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第12話 僧侶が来ました

 サハラ村に、1人の老人がやってきた。

 法衣を羽織った痩せ型の、白髪を短く刈りそろえた農民みたいな人相の男だった。


「……バカな……」


 到着して早々に、彼は立ち尽くした。

 サハラ村は、乾燥地帯にぽつんと存在する貧しい田舎村ではなかったか?


「驚いたでしょう?」


 ドンキホーテ・デラマッチャが言う。

 ああ、まさに驚いたとも。

 老人は返事も忘れて目の前の光景に見入った。


「……畑が……こんなに広く……なんと実り豊かな……」


 麦の穂が風に揺れる。

 黄金の海原を見ているようだ。


「ふふふ……だから言ったのですよ。もう少し人数を派遣すべきだと」


 ドンキホーテ・デラマッチャは笑う。

 教会は、まだこの村を知らない。

 この村が、いろんな意味で黄金の海に漂っていることを。

 仕方なかろう。彼らは俗世を離れた存在だ。信者という巨大組織――どんな商人よりも大きな情報網を持っているのに、その耳は商人ほど早くない。



 ◇



「お待たせしました、リオ様」


「ドンキホーテさん、いらっしゃい。

 そちらが?」


「教会に頼み込んで派遣してもらいました。

 僧侶のマハトマ・パラメディック・ガンジーさんです」


 ドンキホーテ・デラマッチャに紹介された老人は、人目もはばからずにその場へ伏せた。

 痩せ型の身体は、折りたたんだ布のように平たくなって地面と一体化する。


「偉大なる導師、奇跡の統治者たる監督官様にお目通り願えた幸運と栄光に、心からの感謝を申し上げます。

 微力ながら農業都市サハラの発展に身を捧げることをお許しください」


「ドンキホーテさん。僕は医療を任せられる人をお願いしたはずですが。

 こちらの方は、その……なんというか……狂信者では?」


 どう言い表したものか困った末に、いい表現が見つからなかった。


「お許しを。私はもともとこの村の出身で、まさかこんなに発展するとは夢にも思っておりませんでした。

 魔物の襲撃に怯え、満足に食べることもできず、父は病に倒れ、母は苦界に身を投じ、それでも税を納められずに私は逃げるように教会へ入ったのでございます。

 監督官様の手腕に、ただただ敬服するばかりです。今ようやく、私は父と母の墓前に手を合わせることができます。すべては今、この発展につながる礎だったのだと」


「あー……先にそんなに話されては困りましたね。

 この村は、合言葉がありまして」


「合言葉……」


「まずは腹いっぱい飯を食おう。話はそれからだ」


「あっ……。これはとんだ失礼を」


「まずは食べましょう。食料はたっぷりあります。

 その後でお話をしましょう。この村の医療と福祉をどう支えるか。子どもの早死にも、老人の見殺しも、この村では許しません」


 さあ、と立ち上がらせたのだが。


「なんと……。

 ああ、神はこの老骨の願いを叶えてくださった。あなた様こそ救い主……」


 また伏せてしまった。

 ……困ったな。

 ドンキホーテ・デラマッチャに助けを求めて視線を送ると、満足そうににっこり笑われた。

 お前もか。狂信者め。



 ◇



「それで、お願いしていた物は見つかりましたか?」


「はい。これはどうでしょう?」


「……芋?」


「そうです。

 これを粉末にしたものを水に溶かしてやると固まるので、味をつけて食べるのですがね。ほとんど水なので味付け無しだと味がしません。

 食べられる素材なので、オムツに使っても肌がかぶれたりはしないはずです」


 こんにゃくかな?

 それともキャッサバ(タピオカ)?

 でも、その程度の吸収量では話にならないのだが……。

 まあ、とにかく試してみよう。


「粉末はありますか?」


「こちらに」


 瓶に入った白い粉。コルクでしっかり栓をしたものが、油に浸した状態で出てきた。


「運ぶのは苦労しました。

 なにしろ空気中の水分まで吸い取ってしまいますからな。こうして油の中へ封じてやらないと、勝手に膨らんでしまいます」


 そう言いながら、ドンキホーテ・デラマッチャは粉を取り出した。

 たちまち部屋の空気が乾燥し始めた。

 すごい威力だ。なんだこれ? 除湿剤ってレベルじゃないぞ。


「……こ……これは……」


 粉末だったものは、砂粒ほどに大きくなり、部屋はカラカラに乾燥した。

 乾きすぎて呼吸するたびに鼻の穴が痛い。


「ヘビーミスト」


 水魔法で霧を発生させてみた。

 しかし発生した端から粉末に吸い取られて消えてしまう。

 そのたびに粉末は大きく膨らみ、やがて芳香剤のビーズみたいな大きさになった。もはや粉末ではない。粒だ。


「凄い吸収力だ……あとは――」


 どうやら、それ以上は吸わないようだ。もう膨らまなくなって、霧が部屋を満たした。加湿されて鼻の痛みが引いていく。

 粒をつまんで指で押しつぶしてみたが、ゴムボールみたいに弾力があるだけで、吸い取った水は出てこない。


「グレート! これなら使えますね 」


 尿取りパッドが作れそうだ。

 僕らは介護用品開発の大きな1歩を踏み出した。

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