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第2話 サハラ村に行きます

誤字を修正しました。内容に変更はありません。

 見納めになると思うので、父上の執務室にある領地の地図をよく見ておくことにする。

 正確な地図は軍事機密であり、持ち出すことはできない。しかし新天地へ行く、しかも監督官として村の発展に力を注ぐとなれば、正確な地形情報はほしいところだ。

 だから、しっかり見て、頭の中に入れておく。これが僕の、伯爵家で得られる最大最後の恩恵だ。こうなったら必死である。

 地図を見たら無地の壁か何かを見て、そこへ地図を模写するイメージを作る。頭の中だけのこととはいえ「書いてみた」というのは強烈に記憶できる。ぱっと見るだけでは、よく覚えてない漢字みたいに「なんとなくこんな形」としか覚えられないが、書き順を意識しながら1画ずつ「書く」イメージを作ると、しっかり覚えられる。

 地図の場合は、「今書いている部分」とその周辺にある部分との位置関係をイメージしながら。頭の中だけだと「全体を見渡す」というのが難しい。細部にこだわってイメージするほうが正確だ。もちろん実際に書けばなお良いが、それだと「持ち出し」になってしまうので叱られる。


「では行ってまいります」


 父上への挨拶を済ませて、僕は屋敷を出た。

 兄上たちは……まあ、いいだろう。挨拶してもうるさく思うだけだろうし、しなけりゃしないで無礼だとか言うだろうから、どっちにしても機嫌を損ねるだけだ。それなら顔を見なくて済むほうがいい。


「ふん。せいぜい足掻くといい。

 あの乾いた土地なら、お前程度の水魔法でも需要はあるだろう」


 小馬鹿にして言う父上。

 兵器として認識されている魔法を、僕は兵器としては使えない。せいぜい花壇に水をやる程度のことしか……圧倒的な威力不足。それは剣で草刈りをするような「奇行」に見える。

 僕は黙って頭を下げた。

 一礼して踵を返し、あとはもうサハラ村まで歩くだけだ。

 お供は居ない。護衛も、送迎も、一緒についてくる家臣も。

 一応、父上には食い下がってみた。


「危険では? 監督官として派遣されるのに、到着する前に盗賊か魔物にでも殺されては、元も子もありません。一応『サハラ村を発展させるため』という建前があるじゃあないですか」


「途中で死ぬなら、所詮はその程度の実力だったということだ。

 貴族たる者、平民を守らねば……と言いたいところだが、お前には無理だとよく分かった。ならばせめて自分自身を守るぐらいは、やってみせよ」


 にべもない。

 獅子は我が子を千尋の谷に落とすというやつだろうか。

 水魔法で窒息させる戦法が思ったよりうまく行かなかったからって、この仕打ちはあんまりじゃあないだろうか。這い上がってくるのを期待しているというより、やっと戦法を確立して這い上がってきたところで「遅いわボケェ!」ともう1回突き落とされたような気分だ。


「……まあいいけど」


 てくてく歩く。

 僕の水魔法は出力が低い。大量の水を操ったり、高圧にしたり、温度をぐんと下げたりするのは無理だ。

 けれども僕の水魔法は、なんとか出力を上げようと努力した結果、射程距離と効果範囲がとても広くなった。少ない水を、低圧で、温度もいじらなければいいのだ。つまり周辺一帯を霧で包むとか、周辺にある液体の位置とかを探知するみたいな事は得意だ。


「おっと、こっちへ行こう」


 遠くに倒木を探知した。

 木の中にも水分がある。それを探知すると、木の形だということは分かる。

 同じように、その周辺に隠れている人たちも探知した。水分を含まない装備品とかは探知できないけど、こんな事をするのは盗賊団だけだ。

 倒木を見つけて立ち往生した馬車を襲うとか、そういう感じの計画だろう。


「こんな所で待ち伏せるなんて、バカな盗賊団だなぁ」


 父上や兄上を狙ったものなら、あっさり蹴散らされるに決まっている。父上や兄上の魔法は、銃や手榴弾というより戦車砲や迫撃砲って感じだからな。手を出そうなんて自殺行為だ。

 伯爵家へ出入りする商人の馬車を狙っているなら、それだって護衛なしでは動かない。出入りの商人ともなると毎回なにかしらの注文品を納品しに来ているので、伯爵家に「盗賊に奪われたので今回は納品できません」なんて言えるわけもなく、護衛はたっぷり用意している。


「……まさか僕を狙って……? ……いや、無いか」


 どこかから情報が漏れて、僕がサハラ村へ行くのが知られていたとしても。

 僕なんかを狙おうなんて、下調べの足りない連中だ。伯爵家で僕がどういう扱いを受けているか知っていたら、身代金なんて期待できないのはアホでも分かる。

 しかも明らかに馬車を狙ったやり方で、実際の僕は徒歩だ。


「ま、何にしても迂回しちゃえば関係ないもんね」


 君子危うきに近寄らずだ。

 盗賊団の始末は、いつかそこを通る誰かに任せよう。

 他人を守る力がない、自分を守れるかどうかさえ怪しい、と父上も言っていたわけだし、ここで僕が「三十六計逃げるに如かず」と考えても、いまさら僕の評価が下がることはない。僕の評価はすでに底値だからね。



 ◇



「通らなかった、だと?」


「はい。今に至るまで、リオ様は所定の位置を通っておりません」


「わざわざ盗賊団に偽装して待ち伏せてやったというのに、どういうことだ?」


 うーむ、と伯爵が考え込む。

 下手なことは言えないので、報告に来た騎士は黙っていた。

 しかしそこで、長男が鼻で笑った。


「ふっ……逃げ出したんじゃあないですかね? サハラ村に行くのが嫌で、いっそ平民として生きようなんて甘い考えを持ったんじゃあないですか? 努力しているふりだけ続けて、ちっとも魔法が上達しなかった……責任から逃げ続けたあいつらしい行動だと思いますよ」


 そうかもしれない、と伯爵は考えた。

 なぜなら待ち伏せは空振りに終わったのだ。絶対に通るはずのルートを通らなかったのだ。


「……いずれにせよ、用意してやった試練は無駄に終わったというわけだ」


 真剣に努力すれば魔法の威力は上がるものだ。

 なのに威力が上がらないということは、真剣に努力していない証拠。

 未熟を承知で戦場へ連れ出したのは、肝が冷える思いをすれば真剣さが増すはずだと期待したからだ。曲がりなりにも努力してきたというのなら、自分がピンチになれば「できるだけ強い魔法を使おう」と考える道理。

 なのに使ったのは初歩も初歩のアクアボール。話にならない。

 最後の餞別として、周囲に味方が居ない状況で盗賊団に襲われれば、目が覚めるかもしれない。今度こそ肝を冷やして真剣に努力するようになるのではないか。

 そんな期待は、ボイコットという最悪の形で裏切られた。


「妾腹の子とはいえ半分は貴族の青い血が流れているはずと思っていたが……もはや我が子とは思わぬ。

 逃げ出したのか、まだ近くでグズグズしているのか……追跡は不要だ。待ち伏せを命じておいた部隊も引き上げよ。もはや我が伯爵家は、あいつの動向に関知せぬ」


「御意」


「父上、しかし万が一まだ近くでグズグズしていた挙げ句、これからサハラ村に到着した場合には、伯爵家が関知しない監督官が就任する事態になりますが……」


「捨て置け。あんな田舎村、監督官が1人いたところで、どうなるものでもない」


 なるほど、と長男も納得した。

 しかし、これから「あんな田舎村」が「監督官が1人いた」せいでとんでもない事になるのを、このときの伯爵家はもちろんリオ本人でさえ知る由もない。

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