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「アナベル……」
ヴィクトールの視線の先、そこには教会のシスターの格好をしているアナベルの姿があった。
捕らえる前に自ら現れた彼女は目の下に深い隈が刻まれている。
艶やかだったプラチナシルバーの髪は手入れをしていないからか乱れて絡まっていた。
侍女たちが次々と離れたことが原因だろうか。
(このタイミングで顔を出すなんて、彼女はどういうつもりなのかしら)
アナベルはシャルレーヌを鋭く睨みつけていたが、ヴィクトールが庇うように前に出た。
それと同時にテネブルもだ。
テネブルが敵意をむき出しにした瞬間、闇魔法への恐怖からか周囲にいた人たちが一気に距離をとった。
ヴィクトールがテネブルを抑えようとしても、尖った影の触手を引こうとはしない。
テネブルはシャルレーヌに絡みついて、これ以上近づいてくるなとアナベルを牽制していた。
シャルレーヌはテネブルにグイグイと押されて、ヴィクトールに寄り添うような形になってしまった。
その姿を見て拳を握り込むアナベル。
こうして見ると彼女は完全に敵になってしまったかのようだ。
(わざわざわたくしに毒を盛るためだけに、会場にいらっしゃったのかしら……)
だとしたら自らトドメを刺すようなものだろう。
自分がアナベルの立場ならば、少なくとも噂が出回っている間は部屋で大人しくしているだろう。
それを我慢できずに出てきて、なおかつシャルレーヌを毒殺しようとした。
それほど彼女にとって我慢できないことだったのかもしれない。
(……彼女を止める人間もいなかったのね。可哀想に)
シャルレーヌの予想通りならば、彼女はもう……。
「陛下、わたくしの……話を、聞いてください!」
「…………」
アナベルの声は震えていた。
ヴィクトールもアナベルのただならぬ様子に警戒しているようだ。
「わたくしっ、わたくしは……皆さまに裏切られて騙されただけなんですぅ……!」
そう言った瞬間、アナベルは膝から崩れ落ちた。
体はガクガクと震えていて、瞳からは次々と涙がこぼれ落ちる。
静まり返る会場には膝をついて号泣する彼女の啜り泣く声だけが響いていた。
同情の声が集まるかと思いきや、誰もアナベルに駆け寄るものはいなかった。
度重なるスキャンダルに彼女の信用が崩れた証なのかもしれない。
しかしアナベルの本当の姿を知らない者たちからは疑問の声が多い。
(廊下で感じた殺気は彼女で間違いないでしょうけど……)
怒りでシャルレーヌを責め立てるかと思いきや、一転して泣き落としだった。
拍子抜けしてしまうが、このままで終わることはないだろう。
彼女は神に祈るように手を合わせていた。
「シャルレーヌ様も侍女たちもエマニュエル様もっ、わたくしを羨んでこのようなことをなさったのです……!」
「…………」
「わたくしは絶対にそんなことをしていないと神に誓いますわ。どうか噂を信じないでくださいっ」
今さらこう言ったところで無駄なのだが、元々アナベルを信頼している人たちが多いため意外にもアナベルに同情が集まっていく。
迫真の演技は見ていると清々しいくらいだ。
『騙されている』『嵌められてしまった』『こんなのは何かの間違いだ』
アナベルは繰り返し何度も言っていた。
ヴィクトールは場を抑えるために口を開く。
「もう調べはついている。何を言っても無駄だ」
「陛下はわたくしのことを信じてくださらないのですか!? わたくしは帝国の発展と帝国民のためにこんなにも尽くしたのに……っ」
「…………はぁ」
「こんなに陛下を愛しているというのにどうしてわかってくださらないの!? 正妃になり陛下をお支えすることだけを夢見ておりました。わたくしにもう一度チャンスをくださいませ」
「いい加減にしてくれ」
「お願いです! 陛下、お願いいたしますっ」
アナベルは床に額を擦り付けている。
いつも煌びやかなドレスを纏って笑顔を振りまく彼女の痛々しい姿に更に集まる同情の声。
(陛下を愛しているからといって、毒殺しようとした事実は消えませんけど、どう説明するおつもりなのかしら)
シャルレーヌから見ると、まるで陳腐な演劇を見ているようだが、アナベルは信頼を取り戻すために必死なのだ。
正妃候補に戻りたい、そんな気持ちが見え隠れしていた。
つまりこの場でヴィクトールがアナベルを許せば、チャンスを得たということになるのだろう。
完全に空気はアナベルにと傾いている。
「……アナベル」
「はい、陛下!」
ヴィクトールがアナベルの名前を呼んだ。
彼女は許しを得られたのだと思ったのだろう。
目を輝かせているではないか。
「それとシャルレーヌを毒殺しようとしたことと何の関係がある? 君が彼女を殺そうとした事実は消えはしない」
「…………え?」
「まさか彼女に毒を飲ませて、自分が治療しようとでも思ったのか?」
「……それは、その」




