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第18話 その頃伯爵は……(2)

 かつて乾燥地帯だったサハラ村は、領都まで徒歩1週間の距離だった。

 今や大都市になったサハラ村は、その面積が拡大したゆえ、領都との距離がわずかに短くなっている。それに馬に乗っているから、伯爵たちの撤退はもっと早い。が――

 撤退1日目。

 お供の騎士たちは、心の底から安堵していた。

 この人が部下に八つ当たりするタイプじゃなくてよかった、と。


「キエエエエエエエエエエ!」


 絡まった網やロープをすべて外すと、伯爵は暴れた。

 剣を振り回し、駄々っ子のように力任せに網とロープの塊へ叩きつける。

 もはや流麗な剣術の冴えは見る影もなく、それどころか「斬る」動作にさえ、なっていない。文字通り「叩きつける」だけだ。棍棒のように。

 もしも部下に八つ当たりするタイプだったら、その網とロープの場所に自分が居たかもしれないと思うと、騎士たちはゾッとした。



 ◇



 撤退2日目。

 騎士たちは困り果てた。

 この人、いい加減にもうちょっと落ち着いてくれないかな、と。


「うええええん! あァんまりだァ~っ!」


 伯爵は泣き腫らしていた。

 今年で50歳になるおっさんが、人目も憚らずに大泣きである。


「あァァァんまりだァァアァ! あぁぁぁんまりだぁぁあぁ!

 う~~ううう! あんまりだ……HEEEEYYYY! あァァァんまりだァァアァ!

 AHYYY! AHYYY! AHY! WHOOOOOOOHHHHHHHH! おおおおおおれェェェェェのォォォォォ領地ェェェェェなのにァァァァァ~~~!!」


 泣きすぎて、涙を拭ったハンカチは濡らした雑巾のように絞れた。

 騎士たちは午前中、なんとか慰めたりなだめすかしたり試みたが、まったく効果がないので午後からは放って置くことにした。

 それにしても面倒くせえおっさんだな、と思いながら、口には出さずにパカパカと馬の足音だけをリズミカルに響かせる。



 ◇



 撤退3日目。

 騎士たちはチラチラと伯爵を見ながら、頭の上に「?」を浮かべていた。


「……っ……っ……っ……!」


 午後になってようやく領都が見えてくると、伯爵はなんかプルプルし始めた。

 何をゼリーみたいに震えてるんだ、このおっさんは?


「父上、おかえりなさいませ!」


「父上、サハラ村はどうなっていましたか?」


 長男が普通に挨拶をして。

 次男がぶっ込んできやがった。

 騎士たちの心は一丸となった。

 ――次男! てめぇ! それを言うんじゃあねェーッ! 伯爵にその話題は禁句だろうがァーッ! これだからテメエを担いで跡目争いをやろうなんて派閥は生まれねえんだよ、この腐れ脳ミソがァァァ!


「ああ……実に、よく発展していた……あれならば、税の増益も……納得だ」


 伯爵はプルプル震えながら、努めて冷静に答えた。

 だが白かった顔が、真っ赤になっている。

 だいぶ無理して我慢しているようだ。

 息子たちの前では、威厳ある父親として振る舞いたいのだろう。

 なんかもうすでに限界っぽい感じがするけど。


「発展ですって? あの村が? いったいどんな方法を……はっ!?」


 長男は何かに気づいて、口を抑えた。

 グッジョブ! だがちょっと漏れちゃってるのがマイナスポイントだ。もうちょっと察しの良さを磨いてくれないと、跡継ぎとして心配だゾ。


「9年前からですよね? 記録を読みました。

 9年前って、たしかリオのやつを送り込んだ年では? あいつ、まさか生きていたのですか?」


 次男テメエぇぇぇぇぇ!

 騎士たちが、このバカ殴ってやりてぇ! と思った直後――


 ドカァッ!


 伯爵が、近くにあった椅子を蹴り壊した。

 真っ赤な顔をしながら、無表情で淡々と、何度も椅子を蹴り、踏みつける。

 まるで憎くてたまらない相手を滅多刺しにするような鬼気迫る様子に、さすがの次男も口をつぐんだ。

 そうして椅子がすっかりバラバラの木片に変わると、伯爵はようやく動きを止めて、何事もなかったかのようにニッコリと笑みを浮かべた。


「すまない。少し取り乱してしまったようだ。

 ええーと……何の話だったかな?」


「あ、いえ、お疲れのようですから、ひとまずお休みになっては――」


 長男は引きつった笑顔を浮かべながら、なんとか取り繕い、事なきを得ようと誘導を試みた。


「サハラ村が発展していたのはリオの仕業か、という話です。

 生きていたのですか、あいつは?」


 次男テメエ! なんで今のを見て懲りてねぇんだァァァ!? バカなのか!? テメエの頭の中にはスライムでも詰まってんのかコラァァァ!


「ふっ……ふふふ……うふふふふふふ……!」


 伯爵は顔を伏せて笑い出した。

 またプルプル震えだしている。

 ああ、これはダメかもしれんね。

 騎士たちはそっと距離を取った。


「畜生めぇぇぇぇぇぇ!」


 突然ブチギレた伯爵が、手当たり次第に近くの家具を掴んで投げたり振り回したり暴れ始めた。


「ふざけんじゃねえええ! そんなわけあるかぁぁぁ! あいつが……! あの無能があれほどの結果をおおおお! だっ……出せるわけが……! わけがぁぁぁ!」


 しかし耳にこびりつく「偽物扱い」の罵詈雑言。

 脳裏をよぎる9年前のリオの声は、3日前に聞いた声ときれいに重なった。

 であればこそ、あの「偽物扱い」が本心からの忠誠心ではなく、巧妙にルールを逆手に取った「わざと」の行為だったと分かってしまう。

 たった1手、先触れの使者を出さなかったというだけの事で、公然と罵倒され、侮辱され、その上すごすごと逃げ帰るしかなかった。

 なんたる屈辱! なんたる恥辱!


「あの野郎ぉぉぉ! 嘘ばかりつきおってぇぇぇ! よくも……! よくもこの私にあれほどの悪口雑言を……ッ! こんな事ならあの時! 待ち伏せなどせず、さっさと粛清してやればよかったのだ! うがあああああ!」


 暴れ散らかし、もはや壊すものがなくなるまで暴れたあと、伯爵はまた急にスンッと落ち着いた。


「そうだ。そうすればよいのだ。

 よし、サハラ村を攻め滅ぼそう」


「ち、父上、落ち着いてください。報告の通りに発展したのならサハラ村は巨大な穀倉地帯であり産業のほとんどが集中する巨大都市と化しているはず。平定するのは当然としても、その資源を失うのはいささか損失が……無視するには大きいかと」


 怒り狂っても人には当たらない伯爵を見て、長男は実益を盾に説得を試みた。

 だが本心はそこではない。


「父上。貴族たるもの平民を守るべし。

 腹が立ったから殲滅したなどと、他家に知られては伯爵家の評判が……」


 まったく空気を読まずに核心を突く次男。

 騎士たちは、もはや呆れて言葉もない。

 散々コケにされて腹を立てている伯爵に「それがダメだ」と言うのは、火に油を注ぐようなものだ。

 しかも「貴族たるもの平民を守るべし」は、かつてリオを「それが出来ないから追放だ」と言い渡した理屈である。それを持ち出して「今は伯爵が出来てねーじゃん」と指摘するのは、傷口に塩を塗るってレベルじゃねーぞ。バカなの? 死ぬの?


「大丈夫だ。問題ない」


 伯爵はにっこり笑って答えた。

 その様子はどう見ても大丈夫ではない。

 つまり正しくは――


 (現実に目をつぶれば)大丈夫だ。(現実を見てしまうと)問題しかない。

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