Lv.1 トリップ!
さらっと軽いお話目指します。
一日1話更新予定です。
「間もなくドアが閉まりますのでご注意ください」
ホームのアナウンスが響き、ドアが閉まると動き出す新幹線。
俺は久しぶりに実家に帰ることになった。というのも、不況時代のあおりを食らってまさかのリストラをされたからだ。
まぁ、後半に入ったとはいえ、まだ20代。探せば仕事はあるだろうし、退職金もいくらかはもらっているのでとりあえずは実家で職探しをしようと帰省を思い立ったのだ。
本当ならもう少し同じ町にいてそこで職を探す方が効率はいい。なにしろ実家は田舎だからな。
だが、たまには疲れた体を休ませて、家賃と食費を気にせず仕事を探すのもいいじゃないか。
そんなわけで片道6時間という長距離移動をすることにしたのだ。
約4年ぶりか。22で今の仕事に就いてからずっと帰らずだったので随分親不孝だなぁと思わず自分を笑ってしまった。
電車はゆっくりと薄暗いトンネルの中へと吸い込まれ、俺は連日の疲れもあってウトウトしはじめていた。
少し眠っていたろうか、トンネルはまだ抜けていない…というか、別のトンネルに入ったのだろうか?
ふとおかしなことに気が付いた。
電気がついてない・・・・
電車の音と揺れはするが、明かりが全くついていなくて車内は真っ暗だ。
故障だろう。そのうち誰かが車掌に言うだろうともう一度瞼を閉じようとして、突然の強い光に俺は思わずギュッと目を閉じた。
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「あれ?」
電車のあの独特の音が消えた。
目を焼くような強烈な光も消えているので瞼を開けると、そこに広がるのは・・・・
洞窟?
周りを土で囲まれた狭い空間に俺はいた。しかも、荷物は何もない。
あ~、これは、あれだ。あれ。
「夢じゃないぞ?」
「そう、これは夢だ!」
ん? 今話しかけてきたのは誰だ?
きょろきょろと前方を見るが何もない。幸い洞窟内には電気のような明かりが灯されているので視界はクリアだ。
背後は、と振り返って、思わずずさっと後ろへ下がった。
「夢じゃないぞ」
道の真ん中、俺の目の前というか、足元に子供ぐらいの身長の老婆が立っていた。
「変な夢」
「夢でないと言っておるじゃろうがっ。おぬしの耳は腐っておるのかっ」
老婆は俺の身長ほどもある杖を振り回し、俺の頭を叩いた。
当然痛い…。
「痛いってダメじゃん!」
夢じゃないってことになる! よし、痛くない、痛くない、今のは痛くな~い。
自己暗示で解決しようとしたが、駄目でした。
老婆に再び叩かれて俺は涙目ながらに頭をさすった。
「ここどこですか? ひょっとしてトンネルに閉じ込められて救助待ちとか…」
明らかに前も後ろも空間が広がっているので閉じ込められてはいないが、念のため確認。
「ここは具現の洞窟。名の通り勇者を具現化させるための洞窟じゃ」
ほほぉ~。勇者と来ましたか。
・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・
「何の病気ですか?」
「失礼な!」
三度殴られました。手が早いな、この婆さん。
婆さんの話によれば、ここは勇者を召喚するための洞窟で、婆さんは巫女なのだという。その巫女の婆さんが勇者の出現を感じ取り、こうして迎えに来た勇者というのが俺ということだが、一言言わせてもらいたい。
「なんでもう数十年前に現れなかった、俺!」
巫女と言えば勇者に惚れる最初のキャラだろうっ。婆さんじゃ絵面が怖くて恋に発展しねぇ!
「今失礼なこと考えたじゃろう」
ギラリと睨まれたので慌てて済ました顔で片手を上げる。
「いえ、誓って何も」
「ふん、大体わかるわ。エロ勇者め。残念じゃがわしは売約済みじゃ。こう見えて絶世の美男子と結婚しておるわい」
「や、期待してませんので」
ぶんぶんと首を横に振れば、再び頭を殴られそうになったので避けた。
「とりあえず、ここにいても仕方ないし、どこに行けばいいんですか?」
こんな洞窟でじっとしているのはさすがに嫌だと思い尋ねれば、老婆は俺の先を歩きだす。
「ところで勇者よ、名はなんという」
人の話聞いちゃいねぇし、勇者ってこの年で呼ばれたくねぇ!
妙なこっぱずかしさに内心で大暴れしながら、俺は答える。
「坂崎明人」
「しゃかしゃかあけと?」
なんだそのおかしな名前は! お菓子か!お菓子なのか!?
「アキト」
「アケ~ト」
これはあれか、言葉は通じるのに名前は通じないとかいうあれか。
「アキで」
「アキじゃな」
!
わざとかもしれないっ。なぜアキにしたらアケじゃなくちゃんとアキになったんだ!?
妙な不信感を抱きながらも、まぁ、なんだ、名前ぐらいでガタガタ騒ぐのもな、と自分自身に言い聞かせる。
そう、名前ぐらいでなんだ。ここは異世界なんだ。帰れるかどうかも分からない、一番下の弟が泣いて喜びそうな中二病患者の住む世界なんだぞ。
俺が遠の昔に捨て去った夢と冒険のあこがれの世界。…だった場所。
この年でこうなると興奮より絶望が襲ってくるのはなぜだろうな。
やっぱ衣・食・住を真っ先に気にする現実主義に育ってるからだろうか。
夢より現実の立場を考える。きっとこれが社会人になるってことだな…うん。
「ほれアキ、スライムじゃ」
「もう少し浸らせてくれよ、現実にっ」
老婆は首を傾げる。
「現実じゃろうが」
くっ…確かにこの世界の住人からすればこれが現実。
そう思って確認した勇者の最初の獲物確率ナンバーワンのスライムは、可愛らしい姿ではなく、目も口もどこにあるかわからず、ネズミやら骨やらいろんなものを飲み込んだ異臭を放つグロテスクな巨大アメーバでした。
誰か俺と交代してくれ!
切実に願う。
俺は…俺は…汚いのは駄目なんだぁぁぁぁぁ!