第31話
壁に刺さった矢を引き抜き、それを矢筒に戻すと、モンスターを吐き出していた格子状の扉が開かれる、ミナトは不思議そうに、扉を見つめていると、実況席から声が届く。
「なんと! この第一グループで、最もLVの低い挑戦者が、あっという間にモンスター達を蹴散らし、勝利の栄光を掴み取ったーーーー!」
シンシアの興奮した声が闘技場に響き渡ると、観客席がざわめく
「おい、あのLV1凄かったぞ。何処のギルドだ?」
「何処にも所属してないみたいだな……ギルドタグがついてない」
「どっかの高LVプレイヤーの複アカキャラだろう?」
「キャラをもう一人作る為に、spirt worldを買うのか……廃人の考える事は分からん」
観客席から聞こえて来る声に、ミナトは戸惑いの顔を浮かべていると。実況席のシンシアが声を上げる
「モンスター勝ち抜き戦を制した。プレイヤーに拍手と歓声をお願いします!」
実況席のシンシアの声に煽れた観客達が、一斉に歓声と拍手を始める。
ミナトは、それに驚きながらも、軽く手を振り返しながら、開いた扉に入って行く。
「何か、乗せられて入っちゃったけど……合ってるんだよね……」
ミナトが扉の中に入ると、それはゆっくりと閉じられた。闘技場からは拍手と歓声が、まだ続いているがそれを気にしてる余裕はミナトには無かった。
中は比較的明るいが、すぐ目の前は入ってきた扉と同じ物があり、それは硬く閉ざされ、行き止まりになっている。
「もしかして、僕、間違えちゃったかな……」
ミナトが不安そうに扉を見つめていると、横にドアがあるのに気付く
「これが出口かな?」
ドアに手をかけ開けると、通路なっており、そこには先程、番号札を渡してきた男が、頭を下げながら。ミナトを向かえると、声をかけてくる。
「おめでとうございます。貴方は見事に、モンスター勝ち抜き戦に勝利しました。此方が賞品と賞金になります。どうぞお納め下さい」
男はシルバーのトレイを差し出す、その上には金貨三枚と一本のポーションが乗っていた。ミナトは、それを受け取ると。男に言う。
「こんな通路で、賞品と賞金の授与も珍しいね?」
ミナトが、少し皮肉気味に男にそう言うと。
「はい、それに関しては、返す言葉もありませんが、たかが一階層のモンスター勝ち抜き戦で勝利しただけの方には、これで十分かと……」
その言葉に、ミナトは少しムッとする
男はミナトの事等気にせず、慇懃無礼にそう言うと、一礼して去って行く。その後姿に、ミナトは声をかけた。
「ねぇ、貴方は普段、何階に居るの?」
ミナトの質問に、男は立ち止まると振り返り、ニヤリと笑って告げてくる。
「四階と五階が主な仕事場です。ミナト様が登って来られる日を、楽しみにしていましょう」
男は形ばかりの一礼すると去っていった。
「隙が無い。戦いなれてる……かなりの高LVプレイヤーみたいだけど……闘技場の運営に関わっているという事は、ゲーム内就職者なのかな……」
ミナトは、男が去っていった方を見ながら、嬉しそうに笑う。
「楽しみだな、今は、まだ闘技場に入り浸る訳にも行かないけど。何時か必ず、会いに行きますよ」
そう言うと、ミナトは男とは反対の通路を進んだ。
暫く歩くと選手控え室が見てくる。ミナトは道を間違えてない事にホッとすると、控え室を通り過ぎ、受付カウンターまで戻ってくると、そこには疑惑の視線でミナトを睨んでくる、リーフの姿があった。
「ミナト君、お話があります。少しお付き合い下さい」
硬い声で、話しかけてくるリーフにミナトは怯みながら恐る恐る返事をした。
「りょ、了解……リーフサン、何か少し恐いですよ……」
「それは気のせいです、ええ、きっと気のせいです。それでは此処ではゆっくり出来ませんから、賭博上のバーカウンターにでも行きましょう」
リーフはそう言うと、近くにある階段を上って行く、ミナトもその後を追う
階段を上がると、中二階になっていて、遊戯台や闘技のオッズなどが浮かぶウィンドウ、それにお決まりのスロットマシンなどが置かれた賭博上スペースが現れる。
そこで営業している、バーカウンターの隅のスツールに、リーフは腰をかける。ミナトもその隣の席に腰を落ち着ける。
「さて、ミナト君、貴方は自分の事を、初心者と言っていたわよね?」
「うん、EOTCを始めたのは最近だよ」
ミナトの言葉にリーフは疑惑の目を向けてくる。
「それは本当なのですか? 先程の戦いぶりは、とても初心者が出来る、戦い方ではありませんでしたよ」
「何かつい最近も、同じ様な事を言われた記憶があるよ……」
ミナトはリーフの言葉に、苦笑を浮かべながら答える
「本当にVEMMOをプレイするのは初めてだよ。僕がspirt worldを買うまで、家にはVRマシンはなかったから……」
「そうなんですか? 今時珍しいですね?」
「僕は小さい頃は、近所の道場に通い詰めであまり遊んでいる暇も無かったし、友達も外で遊ぶ事が好きな子が多かったから」
ミナトは懐かしそうに笑いながら、リーフに答えていく。
「なるほど……まぁ、確かにミナト君の装備を見る限り、初期装備なのは間違いないですし、LVも1ですから初心者なのは間違いは無さそうですけど……」
リーフはミナトを見つめながら、首を傾げると更に問いかけて来る。
「ミナト君は、道場に通っていたと言っていましたが、それはどの位の期間ですか?」
「うーん、本格的に習いだしたのは、小学校一年から中学三年の夏頃までかな……それ以前は僕自身は余り憶えてないけど、かなり昔から剣は握らされたみたい」
「十年以上の経験ですか……あれ? ミナト君、中学の頃は剣道部ではありませんでしたよね?」
リーフは、ふと中学時代を思い出したのか、その疑問をミナトに聞いて来る。
「ああ、僕の習ってたのは、正確には剣道じゃないし……それに道場に通うので精一杯で、部活には入ってなかったから」
「剣道じゃない? それでも十年以上の武道経験はあったと言う事ですか……それなら分からなくもありませんね」
リーフは少し不満げだが、納得するとミナトに言ってくる
「初心者のミナト君が戦える理由は、ある程度納得しましたが、それなら初めから言ってくれれば、受付でエントリーに反対はしなかったのに……」
リーフは少し頬を膨らませながら、ミナトに抗議の視線を向けてくる。
「ごめんね……僕は自分が強いなんて思ってなかったから……」
「確かにそのLVで強いって言われても、私は信じなかったでしょうしね」
ミナトの言葉に、リーフは自嘲気味に苦笑を浮かべると、溜息を吐いた。
「まぁ、今回ミナト君の戦いぶりを見る事が出来て、良かったと思う事にします。これだけ戦えるなら、塔に一緒に登る事が出来る日は、遠くなさそうですしね」
リーフは笑顔を浮かべ、そう言うと、ウィンドウを開き、ミナトにフレンド申請を送ってくる。
「今更かもしれないけど、これからも一緒に冒険したいから……受けてくれるよね?」
「勿論だよ、こちらこそ、よろしく!」
ミナトは、新しくフレンドリストに並んだ、リーフの名前を嬉しそうに見つめていると、同じ様にミナトの名前の並んだフレンドリストを、顔を赤くしながら見つめるリーフに気付くと、照れくさそうに微笑んだのだった。
「これで何時でも、ミナト君とEOTCが楽しめますね!」
「うん、お互いに頑張って行こう! 僕は、まだ暫くは、LVを上げたり、スキルを鍛えたりしないと、リーフには追いつけそうにないけどね」
「そんなのきっと、直ぐに追いつきますよ、ミナト君なら」
二人は楽しそうに話していると、背後から声をかけられる
「おや? そこに居るのはリーフさんではありませんか? これは運命的な出会いですね」
二人はその声に振り向くと、全身鎧を身に纏った、金髪碧眼の男が仲間を引き連れながら、リーフに視線を向けていた。
「リックさん……先日はどうも……」
リーフは僅かに顔を顰めながら、挨拶を返す。
「いやいや、君の様な人とPTを組めたのは、望外の喜びだよ! それで、この前の件は考えてくれたかな? 私としては、君がその気なら、副ギルマスの待遇で向かえたいと考えているんだよ――」
「ねぇ、リーフ、この人一体誰なの?」
ミナトは小声で隣に座る、リーフに話しかけると、困った表情をを浮かべると、声を潜めながら答える
「一昨日、一緒にPTを組んだ人で、リック・バルサスさんという方です」
「へぇ、何か訳ありっぽいけど……聞いても大丈夫?」
ミナトの問い掛けに、小さく溜息を吐くとリーフは話し出す。
「先日PTを組んだ時に、ギルドへ勧誘されたのです……その場でやんわりと断ったつもりでしたが。どうやら、返答が曖昧だったせいで、リックさんには上手く伝わらなかったみたいなのです」
「なるほど……それならもう一度、今度ははっきりと断ればいいんじゃない?」
「そうですね。あまり気を持たせたままにして置くのもいけませんから……」
リックは、そんな二人の様子に気づく事無く、一人で喋り続けている。
リーフは、大きく息を吸うと、リックに向かって強い口調とはっきりとした声で告げる
「リックさん、先日のお誘い、大変ありがとうございます」
「いいえ、貴方のような実力と美しさを兼ね備えた女性が。我がギルドに所属してくれるとは、実に私は運が良い、おお。そうだ、この前一緒にPTを組んだもう一人の女性も……」
リックは、リーフの返答に、顔を厭らしく緩ませると、勝手に話を進めようとするが。そこにリーフの言葉の続きが重なる。
「でも、暫く私は、ギルドに所属するつもりが無いので、今回のお誘いはお断りさせて貰います」
リーフは、リックにそうはっきりと告げる
「一緒に………………はぁ? 何を言ってるのですか? リーフさん良いですか? 私のギルドは中堅とは言え、所属人数百名以上のギルドです。そこに副マスターとして招くと言っているのです。何処に不満があると言うのですか!」
リックは、リーフの言葉に声を荒げ詰め寄ってくる、ミナトは、リーフを庇うようにリックの前に立ちはだかる
「いい年した男が、女の子に声を荒げながら迫るって、ちょっと格好悪くない?」
ミナトは正面からリックを睨む。その視線の強さに怯むが、ミナトを指差しながら喚く様に言ってくる
「そういえば、先程から、リーフさん周りをチョロチョロしてる、お前は一体、誰なんだ!」
「僕は、彼女の友達だよ。あんなにはっきりと断られたんだ、男なら潔く身を引きなよ、しつこい男は嫌われるよ、それと人を指差すな、礼儀がなってないぞ」
ミナトの言葉に、怒りで顔を真っ赤にしたリックは、体を怒りで震わせながらリーフに問いかける
「もしかして、この初心者とPTを組む為に、私の誘いを断ったのですか?」
リックは、ミナトの背後に庇われている、リーフに尋ねる。
「ミナト君は、関係ありません! 元から私はギルドに入るつもりはありませんでした」
リーフがはっきりと拒絶の言葉を告げると、リックは悔しげに顔を一瞬歪めるが、直ぐに冷静な表情を作り直しミナトとリーフに話しかけてくる
「分かりました、そこまではっきりとお断りされたものはどうしようもありません、しかし、リーフさん、私にも面子と言う物があります。断られて、はい、そうですかと、済ます訳には行かないのですよ」
リックは賭博上中央のウィンドウと、ミナトを見つめると、ニヤリと笑いながら、何かを企む様な口調で言ってくる。
「そこで提案です、これから始まる、PvPの勝ち抜き戦に、我がギルドのメンバーが参加します。見た所リーフさんのお連れの方も参加されるのでしょう? うちのギルドのメンバーがそちらのお連れさんに勝ったら、リーフさんは、私のギルドに黙って入る、こちらが負ければ、今後一切、貴方達には関わらない、そういう条件で勝負してみませんか」
リックは、リーフを嫌らしい顔でみつめながら、そんな提案を持ちかけてくる。
「そんな無茶苦茶な条件飲めません!」
リーフは、強い声でリックの提案を拒絶する。するとリックの後ろに控えていた、男がリーフに向かい言う。
「俺たちが大人しくしている内に、頷いておけよクソ女、なんなら此処じゃない所で決着つけてもいいだぞ、例えば、塔の中とか、街の外でとかな……それを何度も繰り返して、経験値を1LV分程破損させれば、泣いて入れて下さいって言うようになる。そっちの方が手っ取り早いですよ、ギルマス」
「ギドー君、それはEOTCでは認められている行為ではありませんよ。しかし、確かに、今の世の中、何時ギドー君の言うような事が起きても不思議ではないけどね。ね? リーフさん」
リックは芝居がかった声と態度で、リーフを見つめワザとらしく言うと、背後の控える、ギドーは嫌らしい目でリーフの体を舐める様に見ている。
「卑怯者! 立派な恐喝行為ですよ、運営に報告します!」
「いいぜぇ、やれるものやってみな、そしたら本当に今言った事が、アンタと関係のある、他の誰かに起こるだけだがな」
ギドーは不適に笑うと、リーフを睨んでくる、その視線の前にミナトは割り込むと、ギドーを睨み返しながら、静かな口調で言う。
「あんた達の条件を飲もう、その代わり、僕が勝ったら約束は守って貰うぞ」
「あはは、良いだろう、約束しようじゃないか、君が勝ったら、先程言ったように、二度と君達には近付かない、その代わり、負けたら……分かっているよね?」
ミナトの言葉に、リックは余裕の表情を浮かべながら、リーフをいやらしく見つめると、言ってくる。
「君の相手はこのギドー君だよ! 我がギルドの幹部候補なんだよ。くれぐれもアッサリ負けるなんて、無様を晒さないでくれよ、あははは」
「貴様は簡単には死なせないぜ……うちのギルマスに舐めた態度を取ったからな、たっぷりと痛めつけてやるから、楽しみにしてな!!」
リックとギドーはそう言い残すと賭博上から出て行った。
「ミナト君……ごめんね……また巻き込んでしまって……ずっと迷惑をかけてばかりで……」
リーフは瞳から涙を零しながら、必死にミナトに謝って来る。
「リーフはちっとも悪い事なんてしてない。だから謝る必要なんか全然無い! それに久々に頭にきた!」
ミナトは、そう言うと拳を握り締めながら、リック達が去っていった方を睨んでいた。




