①⑥
ルイに支えてもらいながらシャルレーヌはそのまま部屋を後にした。
少なからず爪痕を残せたのではないだろうか。
(ルイとロミに手を出させない牽制にもなってくれると嬉しいのだけれど……)
エマニュエルとアナベルには適度な復讐ができただろう。
ヴィクトールからは彼女たちがしたことに怒りを滲ませていた。こんなことをするとは微塵も思っていなかった
少し疑念を抱かせるだけで落ちていく。
今頃はシャルレーヌに恨みを募らせているはずだ。
シャルレーヌは光が一切入らない自室に足を踏み込んだ瞬間、安心から崩れ落ちる。
暗闇の中、引き摺られるようにしてベッドに倒れ込み思いきり咳き込んだ。
「シャルレーヌ様、大丈夫ですか?」
「…………まるで地獄よ」
「そうでしょうね」
「途中で退出するなんて情けないわ」
そのまま休んでいると、ヴィクトールが手配したのだろうか。
ルイが紅茶を取りに行っている間、扉に響くノックの音。
ロミがシャルレーヌに現状を説明し、医師が数人やってきたことを伝えた。
(面倒だわ……)
しかしここで断るのも仮病を疑われる可能性があるため、部屋の中に招き入れる。
光の入らない物置き部屋に心底驚いているようだが、部屋に置いてあったランプに魔力を込めて灯りが灯る。
シャルレーヌは大人しく診察を受けていた。
「食事はとれていますか?」
「いいえ、まったく」
「まったく!? どういうことでしょうか」
「後宮のシェフたちは何をしているんだ」
「これは陛下に報告しなければ……」
医師たちは困惑しつつ話している。
シャルレーヌは頬を引き上げて無理やり笑みを作りながら話を聞いていた。
「何か召し上がりますか?」
「いいえ……わたくしの侍女は水をいただくだけでびしょ濡れになるのです。そんな状態で信用しろだなんて無理な話ですわ」
「…………」
絶句している医師たちは今すぐに自分たちが食べものを用意すると提案するが、シャルレーヌは再度、ロミかルイが作ったものしか口にしないと断った。
「しかしこのままでは……! それにこの部屋もひどすぎます」
「ああ、いいのです。ずっと地下にいたので、日の光が落ち着かないのですわ」
「えっ……あの、ですがっ」
その後にシャルレーヌが栄養不足だろうと結論づけた医師たちの薬も信用できないという理由で断った。
それと同じようにロミとルイも食事をしていないと知り絶句していた。
普通ならばそうなのだろうが、シャルレーヌは特に気にすることはない。
(別に食べものは食べなくても問題ないのですけれど)
何かを言いたげに口を開いたり閉じたりを繰り返している医師たち。
申し出をすべて断っているととにかく食べものだけでもと、ルイを連れて部屋から出て行った。
(はぁ……やっと静かになりましたわね。これで少しは休めそうですわ)
瞼を閉じて体を休んでいると、どのくらい時間がかかっただろうか。
遠くから足音が響く。
欲をいえば、もう少し休みたかったが仕方ない。
(次から次へと……たまりませんわね)
シャルレーヌは小さく咳き込みつつも体を起こす。
ルイとロミの気配がないということは、そこまで時間は経っていないのだろう。
ノックに答えるように返事をすると光の中に見覚えのあるシルエットが見えた。
「……具合は?」
「こほっ……先ほどは申し訳ありません」
シャルレーヌが立ち上がり、挨拶をしようとするが彼は片手で制する。
そのままベッドに横たわりつつ、シャルレーヌは瞼を閉じた。
「医師から話を聞いた。彼女たちが作ったものしか口にしないと」
「当然ですわ。それにわたくしたちには魔法は使えませんから。ルイは紅茶を淹れるだけで一苦労ですわ」
ヴィクトールは不機嫌そうな表情で眉を寄せた。
「サンドラクト王国でもそうなのか?」
「はい、そうでございます。サンドラクト王国では、いつ殺されるかわかりませんから」
「…………」
「ここでも誰が何をしてくるかわかりません。信頼する者は選ばなければ、すぐに死にますわ」
ヴィクトールの何か言いたげに開かれた唇はそっと閉じてましまう。
二人の間には重たい沈黙が流れていた。
「そんなことで気を引けるとでも思っているのか?」
「……どういう意味でしょうか」
シャルレーヌは笑顔のまま首を傾げた。
今の話の流れでどうしてその話題になるのか理解できなかったからだ。
「化けの皮を被っているのだろう? 二国を取り込むように手引きする女だからと面白そうだからと受け入れたが、情に訴えかけるとはつまらないものだな」
ヴィクトールは吐き捨てるようにそう言った。
(まぁ……! こんなふうに思っていたなんて意外ですわ。今まではお互いに様子見だったということですわね)
この程度で絆されて同情しているようではつまらない。
むしろ警戒しているくらいでいいのだ。
医師を送り込んできたのも、彼なりにシャルレーヌの反応を見ていたのかもしれない。
「最初に言っておくが、お前を正妃にするつもりもないからな」
「はい、構いませんわ。むしろ正妃になんて絶対になりたくありませんもの」
「…………」
「あっ、申し訳ありません。心の声が漏れてしまいましたわ」
口元を押さえて笑うシャルレーヌだったが、さすがに夫であり正妃を選ぼうという皇帝に向けて言うセリフではないことはわかっている。
しかしあえて口に出しているのだ。
「…………貴様」
暗闇の中でシャルレーヌの細い首に突きつけられている黒い腕のようなもの。
彼の背後からは無数の触手のようなものがうねり狭い部屋を埋めていた。
「一体、何を考えている?」
そこ問いにシャルレーヌが答えることはない。
腕を伸ばして、嬉しそうに笑みを浮かべている。
「やっと会えましたわね。ひんやりとして気持ちいいですわ」
「──触れるなッ!」




