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後ろに控えていたルイがシャルレーヌに肩を貸す。
それには元々不機嫌そうなヴィクトールもさらに不快感を露わにした。
「その服はなんだ?」
「お目汚しを申し訳ありません。わたくしが休んでいる間に何者かに切り刻まれたようで……もうこれ以上、持ち込んだ服はありませんので、このまま失礼いたします」
「……オノレ、今すぐに服を手配しろ」
「かしこまりました」
ヴィクトールの一言に背後に控えていたオノレと呼ばれた側近が動き出す。
深い緑の短髪に頬には傷痕、筋骨隆々なところを見るに彼はヴィクトールの護衛なのだろうか。
しかしシャルレーヌが注目したのはもう一人の側近だ。
ミルクティー色の髪は長く、全体的に色素が薄く中性的。
神経質そうな見た目だが、どこか焦っているように見える。
ヴィクトールが「……モルガン」と名前を呼ぶと大きく肩を揺らした。
(モルガン様……この方がカラスたちの元主人ね。彼らの協力を得られなくなったことで不安なのね。わかりやすい反応ですわ)
シャルレーヌはもう一人の側近を見て笑みを深めた。
(少し虐めてしまおうかしら……)
そう思っているとヴィクトールから声がかかり、ゆっくりと視線を戻す。
「体調は大丈夫か?」
「昨日はご迷惑をおかけして申し訳こざいません。ルイとロミから皇帝陛下が助けてくださったとうかがいました。ありがとうございます」
シャルレーヌは深々と頭を下げた。
まだ万全ではないと遠回しに伝えることも忘れない。
「こちらこそすまなかった。伝達に手違いがあったらしい」
「……!」
ヴィクトールが素直に謝罪をしていたことに驚いていた。
その隣でモルガンが今にも泣きそうになっているのも気になるところだが、それよりも驚くのはヴィクトールの冷静な対応だ。
(お父様の口ぶりから傍若無人の皇帝かと思ったけれど、そうでもないのね。意外だわ)
最初だけかもしれないが、今のところ紳士的な対応で驚いていた。
(……拍子抜けもいいところですわね。お父様は何を恐れていたのかしら)
いきなり罵倒された方が、まだ楽しめたのかもしれない。
このままだと一年も持たずにサンドラクト王国に帰ることになりそうだ。
シャルレーヌが早々にヴィクトールへの興味を失っていた時だった。
「それで……俺にこう言わせただけの理由はあるんだろう? モルガン」
「……っ、申し訳ありません」
「お前が伝達が遅れるなどありえない」
モルガンの額には冷や汗が滲む。
ヴィクトールの背からは、煙に巻かれた漆黒の腕のようなものが現れて異様なオーラを放っていた。
空気が一気に緊張感のあるものに変わった。
それを見たシャルレーヌは目を輝かせた。
(ふふっ、早とちりしすぎたみたいだわ。まだまだ楽しめそう。それにしてもやっぱりあの魔法……素敵ね)
周囲の視線が彼らに集まるなか、シャルレーヌは彼の闇魔法に心を奪われていた。
心の中でわくわくしつつも、それを隠すように微笑んでいると、一瞬だけヴィクトールの紫色の瞳と目が合ったような気がした。
けれどすぐに視線が逸れてしまう。
(何かしら……? もしかしてわたくしの反応を見ていた?)
それはそれで楽しいではないか。
微笑みながら様子を見ていたシャルレーヌとは違い、周囲の緊迫した様子は続く。
「き、昨日から動物たちの様子がおかしかったんです! 城周辺から動物がいなくなってしまって……っ」
「…………」
「今も鳥たちも返事をしてくれずに……ぐっ!」
黒い煙のようなモヤはモルガンの首を徐々に締め上げていく。
シャルレーヌはあの時の状況を思い出しつつ考えていた。
(もしかしてわたくしが来たことで本来、伝達を賄っていた動物たちが逃げ出してしまったのかしら……モルガン様のところに連絡がいかなかったとしたら)
ヴィクトールの側近ということで、彼の不利益になることはすることはなさそうだ。
今も必死に言い訳を繰り返しているし、明らかにプライドが高そうな彼がそうするとは考えづらい。
(つまり……あれはわたくしのせいだということかしら)
シャルレーヌが来たことで驚いてしまったのだろう。
地下牢でも契約した子か眷属しか近づけなかったことを思い出す。
少なくとも会話を盗み聞きする魔導具を仕掛けたり、ロミとルイの服をボロボロにするように命令している妃たちとは違うということだ。
銀色の球体もカラスたちが壊してくれたし、服もオノレという人物が取りに行っている。
妃たちも皇帝から支給されたものを引き裂くような愚かな真似はしないはずだ。
(そうとも知らずに意地悪しすぎてしまったわ。早とちりしてしまうのはわたくしの悪い癖ね。これではモルガン様が可哀想……)
そう思ったシャルレーヌはすぐに行動に移す。
「彼は悪くありませんわ。わたくしの体が持たなかったばかりに申し訳ありません」




