第12話
ミナトとユズリハは始まりの都の北の城門を潜り、都に戻ってくると、気が抜けたのか二人同時に欠伸をする、互いにその顔を正面から見つめ合うと顔を赤くして目を逸らす。
「あはは、やっぱり初めての戦闘で緊張してたのかな……気が抜けたら眠くなって来たよ」
「それは仕方ないね、ミナト君が幾ら古参プレイヤー顔負けの戦闘巧者でも、初戦闘でこれだけの長時間戦い続けたら、疲れが出てもちっとも可笑しくないよ……」
ユズリハはミナトを心配するように見つめ、申し訳なさそうする。
「無茶をさせたかな……ミナト君は初心者なのに……つい、それを忘れてペースを上げすぎたかもしれない……」
ユズリハは俯くと、そのまま頭を下げてくる。
「ごめんね……先輩プレイヤーとしての思慮が足りなかった……」
その姿にミナトは慌てて、首と手をを振りながらユズリハの肩を掴み顔を上げさせる。
「ユズリハさんが、謝る事なんて一つも無いよ! 僕は凄く楽しかったし、心強かった、ユズリハさんが居てくれて本当に良かったと思ってるよ!」
力強いミナトの言葉に一瞬我を忘れ、呆然となつユズリハだったが、捕まれた肩と、正面から見つめて来るミナトの真剣な眼差し、それに先程の言葉と巡順に頭の中で整理されていくと、ユズリハの顔が一気に首まで赤くなる。
「みみみ、ミナト君、い、いきなりそんな風に言われると、ボ、ボクとしても対応に困るというか……その、あの、えーと、ありがとう……うれしいよ……」
自分の気持ちの素の言葉が思わず出てしまい、更に赤くなるユズリハは潤んだ瞳をミナトに向ける。その瞳を正面から見つめる事になったミナトは、その瞳に射竦められる様に動きが止まる。互いに見詰め合ったままでいると、周囲のプレイヤーからやっかみの声が聞こえてくる。
「朝っぱらから、公衆の面前でいちゃつくな!」
「くっそ~羨ましい……」
「相手の男……爆発しろ!!!」
その周囲の声で、二人は互いに止まっていた体が漸く動くようになると、ユズリハは首まで赤くなった顔で逃げるようにミナトに告げる。
「ボ、ボク、先に落ちるね! お昼を食べたら、またINして来て!それじゃ、また後でね!!」
そう言って、ミナトの返事を良く聞かない内にログ・アウトしていく…今までミナトが掴んでいた、ユズリハの肩の感触もログ・アウトと共に手の平から消えていく。その事を若干の寂しさを感じながら、ミナトもこの世界からログ・アウトしていった。
目を開けると、遮光カーテンの隙間から夏の眩しい日差しが見える、テーブルの上に置いてある、温くなった麦茶を一気に飲むと皆人はベッドから立ち上がると、軽く柔軟体操を始める。暫く続けると、携帯端末にメールの着信を知らせる、青い光の点滅を見つけると。皆人は携帯を手に取りメールの確認をして見る。
「凪沙から?」
皆人は差出人の名前を見て、着信時間を確認すると朝の五時十五分に着信したらしい。件名が(信じています。お兄ちゃーーーーん)という件名で来ているので何となく嫌な予感がした、ミナトは一瞬放置を考えたが、それは後から大変な事になりそうだと感じ、溜息を一つ吐くと意を決してメールを開く。
『拝啓、季夏の候、お兄ちゃん様いよいよご隆盛のことと存じます。
先日、先輩から大変気になる内容のお手紙を頂き、その真偽をお兄ちゃん様に問い質したくお手紙をしました。それはゲームの世界で大変中の良い友達が出来たとの事ですが、どのようなご関係のお友達なのでしょうか?お返事如何によっては、私も覚悟を決めなければ行けなくなります…勿論、懸命なお兄ちゃん様は、その様な事。在りえないとは思いますが……もしそうなら……私はお兄ちゃんを信じています。この信頼を裏切らないでくだ…』
そこまで読むと、ミナトは溜息を吐きながら、携帯の電源を切ると、
「久しぶりに、凪沙のやつ、ハッチャけてるな…」
そう一人ごちると、皆人は服を着替えると、自分の部屋を出て下のダイニングに向かうと、階下から朝ごはんの良い匂いがしてくる。リビングから台所を覗くと、調理中の母親の姿が見えると皆人は朝の挨拶をする。
「おはよう、海深母さん」
「はい、おはよう、朝ごはん食べるでしょう? もう少し待ってね、すぐに出来るから」
そう言って、フライパンを揺らす母親に皆人は返事をすると、トースターに食パンを母親の分までセットし、食卓に座ると朝刊を手に取ると流し読みを始める。政治面や経済面を眺めながら、新聞を捲っていくと、(シオン無期限活動休止、ファンも心配顔)という見出しが目に入る。ふと気になり、記事を読んでみると、昨日のTVでは報道されなかった事が幾つか書かれていた。
「へぇ~、シオンって僕と同い年だったのか、年齢が今まで報道されてなかったなんて、確かにこれは仮想アイドルって言う、噂が流れてもおかしくは無いよな……顔写真は勿論、年齢、血液型、誕生日に至るまで明かされていないなんて」
皆人が新聞に集中していると、その前に母親が朝ごはんの皿を置く
「はい、出来上がったわよ、頂きましょう」
皆人は新聞を畳むと、トースターから調度良くパンが焼けた事を知らせる、甲高い(チーン)という音が聞えてくる、皆人は皿にパンを取り分けると、自分と母親の前に置く、席に着くと手を合わせると食べ始める。
「そういえば、凪沙はもう朝練に行ったの?」
「ええ、寝坊したみたいで、朝早く慌てて出て行ったわよ」
少し意地の悪い顔で言う母親に困惑しながらも、皆人はメールの着信時間を思い出し苦笑する。
「その状況で、あのメールを打ったのか……」
皆人は呆れ顔で凪沙の部屋の方を見ながら、パンにマーマレードを塗りたくりながら溜息を吐く、その様子に母親も苦笑を浮かべながら、皆人に言ってくる。
「ごめんね、皆人君、あの娘ずっと貴方にべったりで……迷惑だったら、偶には強く言ってくれて良いのよ?」
「別に迷惑だなんて思った事はありませんよ、唯、偶に凄くハッチャける時がありますけどね……それも昔に比べれば随分と大人しくなりましたから」
「そう言ってくれると、私としても安心だけど……あの娘もいい加減お兄ちゃん離れ出来れば良いのだけれどね……それともこのまま、あの娘を貰ってくれる?」
母親のそんな言葉に飲みかけの牛乳を噴出しそうになりながらも、皆人は答える
「げほっ、げほっ、冗談でも、そういう事言わないで下さいよ!」
「あら、私は結構本気よ? 皆人君さえ良ければ、どうぞあの娘を好きにしてくれて構わないわ」
「そういう事を朝っぱらから言わないで下さい!」
皆人は、顔を赤くしながら、母親に強めの口調で言うと
「はいはい、分かりましたよ…でもね皆人君、あの娘が本気でぶつかってきたときには。真剣に答えてあげて、その時には私たちや周りの事なんか気にしないで、皆人君の素直な気持ちを伝えてあげて? それだけは約束して欲しいな」
母親の真剣な瞳に、皆人は頷くと、それを見て安心したように頷くと
「皆人君自身が、今はそんな事を考える余裕は無さそうだけどね」
母親が意味深な顔で言ってくるのを、視線を逸らして回避した皆人は、朝食を食べ終わると食器を台所へ運ぶ、その行動に母親は可笑しそうに笑い、皆人は敵わないなぁと言った表情でダイニングのドアを開けると、後ろの母親に向かい言う
「ご馳走様でした、今日も美味しかったよ」
それに笑顔を浮かべると、母親が聞いて来る
「今日は何処にも出かけないの? 私は仕事だからもう少ししたら出かけるの、もし出かけないなら洗濯物干して行くからを取り込んでおいてほしいんだけど……」
「良いよ、出るとしても日課のランニングに出る程度だと思うから」
皆人がそう返事をすると、母親は頷き自分も仕事に行く準備を始めるようだ。
「凪沙は、朝練が終った後は美術部にも顔を出して作業もしてくるらしいから、夕方までは帰らないって言ってたわ、だから皆人、悪いけどお昼は適当に済ませておいて」
「了解、それじゃあ気をつけて行ってきてね」
「ありがとう、それじゃあ悪いけど戸締りと洗濯物お願いね」
そう言って、母親は自分の寝室に入って行く。それを見届けると皆人は部屋に戻ろうと、階段に足をかけると、寝室のドアが開き、母親が顔を出す。
「そうそう、凪沙の下着は、クローゼットの中にある棚の上から二段目よ、もし、子供っぽくて駄目なら、この部屋の箪笥の一番下に私の下着が入ってるわ、好きに使って良いわよ」
「うるさいよ! 何に使えって言うんだよ!! いや言わなくて良いから! そんな情報はいらないから! さっさと仕事に行きなさい!」
母親のとんでも発言に皆人は突っ込みを入れると、階段を音を立てながら上がっていく。下からは母親が可笑しそうに笑う声が聞こえて来て、皆人は溜息を吐くのだった。
部屋に戻った皆人は目覚まし時計を11時に合わせると、spirt worldのカプセルを開き、そこに横になると目を閉じる、寝心地の良い感触に直ぐに眠気がやってくると、皆人はそのまま寝息を立て始める。暫く経つと、夏の日差しに焼かれた家の外壁から暑さが屋内に染込むように、部屋の気温を上げていく、皆人は寝苦しそうに寝返りをうつと、spirt worldの開いていたカプセルが自動で閉じて、ピッと電子音がなるとspirt world内部に空調が効き始める、皆人は再び心地よさそうな寝息を立てながら眠りを深くしていった。
遠くから聞こえる、目覚まし時計の音に皆人は目を覚ます。何時の間にか閉じているカプセルを開けると部屋に鳴り響く目覚ましを止める、カーテンを開け、窓も全開にすると、夏の生ぬるい風が部屋に入ってくる。日差しは強く地表を焼き、気温よりも温度を高く感じさせている、皆人はジャージに着替えると、その真夏の日差しが最も強い時間にも関わらず、ランニングに出る。
「やっぱり、この時間は暑いな……明日からは朝走る事にしよう」
日差しに焼かれながら、家から出ると、何時も走るランニングコースを目指し走っていくと直ぐに汗をかき始める、それをハンドタオルで拭いつつ皆人は走り続ける。中学の一年から始めたこのランニングは、何時の間にか日課になり、バイトが忙しい時にも皆人はは欠かしたは無かった。
川辺にあるランニングコースに入ると、流石にこの時間は走っている人の姿もまばらで、皆人は息を大きく吸い込むと、ダッシュを始める。家から此処までは長距離の走り方をして、このランニングコースでは短距離の走り方を繰り返しながら長い距離を走る。そんな走り方をしながらランニングコースの終点を迎える頃には、皆人の体は汗でグッショリと濡れていた。
「う~、汗が気持ち悪い、早く帰ってシャワーでも浴びよう」
皆人は休憩もそこそこに、来た道を引き返そうとすると、川の土手の上の方から勢い良く自転車が下り降りてくる、その自転車には眼鏡をかけて、髪を三つ編みにした真面目そうな顔の制服を着た女の子が目を閉じ、きつくハンドルを握ったまま、川を目指し突っ込んでいく、手前には柵が設置されておりそのまま行けば其処に激突する事は避けられないだろう、そうすれば下手をすれば大怪我どころでは済まないかも知れない。
皆人は全力疾走で自転車を追いかけると、自転車に乗っている女子に大声で呼びかける
「ブレーキをかけて!!速く!!!」
その声に反応するように、女子は震える声で言い返す。
「ブレーキが効かないんです!!」
皆人はそれを聞くと、少し考えると再び呼びかける
「足を着いて、少しでも良いから速度を落として!!」
その声に女子は懸命に足を伸ばす、しかし、サドルの位置が微妙に合っていないらしく、爪先が地面をかろうじて擦るだけでそんなにスピードが落ちない、皆人は更に速度を上げるために足に力を入れる。
どんどん柵に近づいて行く自転車に手を伸ばしながら、皆人は懸命に走る。
「うぉぉぉぉ、と・ど・けぇぇぇぇぇぇ!!!」
声を出しながら、全力で走る皆人に奇妙な感覚が訪れる、妙に時間が引き延ばされたようにゆっくり流れる景色、周りの音と色が消え、感覚が普通では無くなっている。体の動かし方が荒い事にも気付き、それを自分の理想の形に修正すると一気に速度があがる。
自転車の荷台に手がかかると今度は全身を使い止めに入る、右腕に物凄い負荷がかかってくるのが分かると、すぐに左腕を伸ばし両手で荷台を掴むと懸命に動かしていた足を踏ん張るようにすると、砂地の地面を滑る様に皆人も自転車に引っ張られる。急な制動でバランスを崩した自転車が倒れようとすると、皆人は荷台から手を離し、乗っていた女子を後ろから持ち上げる様に抱き上げると、自転車はそのまま乗り手をから離れ勢い良く走っていく、
皆人は滑ったままの足でバランスを取ろうとするが、腕の中の女子が混乱で暴れるとそのままバランスを崩し後ろに倒れ込むように転ぶと胸の中の女子を懸命に庇いながら地面を転がると、先に自転車が柵にぶつかる光景が皆人の目に飛び込んでくる、転がる体を制御し、慣性を殺すと柵の手前で漸く二人の体が止まる。
皆人の耳に音と、景色に色と正常な時間が戻ったのは腕の中の女子が此方を見つめてきた時だった。
皆人は、腕の中から此方を見つめて来る女子の顔に見覚えがあった。
「大丈夫? 怪我とかしてない? 痛い所とか無い…? とにかく良かったよ、大事にならなくて…委員長も気をつけないと駄目だよ!」
皆人は腕の中で未だに呆然としている、クラスの委員長でもあり、席が後ろの青月双葉を少し強い口調で注意していた。すると、突然委員長が、皆人に抱きつき大声を挙げて泣きだしてしまう、皆人は驚くが、よほど怖かったのか体を震わせる委員長の様子に痛む体に顔を歪めながらも優しい顔で、泣き止むまで委員長の頭を撫でいたのだった。




