第15話 Vが目覚めた
「お尻が痛い!」
車椅子の試作品が完成した。
ので、試しに乗ってみたのだが。
「段差が多すぎるのがいけない! これじゃあ、とても自操なんてできないよ。押して歩くのだって、女性じゃあ無理かも……。
とはいえ、バリアフリー化はコスト的にも技術的にも……うーん……よし! それならサスペンションを作ろう!」
自動車みたいな高性能で複雑なものじゃなくてもいい。
どうせ人を1人乗せるだけなんだから、自転車のサドルぐらいのもので十分だ。
「て事で、車椅子にバネを付けて下さい」
「簡単に言うなよ、監督官さん。
まったく……こんなフレームしかない椅子に、どうやってバネなんか……」
「ここをこうして、こう……あとはタイヤを太くすると、だいぶマシだと思うんですけど」
ゴムの木の栽培にも成功して、自家生産できるようになったので、タイヤの原料には困らない。
「おお、そんな手が!」
「じゃあお願いしますね」
「あれ? でもコレって重くなるんじゃ……ああ、くそ! なんとかして軽量化しないと!」
最近移住してきた鍛冶師に後を任せて、僕は次の仕事へ。
ちょこっと見て、すぐまた次だ。後ろから鍛冶師の悲鳴が聞こえてきた気がするけど、立ち止まる余裕がない。
圧倒的に時間が足りない。
社長とかの偉い人がいつも忙しくて、ほとんど会社に居ない理由が分かった気がするよ。
◇
伯爵も似たようなものだ。
領地が広いから――いや、それは関係ないか。
とにかく、その忙しさはリオとは比べ物にならない。
「ふああ〜っ……暇だな」
大きなあくびをひとつ。
伯爵は読んでいた本をテーブルに置き、遊戯室へ向かった。
社交パーティーで遊戯に興じながら交流を深めるなんてのは、よくある話だ。そこから新たな産業が生まれることもある。
遊戯の成績を競い合い、そのために道具が発達し、やがてプレーヤーを専門の選手にして代理で対戦させるようになり……。
だから、まだ自分でプレイする流行の遊戯は腕を磨いておかなくてはならない。代理人を立てるようになり産業と化したときに利益を掴むのは、自分でプレイしていた時代のトッププレーヤーになる事が多いのだ。
「ああ、くそ……またミスった。
なかなか上達せんな、これは……私向きの遊戯じゃない」
うまく行かないから飽きて退屈を感じ、また別の事を始めては飽きるの繰り返し。
これが正しい貴族の忙しさだ。
領地運営の実務なんて、専門の代官を立てておけばいい。この経営ゲームはすでに産業なのだから。どんな問題が起きても、専門の選手に任せたほうが自分でやるより上手なはずだ。
決して充実しているとはいえないニートのような生活。それでも貴族が存在しなければ、国家の運営は安定しない。中間管理職は必要なのだ。たとえお飾りだろうとも、責任の所在を引き受けるカカシが――あるいは、トカゲの尻尾が――必要なのだから。
「また魔物討伐にでも出るか」
己の得意な分野には熱中する。
シミュレーションゲームは苦手でも、アクションゲームは好き、みたいな感じだ。
「民草の人気取りにもなるし」
好成績を出せるプレーヤーは人気者になる。
だが、実生活に影響はない。
誰がやってもいいのだ。
領主がやらなくても、騎士団や冒険者がやったっていい。
領主がやる必要はない。むしろ無駄に危険なので、領主がやるべきではない。貴族が平民を守るとは、そういう意味ではないのだ。
そこに気づかないまま、トロ伯爵は猛牛のように突っ込んでいく。三男のリオとは、とことん逆を行くのだ。
しかし根本的に頑固なこの親子は、意外と似た者同士なのかもしれない。正反対を行く2人が、両方とも勝利者になることは、決して無いけれども。
◇
「よし、開業だ! 皆さんよろしくお願いします!」
総合福祉センターと名付けた施設が、操業を開始した。
孤児院と老人ホームを合わせて学校で割ったような施設だ。ちょっと何言ってるか分からないと思うが、僕も上手く説明できない。
子供を集めて教育する。小学校のようなものだ。しかし教師は介護が必要な老人たち。介護を受ける老人たちが、介護する子供たちに授業をする。そんな施設だ。
マハトマ・パラメディック・ガンジーも、この施設で診療室を受け持つ。内外から来る患者を一手に引き受けつつ、センター内の老人や子供たちを定期的に診療してくれる。
――子供は労働力であり、学校へ出している余裕などない。
かつてそうだったサハラ村は、今や見違えるほど近代都市と化している。
「さて、ドンキホーテさん。
いよいよです」
僕らは村を見渡せる防壁の上へ登っている。
前を見れば広大な畑や果樹園。
後ろを見れば工房や商店が立ち並ぶ街並み。
かつて小さな村だった場所は、今や高級住宅街と化している。最初から住んでいる人達から家を取り上げるなんて無理だからね。あとから来た人達が周囲に集合住宅を作って住むしかない。相対的に、ド真ん中に一軒家というのは高級住宅になった。
さすがに畑は手放してもらったけど。そうでないと移住者が住む場所ないからね。代わりに新しく開墾した畑をプレゼントした。移住者たちに開墾してもらって、住宅地にしたい古い畑と交換だ。
「始めますか」
答えたドンキホーテ・デラマッチャは、その本店をサハラ村に移した。
かつて本店だった領都の店は、今や支店だ。番頭さんが支店長になって、伯爵家とうまくやっている。
「ええ。輸出を――」
もうすぐだ。
僕の魔法は、たった1体の敵を殺すのに数分かかる低威力。けれども広範囲だ。うまく使えば、たった1発で国を滅ぼせる。
でも、そういう使い方はしない。
僕の魔法は、殺すための魔法ではない。
生かすための魔法だ。
僕は、この魔法で――国を作る。
「プロジェクト・ベノムスネークを発動します」
かつて無能と見下され、乾いた荒野に追放されたのは、伯爵家に生まれた猛毒の大蛇だ。
荒野に潜む毒蛇は、追放という名の解放を機にその牙を磨き、毒を蓄えた。
そして今、ついにその鎌首をもたげ、伯爵家を、王国を睥睨する。
――Vが目覚めた。




