LV.3 村人があらわれた
何とか洞窟を抜けると、そこには青空が広がり、空気は最高にうまかった。
まぁ、あの生ごみというか、腐臭というか、そんなモノの香りの後だからな、おかしな匂いが混じらなければどんな空気もうまいだろうよ。
婆さんを降ろすと、彼女はくるりと洞窟の方へ体を反転させ、何やらぶつぶつと呟いている。
何をしているかと見ていれば、婆さんが振った杖から光の玉がいくつか飛び出て、洞窟の入り口辺りで踊り、そのまま広がって幕のように入り口を覆い尽くした。
「何してんだ?」
婆さんはにんまりと笑みを浮かべた所謂どや顔で俺を見た。
「入り口を封印したのじゃ。これであのスライムは外に出ることはできん」
「…それ、ゴミバケツの時にやってくれればよかったんじゃ…」
「おぉ! 確かにな」
俺の全力疾走で使った体力を返せ…。
とりあえず息を整え、自分の状況を把握する。
まずはここが異世界だということは間違いない。スライムやら魔法やら存在するからな。
で、確認しなくちゃいけないのはなんといってもこれだろう。
「婆さん。俺はどうやったら帰れるんだ?」
帰れるならば早めに帰らねば。現実世界で(まだこの世界を現実と認めたくない)就職活動が待っているんだ。
氷河期は過ぎ去ったとか、就職率は上がっただとか言うけれど、まだまだ現場は氷河期まっしぐらなご時世だ。20代を過ぎた瞬間に正社員なんて夢のまた夢となりかねん。
よくわからん使命はやりたがりそうな誰かに譲っておさらばさ。
「うむ。洞窟を出たじゃろう?」
婆さんの答えに俺はちらりと今婆さんが塞いだ洞窟を見やり、コクリと肯いて続きを待つ。
「この洞窟を出た勇者は帰ることができんのよ」
「へー、なるほど…」
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・・・・・・
・・・・
「確信犯か! あのどや顔はしてやったりってことか!」
しかも洞窟の入り口を塞ぐという念の入れよう。
よもやあのスライムは婆さんの差し金ではあるまいな?
「何も聞かなかったではないか」
俺か、俺のせいなのか。
がっくりとその場に膝と両手をついて項垂れていると、ザカザカと土を踏みしめる音が複数聞こえてきて俺は立ち上がった。
洞窟を出てすぐ目の前は森だ。足音はそこから聞こえ、今度は何が出るかと不安に身を固めていると、木々の合間から弓を担いだ狩人風の男が数人姿を現した。
「巫女よ、儀式は終わったのか?」
今気が付いたが、どうやら俺は言葉に不自由していないようだ。婆さんの言葉も、今現れた狩人風の男の言葉も理解できる。
婆さんはともかく、男達はどう見ても俺より背が高い茶髪に青い目の外国人だ。彼等が日本語を話しているはずはないので、これは何者かによって翻訳機能が与えられたと思っていいんだろうな。
何かしら婆さんと話し終えたのか、男達は手持無沙汰に立ち尽くす俺の方へと向き直り、俺の目の前で全員が揃って片膝をついた。
黄門様みたいなこの状況は人生初なので冷や汗がどっと出てきた。
「お待ちしておりました伝説の勇者よ。我はニドス村の村長ゴメス。どうか我が村をお救い下さい」
外国人だから若く見えるということを考慮して、40代から50代と言ったゴメスさんは、現代もやしっ子の俺とは違い、筋骨隆々。そんな彼がこんな俺に膝をついて願うような願いを俺が叶えられると思うか?
答えは
「無理です」
即答した。
その瞬間ゴメスさん率いる村人らしき狩人達が憤ったのを感じて俺は思わず後ずさる。
「え・・と。まず、第一に、俺はこの世界にわけもわからずつれて来られたってこと。それから、想像魔法はさっき使ったばっかりでまだよくわからないこと。あと、今まで住んでた世界は平和だったので、殺し合いはたぶん無理」
他にもいろいろあげればきりがないが、とにかくわかってもらわねばと見つめあっていると、彼はすっと立ち上がった。
「わかった」
どうやら婆さんと違って話の分かる人だ。
ほっと息を吐いたところで、ゴメスさんが頷く。
「とりあえず、村に来てもらおう。話はそれからだ」
・・・・話の分かる人ってのは撤回します。
どうやらこの世界の住人は俺の話を無視する傾向にあるようだ…。
俺はゴメスさん率いる村人に問答無用に担ぎ上げられ、そのままニドス村まで連れて行かれるのだった。