第四話 三姉妹 神戸最後の思い出作り
土曜日。三姉妹地球滞在四日目の朝、十時頃。
「平祐くん、そんなに先々歩かなくても」
遥子は鶯色のカーディガンに、グレーのスカート。
「だってさ、固まって歩くのは恥ずかしいし」
平祐はデニムのジーパンに、黒地に白の英字がプリントされた長袖トレーナー。
「平祐ちゃんったら、シャイね」
愛紗美は水玉模様のセーターに黒のプリーツスカート。
「今日は晴れて良かったね」
「絶好の秋晴れですね。昨晩の天気予報では、今日は午前中雨の予報だったはずですが」
舞羽はオレンジ色のチェック柄サロペット。里緒はココア色の冬用ワンピース。
「ワタシ、晴れ女やけんね」
鈴恵はピンク色セーターにベージュのキュロットスカート。
六人ともそれほど派手ではない私服を身に纏い、葛山宅から徒歩で三宮の繁華街へと向かっていく。
「舞羽ちゃん達は、どこか寄りたい場所はあるかな?」
遥子が尋ねると、
「あたし、映画を見に行きたぁーい。キビノヌ星には映画館がないから」
舞羽が最初に希望を述べた。
里緒も愛紗美も映画館に行きたがったため、みんなで三ノ宮駅近くの映画館へ。
「舞羽ちゃん、見たい映画はどれかな?」
「あたし、これが見たーい! あたし達の国でも大人気だよ、これ」
遥子に尋ねられると、舞羽は壁にいくつか貼られてあるポスターのうち、対象のものを指差す。
「えっ! あれが見たいの?」
平祐は動揺した。
「平祐くん、かわいい女の子が大活躍するアニメ好きでしょう?」
遥子は爽やかな表情で問いかけてくる。
「いや、俺は、べつに。大智が好きなだけで……」
平祐は俯き加減で主張した。
「私も大好きなの。舞羽ちゃんが見たがってることだし、せっかくだから見よう」
それは、本日公開されたばかりの女児向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。
「俺はここで待っとくよ。チケット代の節約にもなるし、そもそも高校生が見るような映画じゃないし」
平祐は当然見る気にはなれず。
「平祐お兄ちゃんも一緒にこの映画見ようよぅ。平祐お兄ちゃんの三倍くらいは年上に見えるおじちゃんも一人で入って行ったの見たよ。平祐お兄ちゃんは大和魂の日本人のくせに勇気が無さ過ぎるよ」
「仕方ない」
舞羽に背中を押されチケット売り場の方へ連れて行かれる。
「小中学生二枚、高校生四枚」
遥子が代表して、お目当ての映画六人分のチケットを購入。受付の人がその入場券と共に入場者全員についてくる、キラキラして可愛らしいおもちゃのペンダントをプレゼントしてくれた。
「舞羽ちゃん、これあげる。俺こんなのいらないから」
「ありがとう平祐お兄ちゃん♪」
平祐は速攻舞羽に手渡す。舞羽が受け取ったものとは種類違いだった。
「舞羽も里緒も映画が始まるまでに、おトイレ済ませておきましょうね」
「はーい」
「そうですね、愛紗美お姉さん。映画一時間以上ありますし。お気遣いありがとうございます」
こうして舞羽と里緒は一緒に女子トイレへ。
「そういやヘイスケくん、幼稚園の頃、ド○えもんの映画一緒に見に行った時、途中でおしっこ行きたくなったのに我慢して漏らしたことがあったね」
鈴恵はにっこり微笑みかけた。
「あの、鈴江さん、その話は、止めてね。俺も、行って来るよ」
平祐は決まり悪そうに、男子トイレへと向かっていく。
(平祐ちゃんったら、かわいいなぁ。由貴ちゃんあんな弟がいて羨ましい)
愛紗美はその様子を見て、にこにこ微笑んでいた。
二分ほど後、三人とも同じようなタイミングでトイレから戻ってくると、
「はいどうぞ。落とさないように気を付けてね」
愛紗美はチケット売り場向かいにある売店であの間に購入した、ドリンク&ポップコーンを手渡してくれた。
「ありがとうございます。愛紗美お姉さん」
「愛紗美お姉ちゃん、ありがとう」
里緒と舞羽は喜ぶが、
「あの、俺は、べつにいらなかったんだけど……」
平祐はちょっと迷惑そう。それでも気遣ってくれたことに対する嬉しさは感じていた。
こうしてみんなは、お目当ての映画が上映される3番スクリーンへ。薄暗い中を前へ前へと進んでいく。
「遥子ちゃん。なんか周り、幼い女の子ばっかりだから、やっぱり、俺達は入らない方が……」
「まあまあ平祐くん。気にしなくてもいいじゃない。たまには童心に帰ろう」
平祐は否応無く、遥子に左手をぐいぐい引っ張られていく。
「昔と一緒の光景じゃね」
鈴恵はその様子をすぐ後ろから微笑ましく眺める。
真ん中より少し前の列の席で、平祐は舞羽と遥子に挟まれるように座った。座席指定なのでそうなってしまった。
(……視線を感じるような)
平祐は落ち着かない様子だった。
他に五〇名ほどいた客、七割くらいは就学前だろう女の子とその保護者だったからだ。
※
「とっても面白かったぁー。しゃべる動物さんもすごくかわいかったよね」
「わたしも愉快な気分になれましたよ」
「私もまた見に行きたいなって思ったよ」
上映時間八〇分ほどの映画を見終えて、舞羽と里緒と遥子は大満足な様子で3番スクリーンから出て来た。
「思ったよりも良質な映画だったわ。平祐ちゃんもそう思うでしょ?」
愛紗美もお気に召されたようだ。
「まあ、思ったよりは……子どもの騒ぎ声がうるさかったけど」
「ヘイスケくんも昔はあんな感じだったんじょ。ハルコちゃんは大人しく見てたけど」
「そっ、そうだったかな?」
鈴恵に突っ込まれ、平祐はちょっぴり照れた。
「私、子ども向けアニメ大好き。アン○ンマンとかド○えもん、今でも毎週欠かさず録画もして見てるもん」
「遥子お姉ちゃん、あたしと一緒だぁ」
「わたくしも子ども向けのアニメ今でもけっこう好きよ。そろそろ正午だから、お昼ごはん食べましょう」
愛紗美はスマホの時計を眺め、提案した。
こうして皆は、近くの大型デパート内のレストラン街へ。
「六名様ですね。こちらへどうぞ」
舞羽の希望したファミリーレストランへ入店すると、ウェイトレスに六人掛けテーブル席へと案内された。里緒と遥子を真ん中に、舞羽と平祐、愛紗美と鈴恵が向かい合って座ると、鈴恵がメニュー表を手に取りテーブル上に広げる。
「ワタシ、スープカレーにするじょ」
「鈴江さん、相変わらず辛い物好きだな。俺は、天麩羅蕎麦で」
「平祐くん、渋い。私はクリームシチューとパンのセットにしよう」
「あたしは、お子様ランチ♪ お飲み物はミックスジュース!」
「舞羽、もう十代になったんだから、そろそろお子様ランチは卒業しなきゃ。わたくしは奮発して三田牛ステーキ定食にしよっと」
「わたしは、鰻定食にしますよ」
他の五人もすんなりとメニューを決めた。
「ワタシが注文するね」
鈴恵はコードレスチャイムを押し、ウェイトレスに注文する。
それから五分ほどして、
「お待たせしました。お子様ランチでございます。それとお飲み物のミックスジュースでございます。はいお嬢ちゃん。ではごゆっくりどうぞ」
舞羽の分が最初にご到着。新幹線の形をしたお皿に、旗の立ったチャーハン、プリン、タルタルソースのたっぷりかかったエビフライなど定番のものがたくさん盛られている。さらにはおまけのシャボン玉セットも付いて来た。
「……ワタシのじゃ、ないんだけど」
鈴恵の前に置かれてしまった。鈴恵は苦笑いする。
「あらまっ、鈴恵ちゃんが頼んだように思われちゃったのね」
愛紗美はくすくす笑う。
「鈴恵ちゃん、若手に見られてるってことだから、気にしちゃダメだよ」
「あのウェイトレスさん、鈴恵お姉ちゃんがあたしと同い年くらいに見えたのかなぁ?」
舞羽は少し申し訳なさそうに、お子様ランチを自分の手前に引っ張った。
(ウェイトレス、どっちか悩んでたよな)
平祐は笑いを堪えていた。
「……確かにワタシ、一六歳だけど小学生に見えるよね」
鈴恵は内心ちょっぴり落ち込んでしまった。
さらに一分ほどのち、他の五人の分も続々運ばれてくる。
こうして六人のランチタイムが始まった。
「エビフライは、あたしの大好物なのーっ♪」
舞羽はしっぽの部分を手でつかんで持ち、大きく口を開けて豪快にパクリと齧りつく。
「美味しいっ! 相変わらず日本のエビはキビノヌ星の養殖のより味が上だね」
その瞬間、とっても幸せそうな表情へと変わった。
「モグモグ食べてる舞羽ちゃんって、なんかキンカンの葉っぱを食べてるアオムシさんみたいですごくかわいいね」
「舞羽、あんまり一気に入れすぎたら喉に詰まらせちゃうかもしれないですよ」
遥子と里緒はその様子を微笑ましく眺める。
「マウちゃん、ワタシが食べさせてあげる。はい、あーんして」
鈴恵はお子様ランチにもう一匹あったエビフライをフォークで突き刺し、遥子の口元へ近づけた。
「ありがとう、鈴恵お姉ちゃん。でも、食べさせてもらうのはちょっと恥ずかしいな」
舞羽はそう言いつつも、結局食べさせてもらった。
「平祐くん、育ち盛りなんだし天麩羅蕎麦だけじゃ足りないでしょう? 私のも分けてあげるよ。はい、あーん」
遥子はクリームシチューの中にあったチキンの一片をフォークで突き刺し、隣に座る平祐の口元へ近づけた。
「いや、いいよ」
平祐は困惑顔を浮かべ、昨日の昼食時と同じく左手を振りかざして拒否。右手で箸を持ち、麺を啜ったまま。
「あーん、今日もダメかぁ」
遥子は微笑み顔で嘆く。でも嬉しそうだった。
「あらあら、失敗しちゃったわね」
「平祐さん、お顔は赤くなっていませんが、照れていますね」
「ヘイスケくん、一回くらいやってあげなよ」
愛紗美、里緒、鈴恵はにこっと笑いながらそんな彼を見つめた。
「出来るわけないだろ」
平祐は苦笑いしながら伝え、引き続き麺をすする。
「赤ちゃんみたいで、恥ずかしいもんね」
舞羽は平祐の気持ちがよく分かったようだ。
昼食を取り終え、レストランから出た直後。
「あの、私、おトイレ行きたくなって来た」
遥子はもじもじしながら伝える。
「ワタシもちょうど行きたいと思ってたんよ」
「あたしもー。漏れそう」
「わたしも、行きたくなって来てしまいました」
「わたくしも」
他の女の子四人も同調した。
「じゃあ荷物、見張っててあげるよ」
平祐は優しく気遣う。
「サンキュー、ヘイスケくん。さすが男の子、頼りになるね」
「ごめんね平祐くん、すぐに戻ってくるから」
「申し訳ないです」
「平祐お兄ちゃん、ありがとう」
「平祐ちゃん、ここから動いたらダメよ。迷子になっちゃうから」
こうして五人は荷物を平祐に預け、最寄りの女子トイレへと向かっていった。
(余計なお世話だ、愛紗美ちゃん)
平祐は受け取ったリュックサックを自分の側に固め、近くの長椅子に腰掛ける。
(早く、戻って来ないかなぁ)
待っている間、そわそわしていた。
「お待たせー、平祐くん」
「大変お待たせしました平祐さん」
「混んでて思ったより時間かかっちゃったんよ」
「平祐ちゃん、よく出来たね」
「平祐お兄ちゃん、誘拐されてなくて良かった」
五分ほど待って五人全員戻ってくると、平祐はホッと一安心。彼もトイレに行って戻ってくると、
「あのう、わたし、どうしても寄っておきたいお店があるのです」
続いて里緒の希望により、センター街に佇むアニメショップに立ち寄ることにした。
発売中または近日発売予定のアニメソングBGMなどが流れる、賑やかな店内。
「やはりわたし達が住んでいる街のアニメグッズ専門店『アニメイダンラズス』と比べると、品揃えが豊富ですね」
里緒は嬉しそうに店内を散策する。
「お店の名前を見るとアニメグッズしか売られてなさそうだけど、お菓子もいっぱい売られてるね」
「お菓子もアニメグッズの一種だと思うよ。あたし、一〇個中八個が激辛のキャンディー買おうっと!」
愛紗美と舞羽もけっこう楽しそうにしていた。
「リオちゃん達が住んでる所でもアニメキャラの中の人、声優さんはやっぱ人気ある?」
鈴恵はこんな質問をしてみる。
「はい、地球と同様熱心なファンもたくさんおられますよ。ただ、キビノヌ星では当然のことながら、生の声優さんと触れ合える機会はありません。声優さんのイベントに参加出来るのは羨ましい限りです」
里緒がやや残念そうに呟くと、
「ワタシ、声優さんのイベントはそんなに魅力は感じないんよ。特に女性声優の場合、客はディープな男の人ばっかりで怖いけん」
鈴恵は苦笑いを浮かべながら伝えた。
「ああいうの、男の俺から見ても怖いよ。大智がよく見てる、アニメイベントのブルーレイで声優さんが挨拶する度に、うをおおおおおーっ、とかオットセイみたいに叫んで、声優さんが歌ってる時はうぉうぉ叫びながらペンライトぶんぶん振り回してすごい激しく踊ってる集団」
「私は恥ずかしがり屋さんだし怖がりだから、声優さんは絶対無理だなぁ」
平祐と遥子も苦笑いを浮かべる。
「ワタシも無理じゃ。でもアフレコ体験だけはしてみたいじょ」
「話を聞く限り、声優さんのイベントはけっこう過酷そうですね」
里緒は声優さんとイベントの参加者に尊敬の念を抱いたようだ。
「あっ!」
平祐はラノベコーナーにいた誰かに気が付き、近寄っていく。
「おう、平祐殿ではないかぁ。奇遇であるな」
大智であった。
「大智、ラノベ大人買いだな。俺はラノベの表紙のキャラクター、全部同じに見えるんだけど」
平祐は平積みにされている新刊を眺めながら呟く。
「平祐殿、全く違うではないかぁ。まだまだ学習不足であるな。これらのキャラの見分けが簡単につくようになれば、これから習う、似たようなのが多い三角関数の公式や、有機化合物の化学式や性質を暗記するのも楽に出来るようになるぜ」
大智はにっこり笑顔で言う。
「教科の勉強とこれとは全く関係ないだろ」
平祐は呆れ顔だ。
「やぁ、ダイちゃん、やっぱりいたね」
「こんにちは、大ちゃん」
鈴恵と遥子は嬉しそうにご挨拶。
「どっ、どうも」
この二人にまさかこの店でぱったり出会うとは、と大智は思っていた。
「あーっ、本物のお相撲さんがいるぅ。ねえねえ、お兄ちゃんの四股名は何って言うの? 出身地と所属部屋はどこ? 番付の最高位は? 通算成績は何勝何敗何休?」
舞羽も大智の姿に気付くと、彼の側にぴょこぴょこ近寄っていく。
「いや、オレ、お相撲さんではぁ」
大智はかなり緊張気味に否定した。彼の心拍数、ドクドクドクドク急上昇。小学生くらいの現実の女の子は特に苦手なのだ。
「この子が平祐ちゃんのお友達かぁ。大ちゃんって名前の通り、とっても大きいわね」
「両国にいそうな感じですね」
愛紗美と里緒はにこにこ微笑む。
「平祐殿、あの二次元美少女みたいなコスプレのやつらは一体?」
大智は驚き顔。
「母さんの知り合いの海外からのお客様だ。訳あって今、俺んちにホームステイしてるんだ」
平祐は大智が混乱しないよう、こう嘘の内容も伝えておく。
「そういうことであったか。平祐殿んち元民宿だから広いもんな。では平祐殿、またな」
大智は居心地が悪くなったのか、そそくさ店をあとにした。
「ダイちゃん逃げちゃったね」
鈴恵はにこっと笑った。
「早く帰らないと門限に間に合わなくて親方に叱られちゃうのかな? ねえ、次はゲームセンターへ行こう。地球のゲームセンター、一度行ってみたーい」
舞羽は強く懇願した。
そんなわけでみんなはこのあと、近くのファミリー向けアミューズメント施設へ立ち寄った。
「いとうるさいですね。落ち着かないです」
里緒の第一感想。苦笑顔を浮かべる。
「やっぱりキビノヌ星のゲームセンターよりも豪華で賑やかね。プリクラも相当種類があるし。みんなで記念に取りましょう」
愛紗美の誘いに、
「プリクラかぁ、俺はいいよ」
平祐は断ったが、
「平祐ちゃん、男の子一人だからって恥ずかしがらなくてもいいのよ」
「平祐お兄ちゃんも一緒に写るのぉ!」
「平祐くんも写ろうよ」
「ヘイスケくん、高校時代の思い出作りになるけん、一緒に写ろう」
「平祐さん、お願いします」
「分かった、分かった」
他のみんなに腕や服を引っ張られたりしがみ付かれたりして無理やり参加させられる。
みんなはいくつかあるうち最寄りの専用機内に足を踏み入れると前側に三姉妹、後ろ側に平祐達三人が並ぶ。背の高い愛紗美は前かがみになってあげた。
「このフレームがいい!」
舞羽の選んだポートタワーのフレームに他のみんなも快く賛成。
「一回五百円か。けっこう高いな」
平祐はこう感じながらも気前よくお金を出してあげた。
*
撮影&落書き完了後、
「おう、めっちゃきれいに撮れてるじょ!」
取出口から出て来たプリクラをじっと眺める鈴恵。自分が見たあと他のみんなにも見せてあげた。
「本場日本のプリクラは画質も最高ね」
「学校のお友達に自慢しよっと」
愛紗美と舞羽は大満足な様子。
「鈴江さん、平祐くんとデート、ハートマークとかって落書きしないで」
平祐は迷惑顔を浮かべる。
「いいじゃん、ヘイスケくん、ほとんど事実なんだし」
鈴恵はてへっと笑い、舌をペロッと出した。
「平祐くん幸せそうな表情してるよ」
遥子はプリクラをさらに注意深く眺める。
「遥子ちゃん、俺、そんな表情してないと思うんだけど」
平祐は照れてしまった。
「いやいやー、してるよ」
遥子に嬉しそうな笑顔で反論され、
「……」
平祐は何も言い返せなかった。
「里緒ちゃんは、表情がちょっと硬いね」
「本当じゃ。なんか弁護士みたいじょ」
「里緒お姉ちゃん、話しかけづらいがり勉少女みたーい」
「あれれ? 笑ったつもりなんだけどな。わたし、生徒証の写真はもっと表情硬いですよ」
里緒は照れくさそうに打ち明ける。
「里緒ちゃんの学校も生徒証があるんだね。私も生徒証の写真はそんな感じだよ」
「ワタシも生徒証の写真は表情めっちゃ硬いよ。睨んでるような感じじゃ」
遥子と鈴恵がさらりと打ち明けると、
「遥子さんと鈴恵さんも同じなのですね、よかった」
里緒に笑みが浮かぶ。
「里緒、今の表情いいわね」
愛紗美はサッとスマホをかざし、カメラ機能で里緒のお顔をパシャリと撮影する。
「里緒、いい笑顔が取れたわよ」
「愛紗美お姉さん、なんか恥ずかしいからすぐに消してね」
里緒の表情はますます綻んだ。
「見せて、見せてー。里緒ちゃん、本当にすごくいい表情だね」
「リオちゃんめっちゃかわいい」
「里緒お姉ちゃんの笑顔素敵♪ 消すのは勿体ないよ」
遥子と鈴恵と舞羽は興味深そうにその写真を眺める。
「あーん、これ以上見ないでー」
里緒は表情を綻ばせたまま、頬を赤らめた。
(どんな表情してるんだろ?)
平祐は気にはなったが、罪悪感に駆られ見ようとはしなかった。
「あたし、次はこれがやりたいなぁ」
舞羽はプリクラ専用機すぐ向かいに設置されていた筐体の前に歩み寄る。
「舞羽ちゃん、動物さんのぬいぐるみが欲しいんだね?」
「うん!」
遥子からの問いかけに、舞羽は弾んだ気分で答える。舞羽がやりたがっていたのはお馴染みのクレーンゲームだ。
「動物のぬいぐるみは特にかわいいけんね」
鈴恵は同調する。
「あっ! あのピグミーマーモセットのぬいぐるみさんとってもかわいい! この動物さん地球の生き物の中でも特に好き♪ お部屋に飾りたぁい」
お気に入りのものを見つけると、舞羽は透明ケースに両手のひらを張り付けて叫び、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
(めっちゃかわいいな)
平祐はその幼さ溢れるしぐさに見惚れてしまった。
「舞羽、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみさんの間に少し埋もれてるから、難易度は日本の東大級よ」
「大丈夫! むしろ取りがいがあるよ」
愛紗美のアドバイスに対し、舞羽はきりっとした表情で自信満々に言った。コイン投入口に百円硬貨を入れ、操作ボタンに両手を添える。
「舞羽ちゃん、頑張れーっ」
「マウちゃん、ファイトッ!」
「舞羽、慎重にね」
「舞羽、落ち着いてやれば、きっと取れますよ」
「頑張れよ」
他の五人はすぐ後ろ側で応援する。
「みんな応援ありがとう。あたし、絶対取るよーっ!」
舞羽は慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。
続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。
「あっ、失敗しちゃった」
ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。
舞羽が再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。クレーンは自動的に最初の位置へと戻っていく。
「もう一回やるもん!」
舞羽はとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。
「今度こそ絶対とるよ!」
この作業をさらに繰り返す。
舞羽は一度や二度の失敗じゃへこたれない頑張り屋さんらしい。
けれども回を得るごとに、
「全然取れないよぅ。重力が大きいからかなぁ」
舞羽は徐々に泣き出しそうな表情へと変わっていく。
「あのう、舞羽、他のお客さんも利用するので、そろそろ諦めた方がいいかもです」
里緒は慰めるように忠告したが、
「嫌ぁっ!」
舞羽は諦め切れない様子。ぷくぅっとふくれる。
「気持ちは分かるのですが……わたしも一度やると決めたことは、最後までやり遂げたいですから」
里緒は深く同情した。
「このままだと舞羽ちゃんかわいそう。ねえ平祐くん、取ってあげて」
遥子が肩をポンッと叩いて命令してくる。
「でも、俺も、クレーンゲーム得意じゃないし。真ん中ら辺のシマウマのやつはなんとかなりそうだけど、あれはちょっと無理だな」
平祐は困惑顔で呟いた。
「ねーえ、平祐お兄ちゃん、お願ぁい!」
「……分かった。取ってあげる」
けれども舞羽に寂しがる子犬のようにうるうるした瞳で見つめられると、平祐のやる気が急激に高まった。クレーンゲームの操作ボタン前へと歩み寄る。
「ありがとう、平祐お兄ちゃん。大好き♪」
するとたちまち舞羽のお顔に、笑みがこぼれた。
「さすが平祐くん、男の子だね」
「ヘイスケくん、きみの判断は正しいじょ」
「平祐さん、心優しいですね」
「平祐ちゃん、たとえ失敗したとしてもその心意気は高く評価するわ」
他の四人も、彼に対する好感度が高まったようだ。
(まずい。全く取れる気がしないよ)
平祐の一回目、舞羽お目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。
「平祐お兄ちゃんなら、絶対取れるはず♪」
背後から舞羽に、期待の眼差しでじーっと見つめられる。
(どうしよう)
当然のように、平祐はプレッシャーを感じてしまう。
「平祐くん、頑張れーっ!」
「ヘイスケくん、ドンマイ!」
「平祐さん、ご健闘を祈ります!」
「平祐ちゃんならきっと成し遂げられるわっ!」
(よぉし、やってやろう!)
他の四人からの声援を糧に平祐は精神を研ぎ澄ませ、再び挑戦する。
しかしまた失敗した。アームには触れたものの。
けれども平祐はめげない。
「平祐お兄ちゃん、頑張ってーっ。さっきよりは惜しいところまでいけたよ」
舞羽からも熱いエールが送られ、
「任せて舞羽ちゃん。次こそは取るから」
平祐はさらにやる気が上がった。
三度目の挑戦後。
「……まさか、本当にこんなにあっさりいけるとは、思わなかった」
取出口に、ポトリと落ちたピグミーマーモセットのぬいぐるみ。
平祐は、舞羽お目当ての景品をゲットすることが出来た。ついにやり遂げたのだ。
「やったぁ! さすが平祐お兄ちゃん! だぁぁぁーい好き♪」
舞羽は大喜びし、バンザーイのポーズを取った。
「平祐くん、おめでとう! 三度目の正直だね」
「平祐さん、素晴らしいプレイでしたね」
「ヘイスケくん、ワタシ感動したよ」
「平祐ちゃん、よく出来ました」
他の四人もパチパチ拍手しながら褒めてくれる。
「たまたま取れただけだよ。先に、舞羽ちゃんが、少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげだよ。はい、舞羽ちゃん」
平祐は照れくさそうに語り、舞羽に手渡す。
「ありがとう、平祐お兄ちゃん。ピグマモちゃん、こんばんは」
舞羽はさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。
「舞羽ちゃん、幸せそうだね」
遥子はにこやかな表情で話しかけた。
「うん、とっても幸せだよ」
舞羽は恍惚の笑みだ。
「舞羽、観光以外でも楽しい思い出が出来てよかったね」
愛紗美は優しく微笑み、舞羽の頭をなでであげた。
※
ゲームセンターから出たあと平祐達三人は、三姉妹がまだ巡っていない神戸市内の観光名所を青少年科学館、北野異人館、布引ハーブ園の順に案内してあげた。
夕方、帰り際。
「今日もすっごく楽しかったぁー。作文に書けることがたくさん出来たよ」
「今回の地球旅行では現地の人々の暮らしにも密着出来て大満足です。今まで家族全員で地球を訪れたさいは観光地巡りばかりだったので、ちょっと物足りないと感じていました」
「この四日間、とっても貴重な体験をさせてもらったわ」
三姉妹はご満悦な様子で伝える。
「みんな今夜には帰っちゃうのは残念だよ。またいつか絶対来てね」
「地球まで片道一週間もかかるようじゃけん、無理は言わんけど、一年以内には来て欲しいじょ」
「俺も、これで会えなくなるのは寂しい」
遥子達三人は名残惜しそうにしていた。
「もちろん来るよ、遥子お姉ちゃん、鈴恵お姉ちゃん、平祐お兄ちゃん。楽しみに待ってて」
「キビノヌ星の学校の冬休みは十日ほど、春休みは一週間ほどしかしないので無理ですが、来年の夏休みには絶対来ますよ」
「わたくしは、受験生になっちゃうから厳しいと思うけど、なるべく訪れるから」
三姉妹は固く誓う。彼女達も目が、ちょっぴり潤んでいた。やはり別れを寂しく思っていたのだ。
「あと一時間くらいで整備士さんが来るよ。修理は三〇分くらいで終わるみたいだから、お別れまではあと一時間半くらいだよ」
舞羽がそう伝えてほどなく、愛紗美の所有しているスマホの着信音が鳴り響いた。
「もしもし」
『こちら、緊急連絡を頂いた宇宙船整備士の上垣と申します。栃尾様でいらっしゃいますね。あの……』
愛紗美は受話器の向こうからいろいろ伝えられる連絡を聞いたのち、
「そうなんだ。わたくし達は大丈夫よ。お気をつけてお越し下さってね」
そう労って電話を切った。
「整備士さん、到着が予定より半日以上遅れて明日の朝になりそうだって」
そして皆にこう伝える。
「それじゃ、平祐お兄ちゃんちにもう一泊出来るってことだね」
舞羽だけでなく、
「私もお別れが一日伸びて、嬉しいよ」
「なんか、意表を付かれた感じじゃ」
遥子と鈴恵も大喜びした。
「平祐さん、申し訳ございませんが、もう一晩だけお世話になってよろしいでしょうか?」
「まあ大丈夫だろうけど、姉ちゃんが許してくれるかな?」
午後六時頃に帰った後、平祐は三姉妹を迎えに来てくれる人の到着が予定より遅れて明日になるからもう一泊だけ泊めて欲しいと伝え、宇宙船のこと云々は隠しておいた。
すると、
「もちろんオーケイよ」
「いつまででもいていいぞ」
両親は快く賛成。
「そういうことなら、仕方ないわ。今夜はうち、友達と漫研サークルのお泊り会でおらんけど、平祐に何かしたら承知せんからねっ」
由貴も、やや嫌がりながらも賛成してくれた。
「由貴お姉さん、明日はいつ頃お帰りになるのでしょうか?」
里緒が尋ねる。
「夜遅くよ。十時は過ぎるかな」
由貴はきっぱりと答えた。
「それだと、わたし達とはこれで最後のお別れになりますね。由貴お姉さん、このたびは大変お世話になりました」
「ばいばい、由貴お姉ちゃん」
「わたくし、由貴ちゃんと遊べて、すごく楽しかったわ」
三姉妹は少し寂しそうな表情。
「うちはすごく嫌やったわ。それじゃぁ、うち、そろそろ行くから」
由貴は苦笑顔でこう告げて、家を出て行った。
六時五五分頃。テレビで兵庫県内各地の天気予報が流れると、
「今夜は大雨かぁ。でも明日朝までには上がるみたいでよかったわ」
「星空が楽しめないのは残念です」
「雨は嫌だよねー。雪は大好きだけど」
三姉妹はやや不満そうに反応した。
けれども夕食時にはすっきりとした気分へ。今夜は焼き肉。
「隙ありっ!」
「あーん、愛紗美お姉ちゃん、お肉返してぇー。昼もいっぱい食べたでしょ」
今日も相変わらず愛紗美と舞羽の争奪戦が繰り広げられた。
注意してくれる由貴はいなかったが、いつものように数十秒で収束する。
平祐は、今日は三姉妹のあとに入浴した。
けれども、
「平祐ちゃん、こんばんはー」
「こんばんはです」
「平祐お兄ちゃん、やっほーっ!」
三姉妹がやはり入り込んで来た。
「あの、今日はみんな先に入っただろ?」
平祐は当然のように迷惑顔。
「二度風呂しようと思いまして」
「だって神戸は温泉の街だもん!」
「今夜は由貴ちゃんいないから、思う存分楽しめるわね」
三姉妹はお構いなし。
「俺はもう出るから」
「ねえ平祐ちゃん、遥子ちゃんとはキスしたこと無いの?」
「ないに決まってるだろ」
愛紗美に唐突にこう質問され、平祐はやや照れくさそうに否定する。
「あらら、十年以上も付き合ってるみたいなのに勿体無い」
「べつに付き合ってるわけじゃないって。単なる幼馴染なだけだから」
「平祐さん、男の子にとっての女の子の幼馴染というのは、日本ではお互い仲が良いのは幼少期くらいのもので、思春期を迎える頃には敬遠疎遠されるのが普通なのでしょう? 平祐さんはラブコメマンガやラノベの設定みたいに恵まれているのですから、遥子さんを大切にしてあげなきゃダメですよ」
「分かってるけど……」
里緒の力説に、平祐が迷惑顔で呟いたその時、ガラガラッと出入口扉が開かれ、
「こんばんはー平祐くん、お部屋越しに今からみんなで入ると伝えられて来ちゃった♪」
遥子も二日振りに訪問。バスタオルは肩の辺りから膝下までしっかり巻かれていたが、
「遥子ちゃん、困るよ」
やはり平祐はとても気まずく感じ、即効湯船から上がって浴室から逃げていった。
「平祐ちゃん、この様子じゃ遥子ちゃんの仲がこれ以上なかなか進展しそうにないわね」
愛紗美はにこっと微笑みながら見送る。
「なんで逃げるんだろう?」
遥子は不思議そうにしていた。
「遥子お姉ちゃん、今日はお船で遊ぼう」
「うん」
このあとは三姉妹と遥子、四人で楽しく入浴タイム。
午後十時半頃、平祐が自室の机に向かい古文の宿題に取り組んでいたところ、
「平祐ちゃん、今晩はわたくし達のお部屋で一緒に寝ましょうね」
三姉妹が入り込んで来て誘ってくる。
「いいって」
平祐は断るが、
「平祐さん、最後の思い出ですから。由貴お姉さんもいないことですし、鬼の居ぬ間に洗濯です」
「平祐お兄ちゃん、せっかくのチャンスなんだよ」
舞羽にぐいぐい手を引かれ、里緒に背中を押され強制的に連れて行かれてしまった。
「平祐ちゃんの香りがするわ。良い匂い」
愛紗美は平祐の普段使っているお布団一式を運ぶ。
「ねえ平祐お兄ちゃん、あたしと一緒に寝て欲しいな」
舞羽が突然こんなことをお願いして来て、袖をぐいぐい引っ張って来た。
「ダッ、ダメだよ」
平祐は困惑顔で浮かべ、きっぱりと断った。
「あーん、お願ぁい」
舞羽は駄々をこね、平祐の肩を掴んで体を揺さぶる。
「平祐さん、一緒に寝てあげて下さい」
「平祐ちゃん、せっかくの機会だし、寝てあげて」
里緒と愛紗美も要求してくる。
「無理に決まってるだろ。舞羽ちゃん、悪いけど、諦めて」
平祐は少し照れ気味に、申し訳無さそうにお願いする。
「あーん、平祐お兄ちゃんのケチィィィッ」
「あのう、舞羽ちゃん、痛いから」
舞羽は迷惑がる平祐の肩を構わずこぶしでドンドンドンと叩き続ける。
その最中だった。
窓の外に、ピカピカピカッとジグザクに走る稲光が見えた。
その約二秒後、
ドゴォゴォーン! と強烈な爆音が鳴り響く。
「びっくりしたぁー。へっ、平祐お兄ちゃぁん。さっきの雷さん、もの凄かったね。近くに落ちたのかも……」
「あっ……あの、舞羽ちゃん」
平祐はかなり気まずい心境に陥る。舞羽が平祐の背中にコアラのようにしがみ付いて来たのだ。
「ごめんね平祐お兄ちゃん、あたし、今でも雷さんが怖いのぉ」
舞羽は顔をこわばらせ、プルプル震えていた。
「そっ、そうだったんだ」
平祐は意外に思った。
その時、
ズダァァァッン、バリバリバリビッシャーン! と耳を劈くようなさらに強烈な雷鳴が轟いた。
「平祐お兄ちゃぁん、怖いようぅぅぅぅ」
舞羽はさらに強くしがみ付いてくる。
「いっ、痛いよ舞羽ちゃん」
「舞羽、まだ雷嫌いなのね」
愛紗美は優しく微笑む。
「キビノヌ星でも、雷って発生するのか?」
疑問を浮かべた平祐に、
「はい、地球と大気成分がほぼ同じですから、気象状況もほぼ同じなんです。台風的なものも発生しますよ。あの、平祐さん、じつはわたしも雷さんが怖いのです」
説明した里緒も強くしがみ付いてくる。今にも泣き出しそうな表情をしていた。
雷はまだ、数十秒おきに鳴り続けていた。
雨脚も急に強くなってくる。
「二人ともずるいわ。わたくしもー」
愛紗美まで加担して来た。彼女は楽しんでいる様子だ。
「あの、あんまり密着しないで。暑苦しいって」
今、平祐の背中に舞羽、左腕に愛紗美、両膝に里緒が抱きついている。平祐は自由に身動きが取れない状態になっていた。
「夜は雷雨になるって予報、当たっちゃったみたいね」
「寒冷前線の通過によるものだから、すぐに治まってくれるとは思うんだけど、怖ぁい」
「日本の八百万の神様、お願いですから雷さんを、早く治めて下さい」
大きな雷鳴が轟く度、三姉妹は平祐の体に強く密着してくる。
「あっ、あの。痛いから、あまりきつく締め付けないで。というか正直、早く退いて欲しい」
こんなハーレム的状況でも、平祐は嬉しさよりも苦しさの方が遥かに強く感じていた。
鳴り始めてから十分少々もすると、雨と雷は小康状態になった。
「平祐さん、ありがとうございました。もう平気です」
「平祐お兄ちゃんの腕、すごく柔らかかったよ」
「平祐、とても男の子らしく見えたわ」
三姉妹はようやく平祐の体から離れる。
「暑かったぁー」
平祐はかなりくたびれた様子だった。汗もけっこう出ていた。
「あの、平祐お兄ちゃん、あたし、やっぱり自分のお布団で寝るよ。さっき無理なお願いして罰が当たったもんね」
舞羽がそう伝えると、
「分かった」
雷のおかげで助かったぁー、と平祐は内心ホッとした。
ほどなく、
「あのう、さっきの雷、大丈夫だった?」
外からこんな声が聞こえてくる。
遥子だ。
「すごく怖かったけど、平祐お兄ちゃんが側にいてくれたから大丈夫だったよ」
舞羽は窓を開けて、向かいにいる遥子に話しかける。
「そっか。私は、お母さんと一緒に震えてたよ」
「今夜は由貴ちゃんいないし、遥子ちゃんもこっちで泊まらない?」
愛紗美がこう誘いかけると、
「そうしたいところなんだけど、校則で友人宅での外泊は禁止されてるから。それじゃ、おやすみなさい」
遥子は残念そうに伝えて、窓を閉めた。
「あまり守られて無さそうな校則もきちんと守るなんて、遥子ちゃん、とってもいい子ね」
愛紗美はほとほと感心する。
「品行方正さは楠影高一だと思う」
平祐は自信を持って主張した。
「また鳴るかもしれないから、おへそしっかり隠さなきゃ」
舞羽はもう一度おトイレに行ってから、お布団にしっかり潜り込む。平祐に取ってもらったピグミーマーモセットのぬいぐるみもお隣に置いて。
「舞羽、子どもっぽいですよ」
先にお布団に入っていた里緒はその様子を横目に見て、くすりと微笑む。
「それじゃ、おやすみ」
愛紗美が紐を引いて電気を消し、四人とも就寝準備完了。
それから五分も経たないうちに、三姉妹はすやすや眠りについた。
(緊張して眠れない)
こんな状況のためか、平祐は目が冴えてしまう。
この子達の寝顔、どんなのかな? と平祐は気になってしまった。けれども罪悪感に駆られ、覗こうとはしなかった。彼が眠りつくことが出来たのは、布団に入ってから一時間以上が経ってからだった。