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ぶらりとたれて、さがったままで  作者: 綾高 礼


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第三話


 年の開けた一月の半ば頃。

 玲夢ちゃんに毛布を取られ、肌寒くなると共に意識が覚醒を許した所で妙な舌打ちが聞こえた。


 私は頭の中で、確か今隣に寝ているのは、長男の亮介兄ちゃんだったことを思い出した。今日の私は玄関を入ってすぐ右側の子供部屋で眠っていた。


 ここは常にドアが開いている。その理由は部屋に暖房がないことにあった。だが幸いにもこの家では人がいようがいまいがなど関係ない。時期になればエアコンが常時稼働している。


 左側の子供部屋とリビングには、エアコンがついていて、そこから暖房を全開にして何とか毛布に包まっていれば寝られる環境が出来て、私は酒に酔っていつの間にかこの静かな部屋に導かれていた。


 亮介兄ちゃんは、家族一番の勤勉者で、工業高校を卒業し、普段は工場勤務で一人暮らしをしている。性格も大人しく、真面目であった。というのも、父親の束縛影響が学生時代に一番長く続いたこともあるかもしれない。


 どんな理由かは知らないが、数ヶ月に一度だけ亮介兄ちゃんが泊まりに来ることがある。家にいるのは大抵が中卒者か高校中退者たちばかりなので、どうしても常識者の容姿と感覚を有している亮介兄ちゃんは誰とも馬が合わないように見受けられた。亮介兄ちゃん自身も皆と深く関わろうとしなかったし、この家の者たちを蔑むように見ている節があった。


 私は小学生から翼との付き合いがあったので、何度か会話をしたり互いを認識しあってはいたが、亮介兄ちゃんは次から次へとやって来る新参者の名すら覚えようともしなかった。


 そして今寝ているこの部屋も元来亮介兄ちゃんの長男部屋であって、今はその原型すら保ってはいないのだが、誰もがその日だけはこの部屋で眠ろうともせず、私のような居候者でない限り、皆がなるべく家に居なくなる唯一の日でもあった。


 そして私もすぐにハッとして、舌打ちの意味を真に理解した。かといってどうすることも出来ずに目を瞑ったままでいた。

 耳を澄ますと、どうやらリビング横の和室の方から女の艶めかしい喘ぎが聞こえてきた。その嬌声はリズミカルなもので、次第に間隔が短くなって、大きくなっていく。


 私は声の擦れ具合から察するに、正体は母親だと悟った。心臓が早鐘を打つように、私の脳内に母親の淫乱な姿が浮かび上がってきた。直ぐに相手は、二男である佑介兄ちゃんの友達の兼続君だと推測した。


 これまでの私にとって母親は、あくまでも翼や玲夢ちゃんたちの母親であり、私もその様に接してきた。居候の身になって幾ばくか打ち解けた会話をするようになったものの、その絶対的均衡が破れることなど微塵にも考えたことはなかった。


 確かに母親は年齢の割に若く見える方であった。さらに細身でありながらも、宝満な肉体を有しているのは生活を共にする上で関知していたし、隙のある格好は目についたりする時もあった。


 でも母親という女は、生まれた時から母親であって母親以外の何者でもないという鎖が無意識下に心を縛っていて、私には女であったが為に母親になったという様な発想に至ることはなかった。


 だがその生活の節々に見せた隙が、一瞬で、鮮明に、見え方を変化させ、私の股関を熱く滾らせた。この現象について、私は余りにも素直な反応を示した身体に恨みと喜びを覚えた。


 そうして絶頂を迎えるであろう寸前に「ホテルでやれやボケ」と奥歯を噛みしめたような亮介兄ちゃんの声が私の耳に強く残って、些か私の心に平静を呼んだ。


 二人はやはり男女の肉体関係を結んでいたのだ。兼続君は三ヶ月くらい前に佑介兄ちゃんが連れて来た友人の一人で、確かによく母親と飲んだりしていたような気がする。でもその間にはいつも誰かしらの人がいたはずだ。


 私も兼続君に対しては、同じ中学の先輩の一人として認識していた。ただあまり関わったことがなく、勝手な印象を言えば、柔和な雰囲気を持ち、同級生や同性から慕われそうな人というものであった。


 この家に度々来るようになって、少し会話をするようになってもその様な印象は大きく変わることはなかった。間違っても友達の母親に手を出して、関係を拗らせるタイプには微塵にも思わなかった。


 いよいよ果てたのか、私も少し小さな息を漏らすことが出来たが、暫く眠ることが出来なかった。

 そこでいきなり動き出すのは、亮介兄ちゃんに起きていたことを少しでも勘付かれると思い後六分ほど眠った振りを装って、気を見計らい、寝息のような息の吐き方をもって玲夢ちゃんの方へ寝返りを打って、ついで毛布を奪い返し、ゆっくりと眠りに落ちるのを待っていた。

 その間に何度も喘ぎ声が頭の中で反響を続けていて、その度に股間を触ったりした。


 三月の暮れになった。暖房が付けたままの生活が気に障り、時々私は外に出ることを繰り返していた。夕暮れに映る空の色は暖かで、空気だけが寒かった。煙草を取り出して火を付けて、家の隣ある砂場の小さい滑り台に腰を下ろす。


 こうして何も警戒することなく外に出ることが出来たのは、最近のことであった。というのも二月の中旬辺りの平日に厄介な事件が起きた。

 私はこの事件の結末に一抹の寂しさを覚えたことも事実だった。だがその心の有り様を誰かに伝えることはしなかった。する資格もないと思った。

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