第3話 鴨川等間隔破壊活動
僕の部屋には風呂がない。
親は最初、今どき学生が風呂なしなんて、普通にワンルームマンションに住めばいいのに、と言っていた。家賃は出してくれるという申し出まであった。だが、僕は「京都の学生生活」に抱いていた勝手なイメージに逆らえなかった。
木造の二階建て。晴れた日には猫が昼寝をしてて、雨の日には雨音がやたら響くトタン屋根。そして銭湯通い。それらが僕の中ではパッケージになっていたのだ。
とはいえ、いくら理想を追い求めるといっても譲れないラインはある。僕にとってそれは台所だった。2口のガスコンロが置けて、ちゃんとまな板が置ける作業スペースがあり、シンクも最低限広さが確保されていること。
これが条件だった。その条件にぴったり合致したのが、このアパートの一室だったわけだ。
結局、親は「ほんまに変なとこに住む子やなあ」と笑いながらも、「なら入学祝いに」と車を買ってくれた。
どこかで、僕を甘やかすことにある種の快楽を覚えている節がある。困ったものだが、正直ありがたくもあった。
幸い、アパートには、部屋代とコミコミの格安の青空駐車場スペースがあった。
そんなわけで、銭湯に通う生活も、僕にとっては“京都的学生生活”の一部になっていた。たまに面倒な日はあったけれど、基本的には楽しんでいたし、身体の芯まで温まって帰る道すがらの夜風が、僕にとってはちょっとした贅沢だった。
舞子が僕の部屋の押し入れに巣を作った日の夜、僕は「舞子、風呂行くけど、どうする?」と声をかけた。
押し入れでクッションにもたれて本を読んでいた舞子は、ぴょんと跳ねるように立ち上がった。
「行く! 行く行く行く!」
舞子はなぜか妙にテンションが高かった。お風呂が好きなのか、それとも外出が嬉しいのか。
でもそのテンションとは裏腹に、何やら僕のタンスの中をガサガサやっていてなかなか出かける気配がない。
なんで僕のタンスを引っ掻き回してるんだ?
ていうか、押し入れから放り出されていた僕の荷物も片付けないとなあ、などと考えながら僕は尋ねた。
「何してんの?」
「赤い手ぬぐい、探してるの。どっかにない?銭湯行くんなら、赤い手ぬぐいをマフラーにしなきゃでしょ!」
…何でその歳でそんな古い曲知ってるんだ。
仕方がないので、部屋の隅に突っ込んであったラグビー部時代の赤いスポーツタオルを差し出すと、舞子は「これだこれ!」と歓喜の声を上げた。
錢湯はアパートから歩いて5分ほど。昔ながらの佇まいの小さな浴場だが、なぜか壁にはジョン・レノンとポール・マッカートニーの似顔絵が並び、スピーカーからはいつもビートルズが流れている。
僕はこの銭湯が好きだった。ちょっと面倒な日も、ここに来て湯船に浸かると、不思議と心がほどけていく。
「おや、今日は彼女さんと一緒かいな?」
番台の女将さんにニヤニヤしながら言われ、反射的に否定しかけたが、舞子が「こんばんは~」と愛想よく頭を下げたので、なんとなく否定するタイミングを逃した。
湯に浸かる間、いろいろと考えた。
舞子との距離感とか、押し入れで寝ている事実とか、等々。
そして結論は…まあ、いいか。だった。
まあ、いいか。ビートルズも歌ってるじゃないか。
「あるがままに」。
湯気の立ちこめる脱衣所を抜け、僕はかけ湯をしてから、体と髪を洗い、ヒゲを剃った。仕上げに熱めの湯船にゆっくり浸かる。体が温まったところで、湯から上がり、タオルで体を拭きながら瓶のコーヒー牛乳を一気に飲み干す。洗面所で髪を乾かし終え、外に出てタバコに火を点けると、10分ほどして、舞子が現れた。
「ごめん。待たせちゃったね」
そう言いながら、湯上がりの頬を赤らめた舞子が笑う。
「石鹸、カタカタ鳴らしながら待っててくれた?」
だから何でそんな古い曲知ってるんだ?
ところでこの1月の夜風の中、彼女は相変わらずの短パン姿だった。
「舞子、それ……寒くないの?」
「大丈夫。私、一年中これだから。好きなんだ、この格好」
寒さに強いというより、感覚の根本がちょっとずれている気がする。だが、本人がそう言うならとやかく言う筋合いはない。
僕たちはアパートの方へ歩き出した。
「ねえ、ハルくん?」
名前を呼ばれて振り返ると、舞子は僕の顔を覗き込みながら言った。
「昼間、近所を探検してる時に、大きな橋から三角州みたいなの見えたんだけど、あれ何?」
「ああ、あれは、賀茂川と高野川。北の方から流れてきた二つの川が、ちょうどあのあたりで合流して、鴨川になる。みんなの憩いの場やで。僕の入ってる広告研究会では『鴨川デルタ』って呼んでる」
「へえ、鴨川デルタ。かっこいい名前だね」
「ほんまはそんな名前、地図には載ってへんねんけどな」
「でもいい名前だよ。“鴨川デルタ”って、なんか秘密基地みたい」
「今のところ、うちのサークルだけやと思うけど、いずれ広まるんちゃう?」
舞子はうんうんと頷いた後、目を輝かせてこう言った。
「今から行ってみたい」
「え? 今から?」
「風呂上がりの散歩ってやつ。どう?」
断る理由もないし、たしかに気持ちよさそうだった。
そのまま鴨川デルタへ向かうと、昼とは打って変わって人の姿はまばらだった。暗がりのなかを、僕たちはゆっくり歩いた。
「ね、あれ何? 川の中!」
舞子が川の飛び石を見つけて駆け寄った。
「あれは飛び石。子どもや学生が渡って遊ぶねん。途中に亀の形の石もあるで」
「へえ~、渡りたい!」
「夜は危ないって。足滑らすかも」
そう言うと、舞子は名残惜しそうに飛び石を見つめ、しぶしぶ引き下がった。
「そういえばさ」
舞子がぽつりと言った。
「今日、ハルくんの部屋にあった『宝島』って雑誌でさ、京都の鴨川には等間隔でカップルが並んでるって記事があったけど、あれってここ?」
「いや、それはもっと南。三条から四条あたりの鴨川沿い。ここのことちゃう」
「ふ~ん」
舞子は僕が思っていたほど食いつきはせず、意外とあっさりとこの話題は終わった。
そうして僕たちは、夜の三角州を静かに歩いた。京の冬は冷たい。だが、なぜだかそのときだけは、温かかった。
アパートに帰ると、舞子はさっさと自分の巣に戻って「あー楽しかった!おやすみー!」とあっという間に寝息を立て始めた。
僕はスヤスヤ眠る舞子を横目に、ひっくり返された自分の荷物を、使ってなかった天袋に片付けていった。
やれやれだ。
◇ ◇ ◇ ◇
舞子が僕のアパートに住み着いてあっという間に1週間、舞子は毎朝5時半にはバイトに出かける。
11時までのモーニングタイム、お昼頃に帰って来る彼女は、モーニングで余ったパンを持って帰ってくることもあれば、ない日もある。
僕の授業が空いていて、舞子のパンのある日は、時々ご相伴に預かって、その代わりというと変だが、僕が軽食メニューを作った。
「わ、いいにおい!」
その日の昼食、テーブルには、バターの香りが強くこってりとしたスクランブルド・エッグに、最近発売されて気に入ってる「シャウエッセン」。そして、オーブントースターで軽く炊いたパンに、あたたかいミルクティ。
いささか朝食っぽいが、学校が午後からだった僕は舞子が帰ってきた気配で起きるまで惰眠を貪っていたものだから、僕にとってはこれが朝食だ。
「ねえ、ハルくん、今夜って忙しい?」
「いや、別に。午後に講義が2コマがあるだけ。」
「じゃあさ、私明日はモーニングタイムのバイト休みだから、どっかご飯食べに行こうよ。一宿一飯…いや、それ以上か、その恩義のお返しに、私がご馳走するからさ」
ホテルのモーニング客はビジネス利用がほとんどだから、飲食には珍しく舞子の休みは日曜日が多いらしい。
「俺はええけど、ええのん?お金」
「こう見えて、それなりに貯金あるから大丈夫って言ったでしょ。まだ夜の三条とか四条の方行ったことないから連れてってよ」
そんな話で事はトントンに進んだ。
「何で行こか。僕は普段ならその距離なら自転車で行くけど」
「私、自転車ないもん」
ということで、バスで行くことになった。
はずだった。
講義が終わって戸を開けると、そこにはすでにニコニコ顔の舞子と、身近に立てた使用感漂う自転車が。
「まさか…パクってきたんちゃうやろうね…」
「違うよ!近所に自転車屋さんあって、中古も売ってたから買ったの。それにこれあったらバイトにも自転車で行けるしね!」
「…まあ、それなら良いけど」
その自転車は、気のせいかもしれないが、上着を羽織った舞子に似合っていた。
舞子の上着は、ピンク色で表面は防水っぽくシャカシャカしている。裏地は白いモコモコが着いていて暖かそうだ。
ジップアップしたらフードになる部分が、白いモコモコ見せてセーラー襟のように肩の後ろに垂れている。左右の胸のとこにひとつずつ、横腹のとこにひとつずつポケットが付いている。
フード部分についてるラベルをよく見ると、「KIDS 150」と書いてある。子供サイズですか。
「これ被ったら、かなり暖かいんだよ?」
正直、そこに暖かさを求めるのならば、短パンではなく長いジーンズでも履けばいいのに、とは口に出さず、僕は曖昧な笑顔で頷いた。
「さ、行こうよ。」
「まってまって、キー持ってくる」
ということで、2人でそれぞれの自転車に乗り、川端通りに出て川沿いを南に向かって走り始めた。冬の午後五時、すでに空は淡い群青に染まりかけている。
「こういうのってさ、京都では『上ル』とか『下ル』とか言うんでしょ? 今はどっち?」
「南に向かってるから『下ル』やな。北に行くのが『上ル』で、西に曲がったら『西入ル』、逆が『東入ル』」
「ふーん、なんかゲームみたいで面白いね」
軽口を叩きながらペダルを踏み続けると、やがて三条通に差し掛かり、僕たちは鴨川を渡って木屋町へと進んだ。
「ラーメンでええ?」と一応訊いたものの、僕は最初からここにするつもりだった。木屋町を少し下がったところにある博多・長浜ラーメンの店。
ここの豚骨ラーメンはあっさりして匂いが抑えめで、細麺がするすると喉を滑る。何より冬場の冷えた体に、あの優しい熱さが染みわたるのがいい。
カウンターに2人並んで座り、出てきたどんぶりに「いただきます」と手を合わせた。
「あっ、うんまっ!」と舞子が目を見開く。
熱々を、脇目も降らず、おしゃべりもせず、食べるのとフーフーするの以外何もせずに必死で食べ始めた。
1月の京都、外は冷えるが、ラーメンの湯気が顔に心地いい。身体の芯から温まる感覚が、言葉少なにしてくれる。
完食して「ごちそうさま!」と店を出ると、空はすっかり夜色に染まり、川の方から冷たい風が吹いてきた。
「随分と一所懸命食べてたやん。気に入ったん?」
「それもあるけど、私猫舌で、食べるの遅いから必死で食べてたんだよ。それでも待たせちゃったでしょ。ごめんね」
「いや、別にええよ。」
2人で自転車に乗り、再び三条大橋まで戻る。橋の上から南の四条方面を見下ろすと、鴨川の河原には見事に等間隔でカップルたちが並んでいた。
「うわ?!!! 本当に等間隔に並んでる! なにこれ!? なにこれ?」
舞子が身を乗り出して叫ぶ。
「いち、にぃ、さん、しぃ……えーっと何組くらいいるんだろう?」
しばらく橋の上で歓声をあげながら観察していた舞子だったが、ふと黙って顎に手を当てた。
何かに気づいた探偵アニメの主人公みたいだった。
「どしたん?」
「うん、あれさ、すごいきれいに等間隔で並んでるでしょ?」
「うん」
「その法則、乱したらどうなると思う?」
「……へ?」
「だからね、あの間隔のど真ん中に座るの。どっちかのカップルにわざと近づいて。そしたらどうなるか観察するの」
「例えば、そのカップルが反対側にズレたら、今度はそっちの間隔が崩れるでしょ? で、またズレる。そんな事してるうちにまた整ってきたら、私達は移動してまた違う場所の等間隔を乱すの。そうやっていくうちに、また自然に整列するのか、それともずっとグチャグチャになるのか、実験してみたいの」
僕はしばらく黙った。
私達?ん?私達???
「行こ!」
僕の返事を待たずに、舞子は自転車にまたがって三条大橋のたもとに移動し、河原へ降りる階段の横で自転車を止めた。
僕も慌てて後を追う。
「ほら、こっちこっち!」
石段を軽やかに下りながら、舞子が僕の手を握って引っ張る。
その手をとった瞬間、ほんの一瞬だけ僕の心臓が跳ねたけれど、僕は気付いていないふりをした。
僕たちは、すでに出来上がっていた一組のカップルのあいだ、しかもわざとやや片側に寄るような形で地面に腰を下ろした。石段の冷たさがズボン越しにじわりと伝わってきたのも束の間、隣のカップルの女子が眉をひそめて彼氏と顔を見合わせ、「なにあれ……」とでも言いたげに視線を投げてきた。
そのあと、彼氏の方がやれやれといった表情で腰を浮かせ、数十センチ、にじるようにズレた。僕たちは無言で目を合わせ、小さく頷き合った。
「……成功?」
「うむ。」
それから僕たちは、まるでミニチュアの重機のように、少しずつ場所を変えて移動し、別のカップルの間に割って入っていった。まるでこの世のすべての等間隔を撹乱せんとする、謎の秘密結社のように。
中にはあからさまに嫌な顔をしてその場を去る者もいたし、逆に全く動じず、むしろこっちの様子を笑いながら見ているカップルもいた。僕たちは一言も発さず、ただ無表情で、でも内心は大いに面白がりながら、等間隔破壊活動を静かに進行させていった。
そんな奇妙な儀式めいた時間が、1時間近く続いた頃だった。
ある場所で新たに座ったカップルから、ふわりと漂ってくる香りに、舞子が反応した。
「……ソース?」
香ばしくて甘じょっぱい、どこか懐かしい匂いだった。見ると、そのカップルは舟形に入ったたこ焼きを、それぞれの爪楊枝で器用に突き刺しながら食べていた。アツアツをふうふうと冷ましてから、口に運ぶ。まるで小さな儀式のようだった。
「ね、たこ焼き食べたい。」
突然、舞子が宣言した。
「え?今、実験中じゃ……」
僕は辺りの状況を指差しながら言ったが、舞子はもう完全に意識がたこ焼きの方へと移動していた。
「たこ焼きだよね?あれ?たこ焼き食べてる!いいなー!
そういえば私、長野行ってからたこ焼き食べてないんだった!食べたい!」
舞子の視線は、まさに『食い入るように』という表現そのものだった。いや、あれはもう、食う気満々の獣の目だった。カップルの口元からソースの糸が垂れそうになるたびに、舞子の口もわずかに開いていた。
「いや、でも、最終的に間隔がどうなるか、もうちょっと観察するんじゃ……」
「いいから、たこ焼き美味しいとこ連れてって!あの2人が食べてるのより美味しいのじゃないと納得しないから!今すぐ!」」
「美味しいたこ焼きって……うーん、ここから30分くらい自転車こいでもええなら、百万遍の北の方に、一軒ええとこあるけど?」
「うん、それでいい。それ行こう。風になろう、ハルくん!」
風にって、と思いながらも、僕たちは橋のたもとのフェンスまで戻り、自転車を起こした。
行先は、僕の密かな行きつけ、知る人ぞ知る、表面がカリッと香ばしく、中はとろりと柔らかい絶妙なたこ焼きの名店だ。住宅街の中にひっそりとあるその店は、今日も変わらず、ソースと削り節の芳香を漂わせているだろう。
――たこ焼きのためなら、30分の夜間走行など造作もない。
舞子の強い意志を感じながら、僕たちは再びペダルを踏み始めた。
三条通を東へと進み、東大路通を北に上がる。夜の京都は、空気の粒子がいつもより細かく感じられる気がする。平安神宮の朱塗りの鳥居を右手に眺めながら通り過ぎる。やがて京大のキャンパスが右手に見えてくると、百万遍の交差点はすぐそこだった。
そこからさらにペダルを踏んで、北大路を越え、高野の交差点を過ぎると、灯りのまばらな住宅街に入っていく。京都の夜は、繁華街を少し離れると、驚くほど静かになる。空気も冷たく澄んでいて、ハンドルを握る手にじんわりと夜が染み込んでくる。
「ここや」
僕がブレーキをかけて止まると、そこにはぽつんと灯るオレンジ色の店の明かり。
「1舟8個やけど、1舟でええ?」
僕が訊くと、舞子はすかさずこう言った。
「とりあえずそれ食べて、美味しかったらもう1舟食べる。そういうスタンスで生きてる」
いつからそんな人生哲学を掲げてたのかは知らないけれど、僕は注文口に向かって「とりあえず1舟」と声をかけた。
ここのたこ焼きは、少し時間がかかる。注文を受けてから焼き始めるから、10分くらいは待たされる。
「全然平気。私、たこ焼きに使う時間は無駄な時間は一つもないと思ってるから」
どこかの思想家のような口ぶりで、舞子は断言した。
やがて、持ち帰りにしてもらったたこ焼きをカウンター越しに受け取り、スタンドを立てた自転車にまたがって食べはじめた。
表面がカリッと仕上がっていて、香ばしい香りが夜の空気に溶けていく。中は驚くほど柔らかくとろけていて、どろっとした濃厚な黒いソースと、踊る鰹節がその存在感を倍増させていた。
僕は京都に来てすぐ、高校の先輩に「ええとこあるで」と連れてこられて以来、この店のファンだった。
舞子はやはり猫舌らしく、爪楊枝で半分の半分に切って、やりすぎなんじゃ?位フーフーしながら食べている。
「どう?」
訊くと、ハフハフ言いながら、目を丸くして言った。
「なにこれ!?すごい!!!こんなのあるんだ!私、大阪のとろとろ柔らかいたこ焼きしか食べたことなかったんだけど、これめちゃくちゃ美味しい!」
その顔は、ソースの照りよりも艶っぽく光っていた。
舞子は蛸を爪楊枝で突き刺して単体で食べて味を噛み締めている。
「もう1舟お願いね。すぐ食べるから。ていうか食べてる間に焼いといてほしい。あ、あとね、私たこ焼き食べるときは絶対にオレンジジュースなの。そこで買ってきて」
舞子は口の中にアツアツを放り込みながら、道端の自販機を指差し、次の一手を指示してきた。たこ焼きに対する真剣さは、もはや執念に近い。たこ焼き道の求道者だった。
オレンジジュースを渡すと、舞子はすぐには飲まず懐に入れた。
僕が不思議そうにしていたのだろう。
「私、キンキンに冷えた飲み物苦手なの」
と説明した。
そして二舟目もあっという間に平らげると、舞子は「は~~っ!」と深く伸びをして、ふうっと息をついた。
「さ、帰ろ!」
完全に目的を達成した顔だった。鴨川等間隔カップルの社会実験よりも、彼女にとってはこっちが本番だったのかもしれない。かった。
◇ ◇ ◇ ◇
次の土曜日。
翌日曜日のバイトのシフトが休みの彼女はまた言い出した。
「今日もあのラーメン食べたい!」
僕たちは、あの夜と同じように川端通りを下り、三条通を東から西へと向かい、木屋町の細道に自転車を止めた。ラーメンは相変わらず、香りもスープの濃度も、やはり美味しかった。
食べ終えて外に出ると、あたりはもうすっかり暗くなっていた。橋の欄干にもたれて、舞子がふと下を覗いた。
「……なんだ、やっぱり乱しても等間隔に並ぶんだ」
河原には、以前と同じように、見事な等間隔で並ぶカップルたち。
そりゃそうだ。一週間経ってる。