仲間
世界の記憶どおり、海外ではゲートから魔物が溢れ出しているらしい。
政府は今までにない非常事態に際し、海外への出国・入国を全面的に禁止したようだ。
俺の見た未来どおりなら、今後いくつかの小国は魔物の侵攻を抑えきれず、町どころか国そのものを放棄する事態に陥るだろう。本当なら魔物がさらに増える前に手を打ちたいところだが、渡航手段がない以上どうにもならない。
「まあ、今は俺にできることをやるしかないか」
そう呟き、俺は大学の教室へ向かって歩き出した。
ゲート攻略から数日が経ち、俺は一見すると何も変わらない日常を過ごしている。
だが、俺が日本で最初のゲートを犠牲者ゼロで攻略したことが、結果的に日本の治安の安定につながったようだ。
――現状、日本は唯一無二の安全な国。
その事実に、俺は小さく息を吐いた。
「よし……それじゃ、会いに行くか」
俺は、ある人物の顔を思い浮かべながら歩き出した。
「鈴音ちゃん、またね!」
「うん、また」
授業終了を告げる鐘が鳴り、天野鈴音は大学を後にしようとしていた。
その背中に――
「あの、すいません」
突然声をかけられ、彼女は驚いたように振り返る。
「えっ?」
そこに立っていたのは、年齢も近そうな一人の男子学生だった。
「突然話しかけてすいません。俺は神道翔といいます。天野鈴音さんですよね?」
同じ大学に通っているとはいえ、この広いキャンパスで目的の人物を見つけるのは簡単じゃない。
そう考え、俺はひとまず正門前で待つことにした。
空を見上げ、小さく息をついたその時――視界の端に、一人の女子学生が映る。
「……っ」
スラリとした体躯。銀色の髪に透き通るような碧眼。
近寄りがたいほど整ったその容姿は、自然と周囲の視線を集めていた。
ー天野鈴音
同じキャンパスに通う大学生で、その美貌から学内でも注目を集める存在だ。
そして――俺が、最初に仲間にしたい人物。
世界の記憶によれば、彼女は将来、世界でも指折りの才能を持つ存在になる。
地武勇に優れ、あらゆる分野で高い適性を発揮する万能の天才。
だが同時に、近いうちにゲートの出現に巻き込まれ、命を落とす運命でもある。
彼女が俺の横を通り過ぎた瞬間、俺は我に返った。
「あの、すいません」
「えっ?」
声をかけると、彼女は驚いた様子で振り返る。
「突然話しかけてすいません。俺は神道翔といいます。天野さんですよね?」
「……そうですけど」
警戒と戸惑いが入り混じった視線。無理もない。
「少し、お話ししたいことがあって。時間、もらえますか」
木下彩
「彩さん、どうしたんですか?」
「……いいえ、なんでもないわ」
木下彩は、パソコンの画面に映し出されたニュース記事から目を離さなかった。
――おかしい。
世界中で同時多発的に現れた最初のゲート。
出現から数時間のうちに、どの国でも魔物が確認されている。
にもかかわらず、日本だけは違った。
魔物は現れず、ゲートはそのまま消滅した。
「出てきたのは……謎の男、か」
原因は、おそらくこの男。
だが、なぜ魔物が出現しなかったのか、なぜゲートが消えたのか何一つわからない。
わかるのは一つだけ。
「あの男は、きっと何かを知っている」
圧倒的なオーラ。
どのカメラも捉えきれなかった身体能力。
――人間とは、思えない。
「一体、何者なの……」
とある喫茶店
「それで、話って?」
「ああ。改めて時間を取ってくれてありがとう」
俺と天野鈴音は、大学近くの喫茶店に来ていた。
とても周囲に聞かせられる内容ではないから。
「最近話題になってる、ゲートの出現は知ってるよね?」
「ええ。今はどのニュースもそればっかりだもの」
「じゃあ、ゲートに入った人間が特殊な力に目覚めたって噂は?」
彼女は少し考え、頷いた。
「噂なら。まあ、本当かどうかはわからないけど」
「単刀直入に言う。近いうちに、君の身に危機が訪れる」
「……どういう意味?」
「君の近くにゲートが出現する。
そこで魔物に襲われ、命を落とす可能性がある」
彼女の表情が強張る。
「だから、しばらくの間、俺に君を守らせてほしい」
「……そんな話、簡単に信じられるわけないでしょう。
そもそも、どうしてあなたにそれがわかるの?」
やはり、彼女は素直には信じてくれないようだ。
「さっき話しただろう。能力に目覚めた者がいるって」
「それは……まさか」
そこまで言うと、彼女は察したように目を見開いた。
俺は世界の記憶の存在を伏せ、未来を見るスキルを得た、という設定で話すつもりだった。その方が、彼女にも受け入れやすいと判断したからだ。
「そうだ。特殊能力のことをスキルというんだが、俺はそのスキルを習得して、未来を見る力を手に入れた。魔物と戦う力もな。君がこの話を受け入れてくれるなら、君を危険にさらすことはないと約束する」
「じゃあ……あなたは、ゲートに入ったというの?」
その問いには、隠しきれない驚きが滲んでいた。
「ああ。いつ、どんな形で危険に巻き込まれるかまではわからない。だが、近いうちに君は必ず巻き込まれる」
「……仮にそれが本当だとして、どうしてそこまでしてくれるの?
私には、あなたが単なる善意だけで動いているようには思えないわ」
さすがは将来、傑物として名を残す天才だ。
話の理解も早く、相手を見極める目も確かだ。
「鋭いな。もちろん、善意だけで言っているわけじゃない。
君には、これから俺の仲間になって、ゲートを攻略してほしい」
俺はついに本題を切り出した。
無論、彼女を助けたいという気持ちも本物だ。だが、多くの人々に危険が迫るこの状況で、彼女を守る理由は――彼女を仲間にするためでもある。
「……」
彼女は黙り込み、目を閉じて思考を巡らせている。
「やっぱり、素直には信じられないわ。あまりにも現実離れしすぎているもの……」
やはり無理があったか。
だが、これが今の俺にできる最善の伝え方だったはずだ。諦めるしかないのか――そう思いかけた、その時。
「でも……あなたが嘘を言っているとも思えない」
彼女は静かに目を開いた。
「なるべく一人にはならないようにするわ。
もし危機が訪れたら、すぐ逃げて、必ずあなたに連絡する。
仲間の件も……考えておく」
「……わかった」
このあたりが、現時点での落としどころだろう。
俺たちは連絡先を交換し、喫茶店を後にした。




