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魔法使いだった




呪縛から逃れた化け物がうごめく。

その黒色とは対照的な丸かった深紅の瞳が鋭くなった。

自らを妨げた少女達を狙い、陰はまた動き始める……。









「魔法使い…?」


目の前にいる少女。

見た目は天使のようだが。


「うん。信じられない?」

少女…アザミは笑って言った。

「さっきの願霊を止めたのも、私なのよ?」

確かに、アザミの声と同時にあの化け物の動きは止まった。

アザミがただの人間でないことは、見た目以外からもうわかっている。

そういえば、さっきの化け物…

「[願霊]って、さっきの化け物のことか?」

「そう。でもあれは願霊の本体ではないの。」

「???」


何やら難しそうな話になってきたが…これは理解しないといけないような話だ。

こんなトンでもないこと(アザミにとっては常識なのかもしれないが)に、ふわふわ笑っているアザミにイライラしてしまう。

数々の疑問を、気持ちを彼女にまくし立てた。


「まず、願霊ってなんだよ?本体じゃないってどういうことだよ!?どうして俺を襲ったんだよ!?」「そ、そんなにいっぺんに聞かないで…きゃ!」

「仕方ないだろ!?またあいつ来るのか!?お前は一体…」

「ちょっ…ちょっと、落ち着いてよっ!」

アザミの悲鳴にはっとした。

気付いたら、女の子の肩を掴んで揺さぶりをかけていた自分がいた。


冷製さを少し失っていた。

いくら自分の身にわけのわからない出来事が起きているからって、女の子に乱暴してしまうとは。

アザミは少し申し訳なさそうだった。アザミが悪いわけではけしてないのに。


「…ごめん。」

「いいの。誰だって混乱するわ。」

アザミの肩から手を離し、素直に謝る。苦笑しながらも優しいアザミに、いくらか救われた。

「段取りを持って話すわね。圭斗君。」







「まず、さっきのあれは[願霊]っていうもの。幽霊みたいなものよ。」

「ゆ…幽霊。」

「うん。あの幽霊はちょっぴり特殊で、ある特別な力を秘めているの。」


夜は冷える。

魔法使いが寒さを感じるのかはわからないが、自販機だが暖かいカフェオレを奢った。

昔よく遊んだ公園のトンネルの下で(目立つところにいると、お巡りがうるさい)、暖かいカフェオレをすする。天使がカフェオレを飲むかとは、疑問に思ったが、飲んでいる。


「特別な力?」

「願霊の特別な力とはね……」

ちょっともったいぶって、アザミは言った。

「願いを叶えること。」


へぇ。

と言いそうになって、驚愕した。

オカルト好きでない俺は、霊的な話はいつも話半分にしか聞かないのだ。

しかし、まさか、その力が本当なら…


「それってすごくない!?」

「でしょ」

ふふん、とにやついてさらに続けた。

「まぁ、一匹しかいないなら、規模の小さい願いしか叶えられないんだけどね。」

「それでも、すごいよ!」

本当ならば。


「それで、二つ目の回答。願霊は生き物みたいに意思があったりするから、他の生き物に乗り移って身を守るの。」

「なんで?」

「願霊は、願いを叶えさせてしまったら、消えてしまうから。死にたくはないでしょ?」

数日前、九死に一生を得た俺にはよくわかる。

幽霊も死にたくないのか。あれ、死んでるものではないのか?

深く考えないことにした。この話はぶっ飛びすぎている。


「他の生物に乗り移った願霊、それがさっきのあれ。」

「あんな大きなやつに乗り移れんのかよ!?てか、なんの動物…」

「形から言って…猫でしょうね。願霊は巨大化もできるから。」

「…………」

猫に襲われていたのか…。

「へこんじゃだめよ。あんなの生身じゃ倒せっこないわ。」

「よかった…」

これでアザミがあいつをフルボッコにしたら、多分へこむ。

アザミならできそうだ。


「三つ目の質問については………」

ついては?

「ごめん、わからない」

「おい!」

思わずずっこける。

アザミも負けじと反論。

「だって、普段は温厚な願霊がいきなり普通の人間を襲うなんて初めて見たし…!大抵は私たち魔法使いを狙うもの。」

「ん、ちょっと待て。私[たち]?」

「あ、それがまだだったわね。実は大抵の魔法使いの目的は………」


ズゥゥゥン……!


その時、再びあの轟音。

願霊だ。猫の化け物の。

思わず身が強張る。


「また来た…!?」

アザミも身構える。トンネルから出て、その姿を確認した。間違いない。

彼女はちらりと俺を見て言った。

「…何故かは知らないけど、圭斗君はあの願霊に狙われてるみたいね。」

「まじかよ…!」

「何かしたの?」

「なんもしてないよ…」

何もしてないと思いたい。幽霊様を怒らせるようなことはしてないが。


「グオォォォォォ!!」

猫の願霊が叫んだ。

瞬間、アザミの手には長い剣が握られていた。

「来るわよ!圭斗君、隠れて!」

「でも…!」

そしたら、アザミが!

アザミが不思議な力を持っているとはいえ、剣を手にしたとはいえ、あんな大きな…!

願霊の爪は、アザミの剣より二倍以上大きくて長い。

勝ち目はなさそうだ。

だが、自分よりアザミの方が強いのはわかりきっている。

彼女を信じるしかない。

「無茶だけは……」

「……………ありがと」

彼女の剣を握る手に力が入る。その後ろ姿に、自分が情けなく感じながらも、アザミが勝つという自信が湧いてきた。

頑張ってくれ、アザミ!




願霊が飛び掛かるのと、アザミが地から消えるのが同時だった。

宙で剣と爪がぶつかり合って火花が散る。

翼で飛行しながら、果敢に切り掛かっている。だが、願霊はやすやすと防ぐことができていた。


(このままじゃ…!)

何もできない自分に嫌気がさす。

北田さんを助けれない時から、変わることができていない。


しかし、願霊の動きが突如ピッタリと止まった。

アザミだ。

止まっている間、爪以外の柔らかそうな部分を連続で切り付ける。

「やはり猫ね!!」

アザミは願霊の瞳に剣を差し込んだ。

耳を塞ぎたくなるような悲鳴が響く。続いて残った片目も。


(容赦ない……)

天使のようなアザミの、悪魔のような一面を見た。


浮かせていた身体を着地させ、アザミは言い放った。

「目が見えなくちゃ、上手く戦えないわよね。」

「グルルル!!!」

「もう一回行くわよ!」

再び宙を舞い、華麗に願霊の毛と血を跳ねさせた。


アザミの戦術は完璧なように思えた。

相手の動きを止める力を持っていて、さらに視力を奪う。その間に切り付ける。

動きを止める制限時間が切れても、目も見えない相手なら……。

だが、圭斗はふと考えた。

たしか猫って……


「距離をとれアザミ!!」

「えっ?」

彼女がよそ見をした瞬間、願霊が動きだした。

慌てて視線を戻し、剣を構える。

だが、奇襲は視線とは真逆の方角から来た。

「きゃあああああっっ!!」

ビシィッ、とムチを打つような音とほぼ同時に聞こえた叫びは、後に地にたたき付けられた音に掻き消された。

「あぁ!」

土煙の中、倒れる天使。

「アザミっ!!」


猫は、視力だけで周りを判断していない。

髭だ。猫の髭は大変優秀で、何も見えない闇でも、髭である程度は周りを感知する。髭に触れたアザミは、長いしっぽのムチを食らわされた。

力比べなら、相手が勝つに決まっている。

「………ぅ…いた…」

痛みに動けないアザミに、さらなる猛攻。

「きゃ………!」

猫のしっぽが、アザミの肢体を巻き上げた。

そしていくらか宙を旋回させ、アザミを遠くへほうりなげた。

ドッ…

言葉も無く地に伏す少女。

天使の羽が舞い散った。







「アザミ!!」

思わず隠れていたトンネルから飛び出す。

わかっている。自分なんか何もできないことを。しかし自分のために傷ついたアザミを放ってはおけなかった。


「来ちゃだめっ!殺されるわよ!ッ!」

なんとか立ち上がるも、ふらふらとよろけてしまい、駆け寄った圭斗にもたれかかった。

ここまでして俺を守らなくていいのに。

「でもお前が殺されるだろ!俺が囮になる。あいつは俺を狙ってるんだ!」

少女に一太刀浴びせた猫は満足したのか、本来の獲物をじっとみつめる。

少し傷ついた爪を舐め、唸り声をあげた。


怖い、逃げたい。

でもこのままじゃ俺はいけないんだ。

「…足には自信があるから、大丈夫。」

自信たっぷりに笑ってみせる。不安そうにしているアザミを見て、ちゃんと笑えていただろうか心配になった。

とにかく、今はアザミを逃がしたい。

「逃げてくれ。お前が俺のために戦う理由なんてないよ。」

「……!………違うよ」

「?」

何処か思い詰めた表情で、アザミは言い放った。

「私のためよ。」

その目には年齢にはそぐわないくらい強い闘志が篭っていた。

その目に思わず息を呑む。

「…魔法使い達はね、なんで魔法使いになったかというと、こいつみたいな願霊を集めるためなの。」

気がつくと、猫の動きは止められていた。

カタカタと震える四肢から、もうアザミのこの力はそう持たないのがわかる。

そうまでして、どうして。

「命懸けて戦ってまで、叶えたいものがあるから……。」


「ア、アザミ……?」

少女の激しく強い思い。

圭斗はアザミに、一瞬だけ見たものを硬直させる恐ろしい気を感じた。

天使とはほど遠い、悪魔のような。

「あなたのためじゃないの…」


剣を握る手が震えている。

猫が咆哮とともに飛び掛かってきた。力が消えたのだ。

「止めろ!」

「あっ!」

アザミを後ろへ突き飛ばす。

どんな願いかは関係ない。でも、そんなに命懸けの願いなら、

「生きてなきゃ叶えられないだろ!!」

突き飛ばしたアザミを見ている余裕などなかった。ただ必死だった。

生き返った自分の願いは『誰かを助けること』だ。

今は、アザミを助けるたい。


黒い陰が自分の上に降り注ぐ。死の瞬間が近づく。

もうだめだ。その時、激しい音とともに猫が横転した。

痛みに震える猫を見、続いてアザミを見た。アザミもぽかんとしていることから、アザミの力ではないようだ。

「何が…?」

音のした方向を見る。

そこには、宵闇にうっすら光る長い金髪の少女が立っていた。

右手には背丈に合わない大きな杖。

「……バブル。」

掲げた杖から大きな水玉を作り上げた。少女の声は、冷たい。

「…ハード、ハード……」

何やらぼそぼそと呟くと、水玉は硬化していく。

なんだ、この子は?

「…………ショット…!」

杖を猫に向かって振るい、弾けた大きな球体は猫の身体に減り込んだ。

叫び声とともに、猫はぴくりとも動かなくなった。









パァン、と猫の身体が散り、なにやらキラキラした霊体を少女は逃さずつかみ取った。

「………」

「ピー!ピー!!」

「…動かないで」

「き…君……」

猫を倒した少女に駆け寄る。

少女は見た目がアザミよりも幼く、中学生位に見える。

この子があんな化け物を簡単に……。アザミがあいつに負わせたダメージもあるのだろうが。

「………何?」

少女は、至って冷静だ。

というか、声に抑揚がない。

「…ありがとう。助かった」

「別に……お礼なら、」

少女は圭斗の後ろにいるアザミを見た。その目に多少の敵意を感じたのは俺だけか。

「あの子に言ったら?」

後ろを見るとアザミも少女を睨んでいるのだった。

仲が悪いのだろうか…

「……うん。ありがとう、アザミ」

「………ううん。圭斗君が後ろに突き飛ばしてくれなかったら、どっちにしろ私は死んでた。」

死ぬ……嫌なワードだ。

アザミは最初のふわっとした笑顔を見せてくれた。命に別状はないらしい。よかった。

「いや、俺は何も……」

「アザミ。」

圭斗の言葉を遮って少女がアザミに問いただした。

「あなた、どういうつもりなの?」

「……何が?」

少女とアザミの間に、かなーりピリピリしたムードが漂う。

少女の方は無表情だが、どこか怒りが込められている。アザミも顔を明らかに不機嫌に歪み、挑発的に返事を返した。

少女はさらに続ける。

「一般人を巻き込んで……しかもあんな風に戦うなんて、初めて見た。」

「…あら、私だって状況に応じて戦法を変えるわよ?」

「聞いてるのはそんなことじゃない。あなたなら…」

「ちょ、ちょっと待てよ二人とも!」

さすがに仲裁に入る。

何か因縁があるんだろうが、相当仲が悪いらしい。

とりあえず少女から。

「戦況を変えた原因は俺にあるんだよ。アザミは俺を庇って…」

「庇う?」

「もういいわよ、圭斗君!」

圭斗の腕を引き、その場を立ち去ろうとするアザミ。引っ張られる俺。

アザミは目を合わせず、少女に言った。

「その願霊はあげるから、着いてこないで!」

「…………。」

圭斗が少女の方を振り返ると、少女はただこちらを見つめていた。

見ていたのは、アザミか、自分か?








「あの子はいいのか?」

「いいの。あまり好きじゃないの」

女って怖い。

アザミも優しいだけじゃなかった。

時刻はもう夜中を回っているだろう。

「…アザミ、家は?」

「この辺だよ。普段は普通に学校も行ってるの。」

「へぇ……送ろうか?」

夜中の独り歩きは危ない。

アザミはこういうのもなんだがスタイルがいい。

だから魔法使えてめちゃくちゃ強いとは言え、危なくないとは言えない。

変わった格好をしているから、変な親父に狙われないか心配だ。そういえばあの子もアザミとはかなり違うが変わった服を着ていた。

「大丈夫だよ。心配には及びません♪」

「…わかった。」

さっきのすごい力を使えばいいのだろうが。

アザミの傷はいつの間にか癒えていた。魔法使いの力なのか、そういう体質なのかは知らないがうらやましい。


「じゃあ、私の家こっちだから。」

「うん、じゃあな。」

「また会えたら。ばいばい。」

「あっ……ばいばい。」

少女は暗闇の道へ消えていった。


そうか。

アザミはたまたま助けてくれただけで、また会えるとは限らない。一日ですっかり話せるようになってしまったので、なんか寂しい。

大きくなって、女の子とちゃんと話したのもほぼ初めてというのもあるが…けして下心はない。けして。

しかし、これでいいのだろうとも思ってしまう。

襲われたくはないし、何より魔法使い達だけの問題なのだろう。一般人の俺が関わるべきではないのだ。

(そうだよな)

今日は特別な日で、明日からはまた日常に戻る。

この時は、そう思っていた。









「いいのかい?願霊をあの子に譲っちゃって…」

「いいのよ。あの程度の願霊なら、あってもたいしたことないでしょう?」

「君がいいなら、いいや」


彼女は、今は『アザミ』ではなかった。

明かりのついてない部屋で、不思議な形の生物と話す。

「それに目的は達成したわ」

明るい『アザミ』とは違う、残酷な笑み。

「『アザミが直原圭斗と知り合うこと。』」


これはまだ序奏にすぎない。


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