第25話
皆人は暫く凪沙の頭を撫で続けていると、凪沙が軽く皆人の足を蹴ってきた。
「今日は、これで許してあげる」
凪沙はまだ少し不機嫌そうだな顔たが、皆人はその顔に笑顔を浮かべると、頭を最後に軽く撫でるとリビングに降りてて行く。
そのうしろ姿を見ながら、廊下に残された凪沙は撫でられた頭に手をやり、満面の笑顔を作ると皆人の後を追っていく
「あら? もう済んだの? あまり朝から見せ付けないでよね、凪沙」
意地の悪そうな笑顔を浮かべながら母親がそう言って突っつくと、凪沙が非難の声を上げる
「もう! お母さん! 覗いていたの!?」
「そんな事しなくても分かるわよ……嬉しそうな満面の笑顔を浮かべちゃってさ、皆人に甘やかされたって、誰にだって直ぐに分かっちゃうわよ」
凪沙は顔を赤くしながら怒るが、母親の強さなのか経験の差なのか、あっさりと凪沙の攻撃を躱すとカウンター攻撃を放って凪沙を黙らせる。母の強さに皆人は苦笑しながら食卓に向かう
「皆人、朝食食べるでしょう?」
「うん、ごめんね遅くなっちゃって……」
皆人は謝りながら席に着くと、台所から暖かいご飯と味噌汁を持って母親が出てくる。それを食卓に置きながら困った様な顔で皆人に告げる
「それは全然構わないのよ? 夏休みだし皆人にも予定もあるだろうしね……ただ、そうなると凪沙が寂しがってね、私に甘えてくるのよ? いい年をした娘なのに……昨日も何故か一緒の布団で寝るはめになってね……」
「お、お母さん!? 余計な事は言わないで下さい!!」
凪沙は顔を真っ赤にしながら抗議するが、母親はそんな娘を呆れた様に見ると、笑顔で皆人に手を合わせ頼んでくる。
「そう言う訳で、今日一日だけで良いから、この寂しが屋の面倒を見てくれない?」
皆人は凪沙を見る母親の優しい視線に気付き笑顔を浮かべると。
「良いですよ、今日は一日暇だから……凪沙、ランニングが終わったら、一緒に少し出かけよう?」
「お兄ちゃん! 本当ですか?」
「うん、少し速く出てお昼を外で食べよう、それから海深さん、夕飯は僕が作りますから楽しみにしていて下さい」
凪沙と母親は互いに笑顔を浮かべると、皆人に礼を言う
「ありがとう皆人君、それじゃあ今日はゆっくりさせて貰うわ、私もお昼は適当に済ませるから、夕ご飯のためにね!」
母親はそう言うと、洗い物を片付けに台所に戻る。
「お兄ちゃんとお出かけ……これは早速入念な準備が必要……お兄ちゃん! 私準備があるから部屋に戻るね!!」
凪沙もそんな事を言うと、慌てて二階の自分の部屋へと戻って行く。その後姿に皆人は苦笑を浮かべると呆れたような声で言う
「準備って、何時間するつもりなんだ?」
「皆人君、女はね本番前の準備に余念が無いものなのよ?」
その独り言が聞こえたのだろう、台所から母親は娘の行動を微笑ましそう見ながら見ながら言ってくる。その言葉に皆人は苦笑を浮かべると母親に向かって言った
「女の人は大変ですね……」
「皆人君もその苦労が分かる男になりなさい」
母親は皆人に力強い笑顔で言うと、コーヒーを注いで食卓に戻ってくると、先程の笑顔とは別人の様な、心配そうな顔で皆人を見つめながら聞いて来る。
「皆人君? 貴方怪我をしてるでしょう? それも結構酷い……大丈夫なの?」
「な、何で分かるんですか……」
皆人は食卓の正面から此方を見つめて来。母親の言葉に驚愕する。
「これでも一応この家の主婦よ? ボロボロになったジャージ、血のついた包帯、何時もと違う場所に置かれた救急箱、これだけ状況が揃えば誰にでも分かる事よ?」
「でも、服や包帯はゴミ箱に……」
「だから主婦だって言ってるでしょう? ごみの分別くらい確認するわよ」
皆人は改めて、母親と言うものの凄さを感じて黙り込んでしまう、そんな皆人を見つめてくる母親の視線に観念して怪我の理由をを語りだす。
「同級生を助ける為にちょっと無理をして派手に転んだだけだよ。怪我はそんなに酷くないよ?」
「はい、嘘は言わない! 包帯の量とついた血で怪我が軽くないのは分かっているわ」
「うっ」
母親の鋭い突っ込みに一瞬詰まり、溜息を吐くと皆人は素直に母親に体の具合を告げる。
「結構酷い擦過傷が右腕と左足にあります。あと転んだときに打ち付けた肩がちょっと痛むかな……」
「素直でよろしい……その怪我でもランニングには行くんでしょう? その時に病院に行って来なさい、知り合いの先生の病院に頼んで置いたから、行けば直ぐに診てくれるわ」
皆人は頷くと神妙な顔で母親に謝る
「心配かけてごめん」
「心配を凪沙や私にかけたくない気持ちは分かるけど……知らされない事で余計に心配になる事も在るの……それは憶えていて?」
素直に謝って来る皆人の姿に苦笑を浮かべながら、それだけを言うと母親は食卓を立ち上がり、抽斗から保険証を取り出すと、それを皆人に渡しながら耳元に口を寄せ囁くように言ってくる
「今日はあまり無理をしちゃ駄目よ……皆人君」
そのあまりの距離の近さに思わず顔を赤くしていると。リビングのドアがいきなり開かれ、青色の綺麗なワンピースを着た凪沙が体を震わせながら皆人と母親に指を突きつけてくる
「近親相姦禁止!!!」
「あら? 凪沙それは微妙に違うわ、私と皆人君には血の繋がりは無いのだから、その言葉は合ってはいるけど正確ではないわ、これはそうね……浮気かしら?」
「家族崩壊の危機!?」
凪沙が驚愕の目で自分の母親を見ていると、皆人にウィンクをしながら母親は、興奮する凪沙を全力でからかっている
「海深さん、凪沙が降りてきたのに気付いてあんな事を……」
皆人は呆れながらも、仲良く喧嘩する二人を優しい瞳で見つめていた。
母娘による仁義無き戦いは、圧倒的な実力差で母親が、凪沙を涙目になるまでからかい続け、あと一言で泣く寸前の所で、皆人から助け舟が出された
「海深さん、それ位にしてやって下さい。それ以上すると凪沙が面倒くさ……可愛そうですよ」
「そうね、これ以上からかってもこの子が面倒臭くなるだけですものね」
「ううっ、お兄ちゃんの本音が遂には八割方口に出るようになってしまった……昔は五割位だったのに、あとお母さんは率直すぎです。私の心はいたく傷ついたのでおこづかいを要求します」
半泣きの凪沙は母親を恨みがましそうに見つめながら、それでも最後まで諦めの悪い事を言う、その凪沙の様子に、皆人と母親は互いに苦笑を浮かべる
「はいはい、その話については一考してあげるから、ちょっと家事を手伝って」
「は~い」
「返事は短く!!」
「はい!」
母娘は先程までのやり取りなど忘れたかのように仲良さそうにしている、皆人はその光景を眩しそうにみながら、出かける事を二人に告げる
「じゃあ、僕ランニングに行って来るね、今日はちょっと遠くまでいくから遅くなると思うけど、凪沙は帰ってきたら直ぐに出られるように準備しておいてよ」
皆人はそう声をかけると、動きやすい格好に着替える為に部屋に一回戻ろうと階段に足をかけると、洗濯をしていたのか凪沙が脱衣場から顔を出し言ってくる。
「お兄ちゃん、私は暫く洗濯物で手が離せないからね!」
「うん? それはお疲れ様?」
皆人は、凪沙の言葉に戸惑いながらも言葉を返す。凪沙は皆人を見ながらモジモジするといきなり言ってくる。
「だからねお兄ちゃん! 今だったら私の部屋に入っても良いんだよ? ついでに言うと私の下着類は……」
「「クローゼットの中にある棚の上から二段目だ(よ)」」
「…………」
「…………」
互いに動きを止め無言で見詰め合うが、凪沙の顔が赤くなり、体が震え始める。その姿を一瞥すると皆人は何事も無かったように自分の部屋へと戻っていった。ドアの閉まる音と同時に凪沙の叫びが響き渡る
「なんでお兄ちゃんが知っているのよーーーー!!」
「ああ、それなら私が教えちゃった。てへっ」
何時の間にか話を聞いていた母親が台所から顔を出して、ペロッと舌を出しながら凪沙に告げる
「またお前か! 母ぁーーーー」
階下から中々愉快な音が聞こえてくると、それに皆人は溜息を吐きながらも着替えていく。母親から預かった保険証を財布に入れそれをポケットにしまと準備が整う。
皆人は部屋から出て階下に降りると、そこには何故か複雑に絡み合う母娘の姿が目に入る。皆人はうわっみたいな表情で、それを見るとおもむろに母親に声をかける。
「何故、海深母さんは凪沙に卍固めをかけているの?」
「ふふっ、この子に母の偉大さを説いてるのよ! 見なさい皆人! その感動で涙する私の娘を!!」
卍固めで顔の位置が少し(誤差)下にある凪沙の顔を、皆人は覗き込むと痛みなのか悔しさなのか、それとも羞恥なのか凪沙は目から大粒の涙を流していた。その姿を確認すると皆人は母親に向かって言った
「うん、確かに泣いてる……母の愛(物理)は偉大だね……」
係わり合いになりたくないのか、皆人は適当に事態を流すと玄関で靴を履くと家を出ようとすると。凪沙は掠れる声で皆人に話しかけてくる。
「因みにお兄ちゃん……お母さんの下着類の場所は……」
「「部屋の箪笥の一番下だ(ね)」」
母親と皆人の声が完全に重なると、凪沙は大声で叫んだ
「うわーん、お兄ちゃんの馬鹿ーーーーーーーーーーー! 年上好みのBBA好きーーーーーーーーー!!」
その声に背中を押されるように、皆人はドアを開けると家から出る、背後でドアが閉まる瞬間、「誰がBBAかな? 凪沙ちゃん? 其処のところ……」と母親の妙に優しい声が聞こえて。皆人は玄関で十字を切ると一言言葉を紡ぐ
「凪沙……生きろ!!」
その声と同時に、家から防音壁の性能を凌駕する。凪沙叫び声に皆人は今度は手を合わせると家に向き頭を下げると無言で走り出した。




