ゲート攻略
「お前は本当に強かったよ」
俺は鬼の亡骸にそう呟いた。
こいつとの戦闘は、俺にとって多くの学びをもたらした。殺し合いの恐怖、これまで感じたことのない痛み。苦しいことは数えきれないほどあった。
しかしそれ以上に、胸の高鳴りと、勝利した瞬間に押し寄せる圧倒的な高揚感は、未だかつてない喜びを俺にもたらしていた。
「さて、解体を……っ!?」
鬼の解体作業に取りかかろうとした、その瞬間、
突如、鬼の身体が淡く輝き始め、次の瞬間には光の粒子となって崩れ去った。そこに残されたのは、黒刀と角、そして魔石だけ。
まるで死そのものを拒絶するかのようだった。
「消えた……」
ゲート内では、稀に魔物の魂がゲートへと還ることがあるらしい。理由は魔物によってさまざまだが、俺はあの鬼の「また戦いたい」という強烈な意志が、そうさせたのだと思っている。
「消えたものはしょうがない。さて」
俺は地面に落ちている戦利品を回収することにした。
黒刀、魔石、鬼の角、そして謎の腕輪。
「これは……収納の腕輪か」
腕輪を左腕にはめると、肌に溶け込むように同化し、使い方が自然と頭の中に流れ込んできた。
異空間に物を出し入れできる便利な代物らしい。俺はすべての戦利品を腕輪の中へと収納した。
回収を終えると、目の前にゲートの出口が出現した。
どうやら、このゲートは完全に攻略されたようだ。
「さあ、そろそろ出るか」
俺はフードを深く被り、ゲートの外へと足を踏み出した。
渋谷ゲート付近
「あのニュースは本当なのか!?」
「すぐに関係各所と連絡を取れ! 各局に遅れを取るな!」
「ねえ、このゲートは大丈夫なの!?」
「俺たちもここにいたら危ないんじゃないか!」
この非常事態を好機と捉える者、危険を察して逃げようとする者。
ゲート付近ではさまざまな声が飛び交い、現場は混乱の渦に包まれていた。
「彩さん! 私たちも逃げましょう!」
彩は混乱の中、同僚の静止も聞かず、ゲートの見える位置にまで近づいていた。
確かにここは危険だ。海外と同じように、このゲートから魔物が溢れ出さない保証などどこにもない。逃げるのが正解なのだろう。
だが――
「私の勘が言ってるの。ここを離れたら、きっと一生後悔するって」
彩がそう言った瞬間、ゲート周辺がざわめいた。
「っ!?」
彩が視線を向けると、ゲートから全身を黒衣で包み、フードを深く被った男が現れた。
「あの人はなんだ!?」
「えっ、どういうこと!?」
「なんでゲートから人が出てくるんだ!」
当然ながら、人々は驚愕の声を上げる。
「一体……何者なの……」
彩はなぜか、その男から目を離すことができなかった。
顔はフードの影に隠れて見えない。それでも、ただそこに立っているだけで、周囲を圧倒するような存在感を放っていた。
そのとき、再び異変が起こる。
「えっ!?」
突如としてゲートが収縮し、忽然と消え去ったのだ。
周囲はさらに騒然となる。
そして次の瞬間――
男が膝を曲げたと思った瞬間、人間とは思えない力で地面を蹴り、空へと飛び去っていった。
あまりにも速く、誰一人としてカメラで追えた者はいなかった。
アラーム音が鳴り響き、朝日が部屋を照らす。
「ふぁ〜……眠い」
スマホには9:00の表示。
昨夜は遅くまでゲートにいたのだから、無理もない。
初めてのゲート攻略、初のスキル取得、初戦闘、そして守護者討伐。
疲労が一気に押し寄せていたのだろう。
「おはよう」
着替えを済ませ、リビングへ向かう。
「翔か、おはよう」
「あら、こんな時間まで寝てるなんて珍しいわね。ご飯できてるわよ」
「おはよう翔、遅いじゃない」
父・神道正人、母・佳奈、姉・紗奈
俺はこの四人家族で実家暮らしをしている。
「翔、昨日の夜遅くにどこ行ってたのよ」
「えっ」
朝食を取ろうとテーブルに着くと、姉の沙奈が怪しむように聞いてきた
「友達に呼び出されてちょっとね…」
俺がそう言うと、沙奈は怪しむような表情をする。やばい感づかれたか、
「…まあいいわ」
何とか誤魔化せたようだ。
朝食を終え、支度を整える。
「行ってきます」
昨夜・官邸
「総理、至急ご報告があります!」
「なんだ」
「渋谷に出現したゲートから、正体不明の男が現れたとの報告です!」
「ゲートから出てきただと……今、その男は?」
「はい。現れた直後、常人とは思えない力で飛び去ったとのことです」
男は頭を抱えた。
「ゲートにモンスター……それだけでも手に負えんというのに……」
数秒沈黙し、男は決断する。
「至急、その男を調査しろ」
「承知しました」
「一体、何が起きているんだ……」
大学
「やっと来たか翔!」
廊下を歩いていると、光太と哲也に肩を組まれた。
「どうした、そんなに慌てて」
「どうしたって昨日のニュース見てないのか?」
哲也が少し驚いた様子で俺に聞いてきた。昨日のニュースとはゲートが出現した件だろうか。まあスクランブル交差点の真ん中に出現したわけだし、ニュースになって当然だろうな。
「ああ…ゲートのやつだろ?」
流石に全く知らないのは怪しまれると思い、俺はそう言った。
「ああ、そうだ! 海外じゃスタンピードが発生して、大混乱らしいぞ!」
「っ!?」
世界の記憶では、ゲートから魔物が溢れ出す未来を知っていた。
だが、それを実際に起きた出来事として突きつけられると、思わず息を呑んでしまう。
「なんだ、知らなかったのか。それだけじゃなく、日本ではゲートから謎の男が出てきたって話題で持ち切りだぞ」
俺の表情から何かを察したのか、哲也はそう言って自身のスマホを差し出してきた。
画面には、ゲートの出現や謎の男に関する記事が大きく取り上げられている。その中の一枚には、フードを深く被り、ゲートから出てくる俺の姿がはっきりと写っていた。
心臓が嫌な音を立てて跳ねる。
どう見ても、昨夜の俺だった。
「そうか、知らなかったな。昨日はバイトで疲れてて、すぐ寝ちゃったんだ」
哲也の呆れたような視線に耐えかね、俺は咄嗟にそう言い訳をした。
「なるほどな。道理でラノベ好きのお前が知らないわけだ! 昨日あれだけ連絡したのに、返事の一つも返ってこなかったし!」
光太は俺の言い訳を面白がるように笑いながら言った。
慌ててスマホを確認すると、画面いっぱいに未読のメッセージと着信履歴が並んでいる。
「わ、悪い……」
俺はそれを見て、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「それにしても、これから世界はどうなっちまうんだか」
光太の言葉に、俺は空を見上げた。
――知っている。
世界は、もう後戻りできない。




