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第32話

 賭博上(カジノ)のバーカウンターの隅の席で、ミナトは泣き続けるリーフを慰めている。


「ごめん、本当にごめんね……グスッ……今日は二人でEOTCを楽しむ筈だったのに……ヒック」


 リーフ両目から涙を流し、しゃくり上げながら、ミナトに謝り続けた。


「さっきも言ったけど、リーフは何も悪い事なんてしてない。僕も全然気にしてないから」


「でも、私の問題に巻き込んで……」


「巻き込まれたなんて思ってないよ。大切な友達が困ってるんだ、助けるのは当然でしょう?」


 ミナトは明るく言いながら、リーフの頭を撫でる。


「ミナト君……」


 頭を優しく撫でられながら、ミナトの励ましを聞いているうちに落ち着いて来たのか、リーフの涙は止まり、気持ち良さそうに、目を細めながら、頭を撫でられる事を、幼子の様に喜んでいる。


「落ち着いた? 委員長?」


 ミナトの優しげな声と表情に、頬を赤く染めながら俯くと小さく首を縦に振る。


「ありがとう。結城君……もう、大丈夫だよ」


 そう言って微笑むと、目元を拭う、ミナトはその様子に安心した表情を浮かべながら、撫でていた頭から手を離す、その瞬間、リーフは残念そうな顔を浮かべる。


「ミナト君に頭撫でられると、なにか凄く気持ちが落ち着くの……不思議だね……」


「うーん、昔から妹を慰めたり、宥めたりする時に頭撫でていたから、その成果かもね」


「妹さんが羨ましいな……」


 リーフはポソリと言うと、顔を赤くしながら明後日の方向を向く。

 ミナトはリーフの言葉が上手く聞き取れなかったのか首を傾げながら、俯くリーフを不思議そうに見つめている。


「ううん、なんでもないのよ……ただの独り言。それよりミナト君、あの人達の思惑通りに条件を飲んでしまってよかったのでしょうか……」


 リーフは、不安そうな顔をして見つめてくる。ミナトは真面目な表情を作ると条件を飲んだ理由を説明する。


「ああいう奴等は、いざとなると本当に何でもするから……長引かせるのは得策じゃないよ」


 先程のやり取りを思い出したのか、ミナトは顔を顰めると、大きく一つ深呼吸をする。


「今はそれより、試合に勝つ事だけを考えた方が良いと思う……そこで質問なんだけど、PvP勝ち抜き戦って、どういう試合形式なの?」


 ミナトの言葉に、リーフは不安そうな表情を打ち消しながら頷くと。説明を始める。


「PvP勝ち抜き戦は、勝ち抜き戦と謳っていますけど、その実、完全なバトルロイヤル形式なんですよ」


「バトルロイヤル……」


「そうです……ですから否が応もなく、あのギドーと言う男とは対戦する事になってしまいます……」


「そう言われて見れば、随分はっきりと、僕の相手がギドーになるのを明言していたものね、なるほど、絶対対戦すると分かっていたから、リックはあの条件を出してきたのか……」


「そうですね……それに加えて、余程、あのギドーと言う男が強いのでしょう、そうでなければ、あのような事言ってくるとは思えませんし……」


 リーフは、リック達の思惑通りに事が運んでいる様な感覚に襲われたのか、暫し黙り込んでしまう。その沈黙を破る様に、ミナトは明るい声でリーフに話しかける。


「大丈夫だよ。ようは僕が勝てばいいんだから。リーフは心配しなくて良いよ」


 ミナトの言葉に、リーフは微笑むと、改めてミナトに告げる


「うん、信頼してるよ。ミナト君は、私の英雄(ヒーロー)だもの!」


「それは言いすぎだよ……でも、約束するよ。必ず勝って、リーフを守ってみせるよ」


 その言葉に少し涙ぐみながら、リーフは大きく頷いた。




 二人は賭博上(カジノ)スペースから出ると、闘技場の受付へと戻ってきた。


「これから、試合まで暫くあるけど、どうしようか?」


「ミナト君、それなら武器屋を除きに行って見ませんか? 闘技場にはテナントが入っていて、プレイヤーメイドの武器や防具が売られているんです。何時までも初期装備ままでは、流石に……」


 リーフの言葉に、ミナトは自分の姿を改めて見下ろす。


「確かに、そろそろ装備も買い替え時か……それじゃあ悪いけど案内頼める?」


「分かりました、それじゃあ着いて来て下さい」


 リーフはそう言うと歩き出す、ミナトはその後を追いながら、闘技場を改めて見渡す。

 円形の建物の中は天井も高く開放的な空間になっており、中央の闘技場を囲むようにある観客席は、多くの人で賑わっていた。


「やっぱり凄いね、EOTCの建物は大きくて広くてびっくりするよ……」


「これ位で驚いていたら駄目ですよ? 塔はもっと凄いですから、間近で見たら腰が抜けてしまうかもしれませんよ?」


 リーフは、あちこち見回すミナトに苦笑を浮かべながら言う。


「そうなの!? へぇー、凄いんだろうなぁ……速く行って見たいなぁ……」


「ミナト君は、塔の都(ストーバ・トルレム)には、まだ、行った事が無いんでしたね」


「うん、明日フレと行く予定になってるんだ」


 嬉しそうに言う、ミナトを微笑ましそうに見ながら、リーフは言った。


「そうなんですか? それなら今後は塔の都(ストーバ・トルレム)で会う事が多くなりそうですね」


「やっぱり、始まりの都(インゼル・ヌル)より塔の都(ストーバ・トルレム)の方が、プレイヤーは多いんだよね?」


「そうですね、EOTCのメイン舞台でもある、塔のある街ですし、アクティブプレイヤーの七割は塔の都(ストーバ・トルレム)を拠点として動いていると思いますよ」


 その言葉にミナトは驚くと、少し足を速め先を歩くリーフの隣に並びながら声をかける


「リーフも、普段は塔の都(ストーバ・トルレム)を拠点にしてるんだよね?」


「はい、神流さんと大体一緒に行動をしてますね、彼女は生産系のキャラで、自分のお店を持っているので、そこが、私達の拠点になっています。塔の都(ストーバ・トルレム)に来たら案内しますね」


 リーフはにこやかにそう言うと立ち止る、横を歩いていたミナトは、それに気付かず、数歩ほど横を通り過ぎてしまう


「着きました、此処が闘技場のテナントが集まる場所、通称市場(マルクト)です」


 リーフが見つめる方向には、闘技場の壁側に、軒を連ねる小さな店が立ち並び、それはかなりの距離続いていた。


「これが全部、お店なんだ……」


「そうですよ、小さいですけど品揃えは中々です。偶に塔の都(ストーバ・トルレム)でも見かけない様な掘り出し物も出たりしますからね」


 ミナトは、軒を連ねる店を珍しそうに眺めると歩き出す、ミナトの後を追うようにリーフも市場(マルクト)を進む


「ミナト君、これだけのお店を、全部見て回るだけの時間もありませんから、目的の物を絞って探しましょう?」


「うん、確かにそれが良いかも……」


 ミナトは、あまりの店の多さに戸惑いながら、リーフの言葉に頷く


「ミナト君は、今、何が欲しいのですか? 武器? それとも防具?」


「防具かな? 武器は取り合えず、後回しでいいよ」


「分かりました、それなら防具を中心に売っている店を覗いていきましょう」


 リーフは頷くと、軒先に並ぶ品物を横目で見ながらかなりの速度で進む。その後ろを追いながら、ミナトも立ち並ぶ店を見ていく。


「リーフ、ちょっと速くない? これじゃあ、よく選べないよ?」


 ミナトの言葉に、リーフは二コリと微笑を浮かべながら、ミナトに告げる


「大丈夫ですよ、これでも私、鑑定のスキルを持ってるので、一目見れば、大体分かりますから、ミナト君は安心して、私に任せて下さい」


 そう言いながら、変らぬ速さで市場(マルクト)を進む、ミナトは頼もしそうにリーフをみると、その後姿を追った。市場(マルクト)の半分辺りまで、歩いてくると、一軒の店の軒下でリーフが足を止める。

 そこは、他の店に比べると、商品数は少なく、金属鎧が幾つかと、他には、ローブや外套などの服が置かれているだけの店だった


「いらっしゃいませにゃ~」


 店の奥から、眠そうな目をした猫耳の幼女が現れる。その姿にミナトは、何か既視感を憶えたのか、じっと猫耳幼女を見つめる


「防具屋ぷろきおんに、ようこそなのにゃ~」


「プロキオンなのに、猫耳なのか……」


「そういう無粋な突っ込みは、受け付けてないにゃ~。そういう君はさっきから、熱い視線を送ってきてるけど、何処かでお会いしましたかにゃ~?」


 猫耳幼女はミナトを、眠そうな瞳で見上げてくる。それに苦笑を浮かべると、ミナトは、今のやり取りで思い出した事を、猫耳幼女に問いかける


「シリウスってお店の店主とは、お友達なのかな?」


 ミナトの言葉に、猫耳幼女はしっぽをピンと立たせると、眠そうな瞳を驚きに瞬かせながら、ミナトの問い掛けに答える。


「お姉ちゃんのお店に入った事があるんだにゃ~? それは驚きだにゃ~」


「お姉ちゃんって、姉妹なのか? 君達は?」


「そうにゃ! にゃんだ、お姉ちゃんのお店のお客さんなら、うちでも大歓迎だにゃ。何を探してるにゃ?」


 猫耳幼女は、嬉しそうに、ミナトの服の袖を引っ張りながら聞いて来る。それを微笑ましそうに見つめる。

「ありがとう、えーとね……」


「随分と仲が宜しいようですね……ユウキ君?」


 ミナトの言葉を遮るように、リーフの不機嫌そうな声がミナトの背後から響いてきた。


「リーフサン、何かご機嫌が悪い様ですけど……」


「イイエ、チットモ、キゲンナンカ、ワルクアリマセンヨ?」


「ソウデスカ……」


 ミナトは、突然臍を曲げだした、リーフを恐る恐る横目で見ていると、猫耳幼女が、不思議そうな顔で見上げてくる。ミナトはその頭を撫でると。嬉しそうに目を細めながら、頭をこすり付けてくる猫耳幼女に優しい笑顔を浮かべていると、またしても背後からリーフの低い声が聞こえて来る。


「ロリコン……」


「人聞きが悪すぎる!? なんだよ! リーフ! さっきから何が不満なの!?」


「別に!! ミナト君が幼女が大好きでも、私はちっっっっとも気にしないよ!」


「その発言、僕の社会的立場をとことん悪くするからね! 今も店の外から、こっちを見てる、他のプレイヤーの視線が恐くて、直ぐにでもログ・アウトボタンをタッチしそうな心境なんだから!」


 ミナトは、突っ込みを入れるが、そんな事情は知らないとばかりに、リーフはそっぽを向く。溜息を吐きながら、ミナトは速めに用事を済ませた方が、懸命だと判断したのか、懐いて来る猫耳幼女に希望を告げた。


「えーと、防具を探してるんだ、なるべく軽くて、動きの邪魔にならないような物が良いんだけど……」


「なるほどにゃ、それにゃら、金属鎧は候補から外しても良いにゃ、うちはどちらかと言うと、革や布の商品が多いから調度いいにゃ、暫く待ってるにゃ」


 そう言うと、猫耳幼女は店の奥に引っ込む、ミナトは、恐る恐る振り返ると、リーフが恨みがましそうな視線を送ってくる。

 ミナトはその視線を、正面から受け止めると、リーフに謝った。


「ごめんね……この店を探してくれたのはリーフなのに、お礼も言わずに、勝手に僕だけで、話を進めちゃって……」


 その謝罪に、顔を俯かせると、リーフも小さな声で、ミナトに謝った。


「ううん、こっちこそ、ごめんね……面倒をかけているのは、私の方なのに……」


 俯いたまま、謝罪するリーフの頭を撫でながら、ミナトは笑顔を浮かべる


「ううん、元々は、僕が悪いんだから、リーフは気にする必要はないよ、でも、良かった、直ぐに仲直り出来て……」


 そんなミナトの言葉に、リーフは俯かせた顔を上げ、嬉しそうに微笑えみながら言う。


「私も! 私も……仲直り出来て嬉しい……です」


 二人は、照れくさそうに笑い合ってると、店の奥から、猫耳幼女が幾つかの防具を抱えて戻ってきた。


「ふにゃ~、これが、今うちにある、最高の商品だにゃ……お姉ちゃんのお店のお客さんだから、特別サービスだにゃ!」


 猫耳幼女が持ってきたのは、黒い服の上下と、金属とは違う輝きを放つヴァンブレイス、それにブーツだった。


「僕は、まだLV1なんだけど……装備できるかな?」


「うーん、それは分からないにゃ……一応LV制限じゃにゃくて、ステータス依存の装備から選らんだにゃ、取り合えず装備してみてにゃ」


 猫耳幼女の言葉に押されながら、ミナトは防具を装備していく。


「えっと、装備条件に満たないと、装備できないのかな?」


「いいえ、装備自体は可能ですよ、ただ、ステータスにかなりのペナルティがつきますけど……」


「そうなんだ?、それじゃあ、取り合えず一通り試してみますか。駄目だったら諦めよう」


 ミナトは、黒の動き易い上下を身につけ、腕にはヴァンプレイス、足にブーツを履くと、出された商品の全てを装備した。


「どうですか? ミナト君……」


 リーフの問いに、ミナトはステータスウィンドウを見ながら答える


「このヴァンプレイスは、今の僕では装備出来ないみたい……あとの装備は問題無いかな」


 猫耳幼女は満足げに頷くと、ミナトに嬉しそうに問いかけて来る。


「それで、どうするにゃ? 服とブーツだけで良いかにゃ?」


「うん、この服凄く動きやすいし、ブーツも軽くて足に馴染むし、この二つを貰うよ」


 ミナトは装備を確める様に体を動かすと、モンスター勝ち抜き戦で戦った時より、幾分か速く滑らかになった様にミナトは感じた。


「ありがとにゃ、その上下の服は魔法処理を施した生地に、黒狼と言われるレアモンスターの髭が編みこまれて作られた服だにゃ、速さと器用を上げる効果が付いてるにゃ、ブーツは銀狼と呼ばれる、レアモンスターの毛皮と、ゴムに似た特性を持つスライムのレアドロップ素材を惜しみなく使った一品だにゃ、ブーツにも速さを上げる効果が付与されているにゃ、その他にも、滑り止め、衝撃吸収、耐毒効果も付いてるにゃ。」


 猫耳幼女は、真っ平らな胸を自慢げに反らしながら、商品の自慢をしてくる。その姿はやはり、無理やり大人ぶって背伸びをしている子供にしか見えず、ミナトは微笑を浮かべると。猫耳幼女の頭を撫でた。


「ふにゃ!? 撫でても料金は負けてやら無いにゃ……でも、もう少し撫でてくれたら、少し位はおまけしてやるにゃ」


 そんな事を言う、猫耳幼女の頭を撫でていると。リーフが羨ましげに見つめて来たので、手招きをして、近くに呼び寄せると。開いたほう手でリーフの頭を撫ではじめる。


「うぅぅぅぅぅ、ミナト君の節操なしぃ……えへへ♪」


 嬉しそうに微笑むリーフと猫耳幼女の頭を撫でながら、ミナトも楽しそうに笑った。


「こほん、にゃ、にゃんだか、すっかり可愛がられてしまったにゃ、でも、料金はちゃんと頂くにゃ! 黒狼の戦闘衣、銀狼のブーツ、二つで金貨四百枚にゃ。これ以上はまけられないにゃ」


「金貨四百枚……性能を教えてもらった限りでは、確かに安いかもしれませんが……初心者のミナト君には、支払える金額では……」


「金貨四百枚で良いの? じゃあ、カードでお願い」


「にゃっ!?」


「えっ!?」


 あっさり支払いに応じるミナトに、リーフと猫耳幼女は驚きの声をあげる


「金貨四百枚にゃんだぞ! き・ん・か! 銀貨ではにゃいんだぞ!」


「そ。そうです。ミナト君、幾らなんでも、金貨四百枚なんて大金……」


 ミナトは二人の様子に苦笑を浮かべながらも、猫耳幼女にカードを渡す。それを受け取ると、不審げな表情を浮かべながらも、カードを専用の機械に入れると、普通に代金が支払われた事に、猫耳幼女は驚愕する。


「お前……一体何者だにゃ……そのLVで、それだけの金貨を持っている奴にゃんて、聞いたこと無いにゃ」


「ミナト君、チートは駄目なんですよ……」


「リーフ、何気にさっきから、僕のEOTCでの立場が悪くなる様な発言やめてくれない?」


 リーフに、冷静に突っ込みを入れていると、猫耳幼女がカードを返してくる。それを受け取ると、アイテムストレージにしまう。


「それは冗談だとしても、ミナト君良くそんな大金持っていましたね」


「ちょっとね……それより、そろそろ時間じゃないかな?」


 ミナトは曖昧な笑顔でリーフの問い掛けを誤魔化すと、闘技場に設置してある時計を見ながら言った。

 そんな風に誤魔化してきたミナトを、リーフは呆れた顔をしながら見つめるが、一つ溜息を吐くと、苦笑を浮かべながら言ってくる。


「……まぁ、ミナト君が何か不正をしているとは思えませんし……今は聞かないで置いてあげます」


「……ごめん、機会があれば話すよ……」


 そう言って謝ると、ミナトは不思議そうな顔をして、見つめて来る、猫耳幼女にも礼を言う。


「ありがとう、良い買い物が出来たよ。また機会があれば寄らせて貰うね」


 不思議そうな顔をしていた、猫耳幼女はミナトの言葉に頷くと、大きく手を振りながら、笑顔で二人を見送ってくれた。


「ありがとうございましたにゃ、それじゃあ、次の機会を楽しみに待ってるにゃーー」


 二人はそれに手を振り返しながら、元の来た道を戻って行く。

隣を歩くリーフを見つめると、ミナトは一言告げる


「さて、それじゃあ問題を片付けに行こうか!」


「うん!」


 ミナトの言葉にリーフは頷くと、二人は闘技場を目指し、歩き出した。

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