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3.双子(妹)のストーカー



 今思えば、それは運命の出会い、というやつではなかろうか。私と彼女を出逢わせるための、神様のちょっとしたイタズラ。

 入学式の日。新たな環境と、だだっ広い校舎という二つの条件が重なって、私は教室への帰り道を忘れて彷徨っていた。俗に言う、迷子というものである。

 角を曲がれど同じところをぐるぐると回っているし、疲れたしお腹は空いたしで、私は半べそを掻きながらその場にうずくまった。

 ああ、もう私はここで死ぬのだ、とさえ思った。人生半ばにしてこの学舎で、私は力尽きてしまう。「入学式で賑わう中学校にて、新入生が謎の死をとげる」なんて新聞の見出しが、明日の朝刊に大きく張り出されているのだろうか。なんてことを、考えている時だった。


 彼女は、現れた。


「あれれぇ? そこの君、大丈夫?」


 呼びかける声に顔を上げて、私は石像と化した。

 きっちりと切りそろえられたボーイッシュなショートカットの髪。美しすぎるその美貌。見る者全てを射止めるような、凛々しい眼差し。

 王子様だ、と思った。否、ここは女子校。そして彼女は私と同じ制服のスカートを履いている。ということは、女子校の王子様、といったところか。


「ねえ、保健室に連れて行ってあげましょうか」


 彼女の連れである人が何か言ったが、私は彼女に見惚れていて何も耳に入っていなかった。


「そうだねぇ。はい、しっかり掴まっているんだよぉ」


 彼女はそう言うと、軽々と私の体を持ち上げた。お姫様だっこだ。まさか憧れていたこのシチュエーションに、入学早々巡り会えるとは。


「ねぇ、名前はぁ? 後輩ちゃん」


 近い顔の距離にどきまきしながら、私は辿々しく答えた。


「……穂波、みさとです」

「へえ。何だか人造人間に関係ありそうな名前だねぇ」


 その時彼女が私に差し向けてくれた笑顔は、日の出の太陽よりも眩しく神々しかった。

 家に帰ってからも、ずっと彼女のことが頭から離れない。私は知った。そう、これが噂の恋心だと。


 そういった経路で、翌日から私は彼女と過ごすことになった。


 登校中の彼女、休み時間の彼女、放課後、家へと帰宅する彼女。私は物陰に隠れて、彼女を見守っていた。

 彼女のことは何でも知りたかった。好きな食べ物、テレビ、スポーツ。彼女の連れとの会話を聞いて、私は着々と彼女の情報を入手していった。

 どうせ私と彼女は釣り合わない。私は義理の姉にいじめられる可哀想な小間使いで(一人っ子だけど)、あの人はきらびやかな王子様。最初から、報われるはずのない恋。だから、遠くから眺めているだけでよかった。

 そうやって、彼女の情報が詰まったノートが、十冊目に突入した時だった。

 私は、夢を見た。私と彼女が同じ家に住み、庭のお花畑で仲良く駆けっこをするという内容だ。

 朝目覚めた私は、確信した。

 これは、神様のお告げだ。彼女に告白し、結ばれなさいという。

 ただの小間使いがついに、シンデレラになれるのだ。

 何十回の挫折と途中退場を繰り返しながら、私は校門まで彼女を待ち伏せ続け、ようやく出くわすことに成功した。


「んん? 誰だっけ?」


 彼女は覚えていないようだったが、ショックではなかった。そう、ガラスの靴がぴったりと私の足にはまった時、彼女は私に気がつく。

 今が、その瞬間だ。


「……あの、先輩! 私と、お付き合いしていただけませんか!」


 言った。ありったけの勇気を振り絞って、私は言った。

 これに対する返事は、たった一つしかありえない。すなわち、イエスだ。


 ところが。ところが、である。


「あ、ごめんねぇ。アタシ、琥珀以外のこと考えられないからさ」


 そうさらりと言って、彼女はさっさと歩いていってしまう。予想外の結果に、私は呆然としてその場から動けなかった。

 その時、彼女の連れが、私の横を通り過ぎた。私は存在を認知していなかったが、いつでも彼女の隣にいる女だ。確か、彼女の双子の姉だったはずである。

 そいつは、計画通りと言わんばかりの邪悪な笑みを浮かべていた。


「無駄な努力、ご苦労様。緋色は、私のものだから」


 やつの心の声が、私には聞こえた。立ち尽くす私は、涙の代わりに燃えたぎる炎を宿らせていた。


 あぁ、そう。そうですか。


 私が、簡単に諦めると思った? 何十日間、彼女の見つめていたと思っているのだ。

 次の日の放課後、私は彼女の教室に赴いた。いつも通り、そこには彼女と、その連れの双子の姉がいた。私は口を開ける。


「緋色先輩。お付き合いはいいので、せめてお友達になっていただけますか?」


 断られたって、何度でも頼む覚悟だった。私は、結構粘りしつこいのだ。

 姉の方は露骨に嫌そうな顔をしていたが、彼女の答えは案外あっさりとしていた。


「お友達なら、大感激。お名前は?」

「穂波みさとです」

「人造人間と関係ありそうだね」


 私は胸の内で、にやりとほくそ笑む。これにて私の計画が、始まりの鐘を鳴らした。




 翌朝、緋色先輩の登校時間を狙って、私は通学路で待ち伏せしていた。彼女が現れたのを見計らい、曲がり角から姿を現す。


「おはようございます、緋色先輩!」


 彼女の隣から突き刺さるような視線を感じる。どうやら今日も一緒らしい。私はそちらに向かって愛想笑いを向けた。


「……と、琥珀、先輩」


 向こうは挨拶も返さず、そっぽを向く。……まったく。顔は瓜二つだけれど、こいつが緋色先輩の双子の姉とは、にわかに信じられない。緋色先輩がいなければ、はり倒してやるところだ。


「おっはよぉ、みさっち」

「な、何ですかそれ」

「あぁ、君のあだ名」


 みさっち。彼女が口ずさむと、なんて甘美な響きなのだろう。何だか距離がぐっと縮まった気がする。うん、悪くない。


「学校まで、ご一緒していいですか?」

「私たち、急いでいるのだけれど」


 横から聞こえた声は完全にシャットダウンする。


「いいよぉ。一緒に行こうか」

「わぁい! ありがとうございます!」


 さっそく私は、彼女の隣を歩くことにした。相変わらず、彼女の向こう側からは威嚇するようなオーラを感じたが、私は華麗にスルーを徹底する。




 待ちに待ったお昼休み。私は彼女の教室に突撃した。


「せんぱーい! お昼ご飯食べましょう!」


 引き戸をぶっ飛ばす勢いで現れた私に、教室内は呆気にとられていた。構わずに私はまっすぐと彼女の元へ行く。

 緋色先輩の周りには、あの威嚇女の他に、もう二人いた。もちろん、先輩のことは何でも知り尽くしている私に隙はない。両名に、深々と頭を下げた。


「緋色先輩の友達の、穂波みさとです」

「ああ、よろしく。私とこの子は……」

「夏希先輩と千雪先輩ですよね? よろしくお願いします」

「えっ、何で知ってるの?」


 質問は聞こえなかったフリをして、私は弁当箱を取り出した。


「緋色先輩、お隣いいですか?」

「ちょっと、あなた。緋色の隣は私と、相場は決まっているのよ。床にでも座ってなさい」

「私がどの席に座ろうが、日本国民の自由だと思いますが?」


 睨み合い。私と威嚇女の目力がぶつかり合って、激しく火花が散った。


「まぁ、いいよぉ。ここおいで」


 そんな殺伐とした空気の中、のほほんとした緋色先輩が、威嚇女とは反対側の自分の隣を指さした。さっすが先輩。レディの扱いをわかっていらっしゃる。


「では、失礼します」


 さっそく私は腰を下ろして、お弁当箱を開けた。実はこれにも、ちょっとした策があるのだ。名付けて、『好物大作戦』。


「あ、そうだ。先輩の好きなミートボール作ってきたんですよ。食べますか?」

「ほんとぉ? 食べる食べる!」

「はい、あーん」


 私がミートボールを挟んだ箸を差し出すと、彼女は大きく口を開けてそれに食らいついた。豪快な食べ方も、なんと勇ましく格好いいのか。


「……琥珀ちゃん、大丈夫?」

「な、な、何のことかしら、千雪。万事オールオッケーよ」

「……箸持ってる手、尋常じゃなく震えてるけど?」

「ま、まあ、夏希まで。お箸より重いものを持ったことがないものだからつい」

「いや、それ箸だから」


 外野組のよくわからない会話は放っておいて、私は更に先輩にミートボールを勧める。


「ささ、どうぞ。まだいっぱいありますから」

「やったぁ。気前がいいね」


 すると、突然威嚇女が凄まじい形相で立ち上がった。


「緋色、こちらにはあなたの大好きな玉子焼きがあるけど?」

「うんうん、食べる食べるぅ」


 今度は向こうの箸に彼女が食らいついた。すさかず私も応戦する。


「せ、先輩! ミートボールのお代わりは?」

「いただきまーす」

「緋色! 唐揚げ好きよね?」

「うん大好きぃ」

「先輩、ポテトサラダお好きですよね?」

「好き好きぃ」

「緋色は、かぼちゃコロッケも愛してるわよね?」

「もう愛しちゃってるぅ」

「ええいっ、やっかましいわっ!」


 そこで、夏希先輩のストップがかかった。私たちは全員ぴたりと動きを止める。


「うちの彼女に、食べ物の熾烈な争いを見せないでもらいたいね。食欲が失せる」


 千雪先輩に目隠しをしている彼女は大層ご立腹の様子だったので、全員で平謝りして事なきを得たのだった。




 それから私は、いつも傘を忘れる先輩に傘を貸したり、好きなキャラクターのストラップをあげたり、ちょっとした怪我をしたときに絆創膏を貼ってあげた。

 更に学校にいる間は、ずっと彼女にくっついて行動していた。陰から見守っていたあの頃とは、びっくりするくらい大きく進歩している。さすがに放課後は、色々な人から相談を受けていて忙しそうなので、邪魔はできない。だが帰り道は同じなので、事実上、基本的に毎日いつでも一緒である。

 威嚇女はその名の通り、先輩の隣で常に私に睨みをきかせていたが、どうでもよかった。勝手にやっていればよいのだ。

 彼女に尽くして尽くして尽くしまくりの私は、着々と好感度を稼いでいた。

 このまま行けば彼女は、金魚のフンみたいにくっついている双子の姉より、自分のことを知り尽くした私の良さに気づいてくれるだろう。そしてもう一度告白すれば、晴れて私たちは恋人同士となる。それが私の、一世一代の大計画だった。


 ふふ、待っていてください、緋色先輩。

 もうすぐ、もうすぐです。




 ある日のことである。一緒に下校しようとして、校門前で緋色先輩が忘れ物に気がついた。


「あっ、カバン忘れてたぁ。二人とも、ちょっち待ってて」


 すごいスピードで、彼女は校舎の中へ戻っていった。当然その場に残されたのは、私と、あと金魚のフンの威嚇女であるわけで。

 とっくに夕日が沈んだ藍色の空の下、気まずい空気が流れている。私はこの威嚇女が苦手だった。双子だというのに、本当に緋色先輩とは正反対である。嫌な奴。


「……哀れね、穂波みさと」


 不意にぽつりと、向こうが呟いた。威圧的な感じではなく、まるで独り言のように。


「……何が、ですか。琥珀、先輩」

「あなたは自分の策が上手く行っているように感じているようだけれど、それはどうかしらね」


 意味の掴めない言葉に、苛立ちが募る。


「何が言いたいんですか?」

「あなたの行いは全て無駄ということよ。いくら気を惹こうとしたって、緋色はあなたには靡かないわ」

「そんなこと、わからないでしょう!」


 かっと頭に血が昇った。今まで自分が積み上げてきたものを、全て否定されたのだ。この女、どこまで私を不快にさせれば気が済むのか。


「ごめんねぇ、お待たせ」


 そこで緋色先輩がスキップしながら帰ってきたので、言い争いにはならなかった。


 ――緋色は、あなたには靡かないわ。


 ずっとその言葉が引っかかっていた。あんな奴に、何がわかる。自分はただの、金魚のフンのくせにして。

 所詮は負け犬の遠吠えだが、妙に胸がざわつく。何だろう、この感じは。

 そこで私は思いついた。負け犬に決定的な勝利を見せてやれば、吠えることもできなくなるだろう。

 今に見ていろ、櫻井琥珀。緋色先輩が最後に選ぶのは、絶対にこの私だ。




 今日という日を、私は決戦に選んだ。今まで胸にしまってきた私の想いが、いよいよ報われるのだ。

 帰りのホームルームが終わった後、私はすぐに緋色先輩の元へと向かった。


「先輩……ちょっといいですか?」

「うん、なぁに?」

「あの……できれば、二人きりの場所で」

「……わかった」


 立ち上がると同時に、後ろの威嚇女も腰を浮かせたが、緋色先輩がそれを制した。てっきり食い下がってくると思ったが、彼女はそのまま座り直す。珍しいこともあるものだ。


「さ、行きますかぁ」


 緋色先輩は普段通りの調子で言った。さっき威嚇女を止めたときは、何だか雰囲気が違ったように見えたが、気のせいだろうか。

 私たちは誰もいない空き教室に移動する。緋色先輩が先に入って、私は後ろ手に引き戸を閉めた。


「それでぇ? どったの?」


 脈拍が早くなる。どく、どくと世界中に音が轟きそうだ。何とか自分を鎮めながら、私は口を開いた。


「ひ、緋色先輩は、私と一緒にいて……どうでしたか?」

「どうって?」

「言葉通りの意味です。楽しかったですか?」


 彼女は顎に指を当てて、うーんと唸る。その合間にも、私の心臓は大爆発を起こしそうだった。やがて、彼女は言った。


「楽しかったよぉ、色々と」


 やった、と私は勝利を確信した。今まで抑え込んできた想いが一気に放たれて、私は本能のまま、彼女を床に押し倒した。


「やっぱり、私がいいんですよね! あなたに尽くす私の方が、櫻井琥珀より!」


 勝った、勝った、勝った! 私は勝利した! 緋色先輩のかけがえのない愛を、この手に掴んだのだ。

 勝利の証として、彼女に口づけをしようとする。


 が、しかし。


 彼女が、私の額を押さえて、口づけをブロックした。

 何故? あなたは、私を選んでくれたはずじゃ……。


「どうして……?」

 驚いて目を見開く私に、彼女は近距離でにっこりと笑った。


「はーい、しゅうりょーう。これ以上は駄目だよぉ、みさっち」


 私を押し退けて、彼女は颯爽と立ち上がった。状況が読み込めず、私はただその爽やかさに見惚れることしかできない。


「みさっちの魂胆は、まるっとお見通しだよぉ。ずっと前からアタシのこと、尾けてたでしょう」


 そう言われて、ようやく気がついた。彼女は私の計画を、知っていたのだ。


「それなら、なんで……」

「みさっちったらぁ、一度振っても全然折れないからさぁ。だから、みさっちの計画にあえて乗って、気づかせようと思って」


 アタシはあなたを、どうなっても好きにならないってこと。


 彼女はきっぱりとそう言い切った。

 彼女の言った通りだとしたら、私は今まで何をしてきたのだ。体から力が抜けていく。あの女が言っていた言葉が、脳裏を横切った。


 ――あなたの行いは全て無駄ということよ。


 無駄、無駄、無駄。いや、違う、そうじゃない!

 煮えたぎった感情が、体を一気に逆流する。


「あの女がいいんですかッ!? あなたのことを全部知り尽くした私よりも、あんな同じ血が流れているだけの女が!」

「うん」


 あっさりと、彼女は頷いた。


「この全宇宙で何より、アタシは琥珀を愛してるからね」


 理屈じゃないんだよ。そう言った彼女の微笑みを見たとき、私は自分自身が萎んでいくのがわかった。


 届かない。どんなに手を伸ばしたって、この人には。


 今、はっきりとわかった。


「……一つだけ、聞かせてください」

「なぁに?」

「私といて楽しかったっていうのは、本当ですか?」

「うん。嫉妬した琥珀を見られたからね。いやぁ、可愛かったなぁ。滅多に見れないんだよ、あんな琥珀なんて」


 浮かべた笑顔には、ちょっぴり黒い何かが混じっているような気がした。


「緋色!」


 その時、琥珀が教室に飛び込んできた。そのまま、緋色先輩に抱きつく。


「私以外の誰かと付き合ったりしない? しないわよね、琥珀」


 少しだけ涙目になった彼女の髪を、緋色先輩は優しく撫でた。


「するわけないよ。こんなに可愛い琥珀がいるのに」


 二人は顔を近づけて、ゆっくりと口づけをした。それを見て私は、自分が乾いた笑みを浮かべているのに気がつく。

 この二人は、愛なんてものを超えた何かが結ばれている。誰も、そこには近づけない。


 ……私では、あの人には触れられない。


 わかっている。負け犬は私だった。私は、負けたのだ。

 力のない足取りで、出口に向かう。我ながら、なんて惨めな姿なのだろう。


「あっ、みさっち! 他の女の子を好きになったら、いつでも相談、待ってるからね!」


 背中越しに、彼女の声が聞こえた。一瞬だけ立ち止まった後、私は何も言わず、その場から立ち去った。

 他の女の子を好きになったら、なんて。あなたはなんて残酷なのでしょう。


 だって今は。あなた以上に誰かを愛すことなど、できるわけがないのだから。


 頬に触れた指先が濡れているのを見て、私は自分が泣いているのに、ようやく気がついた。



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