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おやすみ前の短いお話

ふとした瞬間

作者: 夕月ねむ

 私がいきなりこの異世界に落ちてきた日から、まだ一年も経っていないと思う。とはいえ、いつまでも『この世界で最初に出会った人間だったから』なんて理由で、恩人の世話になり続けることはできなかった。


 自立するためにやれることはやると決めた。心配はされたけれど、部屋を借りて、ひとり暮らしを始めた。


 私の仕事は冒険者である。ここは迷宮が近い冒険者の町だ。恩人からは、戸籍がないなら他にできる仕事はあまりないと言われている。流石に色は売りたくない。選択肢なんてほとんどなかった。


 幸い魔法が使えて、どうにか暮らせている。日本にいた時よりも、毎日充実していると思う。少なくとも、満員電車の不快さはない。自分の力で生きているという実感が強い。


 それでもふとした瞬間、たまらなく寂しくなるのは仕方がないと思う。


 ここには家族がいない。親しい友人もいない。SNSやゲームの話ができる相手もいない。漫画もアニメもない。


 今更、帰ることは諦めている。でも、ここにいると自分の記憶が……日本という平和な国で生きていたこと自体が、現実だったのか信じられなくなってきて不安だった。








 ある日。迷宮から帰ってきた私が冒険者ギルドで魔石を換金しようとしていた時。突然、男に腕を掴まれた。


「お前。もしかして日本人か!?」


 その人の顔を見て『同類』だと確信し。私は人目も憚らず泣いた。それくらい孤独だったんだ。


 彼は私よりもずっとランクが上の冒険者だった。私の話を熱心に聞いてくれて、この世界の人間には通じない懐かしい単語がたくさん口から溢れ出た。


「え、ここに来てまだ一年? ほとんど赤ちゃんじゃねぇか!」

 お前はよく頑張っていると思うと言われて、私は更に泣いた。


 彼は私に魔法のコツや戦い方、効率がいい迷宮の歩き方を教えてくれた。代わりに私が提供したのは料理だった。


「お前に会えて良かったよ。この国、米はあるのになんでか家畜の餌だろ。俺は料理なんて全然できないからさ、自分じゃ鍋でご飯炊くなんて無理だった」


 今度ハンバーグ作ってよ、と彼は笑う。


 私が急に、この町の冒険者の中でも稼ぎ頭と言っていい人物の相棒になったことで、妬まれることも少なくない。彼が今まで誰とも組んでいなかったから尚更だ。


 でも、私と相棒の間には、他の誰かとは共有できないものがある。そう簡単にこの場所を譲るつもりはない。彼と釣り合うように強くなりたい。なれるはずだ、今の私なら。


 もちろんハンバーグは作ってあげますとも。






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