①⑦ ヴィクトールside1
ヴィクトールが反射的にそう叫ぶが、もう遅かった。
先ほどまでシャルレーヌは首を傷つけようとしていた触手に擦り寄り、ぴたりと張りつくように抱きしめたのだ。
(しまった……! 油断した)
この魔法に触れてら生きていた者はいない。
少し触れただけでも気が触れて壊れてしまうことはわかっていた。
魔法に対する知識が無知な故に、このような結果を招いてしまった。
シャルレーヌが嫁いできてまだ数日だ。
サンドラクト国王に合わせる顔がない、そう思っていた時だった。
「はぁ……落ち着きますわ。ずっとこの部屋にいていいのですのよ? 居心地いいですわよねぇ」
「は…………?」
ヴィクトールは信じられない光景にこれ以上、言葉が出てこなかった。
(何故……この女は生きているんだ?)
シャルレーヌの首につけつけられた闇魔法の触手が一気に緩んで丸みが帯びる。
つるつるの感触と甘えてくるように、かわいい仕草をし始めた闇魔法に驚愕していた。
「なんてかわいい子なのかしら」
「…………」
「あの時、わたくしにアピールしてくれたでしょう? うふふ、やっぱりそうね」
ヴィクトールの存在など無視して、シャルレーヌは彼の闇魔法と戯れ始めた。
闇魔法も暗闇の中にいるため、心地よいと感じるのだろうか。
そんなことを考えている場合ではないとわかっている。だが、そのくらい信じられなかった。
(俺以外、触れられる者などいないと思っていた。魔力がないからか? いや……別の問題か?)
体を撫でて愛でつつ、シャルレーヌも闇魔法も完全にリラックスしている。
シャルレーヌにいたっては闇魔法と普通に会話しているではないか。
朝食時に咳き込みながらも勝気な様子とは打って変わって、年相応の少女だ。
ヴィクトールのことなど微塵も気にしていないようだ。
(妃たちを散々煽っていたが、正妃になるつもりがないなら何故……)
彼女が何を考えているか理解できずに、ヴィクトールはしばらくシャルレーヌを観察していた。
しかし彼女はあろうことか、うとうとし始めて次第に瞼が閉じてくる。
まさかと思ったがそのままヴィクトールの闇魔法を抱きしめながら眠ってしまった。
「なんなんだ、君は……」
そんな言葉が出てしまうのも仕方のないことだろう。
闇魔法に視線を向けると満更でもなさそうだ。というよりはむしろ居心地がよさそうにしていた。
ヴィクトールは近場にあった椅子を引き寄せて腰掛けた。
まさか自身の闇魔法を抱き枕にしようとする女がこの世界にいるなど、考えたこともなかったからだ。
(彼女について調べてもほとんど情報が出てこない。どういうことなんだ?)
自分と同じように、日が入らない暗闇が居心地がいいと思う人間が、こんなところにいたとは思いもしなかった。
ヴィクトールは気持ちよさそうに寝息を立てるシャルレーヌを見つめながら自分の過去を思い返す。
前皇帝の病から実力で皇帝の座を勝ち取ったものの、闇魔法が恐れられていることには変わりない。
触れるだけで死に至る魔法……まるで呪いのようだと思った。
母は側妃の侍女として働いていた。
生まれはよかったが毒魔法という特殊な魔法を持っていた。
彼女は家の汚点だと、魔法を使うことを禁じられてきたため、出来損ないと呼ばれ生家から虐げられていた。
毒殺やあらぬ噂を立てられて疑われてしまうからだろう。
皇帝はかなりの女好きだった。側妃の侍女だった母に手を出した。
たった一度の過ち。しかし運悪くヴィクトールを身籠った。
後宮で母の居場所はなくなった。
側妃からも冷遇され、帰る場所もなかったため、身重の体でこの場所にしがみつくしかなかった。
ヴィクトールが生まれた。母は耐えて耐えて……耐え続けた。
彼女の憎しみと恨みをすべて引き継いだのだろうか。
闇魔法を発現して、物心つく前に母親とヴィクトールに危害を加えた者たち全員の命を闇魔法は奪い取った。
母はヴィクトールを庇うためか、自身の毒魔法で殺したと明かした。
しかしヴィクトールの闇魔法は隠しきれるようなものではなかった。
皇帝はそんなヴィクトールたちを追い出すことも殺すこともなく、母を側妃として召し上げたのだ。
一番の理由としては母しかヴィクトールの世話ができないことや自身の保身のため。
少しでも悪意や敵意を持てば、ヴィクトールの意思に関係なく、闇魔法が命を奪ってしまうからだ。
成長するとヴィクトールがある程度コントロールできるようになったが、闇魔法への恐怖が消えることはなかった。
皇帝はヴィクトールを利用しようとしたのか、この力を恐れているのか理由はわからない。
彼は優しかった。母もヴィクトールの前だけでは心穏やかな表情を見せるようになっていった。
周囲の者たちは側妃となった母に擦り寄ろうと手のひらを返した。
その時の母の瞳の奥には憎しみや闇が浮かんでいた。
ヴィクトールが母を守ろうと『コイツらを殺しますか?』と尋ねると、母は『ありがとう』と微笑んだ。
それからは誰も近づいてこなくなった。自分の命が大切なのだろう。
未だに彼らのことを許してはいない。許す日など一生こない。
母はヴィクトールが皇帝になると、己の権力を誇示するわけでもなく、別邸で静かに暮らし始めた。




