第10話
花壇の縁から立ち上がり、ユズリハはミナトの傍まで来ると。
「時間通りだね! よしよしレディを待たせないのは良い男の第一条件だよ」
そう言ってミナトの肩を叩くと、ユズリハは大通りを目指し歩き出す。その後を追いながらミナトは聞く
「もしかして、待っててくれたんですか?」
「別にそんなに長い時間じゃないさ、ボクは待つ事を苦にした事はないから気にしなくて良いよ。それに待ち合わせに遅刻したわけでもないしね」
そう言って笑顔を浮かべるユズリハは凄く楽しそうに見えて、ミナトはそれ以上の事を言えなくなってしまい前を歩くユズリハの背中に向かい小声で
「ありがとうございます、それと待たせてすみませんでした」
「そんな事は気にしなくて良いよ」
ミナトは自分の声が届いていた事に驚く、前を歩くユズリハは微笑みながら言ってくる
「ボクは耳が良いんだよ、勿論スキルとかの恩恵ではなく自前の耳が良いのさ」
「へぇ、現実の自分の特技ってこっちでも有効なんですね…」
「うん、他のVRでも言える事らしいけど、現実で発揮できる能力は此処でも有効らしいね…まぁ、その事が分かっていても現実で自分を鍛えようなんてする、酔狂なゲーマーは余り居ないけどね」
ユズリハは歩く速度を緩め、ミナトの隣まで下がってくると歩く速度を合わせて並んで歩き始める。ミナトは隣を歩くユズリハに更に質問する。
「どの位有効なんですか現実の自分の能力って?」
「う~ん、たとえば剣道や弓道なんかを経験した事のあるプレイヤーは、その事柄に関した戦闘系スキルのアシストを最小限に押さえられるみたい…」
「それってどういう風に有効なんですか?」
「う~ん、簡単には説明出来ないなぁ…まずスキルアシストってどういうシステムか分かる?」
ミナトはユズリハに聞かれると素直に首を振る、それを見て苦笑を浮かべるとユズリハは説明を始める
「スキルアシストって言うのは、スキルを使用する時にこの体の制御を手伝ってくれるシステムの事、これのお陰で初めて使う武器や魔法を最初からある程度使いこなす事が出来るの…」
「なるほど、経験者じゃなくても最初からある程度はどんな事でもこなす事が出来る……これって良く考えたら凄い事ですね…」
「そうだよ、現実ではありえない事…スキルアシストってそういうシステムなのさ、そして一見は百聞に勝るって事で…」
ユズリハは、立ち止まる大きく息を吸い込み、歌いだす。その歌声は通りを歩く他のプレイヤーも足を止めて聞き入るほどの圧倒的なモノだった。ミナトはユズリハの歌う姿に見蕩れ、歌に聞き入り、最後は少し感動で目頭が熱くなった。
ユズリハは歌い終えると廻りに向かって頭を下げると、急にミナトの手を引き走り出す
「ちょ、ちょっといきなり何? ユズリハさん!!」
「あのまま、あそこに居ると面倒な事になりそうだから…ごめん、もう少し離れたら説明するから…」
二人は大通りを駆け抜けて行く、段々と人通りの少なくなっていき、ある程度人波が途切れた所でユズリハは走るのをやめた
「はぁはぁはぁ、ごめんね。いきなり走り出して…あのままあそこに居たら野次馬が色々とうるさそうだったから…」
ユズリハ息を弾ませながらミナトに謝って来る。それに首を振って答える。
「ううん、それは別に良いんだけど……さっきの歌は…」
「あれが、スキルアシストを最小限に押さえた状態で歌った結果、ミナト君は気付いていなかったかもしれないけど、立ち止って歌を聴いていたのはプレイヤーだけだった事、NPCはまるで聞えてないかのように普通に歩いボクの前を通り過ぎてた…」
「えっ、あの歌を聴いていて!? 立ち止る事が無いって……もしかしてスキルアシストの付かない行動ってNPCやモンスターに効果が無いって事?」
ユズリハは苦笑を浮かべ首を振ると、ミナトの質問に答える
「一概にはそう言えないらしけど大体は合ってる、ボクの歌もそうなんだけどEOTCのスキルと併用すると通常のスキルを上回る効果を得られるの…本当はもう一回あそこでスキル併用の歌を歌ってから説明するつもりだったんだけど…思いの他、人が多く立ち止まちゃったから…慌てて逃げ出しちゃった」
ユズリハは困った顔でミナトを見つめ舌を出す。相変わらずそういう仕草に嫌味が無い子だと感じながらミナトは今の説明を頭の中で整理するとユズリハに話しかける。
「え~と、つまり、現実にもっている技能が此方のスキルの力を上昇させる力があるって事で間違ってないよね…?」
ミナトは恐る恐る尋ねると、ユズリハは頷き近くのベンチに腰をおろすと話始める
「実質的にはスキルの自由度が上がるって感じらしいけどね…アシストを受ける事がないから、その分、応用性が上がり、スキルの使い勝手が良くなる事によって、威力や効果が上昇するってのが通説みたい、ボクも戦闘系に関して言えば素人だから、詳しい事は分からないけど…歌はどうやらその恩恵を受けているみたいだからね…実際スキル併用で歌えばかなりの範囲を魅了出来るみたいだから」
「確かに、ユズリハさんのあの歌は凄かった…歌を聞いて感動したのは初めてだよ!」
ミナトはユズリハの歌を思い出すと手放しにユズリハを褒める
「ありがとう、凄く嬉しいよ、そんな素直に褒められるのは久しぶりだから…」
嬉しそうだが何処か寂しそうな顔で答えるユズリハに、ミナトはそれ以上の事に踏み込めなかった。
「まぁ、スキルの話はコレ位で良いかな? それともまだ聞きたい事とかある?」
ユズリハは気分を変える様に無理やり笑顔を浮かべると、ミナトにもう聞く事はないかを確認してくる
「えっと、それじゃ聞くけど、ゲームなのに現実の技能が関係してくるなんて、不満とかは出なかったの?」
ユズリハは苦笑を浮かべると、そのミナトの言葉に答える
「それは多少はあったみたい、でも、それはプレイヤースキルの延長線上って事で納得してる人が多いみたい、どんなゲームでも上手い下手はあるし、ゲームにどれだけ時間をかけたか、どの位練習したのかは人それぞれで違うから……たとえそれがどんな形であれ努力した結果なら文句をいうのはお門違いって事で大抵の人は納得してるみたいね」
「へぇ、意外に皆、冷静なんだね…確かに努力の形は違うとは言え、どっちも一生懸命その事を頑張ったのは変らないからね…」
ミナトは頷くと、ユズリハもその言葉に笑顔を受浮かべ頷く
「好きでやり始めた事だもの、上手くなりたいのは当たり前だし、上手くなるには努力しなければいけないって事は現実でも此処でも同じって事だね」
「うん、ユズリハさんには色々教えてもらって、本当に助かるよ」
「ボクだって、そんなに詳しい訳じゃないよ、本当はもっと色々な秘密があるみたいだけど…それを理解しているのは一部のトッププレイヤーだけみたいだし…まだまだボクも勉強不足さ」
ユズリハは照れ隠しなのか、あさっての方向を見ながら早口に言うと、ベンチから立ち上がると
「さて、道草をくってる場合じゃないね、早いところ行動しないと時間ももったいないし」
そう言って、ユズリハは都の北を指し示すと、ミナトに告げる
「取り合えず、都を出てから直ぐ近くにある、修練の森って所を目指すよ、そこでボク達の戦いがいよいよ始まるんだから!」
「うん、ユズリハさん、僕も出来る限り頑張るから最後まで諦めずに努力しよう!」
二人は人通りの少ない道を北の城門を目指し歩き出した。
都から出て暫く歩くと、外は暗闇に包まれ互いの姿が確認出来なくなる、前を歩くユズリハがアイテムリストからカンテラを取り出すと明かりを点けると思いのほか周囲が明るくなった事に驚くミナトは不思議そうにユズリハの持つカンテラを見ていた。
「不思議でしょう? 明かり自体は小さいのに照らす範囲は凄く広い、これは魔法のアイテムで周囲を明るく照らす効果があるの便利でしょう?」
ユズリハは自慢するかのようにカンテラをかざす、ミナトは頷くと感心するようにそのアイテムを見つめる
「魔法かぁ…幾らこの世界がリアルに出来ていても、その一言で納得出来るのはゲームならではだね」
「そうだね、でも、こういう所がゲームの醍醐味でもあるでしょう?」
ユズリハの言葉に大きく頷くと、ミナトは楽しそうに笑う
「うん、そうだね! 僕も何か凄く楽しくなってきた、初めての戦闘楽しみだなぁ」
「そうだね、ボクも初めての戦闘した時はどきどきしたよ、VRMMOの醍醐味の一つだからね戦闘は…でも気をつけてねミナト君は職業についてないんだから色々と不利な点も多いから注意して!」
ミナトは頷くと、腰のショートソードの柄を握り締めながら、背中に背負った矢筒の位置を直し、ユズリハの後を追って歩く。暫く歩くと森が見えてくる、木々に覆われた空間は夜より更に深い闇に覆われている。
「さて、これから始める事の説明をしておこうか、まずはミナト君には一人で戦ってもらう、理由は幾つかあるけど、まず一つにボクとのLV差がある事、一人の方が経験値効率が良いからという理由も大きい…でも最大の理由は、新職業への条件が分からないから、今の初期状態からなるべく逸脱しない様にするためのソロって事だね」
「初期状態?」
ミナトが不思議そうな顔で聞いて来ると、ユズリハは頷く
「ミナト君の今の状態は本当に初期の状態なんだ、PTを組んだことも無ければ、戦闘をした事も無い、初期状態と違う所といえばフレンドリストが空ではない事と、友達かな? ギルドで話していた人から武器を貰った事位だよね、その状態をなるべく維持したいのさ、何処にどんな条件があるか分からないからね、たぶん大丈夫だとは思うけど念には念を入れないとね…」
「あー、そういえばジンから剣を貰ったなぁ、僕自身使う気が無かったからすっかり忘れてた…」
ユズリハはその言葉に苦笑すると、改めてミナトを見つめ語りかける
「そういう事だから、これからミナト君はソロで戦闘することになる、ボクは君がやられそうになった時にだけ手を貸す、それ以外は単独での戦闘を繰り返さなくてはならない、だから、万全の準備をしておこうと思う。」
ユズリハはウィンドウを開くとアイテムリストから大量の回復薬をミナトに渡す。
「まずは回復、これも自分で行なわなくていけないから少しでも自分のHPが少しでも減ったら躊躇う事無く使う事、まだ大丈夫はもう危険って言う言葉を忘れないで!」
ミナトは回復薬を受け取ると、神妙な顔で頷く。
「回復薬のお金は後で必ず返すから、今は遠慮なく受け取っておくね」
ユズリハはそんな律儀なミナトの言葉に苦笑しながら頷くと、アイテムリストから先程のカンテラを幾つか取り出すと周囲に並べ始める、そうするとかなり広い範囲が明るく照らされる。
「これでかなり戦い易くなったでしょう?あとはモンスターをおびき寄せるためのこの匂い袋を使えば準備は出来るけど…ミナト君、何か聞きたい事はある?」
ミナトは首を左右に振ると、ユズリハに向かって不適な笑顔を浮かべ強気に言う
「まずは何事も経験! 失敗を恐れては何も出来ない、取り合えず一回戦って見れば分かると思いますから始めて下さい!!」
ユズリハ頷くと、匂い袋をミナトの立っている場所から少し離れた所に置くと、ミナトを残し、明るく照らされている範囲から出て行く。モンスターに気付かれない様にミナトを援護するためだろう。
暫く待つと、森の中から獣の唸り声が聞こえてくる、その数はミナトが認識出来る範囲で三つ、アイテムリストから弓を取り出し矢を番えると、ある一点に狙いをつける、気配が動き出すと同時にミナトは矢を射る、真っ直ぐ飛ぶ矢の正面に大型犬程の大きさの狼が現れる。矢はそのまま進み狼の眉間を貫くと、狼はそのまま動かなくなると光と共に消えていく、
その光景に他の狼達は一瞬たじろぐ様に動きを止める、その隙にミナトは第二の矢を番えると、狙いを澄まし矢を射る、その矢は残りの二匹のうちの一匹に刺さるが致命傷には至らない、しかし、此方に向かって来るスピードは見るからに落ち、ミナトに向かって来る狼は一匹だけとなると、ミナトは弓を捨てると腰から剣を抜き構えると、狼が急所でもある首を狙って飛びついて来る、ミナトは狼の攻撃を膝を折る様にして屈んで避わすと頭上を飛び越えていく狼の腹に向けて剣を突き刺す、狼は苦鳴を挙げ暫く暴れるが直ぐに動かなくなり先程の狼と同じ様に消えて行く、
矢を受けた狼は仲間がやられた事に気付くと急いで森に逃げ込もうとするがミナトは剣を地面に突き立てると、矢筒から矢を取り出し先程捨てた弓に素早く番えると逃げる狼を射る、矢は狼の首に命中するとそのまま貫通し地面に突き刺さる、狼は暫くそのまま走るが森の手前で息絶えると光と共に消滅した。
「ふぅぅ、緊張した……ユズリハさん? 取り合えず終りましたけど、このまま続けて良いですか?」
ミナトは軽い調子で暗闇に紛れるユズリハに問いかける
「……ミナト君って、一体何者なの…」
余りにも鮮やかに、初めての戦闘を終らせたミナトに対して、ユズリハは驚愕の面持ちで暗闇からミナトを見つめる、此方に向かって手を振るミナトにユズリハは乾いた笑顔を浮かべ、手を振り返すのが精一杯の行動だった。




