第8話 商人が来ました
「領都で商人をやらせていただいておりますドンキホーテ・デラマッチャでございます。
お手紙を受け取りまして、サハラ村に着任なさった監督官のテルコ・コモ・ウン・リオ様にご挨拶を申し上げます」
「これはこれは、遠路はるばるようこそお越しくださいました。無事に手紙が届いたようで何よりです。
僕が、領主テルコ・コモ・ウン・トロ伯爵の命により、監督官としてサハラ村に派遣されたテルコ・コモ・ウン・リオです。
たいしたおもてなしも出来ませんが、まずはこちらへどうぞ」
たっぷりの食事を用意した部屋へ案内する。
着席を促し、好きなように飲み食いしてもらい、村の印象などを聞きながら……いよいよ本題に入る。
「この村は今、急激な発展を始めたばかり。足りないものが沢山あります。ぜひ伯爵領最大の勢力を誇る大商人のドンキホーテ・デラマッチャ殿にご助力をお願いします」
「驚きの安さと充実の商品こそ我が信条なれば、どうぞお役立てください。
それにしても、あの手紙はいったいどのように届けていただいたのでしょうか? 誰も受け取った者がおりませんで、いつの間にか書類に紛れ込んでおりまして……いえ、このような管理の杜撰さを露呈してお恥ずかしい事で、今後はしっかりと――」
「すみません。ご迷惑をおかけして。
どうやって届けたのかは秘密ですが、デラマッチャ殿の落ち度ではありません。あれは、あのように届くものだ、という事です」
「は、はぁ……?」
「さあ、それより商売を始めましょう。
注文したものは持ってきていただけましたか?」
「はい、まずは取り急ぎご用意できるものだけを。
家畜などは時間がかかりますので、今日持ってきていない残りは用意ができ次第こちらへ運ぶ予定でおります」
「そうですか。どうもありがとうございます。
それで、支払いなのですが、ここへ来るまでに見ていただいた通り貧乏な村なので、現金では支払えません。
そこで相談があります」
「どのような?」
「この乾燥地帯の地下には、豊富な地下水があります。今この村は、それを汲み上げて地上を潤す作業を進めているところでして、ここで産業ができるのは今から、これから、という状態です。
農業林業は言うに及ばず、工業でも水は大量に必要なもの。それに広い土地もね。ここには、その2つが揃っています。
監督官として僕はここに大農園を作る予定ですが、農業以外にも産業があったほうが発展しやすくてありがたい。
デラマッチャ殿の店では、商品の生産拠点を探す予定はありませんか?」
「なるほど……それで品揃えが豊富なウチに話をいただけたわけですね」
僕は黙ってうなずいた。
この村に欲しいものを売ってくれる商人でありながら、この村周辺に生産拠点としての価値を感じられる人物。
ドンキホーテ・デラマッチャなら、多くの商品を扱う関係で、何らかの商品がそのタイミングになっている可能性が高い。
「木が少ない土地ですが、皮職人などの臭いがきつい工房を置いても大丈夫でしょうか?」
「防風林はこれから整備する予定ですが、まだ2年ほどは動かせませんし、木が育つまで10年はかかるでしょう。
風よけに土を盛り上げて壁を作るか……大工を用意していただければ『水洗式』の工房にするという方法もありますね」
「すいせんしき……? 水で洗うのですか?」
「そうです。臭いがきついのは、臭いのもとが沢山あるから。ならば大量の水で薄めてしまえば、臭いもあまり出ない。
鼻が利く犬でも、雨が降ると臭いをたどれません。水で洗うのは効果的ですよ。そしてこの村なら、洗う手間を大幅に省けます。
この村には今、自噴する豊富な地下水と、完成したばかりの水路があります。農地に使う堆肥もこれから作るので、その原料となる糞尿の悪臭が誤魔化してくれることも期待できます。
工房の床に常に水を流し、臭いの元となる汚水を即座に流し去る構造にすれば、居住区への影響は最小限に抑えられるでしょう。
さらに、流した先には池を作り、そこに特定の植物を植えて水を浄化する。いわば、巨大な天然の濾過装置です。これで下流への迷惑もかかりません」
「……なんと。そこまで計算されているとは。水が豊富にある土地ならではの発想ですな。……いや、監督官様の手腕ですか。この乾燥地帯でそこまで『見えている』のは、並大抵のことではありません」
「土地代は、僕が監督官である間は『無償』で提供します。その代わり、工房で働く人間はこの村から優先的に雇ってください。
彼らが賃金を得て、そのお金でデラマッチャ殿の店から物を買う。村は潤い、店は儲かり、僕は監督官として『目標』達成に向かっていける。
しかもデラマッチャ殿の店ほどになれば、従業員に教育も施しているはず……村人への教育は、将来のさらなる発展の礎です。本当なら教育だけを専門におこなう機関を作りたいほどですが、今はデラマッチャ殿に頼るほかありません。
弱みを見せるようですが、正直に言います。デラマッチャ殿。どうか助けてください」
「ひとつ、お聞きしたいことがあります」
僕が頭を下げると。
ドンキホーテ・デラマッチャは、神妙な顔で尋ねた。
「何でしょうか?」
「監督官としての『目標』とは?」
「この村を、食べきれない量を収穫できるようにすることです。
今この村は、ひとつのスローガンを掲げている」
「スローガン……?」
「まずは腹いっぱい飯を食おう。話はそれからだ」
ドンキホーテ・デラマッチャは、用意された料理を見渡して、深く頷いた。
「このドンキホーテ・デラマッチャ、商人の誇りにかけて、リオ様の片腕たる働きをお約束しましょう」
僕らはガッチリと握手した。




