日常後の一本木
五本木下の日常 の続編です
数年後。 成長した二人・・・?
平日の昼下がり、昔は5本の木がそそり立っていた場所。 今となっては残り1本になっている。 たった数年の間なのにな・・・と、物思いにふけるかのように胸ポケットから取り出したライターですでに口にくわえているたばこの先端に火を持っていく。 この行動はもう何百回、いや何千回に至っただろうか。 ほぼ毎日、数回する行動。積み重なって自身を傷つけているのは重々承知の上だ。 だが、俺はこれを止められない。 これからもやめることはないだろう。 自分では・・・。
「まったくお前は・・・、一応ここは学校の敷地内なのだぞ? さすがのお前であっても幾年の月日が流れる間ずっと言っていたんだが、理解していなかったのか?」
木の根元のあたりに座り込んで白煙を吐き出していると、もたれかかった木の反対側から「やれやれ」とつきそうな口調で声が耳に舞い込んでくる。 腰をあげることなく、首を ひねって声が聞こえた木の反対側を見る。 見えたのは灰色に近い黒のたなびくスカート。
忘れもしないこの感覚、この声、この・・・人。
「お久しぶり、麻衣ちゃん」
いつも、と言っても高校の時の「いつも」だから今となってはこれがそれに当てはまるかわからない。 だが、それでいい。 それがいい。 変に取り繕っては折角のあいさつが水の泡だ。 そう考えつつ発せられた言葉は、視線の先にいる麻衣ちゃんにのみ届く。
「そうだな、久しぶりだ。 高口」
「おや、麻衣ちゃんなんかよそよそしいね。 なんか悪いものでも食べた?」
「・・・そうか、そんなに『ご褒美』が欲しいか」
いやに強調された単語。 それが何を意味するかは一目瞭然。 俺限定の話だけどね。 さて、そろそろ来るのは・・・ボディーブロー。 一々丁寧に俺をつかみ、その場に立たせてからの一発。 いつぞやの如く、マンガなりゲームなりの雑魚キャラの如くやられ声を発した。 不幸中の幸いになるのかはわからないのだが、木に背を向けていたので吹っ飛ぶことはなかった。 そのかわり木に激突で、背中に激痛が走る結果になったわけだが。 どのみち吹っ飛んでいても背中の痛みは回避できなかっただろう。
「麻衣ちゃ・・・いっつ・・・いた・・・い」
背中の激痛のせいで言葉がうまく発せられない。 そんな俺の状態を見た麻衣ちゃんは気にすることなく、さもこうなって当たり前みたいな顔をしてこっちを見ている。 いや、行動的に俺が悪いんだけどさ。 でも、
「『恋人』にこれは中々酷いと思わない?」
「あぁ、そうだったな。 一応『恋人』だったんだ」
麻衣ちゃんは古典的なアクションを両手で行う。 知っててボディーブローを繰り出したんだろう? そう聞きたくなるくらいのわざとらしさと棒読み感。
「兎にも角にも、未成年でなくなったとしてもだ、ここで煙草はやめとけ?」
さっきのわざとらしさとは打って変わって、今度は淡い笑みでそうつぶやくように話す。
「ごめんごめん。 なんかここでこうするのが癖になってて」
実際そうなのだ。 高校の時からの習慣。 これはなぜかいつになっても抜けず、大学生となった今でさえたまに高校に忍び込むようにではなく、堂々と。 学校に入り込み、ここで一本の煙草を吸う。
「癖って・・・、お前は」
「でもね、これは・・・多分なおらない。 俺自身直そうとしないから」
「・・・」
口をパクパクさせながらも麻衣ちゃんの口からは声が出てこない。 呆れ これが大方を占めているのは一目瞭然。 だが次の瞬間には違う表情が現われる。
「あれだ。 お前、あの時のことをそのまま続けているんだろ?」
クツクツと含み笑いのような笑い方。 高校生の時に幾度となく目撃してきた麻衣ちゃんの笑顔。 またこの場所で見れるとはおもっていなかったせいか、俺もつられるように笑い出す。
「お前は意外と『ロマンチスト』に近しい存在なのかもしれないな」
いつまでも続くのではないかと思ってしまうほどに続く笑い。 いい加減恥ずかしくなってきたんですけど~? こんな心の声のようなものを感じ取ったのか、麻衣ちゃんは「悪い悪い」と言いながら目に若干たまった涙をハンカチにしみこませ、取っていく。
「俺だってロマンを追い求めたり思い出に浸ることくらいあるさ」
「だからってそういう考えを持っているとは思わないだろ? 少なくともお前を知っている友人であっても」
図星である。 基本おちゃらけしか口から出さない俺を見ている友人はこういう俺を知らないだろう。 いや、それだけではないにしても、この人は他が知らない俺の表情を色々見ている。 あ、そういえば。
「で、麻衣ちゃんはいつになったら俺のことを名前で呼ぶことを思い出してくれるのかな?」
「ん? 呼んでなかったか?」
少なくとも俺の記憶が確かならば「高口」と名字で一回呼んだだけだが、麻衣ちゃんは気にするそぶりを一切見せない。
「後、今日はいらないの? コレ」
「・・・よこせ」
胸ポケットからおもむろに取り出した小さな紙箱。 麻衣ちゃんはそれを見ると思いだしたかのような顔つきでそう迫る。 せかさなくても逃げていかないから。 と笑いながら差し出す。 若干バツの悪そうな顔で麻衣ちゃんは煙草をくわえ、火をつける。
「で、今日はなんでここにいるんだ? 今日も今日とて不法侵入か? 大学生だろう?」
「いやいや、今日はちゃんとした用事で来たんだよ。 ほら、これ」
鞄から一枚の書類を取り出し渡す。 白煙を吐きながらそれを見た麻衣ちゃんは・・・むせた。
「だ・・・大丈夫?」
「お・・・い、稜。 こういうことは・・・早く言え」
その紙に記されていたのは、教育実習の割り振りのようなものだ。 もちろん希望も取るのだが、俺は迷わずここを希望した。 麻衣ちゃんがいるこの学校に。
「ちょっとしたサプライズ。 後、やっと名前で呼んでくれたね」
「正直焦った。 のどが痛い」
大丈夫? そういう間も省いて、俺は麻衣ちゃんの背中をさする。ある程度したら楽になって来たのか、もういい大丈夫だ と言葉を返される。
「で、お前は来週から教育実習でここに来ると。 尚且つ担当が私と同じ教科なのか」
「でも実際麻衣ちゃんと一緒に教えるかどうかはわかんないよね?」
「そうだな・・・、それに関しては私もわからない」
いつからだろうか。 真面目な話をしているはずなのにどんどん話はそれていき、いつの間にか会話が終了し、その日は麻衣ちゃんと別れた。
次にあったのは1週間後の同じ曜日。 ある教室の前で俺はこうつぶやく。
「なんて偶然なんだろうね」
「お前もわかっているだろうが、生徒の前でいらんことは言うなよ? 後々面倒だ」
俺は麻衣ちゃんと一緒に授業を教えることになったのだ。 この学校を希望したのが俺だけということもあり、最初から最後まで麻衣ちゃんの横が確定している。
「お前ら、さっさと席に着け。 授業の時間だ」
高校生の時には聞いたことがなかった麻衣ちゃんの淡々とした物言いの中の柔らかな声。 これはこれで中々ありだなと思ってしまったせいか、教室に入るのがワンテンポ遅くなった。 無駄に生徒の注目を集める結果になってしまったわけだ。 元々教育実習生という存在だけで生徒にとっては楽しいニュースの一つなのだ。 俺だってそうだったわけで。
「授業を始める前に一つ。 今日から教育実習生として一人、こいつが数週間お前らに勉強を教えるやつだ。 さあ、自己紹介」
軽く下がった麻衣ちゃんの前に立つ。 自己紹介の為の酸素吸収の間に麻衣ちゃんはチョークを取り、黒板に俺の名前を書いている。
「今日からここで色々やってく 高口 稜 です。 よろしくね」
「というわけだ。 よろしく頼むぞ」
速攻、と言わんばかりにどこからか質問が飛んでくる。 彼女はいるのか、と。 俺はすぐに麻衣ちゃんのほうを見た。 生徒からしたら「これ、どう返したらいい?」という感じに見えているのが幸いだ。 麻衣ちゃんは・・・ポーカーフェイス。 笑いをこらえているんですねワカリマス。 しばし考えたが俺は短く答えた。
「いるよ」
即座に教室がざわめきで埋め尽くされる。 分かってはいた。 だが相当面倒だ そして、次に来るのはコレ。
「どんな人ですか?」
後ろに音符が付きそうなウキウキ具合。 ここで一つ思い浮かんだ行動。俺の中で審議はしたが、一発で可決された。 スッと麻衣ちゃんの横に移動。 そして、
「この人♪」
麻衣ちゃんを抱き寄せながらニッコリ笑顔でそう言い切った。 少しの静寂の後、その教室からは驚きのこえが、校舎全体を包み込むように響き渡った。
End
いかがだったでしょうか。 短編はまたの機会に・・・♪