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第1章 描くという才能

背中から照りつける斜陽が仕事で疲れ切った体を暖かく包み込む。

由成ゆきなりは今日ここに来て仕事を始めたことに満足していた。


平日昼間の公園にまばらに人がいる状態、これこそが彼の求めていた理想の場所であった。


家族連れで遊びに来ている人たちや一人でランニングしている人、夫婦で散歩している老人やノラ猫に至るまで

すべてが彼の物語を完成に仕立て上げるための貴重なサンプルなのだ。


こんなにも平和で穏やかな時間が流れている日はひときわ筆が進むペースが早いように感じる。


それもそのはずだ。今まで書き上げた作品の数々が外の世界で得たアイディアによって世間に評価されるものになった

のだから。


いや、正確に言えば『中の世界』で得たもの、と言えばいいのだろうか。


「なぁ、おまえこれからどうするつもりなん?」

「まだ決めてねぇし、わかんねぇけど、なんか

 人に感謝されるようなことをして生きていきてぇって思ってるかな」

公園のベンチに座っているとたびたび気になる会話が聞こえてくることがある。

「今日は彼らにしようか」由成は心の中で静かに狙いを定めた。


服の内ポケットから小さいメモ帳と一本のペンを取り出し、歩きながら話をしている少年のうしろ姿をなぞるかのように

メモ帳にスケッチを始めた。


少年の姿を描き進めるごとに集中力が上がっていくのがわかる。吸い込まれるかのように視界のすべてをメモ帳が支配した。

スケッチを終えて顔を上げると、そこは駅のホームだった。


どうやらここはかなり田舎の駅らしく、あたりには木々が生い茂りホームには片手で数えることができるほどの

人数しかいなかった。線路上を虹色のスカーフを身にまとったような踊り子たちが練り歩き、空には無数の大きなシャボン玉

が飛んでおり、その中には小さな銀河が見える。


まずここで必ず行わなければならないことは情報収集だ。だれがどんな記憶を保持しているか。

それを見極めることが必要なのである。


手当たり次第中に入っていけば、収まりきらない情報の波に精神が耐えきれなくなる。

二度と戻れなくなるか、あるいは戻れても

現実と潜在意識の区別がつかなくなってしまうのだ。


では一体誰に話しかければ自分が欲しい記憶を見ることができるのか。

その方法はいたってシンプルなものである。それは顔に「モヤ」がかかっている人間を探すこと。


なぜそういった人間を探すかというと、決まってそういう人間は大切な記憶や、人には見られたくない記憶を抱えて

いるものだからだ。


一通り駅の構内は探してみたが目的の人物はなかなか見つからなかった。


その瞬間だった、視界の端になにか

キラキラと光るものが映った気がした。


気になってその方向に進むとそこには、優しく微笑む小さなお地蔵様とその横に老人のような佇まいのおそらく男性と見られる人物が不揃いに並んだレンガの上に腰掛け、手に持ったビー玉を眺めていた。


こんなにも彼に対する情報が曖昧なのにも理由があった彼の顔の輪郭を覆い隠すかのように濃い霧のようなモヤがかかっているからだ


ーみつけた


由成は彼の隣に座りペンとメモ帳を取り出し

彼にインタビューをする準備を進めた。


「こんにちは、おじいさん。

 ここは素晴らしく景色のいい場所ですね。

 一体ここで何をされていたんですか?」


「なっ!!おじいさんとはしつれいなひとだな!

 私はまだ46さいですよ!笑

 まぁ、確かにファッションセンスは80代かも

 しれませんけどね!あはははは!」


しまった....またやってしまったと由成は思った

昔から人の見た目で年齢や性格を推し量る癖が

ありそれがどうしても治せないのだ。


「ここはねぇ、あの子の思い出の場所なんですよ

 うちの子は小さい頃からここら一帯の森の中で

 遊んでいたんですよ。なつかしいなぁ〜

 まだあの子がこーんなに小さい時にね

 山の階段を登った先の神社の障子をボール遊び

 していて破ったことがあってね!笑

 いやぁ、あの時は私がいっそいであやまりに...」


「あはは、ありがとうございます。もう大丈夫で

 ですから。それはそうと、息子さんのこと、

 大好きなんですね。」


「えぇ、私の中で世界一大切なのは嫁と息子の

 2人ですから。」


彼がいかに優しい父親であり、奥さんにも息子に愛されているかということが

話しているだけでひしひしと伝わってくる。


「素晴らしいお考えですね。

 もしよろしければ、そんなあなたのお悩みを

 聞かせていただきたいんです。実は私は

 心理カウンセラーをしてまして、全国を回って

 カウンセリングを行っているんです。

 内容はどんなことでも構いません。」


「はぁ、悩みですかー。

 そうですねぇ。強いて言えば、私が死んでしまった後に残された家族がしっかりと自分の 道を歩んでいけるかが心配なくらいですかねぇ」


そう言っている男性の姿は顔こそ見えないものの

その背中からは哀愁を漂わせていた。


「なるほど、つかぬことをお聞きしますがなにか

 ご病気でもお持ちなのですか....?」


「.....あぁ、いやただ事故なんかにあって急に

 家族と別れることになったら何の話もできない

 ままこの世をさってしまうのかと考えるとどうしても不安でしてね笑」


彼の話を聞いてビビッとくるものがあった

おそらくこれが彼の『媒真(ばいしん)』__

記憶へと踏み込むための「核」なのだろう。


「なるほど、そうですか....

 あの、一つ提案なのですが、手紙を書いてみる のはいかがでしょうか?あなたがもし

 亡くなられた時に家族に残して置けるような手紙を」


「なるほど!そりゃあいい考えですね!

 でもねぇ、残念ながら私は文章が苦手なんです

 よぉ。昔っから国語の才能は、からっきしでして

 ね.....」


「もしよろしければ手伝いますよ?手紙かくの」


「そんないいんですか!?親切な人もいたもんだなあ」


由成は彼にペンとメモ帳のページを何枚かちぎって渡した


手紙を書くこと自体は容易なことだった、彼の

心のままに溢れ出てくる言葉をそのまま紙へと

書き下ろし、文章を推敲していく。


そうこうしていると彼の優しい笑顔からポツリ

またポツリと涙が溢れ出した。


彼の涙が流れ落ちた手紙には、家族に対する

愛に溢れた文章で満ちていた。


それと同時にまた彼の表情も安堵に満ちていた。

もう彼の顔にモヤはかかっていない。


由成は自分のメモ帳に彼の姿をスケッチし始めた


また吸い込まれるように視界の全てがノートで覆われ、顔を上げるとそこは風情のある

古民家だった。


由成はこの景色に驚いていた。古民家の室内は畳と線香のにおいが漂い、窓には夏のあつい日差しを防ぐためのすだれがかけられておりその隙間からは木漏れ日にも似た暖かな光が漏れ出ている。極めつけはキッチンの中だ。入ってすぐに卵に砂糖を入れて焼いてる時の特有の甘く優しい匂いが嗅覚を刺激し由成を空腹にした。


そんな何気ない日常が彼にとっては「特別な思い出」なのだ。


階段を上った先には彼の部屋があった。中に入ってみると彼がベッドに横たわりながら

通話をしているようだ。


楽しそうにソワソワしながら話す少年の様子を見て由成はすぐに感づいた

電話先の相手はどうせ好きな女の子とかそんなもんだろうと。


「そんでさ、科学担当の佐々木いるじゃん?あいつに話とか聞いたら

 なんかわかるんじゃね?熊の死因とか」


なるほど。すべてを聞き取ることはできなかったがどうやらここ最近起きた近所の山のふもとで見つかった熊の死体について調べているみたいだ。


次の小説のネタは高校生が主人公のミステリーでも書こうかと、由成は想像を

ふくらませた。


ある程度ほしかった情報を手に入れることは出来たので由成は「戻りたい」と強く願い

何度か瞬きをした。


子供たちが遠くの広場で遊ぶ声が聞こえ、鼻の中を少し冷たい空気が通り抜けていった。

そして背中から照りつける斜陽が仕事で疲れ切った体をまた暖かく包み込む。


家族連れで遊びに来ている人たちや一人でランニングしている人、夫婦で散歩している老人やノラ猫。


―そして少年


由成はゆっくりとベンチから立ち上がり、手に持っていたペンとメモ帳を胸ポケットにしまい込んだ。


今日の仕事を終えた由成は自宅に向かって静かに歩み始めた。


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


この世界には様々な「天才」と呼ばれる人間が一定数存在している。


勉学でその才能を発揮する者、運動でその才能を発揮するもの。自らの心の葛藤や苦悩を芸術に昇華させる才能を持つもの。


ありとあらゆる才能が存在する世の中だが、そんな由成も世間から「天才」と呼ばれていた。


何本ものミリオンセラーの小説を執筆し

そのうちのいくつかは映画化まで果たしている。


世間は「もてる想像力を存分に活かし文章に書き起こす才能」にたけていると思っているだろうが真実は少し違う。


彼が本当に与えられた才能とは

「人の中を見る」才能だった。



描入(びょうにゅう)



由成はこの力のことをそう呼んでいた。

この力は生き物に対して使用することが

可能であり、


紙に対象を描くことによってその描かれた対象の潜在意識の中に入ることができるというものであった。


由成は外に出かけては気になった人物の姿を

スケッチしその者の潜在意識に入り込み

小説のネタになりそうな事柄を仕入れていたのだ


彼は書いている小説のネタに困ると、他人の潜在意識へと潜り込み、なにかアイデアが

ないかを探していた。


人の潜在意識の中にはその人間特有の世界が広がっている。

そして、そのほとんどが自分自身では自覚することができない心の領域内に存在しており、価値観や記憶、習慣、自分の好きなもの、そして過去の経験などから

構成されているものだ。


そんな情報が入り混じっている場所だからこそ

ファンタジーで少しおかしな世界になっていることが多い。


案外ジムに通っているようなムキムキの男性ほど潜在意識の中ではユニコーンに乗って空を飛び、虹の滝の中にあるお菓子工場でサーカス団の団長をしていたりするのだから世の中

ほんとうに見た目だけでは判断してはいけないと思う。


しかしどんな人にも必ずと言っていいほど当てはまることが必ずある。

それは、大切な記憶もしくは『見られたくない記憶』を抱えているということ。


潜在意識の中で人、または何かしらの動物を見かけることがある。由成はそれらの人間の

中にも描入することが可能だった。


もちろん潜在意識の中にいる人間は実際の

人間とは違う。


簡単に言い表せば『記憶を持ったオブジェ』

とでもいうべきだろうか。


それぞれの人間が一つ一つ何かしらの記憶を保持しており、その人間の中に描入することによって記憶の一つを見ることができる。


このような潜在意識の中では、しばしば顔にモヤがかかった人間

がいることがある。


そういう人間こそが、由成の求めている

「大切な記憶、見られたくない記憶」を保持

している人間なのである。


ただしかし、顔にモヤがかかっている

ということは、必然的にスケッチをすることが

不可能なので、どうにか顔のモヤを除去する必要があるのだ。


だが、由成は何年も創作活動を続けてきた経験

からモヤの除去方法を心得ていた。


それはその人の悩みに寄り添い解決を促すこと

であった。


時には安心させるために潜在意識の中の住人に

嘘をつくこともあるが、そこは仕方がないと

言い聞かせるようにしていた。


そして、その人間の心の中の不安を取り除いた時にはじめてその人間の形を捉えることが

できるのだ。


そうして得られる記憶が由成の小説を完璧な

ものへと仕立て上げるのであった。



そんな今日の出来事を思い出しながら

歩いているといつの間にか家の前まで着いていた


何でもない日常にそれなりの満足をしながら

玄関の扉を開け「ただいまー」といつも通り

声をかけるが返事はもちろん返ってこない。


いつも通りだな。由成はそう思いながら

リビングへと足を運んだが、一歩

踏み出そうとしてとどまった。


風なんてあるわけがないのに窓から差し込む

夕日が部屋の中に黒く

重苦しい影を落としている。


ぎぎぃ、と。

木がきしむ音が静寂に包まれた部屋の中で唯一

聞こえる音だった。


それが何の音なのかを理解するまでには

そう時間は掛からなかった。


息子だ。


首を吊っている。


ロープで。


天井からぶら下がっている。


あまりの出来事に立ち尽くしていると

ぶら下がっている息子と目が合った。


その目には白い部分はほとんど見えずただ

濁ったような黒がただこちらを

じっと見つめている。


まるで、何かを待っているかのように。


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