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怪しい遊びの始まり

 貴族学園の放課後というのは、実に退屈だ。


 勉学は午前中で終わり、礼法の復習も済んだ。剣術や魔法の訓練は曜日制で、今日はどれもない。

 結果として、我々は豪華すぎる放課後サロンに放り出される。

 赤い絨毯。

 無駄に高い天井。

 壁には歴代校長の肖像画。

 全部が「静かに品よく過ごせ」と圧をかけてくる。


「……暇だな」

 思わず口に出た。


 俺――アルト・リヒトハイムは、侯爵家の次男で、我らが主、セシル王子殿下の側近予定の穀潰しである。

 何を思ってか、異世界日本から転生してきたが、チートも何もなく、今のところ侯爵家という恵まれた環境で過ごさせてもらっている。勿論、貴族としての責務はある。

 今のところ、学生で成果は何もないので穀潰しであるが、将来的には立派にセシル殿下をささえられる側近になれると信じている。多分。


「そのようなことを、はしたなく口にするものではありませんわ」


 即座に返ってきたのは、マリアンヌ・シュヴァルツの声だった。

 背筋をぴんと伸ばし、白磁のカップを優雅に持つ姿は、模範的貴族令嬢そのものだ。


「事実だろ」

「事実であっても、品位というものがあります」

「はいはい」


 適当に受け流すと、隣のソファに座っていたエミリア・ヴァレンシュタインが、困ったように微笑んだ。


「でも……確かに、今日は特にやることがありませんね」

「だろ?」

「なあアルト、なんか面白いことないのか?」


 身を乗り出してきたのは、カイン・アルトシュタイン。退屈を最大の敵とみなしている男で、刺激がないと自分で問題を作り出すタイプだ。


「面白いこと、ねえ……」


 俺は天井を仰ぎ、ぼんやりと考える。

 貴族の子供の遊びなんて、だいたい決まっている。

 チェス、カード、詩の朗読、楽器――どれも悪くはないが、正直もう飽きた。


(……そういえば)


 ふと、前世の記憶がよみがえる。

 疑い、騙し、信じ、裏切り。

 最後には、なぜか笑って終わる不思議な遊び。


「――正体当ての遊び、やるか?…まぁ、セシル様がよろしければ、この部屋の皆で、どうです?」


 軽い思いつきだった。


「正体当て?」

「それは、どういう遊びですの?」

「聞いたことないな」


 視線が一斉に集まる。


「『人狼』っていう」


 名前を出した瞬間、エミリアの肩がびくっと跳ねた。


「じ、人狼……!? 魔物ですか!?」

「違う違う。召喚もしないし、噛まれもしない」


 慌てて手を振る。


「これは、ただの推理遊びだ。

 全員に“役割”が配られて、その中に一人、嘘をつく役がいる。

 話し合いながら、誰が嘘つきかを当てる」

「……嘘を、ですって?」


 マリアンヌが、わずかに眉をひそめる。


「遊びの中だけな。

 むしろ、どうやって嘘を見抜くかを学ぶ遊びだ」

「……なるほど」

「面白そうじゃん!」


 真っ先に食いついたのはカインだった。


「で、すぐ始められるのか?」


 短く問いかけたのは、レオン・グライスナー。無口だが、要点を突く男だ。


「……あ」


 そこでようやく気づいた。

 当然だが、ここに人狼用のカードなど存在しない。

 俺は一瞬だけ考え――肩をすくめた。


「作ればいい」

「作る?」


 俺は立ち上がり、サロンの隅にある書き物机へ向かった。

 そこには、厚手で質のいい便箋が何枚も用意されている。


「裏が透けにくい……これで十分だな」


 同じ大きさに折り、簡単な文字を書く。

 《人狼》

 《正体を知る役》

 《普通の人》

 《普通の人》

 《普通の人》

 すべて折り畳み、外からは判別できないようにする。


「……即興だから仕方ないのでしょうけれど、少し雑ではありませんか?」


 マリアンヌの冷静な指摘が刺さる。


「思いつきだからな。むしろ上出来だ」


 俺は一息つくと、セシル様に視線を向けた。


「セシル様、このような形で準備も一応できましたが、試しにいかがですか?」

「いいんじゃない?たまには変わったことをするのもね」

「真剣勝負ですから、身分による忖度もなしで、無礼講でも?」


 ニコニコしながら「勿論だとも」と頷くセシル様に安堵し、俺は部屋の中のゲーム参加者を、中央の円型テーブルに集め、座らせ、ゲームの開始を宣言した。


「じゃあ、早速第一ゲームを始めよう」


 俺は紙を軽く混ぜ、伏せたままテーブルの中央に並べた。


「一人一枚取れ。

 中を見るのは自分だけだ。他人に見せるなよ

 俺は今回は進行役だから引かない」


 それぞれが一枚ずつ手に取る。

 周囲を気にしながら、そっと紙を開く者。

 一瞬で閉じる者。

 無駄に表情を動かす者。

 たったそれだけで、性格が透けて見えた。


「……もう、この時点で顔に出ている方がいますわね」


 マリアンヌが呆れたように言う。


「言うな。初心者なんだから」


 誰が何を引いたのかは分からない。

 だが、全員が「自分だけの情報」を手に入れた。

 それだけで、空気が少し変わった。

 こうして――

 思いつきから始まった、行き当たりばったりな遊びは、静かに幕を開けた。

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