①⑧ ヴィクトールside2
ヴィクトール自身も、たまに闇魔法がなんなのかわからなくなる時があった。
闇魔法は未解明な部分も多く、それ故に畏怖されていた。
その魔法を持つ者は己が闇に飲み込まれて、消滅してしまうことがほとんどだそうだ。
実際、ヴィクトールも闇魔法が別の生き物だと感じることがある。
けれどそれが存外、仲間のようで居心地がいい。
幸いにも魔法の実力主義のナリニーユ帝国において、この魔法は大いに役に立った。
他の兄弟たちに数えきれないほどに殺されそうになったことがあった。
それを闇魔法がヴィクトールを守り、返り討ちにしてくれた。
ヴィクトールに手を出せばどんな目に遭うのかわかると、自然と誰も近づかなくなっていた。
母の魔法の影響か毒殺とは無縁なのが幸いだ。
いい顔をして近づいてきたと思いきや、すぐに手のひらを返す。
心もすっかりと痛みに慣れた頃には、すっかりと人を信用できなくなった。
それは母も同じ。自らの毒魔法を生かせるように研究をしていた。
何があっても折れず、強かで逞しい母に見習い、ヴィクトールもなかなかにずる賢い性格になった。
それから母と同じような境遇で爪弾きにされていたオノレとモルガンと出会った。
彼らを放っておくことができずにそばに置いていた。
今でも側近としてそばにいて、ヴィクトールのために動いてくれている。
唯一信頼している人物だといっても過言ではない。
オノレは筋骨隆々でパワータイプだ。魔法も自身の筋力を強化する肉弾戦を得意としている。
生活のすべてを魔法に頼り、魔法の実力がすべてを決める世界では早さと力でねじ伏せるオノレのような魔法は珍しい。
それ故に隙をつきやすく、頼りになる存在だった。
モルガンが公爵家ながら生き物の声を聞くという名前もない特殊な魔法を持っていた。
愛人の子ということや、生き物にしか心を開かないという理由で地下牢で閉じこめられていたのをヴィクトールが救い出した。
今では絶世の美少年として令嬢たちの人気は高いが、本人はヴィクトールの側近として生きていくと決めている。
生き物に対する愛だけは本物だ。
ヴィクトールに対する絶対的な忠誠心を持っているが、内気で人見知り。
まだまだ幼くて感情のまま暴走してしまうことがあった。
皇帝となり、ヴィクトールの頭を悩ませるのは四人の妃から正妃を選ぶというものだ。
こればかりはもうどうにかできるものではない。
人を愛するということがわからないヴィクトールは前皇帝への嫌悪感が拭いきれないのもあるが、単に面倒だという気持ちもあった。
今回も四人が選ばれて後宮で過ごすこととなったが、こればかりはナリニーユ帝国の決まりなため致し方ないそうだ。
(…………くだらない)
ヴィクトールの闇魔法にはあまりいい噂がない。
自分の意思に反して動くこともあるため気色悪いのだろう。
魔法は本来、意思によって動くものだからだ。
『闇魔法に触れたら魂を吸い取られる』『命を奪われる』
そう思われていた方がいい。実際、闇魔法は危険で触れてはいけないものだ。
ヴィクトールは畏怖の対象になったが、それが抑止力にもなっていた。
それが皇帝としての威厳が保てるのならプラスだった。
そこで持ち込まれたサンドラクト王国からの縁談。
今まで決して交わることがなく、なにかと敵対していた二国。
サンドラクト王国は魔法嫌いなことは有名で長年膠着状態は続いていた。
そんなタイミングでここ数年でサンドラクト王国が急激に領土を拡大しているということで緊張感は高まりつつあった。
その裏にある王女が関わっていると知ったのは随分と後のことだ。
(まさか二国に嫁いで国を持って帰るとは……どんな女なのか)
傾国の美女なのか、はたまた相当強いのか。
サンドラクト国王も数々の伝説を打ち立ててきたことはヴィクトールも知っていた。
そもそも魔法が彼らを圧倒できない理由、それは圧倒的な武力だ。
いくら魔法が強くとも当たらなければ意味はないし、力を溜めて放つまでに時間がある。
そこをつかれてしまえば、一瞬で命を奪えるというわけだ。
オノレを間近で見ているからこそそう思うのだ。
そんな彼から密談の誘い。ヴィクトールは警戒していた。
しかしその話を受けたのは彼に直接会ってみたいという好奇心からだ。
殺し合いになるかもしれないと念密に作戦を立ててきた。
両国の中心地、そこで密談が行われた。
目の前にいるサンドラクト国王の纏う雰囲気に圧倒された。
本物の王を目にした気がした。
この感覚は生まれて初めて感じるものだ。
簡単に挨拶を交わして、早速本題へと入る。
ヴィクトールが警戒していると、サンドラクト国王は真剣な表情でこちらを見据えた。
それから予想外のことを口にする。
『頼みがある』
それには拍子抜けしてしまった。罠のように仕掛けていた魔法陣。
しかしまだ油断はできないと思っていると……。
『娘が手に負えないのだ。娶ってはくれないか?』
急にげっそりとして胃を抑えるサンドラクト国王に先ほどのオーラはなかった。
ヴィクトールは目を細めた。
彼をここまでにしてしまうのだから相当なじゃじゃ馬なのだろう。
(たしか第一王女がいたはずだが……カリマ、といったか)
しかし実際に結婚して欲しいと言われたのは第二王女のシャルレーヌ。
二度結婚して二度も国に戻ってきた病弱の王女だ。




