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ふたつの聖夜

作者: べんとら
掲載日:2025/10/05

ツアーコンダクターから建築関係に転職した私は。

 この高層ビルには営繕のための建築資材等を運ぶ大きな箱のエレベーターが通常のものとは別に設置されている。その時間は搬入されたパーツ類の荷揚げ中で、私はここに本社を構える家電メーカーに勤める者や来訪者が利用するエレベーターで屋上に登った。

 途中の階で制服姿ではない女子社員がひとり乗り込んできた。彼女は私の顔を見て一瞬表情を変えた。しかしすぐに視線をそらしドア側に向きなおった。

 その所作は私を屈辱的な気持ちにさせた。


            §


 日本国外務省が発行する赤いパスポートを持っていれば、どの国の空港に降りても実質無審査で入国できる。しかしここニュージーランドは検疫が例外的に厳しく、フライト中にクルーから配られる所定書式に必要事項を記入し、空港の検疫官がそれをチェックする。一行は二十人で、抜き打ちで二~三人の手荷物やスーツケースが開けられた。しかしそれは事前に伝えてある件で、何かを没収される者はいなかった。

 今回の客筋は英文科の学生たちである。二十人のうち、男子学生はふたりきりで、彼等は女子学生に圧倒されているよう私の眼には映った。

 私の仕事は彼等のホームステイの付き添いで、期間は二か月であった。

 チャーターバスは空港を出るとオークランド市街を流したが、車窓からの景色はすぐに緑の牧場と無数の白い羊の群れに変った。それが延々と続き、数時間経つと観光地ではない見知らぬ街の校舎に辿り着いた。        

 鍵が開いている講義室で学生たちはホストファミリーと顔を合わせ、自己紹介などをして各々がステイ先に散っていった。ホストファミリーのクルマは殆どが日本車であったが、トヨタでもホンダでもなく、ミツビシに偏っているのが意外であった。

 私の宿泊先は街はずれのキッチン付きモーテルであった。チェックインの際、禿げた頭頂部に淡いピンク色の痣があるオーナーらしき中年男は私に申し付けた。

「くれぐれもキッチンで魚を焼かないでくれ」

 彼は笑顔であったが、発した言葉には「never」の一語が含まれていた。


 夏季休暇中のキャンパスは閑散としていた。私は毎朝講義室に赴き、学生たちの出欠を確認し、仕事らしい仕事はそれだけであった。移動手段は自転車で、市街の自転車店から長期レンタルしたものである。ささやかな規模の街で、モーテル側の端から目抜き通りを漕いで、淵に大きな鱒が潜んでいそうな川に架かる橋のたもとまでは十分で事足りた。その橋のたもとまでが市街である。

 夕刻、学生たちがホストファミリーに戻る頃にはモーテルで待機しなければならなかったが、電話機が鳴る頻度は想っていたより少なかった。通話内容は「食事に馴染めない」や「ホストファミリーを替えて欲しい」などの些細なクレームが殆どで、適当に相槌を打ちのらりくらりとかわした。

 賃貸不動産物件に当たり外れが在るのと似た理由で、ホストファミリーにもそれは在るのだろう。しかし短い滞在期間で替えることは不可である。基本的にその手配は学校側の仕切りで、旅行代理店へのクレームはお門違いであることを、学生たちは理解していないのかもしれない。

 浮いている男子学生ふたりはよくモーテルに来た。予想出来る範疇の愚痴を聴いてから、鍋で炊いた白米やラム肉とタマネギを塩コショウで炒めたものなどを振舞うと、彼等はおとなしく各々のホストファミリーに戻って行った。

 場所と時間を決めて、週末に学生たちが任意で集まれる所を設けた。そこは市民が集う公園で、噴水池の畔では印象派以前の宗教画から出てきたような白い衣を纏った女性たちがイエス・キリストの生誕を祝う聖歌を合唱していた。この地の季節は夏だがクリスマスの時期で、掲示板にもギフトが詰まった袋を担いだ赤いTシャツ姿のサンタクロースがサーフボードに乗っているイラストがあしらわれたポスターが貼られている。

 市街から少し離れた場所に日本食レストランが在り、オーナー兼シェフは日本人であった。週末に集まった学生を伴って、その店で昼食をとることが何度かあり、キッチンで魚が焼けない私は塩鮭や白飯、みそ汁などを注文した。学生たちもホストファミリーでは口にすることが少ないであろう魚料理をオーダーする者が多かった。

 店の壁にはジェットボートを写して拡大したらしい写真が飾られていて、そのボートは店主が所有していると云う。学生たちが乗りたがるので店主に頼んでみると、次の週末に乗せてもらえることになった。


 約束した時間に市街の端の川の岸辺に降りると、学生たちは既に集まり、ジェットボートは停泊していた。カラフルなNZドル紙幣数枚が入った封筒を店主に手渡したが、彼は上気した表情で、女子学生たちに良いところを見せたがっているのは明らかである。行程表には記されていないことなので、万が一を考えて私は乗船しなかった。

 ボートが川面を滑るように疾走する様子は、テーマパークの絶叫マシンそのものであった。学生たちの上げる声は店主には嬌声に聴こえるらしく、彼はボートを更に加速させた。そして悪い予感は杞憂に終わらなかった。ボートは減速しきれずに岸辺の茂みに突っ込んだのである。転覆には至らなかったが、木々から伸びる枝が何人かの学生たちの頭部を打ち、葉が川面に散った。


 その日の夜、ボートに乗った女子学生のひとりが電話をかけてきた。ボートを降りてから頸に違和感があると言う。私は辛抱強く彼女の話を聴いた。行程表にはないジェットボートの件で医者に診せるようなことになれば、それは私のミスである。

 翌日、彼女はモーテルに来た。私は市街のスーパーで買ったサーロインステーキを焼き、赤ワインの栓を抜いた。楽器店にデポジットを払って借りているアコースティック・ギターでジョン&ヨーコの『Happy Christmas』を弾きながら、彼女の様子を窺った。釣り人が仕掛けを淵に沈めて探るように、私は言葉を選びながら発した。気がほぐれてきたらしい彼女は、就職の内定を既に得ていること。それは大手家電メーカーの総合職であることなどを話し始めた。

 彼女はその夜、ホストファミリーへは戻らなかった。


 年が改まり、ホームステイは終わった。

 一行は国内線で南島に移動し、クライストチャーチという街に数日間滞在した。そこは有名な観光地で、私はやっと本来の仕事らしくなってきたと感じた。

 街の至る所にB・B・キングの公演を告げるポスターが貼られていた。私は彼のファンで、「B・Bと自分が同じ街に滞在している奇妙」を感じた。公演時刻は夕食の予約を入れてあるレストランでの時間と被っていて、私はナイフとフォークを使いながら、B・Bのレパートリーのひとつである『Thrill Is Gone』が演奏される様子を想像した。


 空港のイミグレーションを通過し、成田行きの飛行機が離陸する搭乗ゲートまで歩く途中の免税店で、この地の観光スポットである鍾乳洞に生息する土ボタルを模した土産物を買った。土ボタルとは鍾乳洞の暗い壁を這いながら発光する虫である。その記憶がフレッシュなうちに、黒いビロード地に細かな宝石が散りばめられた民芸品を、クリスマスを共に過ごした女子学生に手渡した。帰国してからジェットボートの件がクレームにならないための念押しの意味を込めて。


 その仕事からしばらくして、私はツアー・コンダクターの職を辞した。

 バブル景気の衰退と湾岸戦争勃発の影響で仕事量が激減したからである。私の雇用は日当制であったし。

 転職先は建築系の中小企業であった。スーパーゼネコンの一次下請けで、実質的にはブローカーのようなことをしていた。

 この業界は「顔」がものをいう。ゼネコンは一度使った業者を切ることはなかなか出来ない。見積額の安い業者に替えて、もしその業者がケツを割って逃げたとして、「では次」と違う業者を選んでいる時間はないからである。

 納期までに施主へ引き渡すことが出来なければ、違約金が発生し、ゼネコンは多額の損害を被ることになる。だから、一度きちんと納めれば、その現場の最高責任者は、次の現場でもリスクを負って廉価な見積もりを選ぶことはない。また、私の職場の扱うものは量産品ではなかったから、そういうことが成り立つとも云えた。

 最高責任者の下で働く現場監督たちは、第一下請けの我社の下に三つ四つの下請けがあることを知っていて、上の者が時代劇の越後屋や備前屋のような業者から、まんじゅうの上げ底箱の下の小判を貰うことも承知していた。

 テレビでよく観る、

「備前屋、お主も悪よの~」

 似た展開で上司が良い思いをしていることは解っているので、一次下請けの現場管理者である私への風当たりは強くなる。最末端の取り付け職人たちも、そういう仕組みを知っているので、搬入されたパーツに不具合があると、図面のその部位を指さし、

「図面と違うぞ。こんなガラクタでは仕事にならねーよ」

 彼等は、三十半ばの畑違いからの中途採用で、図面を理解出来ない私を常に困らせた。

 その頃は社名を漢字からカタカナにしたり、ロゴの字体を変える企業が多く、この大手家電メーカーも、アルファベット三文字の社名ロゴを変えた。それに伴い本社ビルの屋上に設置されている看板を新しくする工事を、私が所属する会社が請け負ったのである。

 その現場でも、搬入されるパーツはガラクタであったらしく、監督と取り付け職人からの叱責やクレームを聴くことが私の日課であった。私は元請けと下請けに挟まれた人質のようで、そういう日常は私の精神を蝕んだ。心療内科に通いながら、なんとか日々をしのいでいた。

 エレベーターで遇会したかつての女子大生は、私の今の風貌から憔悴や衰退を見て取り、顔をそむけたのであろう。ほんの一瞬の出来事であったが、私は自身の零落を改めて思い知らされた。

 それにしても、ここに限らずどの現場でも工期が伸びることはなく、納期には間に合うことが、私には奇妙であり不可解でもあった。その看板取り替え工事も例外ではなく納期は守られた。

 日が落ちる頃に新しくなったアルファベット三文字のロゴが点灯し、私は監督を屋上に呼び、工事完了を報告した。仕上がりを見分する監督の表情に険しさは見えなかった。

 事務所に戻る首都高速から臨む新規看板は夜空に良く映えていた。

 カーラジオから英語圏の聖歌隊らしき歌声が聴こえてくる。

「Silent Night Holy Night」

 そうか、今日はクリスマスイヴか。

 ステアリングを操作しながら私は独り言ちた。

 高層ビルの天辺で新しくなったロゴ三文字が誇らしげに光を放っている。西新宿界隈とは違い、あのビルだけが辺りを睥睨するように高くそびえていた。それが視界から消えると、事務所から最寄りの出口までは数分で着くであろう。

 次の現場が始まるまで、束の間の静寂が訪れるはずである。


                    〈了〉


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