②
サンドラクト国王は意図せずに領土が広がってしまい、体ではなく強制的に頭を使うことが多くなり胃が痛むらしい。
今では胃薬が手放せないと聞いた。自業自得なため、シャルレーヌは満足だ。
(お父様も痩せ我慢しないで、フェランお兄様に頼ればいいのに……)
第一王子のフェランは二十二歳だ。
ブラウンの髪とゴールドの瞳。
吊り上がった目はきつく見えることを気にして眼鏡をかけている。
脳が筋肉でできている父とは違い頭がいい。反面教師のようだ。
あまり武術は得意ではないため、幼い頃から父との折り合いが悪かった。
シャルレーヌの性質や性格を理解した上でこうして自由にさせてくれる素晴らしい兄だが、国王や姉のカリマとは相性が悪いのか、いつも喧嘩ばかりしている。
姉のカリマもシャルレーヌとは真逆。
常に武器をとり、突進していく猪のような女性だ。
ライトベージュの長い髪を一つに結えており、ブラウンの瞳は常に瞳孔が開いており血生臭い争いを求めている。
声も力強く野生的だ。外見は美しく、そんな姉を父は大いに気に入っている。彼の生き写しのように見えた。
シャルレーヌの一つ上で十八歳になるのだが、まだ結婚はしていない。
彼女の条件は一つ。自分より強い男性を求めているが、そんな男は国内外どこを探しても見つからない。
武芸に秀ですぎている彼女に敵う男性などサンドラクト国王くらいしかいない。
(それからカリマお姉様も、わたくしの嫁ぎ先も決まることはありませんでしたけれど……)
父はただシャルレーヌをサンドラクト王国から早々に追い出したいだけだろう。
しかし嫁いだ国が、次々とサンドラクト王国のものになったのは事実だ。
次の嫁ぎ先は、しばらく決まらないと思ったが予想外の提案だ。
「もうお願いだから黙って嫁いでくれ。一生のお願いだから……!」
「……ウフフ、お父様ったら。またつまらない嫁ぎ先だったら許しませんわよ?」
「…………もしすぐに奴らがダメになったら?」
「三度目は全員縊り殺して城に吊るしますわ」
シャルレーヌは柔らかい笑みを浮かべながら答えた。
父は胃の辺りを何度も撫でる。
「…………やめてぇ」
か細い呟くような声が聞こえたような気がしたが、こちらには関係ない。
貫禄のある体躯が身を縮めている姿はなんともかわいらしい。
(もう三度目ですもの。楽しめたらと嫁ぎましたけれど、さすがに飽きましたわ)
サンドラクト王国から嫁いでくると聞き、カリマのような筋骨隆々の女性を想像するそうだが、シャルレーヌは模範的な令嬢そのものだ。
線は細くプラチナゴールドの髪を巻いていて、レースやリボンがあしらわれたドレスを好んで着ている。
童顔で切り揃えられている前髪のせいか実年齢よりも幼く見られることも多い。
父とはまったく似ておらず、昼間はほとんど部屋から出ない。
病弱という設定もあいまって、か弱い女性としてみられるのだ。
秘密も多いため、好奇心を誘うのだろうか。
次第に蜘蛛の巣にかかる虫のように身動きがとれなくなってしまう。
「それで今度はどこに嫁げばよろしいのですか?」
「……ナリニーユ帝国だ」
その言葉にシャルレーヌはわずかに目を見開いた。
「ナリニーユ帝国って、あのナリニーユ帝国ですわよね?」
「ああ、そうだ」
てっきりまた隣国に嫁がされるだろうと思っていたシャルレーヌだったが、予想を超えた大国の名前に大興奮だ。
胸元で手を合わせながら笑顔を作る。
さすがにこの帝国の名前が父から出てくるとは思わなかった。
魔法こそ至上と思っているナリニーユ帝国と、己を高めて磨き続けることこそが至高だと信じているサンドラクト王国は対立関係にある。
戦争は起きてないものの、サンドラクト王国が領土を広げていることに危機感を抱いていることは確かだろう。
「まぁまぁ……! お父様が大嫌いな魔法大国にわたくしを嫁がせるのですか?」
「ああ、受け入れ先がそこしかなかった。お前は皇帝の五番目の妻になる」
「五番目……!」
今までは王太子や第二王子との結婚だった。
つまり正妃だったが、今回は違う。
シャルレーヌの他に四人の妃がいるので、正妃ではなく側妃ということだろう。
(側妃になったことはありませんから楽しみですわ)
シャルレーヌが勝手に胸を躍らせていると……。
「正妃はまだいない。皇帝が正妃を決めた瞬間から側妃が決まるそうだ」
「めんどくさ……おもしろいしきたりですわね」
「魔法大国ならではじゃないか? 力で決めれば簡単だがな」
「そうですわね。お父様の言う通りですわ。いっそのこと妃同士で殺し合えばいいのに……」
シャルレーヌの声が低くなるが、唇は綺麗に弧を描いていた。




