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第16話 その頃伯爵は……

「んん〜……?」


 伯爵は声を漏らして代官を見た。

 ぶらりと歩いて、たまたま通りかかった執務室の前。

 代官と秘書官たちが書類と格闘している。

 いつもの光景だが、何かが違う。

 そう――あわただしい。


「何をそんなに慌てているのだ?」


「ああ、伯爵様。最近どうも領都の物流がおかしな事になっておりまして。

 原因を調査中なのですが、どうもサハラ村の影響が強いらしいのです」


「はぁ? サハラ村だと?

 あそこは何も無い乾燥地帯だぞ。村も貧しくて税もロクに取れんではないか」


 徴税官を派遣すると、危険手当や食料、装備のメンテナンスにかかる消耗品の支出などで赤字になってしまうような村だ。

 むしろ税を取らずに放置したほうが損が少ないのに、一応伯爵家の支配地だと示すために派遣するしかない不良在庫や事故物件みたいな村である。


「は……? いや、え? 何年前の話をしているのですか?

 サハラ村は今や、領都をしのぐ勢いで発展してる大都市ですよ?」


 ……何を言っているのだ、このバカは。

 すぐクビにして新しい代官を……いや、仕事を覚えるまでに手間がかかるか。

 チッ……仕方がない。メンテナンス期間を設けよう。そっちのほうが安上がりだ。


「おいおい、忙しすぎて頭をやられたか?

 あんな不毛の地が、どうやって発展するというのだ。

 しばらく休め。2〜3日休んでシャキッとしろ。その間ぐらいは私が何とかしておくから」


「いや、しかし……!」


「いいから、いいから。さあ行け。帰って休め」



 ◇



「なんじゃコリャあああああ!?」


 久しぶりに記録を読み込んでみれば、領都の収支はガタガタに落ちまくっているではないか。

 ありとあらゆる部門が、何年も前から徐々に減益を始め、今年から一斉に赤字、赤字、赤字……!

 しかも大量の転居届。

 いつの間にかあのドンキホーテ・デラマッチャまでもが本店を移しているではないか。そういえば最近顔を見てない。番頭ばかり来ている。


「理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能ッ! 何が起きているんだあああッ!?」


 必死に書類をめくっていく。

 両目がキツツキの頭のように高速で往復する。

 転居先が、サハラ村、サハラ村、サハラ村……!

 どれもこれもサハラ村ばかりだ!


「あっ……理解『可』能」


 代官の言葉が、脳裏に蘇った。

 たしかにサハラ村の影響が強いようだ。

 だが意味がわからない。

 なんであんな不毛の地に、商人が集まっているのだ?

 サハラ村の税収は?


「く……黒字だ……! しかもこれはッ! 信じられないほど大幅にッ……!」


 遡って調べると、サハラ村の税収が黒字になったのは9年前からだった。

 9年前といえば、三男を追放――もとい監督官として派遣しようとした年だ。行方不明になって、その後の消息は追いかけもしなかったが。

 まさか……いや、そんなはずはない。それは歩く事もできない赤ん坊が、いきなり行軍訓練でぶっちぎりの好成績を収めるようなものだ。いや、「ようなもの」どころか、そのものだ。あの時たしか部隊を盗賊団に偽装して待ち伏せさせたのに、現れなかった……! 魔物1匹殺せない出来損ないの魔法で、精鋭を誇る我が軍の部隊を出し抜いて……? ハッ! あり得ない。あってたまるか、そんなこと。

 だが、この数字は……いったい何が原因なのだ? あの年から毎年のように増益、増益、増益……!


「あ、ありのまま、起きたことが記録されているとすれば……! サハラ村の税収は毎年、数倍ずつ増えているッ……! 何をどう間違えて記録したのか分からないが、領都に起きている事を勘案すれば間違いかどうかも分からない……右肩上がりなんてチャチなものでは断じてない! V字回復……それも雪だるま式にッ……! な、なにか恐ろしいものの片鱗を見ているのか、私はッ……!?」


 気付かぬうちに我が領都が食い荒らされ、不毛の荒野が潤っている。まるで蚊のような有様だ。吸血鬼でも潜んでいるのか、あの荒れ地は?

 答えを探して書類をめくっていく。

 そして、最も古い時期の記録の、そのひとつが目にとまった。


「え? あの襲われない馬車もサハラ村の発祥なのか?」


 あれも、たしか9年前に買ったものだ。

 本当に、あの時から、すでに……?

 何もかもがサハラ村だ。

 なぜ? なんでサハラ村なのだ……?

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