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ぶらりとたれて、さがったままで  作者: 綾高 礼


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6/11

第六話


 一週間ほど経って、とっくに三月を超えていた。あれから警察が来るかもしれないと警戒していた私であったが、結局誰も来なかった。


 私が父親を突き落とした日は、誰も父親を確認しなかったのであるが、翌日になって由愛が興味本位でこっそりとベランダから確認して父親の姿がないことを私たちに教えた。

 そして時々父親の動向を監視していた仲間の者達から、父親の姿がめっきり見えなくなったという連絡も入っていた。


 三日ほど経って由愛は外に出て、おそらく父親が落ちたであろう場所のアスファルト周辺や、近場のコンクリートに血痕があったと嬉しそうに報告した。

 こうして軟禁生活は解消され、翼や兼続君たちも様子を見ながら次々と家に帰還し、また普段のような退廃的生活が再開することとなった。


 私が父親を突き落した日に眠っていた玲夢ちゃんは、当然何も知らず、決して誰もが私の行った行為を告げなかった。だけど皆の浮かれようや、解放されていく過程の中で一人、

 ねえパパはどこいったん。ねえパパかえったん。またパパつかまったん。ねえパパしんだん。ねえパパってしんだ? ミー君なんかしってるん? と私に聞いた。


 私はただただ、どう答えればいいか分からず、頬を釣り上げるしかなかった。


 夜、起きたら由愛がリビングで泣いていた。テーブルに山積みされた雑誌や教科書の上に肘を置いてスマホをいじっているのか、そのふりをしているのかは分からなかったが、キッチンで用意したコーンフレークをローテーブルにおいて食べる私の存在を認めたくないのだけは分かった。


 私はクイズ番組を一緒になって考えもせずに、ただ映像だけを見て、カシャカシャと咀嚼を繰り返していた。今日は牛乳が途中で切れたので、食感がいつもより確かだった。


「食べる音きも」

「黙れ」


 ここに来てもう半年以上の月日が流れた。父親の件があって以来、めっきり同級生達からの連絡が減った。といっても全く会わないわけではない。翼が週末に呼べば、誰かしら集まってくる。


 以前の私もそうやって呼ばれる側だった。夜起きて昼寝る生活になって、特に支障は感じなかったけれど、確かに皆との感覚が少しずつ変わっていっているのかもしれない。気づけば桜も道路を汚したりしていたことを急に思い出した。


「もう……五月か……」

「急に独り言こわ。きも」

「黙れ」


 今日はやけに静かだった。自分の咀嚼音がこんなにもよく響く日も中々珍しい。テレビの音量を二つ上げた。それでも脳内に広がる咀嚼音は確かによく響いた。少しして何も考えずに口を開いた。


「皆は? 翼のお母さんは?」

「黙れって言った癖に喋ってくんな」

「しばくぞ」

「折ったろかその細腕」

「デブ」

「しばくで」

「ブタ」

「しばくで」

「ウシ」

「……しばくで」

「なんで泣いとん」

「泣いてないし」

「なみだ、出てるで」

「こっち向くな」

「め、充血してんで」

「だからこっち向くな、つってるやろ」

「ウケる」

「殺すで」

「皆は」

「知らん」

「玲夢ちゃんは」

「知らん知らん。公園の祭りとかちゃいますか。知りませんけど。ていうかこっち見て喋りかけないでもらえます?」

「早口ウケる」

「ほっんまにキモい」

「勘太郎も?」

「は、誰ですか。その人」

「喧嘩したん?」

「喧嘩、誰と誰が?」

「別れたん?」

「お前に関係ない」

「あっそ」


 底に溜まった濃いくて少ない牛乳汁を飲み干して私は洗面所へと向かった。確かに、いつもは玄関に溢れている靴やサンダルの山が減っていた。


 祭りは公園でやっていた。中央に簡易的な櫓がぽつん立っていて、円形に沿うように屋台が囲っているだけの、至って簡素なものだった。人びとは殆どが地元の住人たちで、懐かしき顔馴染みもそれなりに見えたりした。


 私は玲夢ちゃんたちを探している間、馴染みの同級生たちや後輩たちが、端の方で固まりになってたむろしている所を見つけたので近寄ってみた。一人が私に気付き、二人三人と目が私に向けられ私は軽く手を挙げた。


 そこに翼は居なかったので、どこかで見たか問いかけると多分皆でコンビニに行ったっすと勘太郎が私に伝えた。勘太郎の隣には、何処かで見たことがありそうな銀髪女がへばりついていた。


 私は同級生たちの方へ行った。気づけば知らない女を連れている者たちが何人もいて、ついでにヨッシーの横にも不細工な女がいて少し驚いた。それでも私以外の同級生たちは随分と馴染みな関係性に見えた。


 私は煙草を一本吸ったが、どうも溶け込めそうにもないので、翼たちを探すふりをして公園を離れることにした。

 賑やかな音を後にした夜はとても静かなものだった。季節がら滑らかな夜風が肌を優しく打って気持ちが良かった。コンビニを二軒ほど回ったがついに玲夢ちゃんたちと合致することは叶わず私はまた祭りに戻った。


 今度こそイカ焼きを食べている玲夢ちゃんを見つけた。玲夢ちゃんも私に気付き走り寄ってきた。いつの間に浴衣を用意したのか、玲夢ちゃんだけピンクの可愛い浴衣を着て黄色い帯を巻いていた。


「ミー君やっとおきたん」

「うん。イカ焼きうまい?」

「めえっちゃおいしい」

「どこで売ってるん」

「あっちあっち」

「どこどこ、連れてって」

「しゃあないな。ついてきぃ」


 ひょこひょこ跳ねるような玲夢ちゃんの後をついて行った。時々玲夢ちゃんは私の方を向いて楽しそうに笑った。私はようやく祭りの雰囲気が身体に浸透していくのを覚えて、提灯や的屋の兄ちゃんと姉ちゃんが輝いて、そこに集まる人びとが命のある者たちなのだと認識出来た。


 イカ焼きを買うとき、三人ほど並んでいたので、玲夢ちゃんと手を繋いで待っていた。玲夢ちゃんはイカ焼きをペロペロとなめて周囲を見渡したりしていた。


 私は私で玲夢ちゃんが見つめる先ばかりを追っていた。すると玲夢ちゃんぐらいの浴衣を着た女の子たちが仲良く三人組になって歩いていた。一人はりんご飴をなめていたし、一人は金魚が入った透明の袋を持っていたし、一人はヨーヨーを手首から垂らしていた。


「兄ちゃん兄ちゃん。並んでんのか、買うてくんか?」


 イカ焼きのおっちゃんに呼ばれて我々の前に並んでいた三人分の空間が空いていることに気づいた。イカ焼きを買って私は玲夢ちゃんにリンゴ飴を買ってあげ、一緒に金魚すくいをして、ヨーヨー釣りもした。

 もう一度、勘太郎を見つけ翼のお母さんたちの居所を尋ねると多分もう帰りはったと思いますよと言っていたので、私と玲夢ちゃんも祭りをあとにした。


 帰り道、虫が鳴く音と玲夢ちゃんが履いていた下駄の音だけが寂しく鳴っていた。


「玲夢もそろそろ学校いこっかなあ」

「ええんちゃう」

「でもだるいしなあ」

「朝、起こしてあげるわ」

「ほんまに」

「ほんま」

「でも勉強とかだるいしなあ」

「別に勉強なんかせんでええねん。とりあえず小学校行って皆で遊んでたらええねん」

「玲夢、友達おらへんし」

「当たり前や。そら誰でも学校行ってなかったら友達なんかおらん」

「どうやったら友達ってできるん」

「分からん。けど翼とは小学校の時に同じクラスなってから仲良くなった」

「そうなん」

「そうそう。最初はお互いあんまり仲良くなかったから」

「えぇえ。ほんまにい?」

「ほんまほんま。殴り合いの喧嘩もしてたし」

「えぇえ。こわあ」


 玲夢ちゃんは何故か嬉しそうに跳ねた。ヨーヨーも跳ねて、金魚も跳ねた。


「はじめだけ小学校の近くまで一緒に送ってあげるから明日から学校行き」

「うん。でも明日の時間割分からへん」

「帰ったら教科書とかプリントとか一緒に見つけて探したるから学校行き」

「うん」


 さっそく家に帰って翼のお母さんに事情を話して、玲夢ちゃんを明日から小学校に行かせる準備をした。給食袋と明日の服も適当に用意してもらって、ランドセルに明日の準備を纏めた。玲夢ちゃんを和室で寝かせることにした。夜の十一時を過ぎていた。

 私は玲夢ちゃんにタオルケットを掛けて一緒に横になりお腹を右手でポンポンしていた。


「ああ。寝られへんわ」

「目だけでもつぶっとき」

「ちょっとドキドキする」

「久しぶりやからな。でも行ったら行ったで案外大したことない」

「ほんまに」

「ほんまやで」

「そっか。おやすみ」

「おやすみ」


 それから一時間くらいして玲夢ちゃんは眠った。私も眠たくなって一緒に寝た。

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