第30話
始まりの都の東地区にある、闘技場を目差し。
ミナトとリーフは、夜の街を進む。人通りも多くこれから本格的に動き始める、社会人プレイヤーらしき一団が二人の横を通り過ぎていく。
「これからがEOTCでは、一番プレイヤーの数が多い時間帯になるのかな?」
ミナトは隣を歩く、リーフに問いかける。
「そうですね。社会人プレイヤーさんが、この位の時間から多くなりますからね、今は夏休みも重なって、多分、一年で最も人が多い時期だと思います」
「何か、お祭りの夜みたいでワクワクしてくるよ! それにしても意外だったよ、リーフが闘技場誘ってくるなんて……そういう所とは縁遠いイメージがあるから……」
ミナトが素直な感想を告げると、リーフは少し怒った表情をしてから、言葉を返す。
「ミナト君が、私の事をどう思っているか、大体想像出来るけど……そんなに良い子ではないですよ? 私は……」
「そうなの? 中学の頃からずっと委員長してたし、どうしても真面目な子と言う印象が強くてさ……」
ミナトは軽く笑うと、リーフは自嘲気味な表情で言ってくる。
「確かに、お堅い印象を持たれているのは、自覚していますが……」
「うん、リーフには悪いけど、最近まで、僕もそう思っていたけど……でも、今は違うよ? リーフが照れ屋なのも、すぐにいっぱいいっぱいになっちゃう事も、とても可愛い子なんだって事も、今は分かってるから……」
「もうっ! 今日も言ったけど、女の子に気軽にそんな事言っちゃ駄目だよ! ……本気にしちゃうよ……そんな優しい事言われたら……」
リーフは怒りながらも、言葉の後半は顔を赤くし、潤んだ瞳でミナトの事を見つめていた。
「あはは、ごめん……でも、今言った事は、僕が本当に思っている事だから、委員長は素敵な女の子だよ、良い子と悪い子かそういうのに関係なくね!」
「ミナト君……ありがとう、本当に嬉しいよ……」
そう言いながら、綺麗な笑顔で見つめて来るリーフの顔を、ミナトは照れ臭そうに見つめると、その照れ臭さを隠す様に、リーフにを問いかける。
「少し質問があるんだけど、良いかな?」
ミナトの言葉に、リーフは頷くと話を聞く体勢になる
「闘技場って一体どういう所なの? まぁ、戦う場所なのは想像出来るんだけど、具体的に何が行なわれているのか分からないんだけど……」
「そうだね、それじゃあ簡単に闘技場の事を説明して置きましょう。闘技場では、シングル、タッグ、PTの各部門に分かれていて、それぞれの場所で、モンスターとの勝ち抜き戦、PvPが行なわれているの。それぞれのLVに合わせてクラスが設定してあって、勝ち進むと賞品や賞金が貰える仕組みなってるの……ここまでの説明で分からない所は無かった?」
「大体、想像出来てるから大丈夫だよ」
ミナトはそう言って、リーフに話の続きを促した。
「それらの競技をを対象にした、賭け試合なんかも頻繁に行なわれているみたい。その配当金や賞品を狙って、かなりの数のプレイヤーが。毎日エントリーしてるらしいわ」
「へぇ~、一攫千金を目指して、闘技場で戦うか……何か燃えてくるシュチュエーションだね!」
「ミナト君も、やっぱり男の子ね、こういうの好きだと思ったわ」
リーフは微笑ましげに、ミナトを見つめると、改めて言ってくる。
「今夜は週に一回の勝ち抜き戦の日なの、エントリーの締め切りが九時半までだったから、ミナト君に無理を言って、速くINして貰ったの、出たいでしょう?」
「出たい!!」
ミナトは即答に近い返事をすると、リーフを見つめる。その視線に微苦笑を浮かべると、歩く速度を速めながら、ミナトに言った。
「それなら、エントリーに遅れる訳にはいかないから、急ぎましょう」
「了解!」
二人は闘技場を目指し、夜の大通りの人混みを縫う様に、駆け抜けていった。
東地区の東端にある広場に出ると、目の前には大量の篝火が焚かれ、夜の闇を明るく照らしている。その明かりの中に浮かび上がる。円錐状の建物が、闘技場と呼ばれる場所だった
「大きいね……何か、イメージとしては円形闘技場を予想していたんだけど……これって塔だよね?」
「正解、一階から五階まである塔型の闘技場……それぞれの階は10LV単位でで区切られていて、最上階がLV50、それぞれの階で、モンスター勝ち抜き戦、シングル戦、タッグ戦、PT戦を勝ち抜かないと、上の階には進めない仕様になってるわ」
「凄く分かりやすいね。うん、その位シンプルな方が良いかも」
ミナトは闘技場の外観を眺めると、ニコリと笑い、リーフに声をかける
「それじゃあ、早速入ろうよ! 入り口はあそこで良いんだよね!」
「そうだよ、あっ! それから入場するのにはクライマーギルドのカードを見せる必要があるから」
「分かったよ」
ミナトは受け付けの女性にカードを提示すると、女性がカードに手をかざす、すると一礼してから丁寧に案内を始める。
「ようこそ、闘技場へ! この闘技場の説明と案内を担当する。ミアキス・リットナーと申します。今日は闘技へのエントリーですか? それともご観覧でしょうか?」
綺麗な藍色の髪をストレートロングになびかせ、綺麗な碧眼はすっきりと大きく、メリハリの利いた体型にスーツを着た、美しい女性がミナトに微笑みかけてくる。
「……エントリーをお願いしたいんですけど……」
ミナトはその微笑に若干照れながら、受付嬢に希望を告げる。
「はい、只今、モンスター勝ち抜き戦と、PvP勝ち抜き戦の二つのエントリー受付をいております。どちらをご希望ですか?」
「えっと……」
ミナトは後ろを振り向き、リーフに視線を送ると、何故か少し怒った様子でミナトを睨むと、プイッと横を向く。ミナトはその様子に、困った表情を浮かべると、正面にいる受付嬢に恐る恐る問いかけた
「あの、その二つどっちが先に始まりますか?」
「はい、先に闘技が始まるのは、モンスター勝ち抜き戦です」
「モンスター勝ち抜き戦の概要を簡単に説明して貰えますか?」
ミナトの言葉に、受付嬢はにこやかに微笑みながら頷くと、説明を始める
「はい、それではモンスター勝ち抜き戦の説明を始めさせて頂きますね。エントリーした選手は、四つに分けられた闘技場の何処かにランダムで配置されます、そこで現れるモンスターを、一人で倒し続け、全滅させる事が出来たなら、勝者と判定されます」
「シンプルだね……仕様武器やLVの制限は?」
「装備に関しては、プレイヤーの皆さんの装備をそのまま使用して頂いて構いません。LVに関しては、制限はありませんが……闘技場の規定で一階層10LV刻みですので、低いLVで参加すると、モンスターとも対戦相手ともLV差がついてしまいますので注意が必要です」
「ありがとう。良く分かりました。それじゃあ、両方エントリーお願い出来ますか?」
ミナトの言葉に、一瞬動きが止まる受付嬢、微笑を浮かべながら、深呼吸をすると、確認のため、もう一度ミナトに尋ねてくる。
「確認させて頂きますが、モンスター勝ち抜き戦と、PvP勝ち抜き戦の二つに、エントリーでよろしいですか?」
「はい! お願いします!」
ミナトは力強く答える、そんなミナトの姿に、受付嬢は困った表情を浮かべると、ミナトの後ろに居る、リーフに視線を送る。
「はぁ……」
その視線に気付くと溜息を吐きながら、リーフはミナトに話しかける
「ミナト君……LV1でエントリーするのも、かなりの挑戦だけど、一気に二つの闘技に出るのは、よしたほうが良いと、私は思うなぁ……」
「そうなの? 別に問題があるようには感じないけど……」
ミナトは不思議顔でリーフにそう返すと、話を聞いていた受付嬢が、意を決したように告げる
「あのっ! ミナト様の行動を制限するつもりは無いのですが……流石にLV1だと、モンスター勝ち抜き戦なら、相手のLV次第で勝てるかもしれませんが……PvPに関して言えば、あっという間にやられてしまう可能性の方が高いように思われます」
受付嬢の言葉に、リーフは頷きながら、その意見に賛同の言葉を送る。
「受付嬢さんの言う通りだよ……ミナト君、今日はモンスター勝ち抜き戦だけにして置こう? もう少しLVを上げてから、また挑戦しようよ」
二人にそろって窘められた。ミナトは納得の行かない表情を浮かべながら、ある提案を二人にした。
「それじゃあ、モンスター勝ち抜き戦で、無事勝ち抜く事が出来たら、PvPにも出場しても良いって事にしない?」
ミナトの提案に受付嬢は確めるように聞いて来る。
「つまり、ミナト様は予定通りに、二つ闘技にエントリーをして、最初に行なわれるモンスター勝ち抜き戦に負ければ、PvPの方は諦めて棄権する。という事でよろしいのでしょうか?」
「そういう条件なら……納得しても良いかな」
リーフと受付嬢は、その提案を受け入れると、早速受付嬢がエントリーの手続きを始める。
「それではミナト様。二つの闘技へのエントリーが無事に終了しました。参加費もカードから徴収させて頂いたので、どうぞこの先の選手控え室で、暫くお待ち下さい。そちらのお連れの方はどう致しますか?」
受付嬢の言葉に、リーフはカードを取り出すと、苦笑気味に言った。
「観客席を一つお願いします」
「かしこまりました」
観客席の番号の書かれた、チケットを受け取ると。リーフはミナトに声をかける
「無理をしないでね、ミナト君! あと、スキルセットや装備の確認を忘れないで!」
年の離れた弟の面倒を見る姉のように、ミナトに注意をしてくる。
「了解! それと心配してくれてありがとう、それじゃあ頑張ってくるから、応援よろしくね! リーフ」
ミナトは、選手控え室に向かって歩き出す。その後姿を見送ると、リーフも観覧席に向かったのだった。
控え室に入ると、ミナトはステータスウィンドウを開き、急いでスキルの設定を始める。
「すっかり忘れたよ、スキルの設定……えーと、職業スキルが六つだから……なんだ、全部入れておけば、調度七つ。なんて都合が良いんだ」
ミナトは、スキルを設定すると、改めて自分のステータスを眺めてみる。
キャラクター名 ミナト・ユウキ
LV 1
種族 ハーフエルフ
年齢 17歳
性別 男
血液型 A型
職業 剣術士 (不可視設定中)
基本能力値
HP 61
MP 70
筋力 48
体力 31
器用 50
速さ 62
知力 30
精神 33
魔力 67
運 53
残りSTポイント 0
アビリティ 精霊一体化
スキル 効率行動LV2 剣術LV1 歩法LV1 遠当てLV1 透しLV1
気孔術LV2 クリティカル率上昇LV1
契約精霊 ????
ミナトは難しい顔をすると、一言ポツリと漏らす。
「基準が分からないから、自分が強いのか分からない……」
そんな風に漏らすと、溜息を吐きウィンドウを閉じる。すると、闘技場の方から歓声が上がるのが聞こえてくる。
周囲を見渡し、他のプレイヤー達に目を向ける。数はミナトを合わせ十人を少し超える位で、一様に緊張した面持ちで自分の出番を待っているようだ。
「いよいよか……」
「緊張するなぁ」
「俺の実力を見せてやる!」
「俺……この試合に勝ったら、フレに告白するんだ……」
歓声に紛れて聞こえてくる、選手たちの声に苦笑を浮かべながら、ミナトはアイテムストレージから弓とショートソードを取り出し装備する。
「まぁ、戦ってみれば分かるよね……どの位強くなったかはさ」
そう気軽に言うと同時に、控え室の扉が開くと、アナウンスにより名前が呼ばれていく。ミナトの名前は四番目にアナウンスされた。
「ランダムだって受付嬢さんは言っていたけど、まさか第一グループで呼ばれるなんてね、運が良いのか悪いのか……」
ミナトは控え室の扉から廊下に出ると、他のプレイヤーと共に闘技場に向かう。闘技場からの歓声が徐々に大きくなるのが分かる。
大きな扉の前に着くと、そこで男から番号カードを手渡される。
「その番号が、貴方達が戦う闘技場の番号です。闘技場に出たらその番号の場所に向かって下さい。それでは皆さんの健闘を祈っています」
男が慇懃に一礼すると大きな扉が開く、ミナトはその男の横を抜け、扉を潜り闘技場に入る。
無数の篝火と魔法の光に照らされた闘技場は、観客の歓声と怒号で、空気が振動しているような錯覚を受ける。ミナトは貰った番号札の場所を目指し歩くと、一つの大きな鉄格子の扉の前に辿り着く。他のプレイヤーも同じ様な扉の前に立つと、アナウンスの声が聞こえて来る。
「ようこそ! 闘技場へ。本日も熱い闘技が見られるのか! 実況は私。シンシア・ウォーレンがお送りします! それでは時間も押していますし。早速闘技を始めたいと思います! 魔法障壁展開して下さーい」
シンシアの声で、円形の闘技場が見えない壁によって四分割される。
「なるほど、これなら逃げ場も無いし、決着も早く着くよね」
ミナトは苦笑を浮かべると、正面の扉を見据える。
「それでは、準備も整いましたし。始めたいと思います! 参加選手の皆さん、どうか盛り上げてくださいね!! それでは始めっ!」
実況者の合図と共に、それぞれの鉄格子の扉が開き、中からモンスターが出てくる。
ミナトの正面の扉からは、狼型のモンスターが三匹現れる。
「また、こいつらか」
ミナトはそう言うと、アイテムストレージから、矢筒を取り出すと、一本矢を抜き取り、弓に番える。
先頭を走ってくる狼に矢を向け射る。弓弦の独特の音と共に矢が風切り音をたてながら、狼の眉間を貫く。矢はそのまま貫通すると闘技場の壁に半ばまで突き刺さる。
「えっ!?」
ミナトは驚きの声を上げながらも、左右から襲いかかってくる狼に目を向ける。右から大きな口を開けて飛び掛ってくる狼の顎に下から拳撃ち込むと大きく顔が仰け反る。
無防備に晒された首にショートソードを抜き打ち気味に放つと、首をすんなり断ち切る。
「げっ!?」
思いも寄らぬ事態に驚きの声を上げると、左から、足を狙って地を這うように駆けて来る狼を視認する。振り抜いたシュートソードを逆手に持ち替え、慣性を利用し、膝を落しながら低く一回転すると。ショートソードは駆けて来た狼の前足の付け根に突き刺さる。剣は根元まで侵入し狼に致命傷を与える。
「…………」
消えていくモンスターを見つめながら、ミナトは困惑の表情を浮かべると、一つ息を吐く
「はぁ~、攻撃力が全然違う……転職すると、ここまで違うものなのか……」
壁に刺さった矢と、手に持ったショートソードを見つめながら、
「本当に強くなったんだ……やっぱり嬉しいよね。強くなるとさ……」
ミナトは笑顔を浮かべながら、正面の扉に向き直ると、弓に矢を番えながら告げる。
「さぁ! 続きを始めようか!」
その言葉が合図になったように、扉が開くと中からモンスターが飛び出してくる。
猪型のモンスターが猛烈な勢いで突っ込んでくるが、ミナトが矢を射ると、その矢は正面から猪の体を射抜き貫通していく。
その後も、次々に現れるモンスターを連べ撃ちし。合計十五体のモンスターを倒すと、ミナトの正面にある扉が開く事はもう無かった。
「ふぅ……これで打ち止めかな? 何か作業みたいな戦闘になっちゃったけど……」
ミナトは苦笑を浮かべると。使った矢を回収していく。その姿を観客席から、リーフは呆然とした表情で見つめていた。




