の事もあるし、幾ら表示を隠していてもPTを組むとなると言わない訳にはいかない場面もあると思うんだ……」
「あっ、そうか……新職業」
ユズリハは、ミナトの心配顔の原因がかなり重大な事に気付くと、考えを整理するように言う
「そうなると、ミナト君の職業を知っても口外しない人って事になるけど…………フレンドリストから選んでいくしか無いかもね……フレならミナト君の事情も分かってくれるだろうし、口外もしないだろうから……問題はミナト君のフレンドの数だけど……」
ユズリハが期待を込めた目で見つめてくるが、ミナトは首をゆっくりと振りながら答える
「僕のフレンドリストには三人しか名前がないよ、一人はユズリハさん、もう一人は古参プレイヤーでギルドの副ギルマスらしいから面倒をかけ難い、残った一人……リーフなら協力してくれそうだけど、あまり迷惑はかけたくないんだよね」
「そのリーフさんって人とは何時の間にフレンドになったんだい? 名前からして女の子だよね?」
ユズリハの声に僅かに険が入る、それに気付かずミナトはリーフの事を簡単に説明する。
「クラスメイトだよ。所謂現実友達だね、最近EOTCをプレイしてるって聞いてね、昨日夜一緒に遊んだんだ。でも、結構忙しい子みたいだから上手く時間が合うかどうかは微妙だね……」
「ふーん、現実友達か……彼女なのかな……?」
ユズリハが探るような感じで問いかけると、ミナトは特に意識した様子も無く質問に答える。
「違うよ、確かに結構長い付き合いだけど、良く話すようになったのは最近だから、それまでは殆ど事務的な会話以外した事なかった位だし」
「そうなんだ……」
何処か安心したような声で納得すると、ユズリハは笑顔を浮べミナトの肩を軽く叩くと言った
「そのリーフさんって人に協力を頼むにしても、新しく仲間になってくれる人を探すにしても、ここで考えていても答えが出る訳じゃないから、すべては塔の都に着いてから考えよう。」
「問題の先送りっぽいけど……確かに考えて、どうにかなるものでも無さそうだね。うん、全ては塔の都に着いてからだね」
ミナトは笑顔でそう言って頷くと、展望ラウンジから徐々に大きくなる塔の姿を見つめる。
「あれに登るんだ……本当に大きいんだね……あそこで今、冒険している人達が居るんだね」
「そうだよ、今もあの中ではクライマー達が頂上を目指し頑張っているんだ……現在の攻略階数八十八階、完全踏破されているのは四十一階まで、それより上は未だに完全にMAPが埋まってない状態……EOTCの象徴であり、ボク達クライマーの仕事場でもある塔……古参プレイヤー達は塔と呼んでいるけどね」
「塔……」
ミナトはそう呟くと、近づいてくる塔の大きさに圧倒されながらも、これから始まる新しい冒険に心が躍るのを止める事が出来ないでいた。




