第二話 三姉妹 わくわく県内巡りスタート
午前五時頃。
(里緒お姉ちゃんも、愛紗美お姉ちゃんもお休み中だね。よぉし。時刻的に早朝だからお外へ出ても問題ないよね)
目を覚ました舞羽は、物音を立てないようにお部屋から出て玄関へ移動し、鍵をそーっと開け、こっそりとお外へ出る。
それから三〇分ほどして舞羽は無事、戻って来た。
(全然危険じゃなかったよ。里緒お姉ちゃんは心配性だなぁ。それどころか、理科の自由研究に良いもの取れちゃった♪ ビニール袋持っていって良かったよ♪)
舞羽は満足げな気分で布団に潜り、再び眠りにつく。
さらにしばらくのち、平祐の自室。
「もう朝か……ん?」
まだセットされた目覚まし時計が鳴る前、七時頃に目を覚ました平祐は、妙な違和感を覚えた。布団の中で、何かがごそごそと動き回っていたのだ。
「これって!」
平祐はやや表情を蒼ざめさせながら、掛け布団をおもむろに捲り上げてみる。
「うわぁっ!」
瞬間、びくーっと反応して飛び上がった。
バッタ、ではなくイナゴがいたのだ。
それも数十匹。平祐のパジャマにも多数まとわりついていた。
「いつの間に入って来たんだ?」
平祐は体を激しく揺さぶり、振り払っていたところ、
「おっはよう! 平祐お兄ちゃん」
舞羽が部屋の扉を開け、爽やかな表情で挨拶して来て部屋に足を踏み入れてくる。
「これ、ひょっとして、舞羽ちゃんが?」
平祐は苦い表情で尋ねる。
「その通りだよ。去年家族旅行で行った松山が舞台の小説『坊っちゃん』の真似をしてみたのーっ! キビノヌ星にはイナゴさんは生息してないから、やっと試すことが出来て満足出来たよ。ちょうど稲刈りシーズンだからたくさん取れたよ♪」
舞羽は得意げな表情で嬉しそうに言う。
「結局わたくしや里緒の言いつけを破ってお外へ出たのね。ダメでしょ舞羽っ! そんな危ないことしちゃ。誘拐事件に巻き込まれる可能性だってあったのよっ! 平祐ちゃんにも謝りなさい!」
いつの間にか背後にいた愛紗美は舞羽を担ぎ上げ、お尻をむき出しにしてパシーンと叩いた。悪い子へのお仕置きの仕方は地球人と共通のようだ。
「平祐お兄ちゃぁん、ごめんなさぁぁぁい。もう二度としませぇぇぇん」
痛かったのか、舞羽はえんえん泣きながら謝ってくる。
「あっ、いや、べつに、俺、気にしてないから」
平祐は戸惑ってしまった。
「……んにゃっ、どうしたん? やけに騒がしいけど」
由貴も目を覚ましたようだ。むくりと上体を起こす。
「あっ、ねっ、姉ちゃん、危ないっ!」
平祐は慌てて注意を喚起する。
遅かった。
イナゴが二匹、由貴の鼻にぴょこんと乗っかったのだ。
「きゃっ、きゃあああああああぁぁぁぁぁっ!」
由貴は瞬く間に顔を蒼ざめさせ、百デシベルは超えていそうな断末魔の叫び声を上げた。由貴は女の子にはとりわけ珍しいことではないのだが、虫が大の苦手なのだ。
さらにもう一匹、由貴のきれいなピンク色の唇目掛けて乗っかる。
「……」
由貴はパタッと仰向けに倒れた。
「由貴ちゃん、関西人らしく大げさなリアクションね」
愛紗美も目を大きく見開き、びっくりしていた。
「姉ちゃん、しっかりしろ」
平祐が由貴のお顔に乗っているイナゴを一匹残らず叩いてあげたのち、頬をペシペシ叩いて由貴は無事生還。
「ごめんなさぁい、由貴お姉ちゃぁん。イナゴさん、すぐに片付けるからぁ」
舞羽はえんえん泣きながら、土下座して謝る。
「舞羽ちゃん、泣いて謝ったくらいでうちが許すと思ったら、大間違いやっ!」
由貴は目に涙を浮かばせながらこう言い放ち、猛ダッシュでお部屋から出て行った。
「おはようございまーす、皆様。朝から賑やかですねー。あらっ、蝗さんがいっぱい。【ぴょんぴょんと 蝗飛び交う 畳部屋】」
入れ替わるように里緒は寝惚け眼を擦りながらこのお部屋へやって来て、のんびりとした声で挨拶して、ちゃっかり一句詠んだ。
七時五〇分頃、
「洗顔フォームで五分以上は念入りに洗ったのに、まだイナゴが鼻の上に乗ってる感覚が……あんた達ぃ、やっぱり問題事起こしたわね。これ以上泊めることは出来へんわっ!」
応接間にて朝食団欒時。由貴は怒り心頭で三姉妹、のうち特に舞羽を睨みつける。
「ごめんなさぁーい」
舞羽は涙目になりながら謝罪する。
「まあまあ由貴。佃煮の材料が出来て助かったんだから」
母は優しくなだめ、それが盛られたお皿をローテーブル上に置く。
「きゃっ、きゃぁぁぁっ!」
由貴は甲高い悲鳴を上げ、飛び上がって平祐の体に抱きついた。
「ねっ、姉ちゃん、それくらいで怖がるなよ」
平祐はかなり苦しがる。顔に胸を密着されていたのだ。
「だっ、だってぇ。お母さん、そんな不気味なもの、作らんといてよ。あり得へん」
今にも泣き出しそうな表情の由貴を見て、
「もう、由貴ったら、イナゴの佃煮くらい作れなきゃ、お嫁に行けないわよ」
母はくすっと微笑む。
「いつの時代の話やねん?」
由貴はむすっとなった。
「甘辛くて、すごく美味しい♪」
「蝗さんは、昭和時代までは各ご家庭でよく食されていた日本食ですね」
舞羽と里緒はイナゴの佃煮をお箸で摘み、美味しそうに食していた。
「グロテスクね、怖いわ」
愛紗美は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「愛紗美ちゃんも苦手なのね」
母は再び微笑む。
「あなたもそう思ってたんか」
由貴は若干親近感が沸いたようだ。
「由貴ちゃん、わたくし達、気が合うわね」
愛紗美はけっこう嬉しそう。
「うん、その一面だけわね」
由貴は少し悔しそうに小さく頷いた。
民宿廃業以降は高校の数学教師を勤めている父は、皆が朝食を取る前、七時半頃には家を出ていた。
まもなく午前八時になろうという頃、ピンポーン♪ とチャイム音。
「おはよー平祐くん」
その約一秒後、ガラガラッと玄関扉の引かれる音と共に、のんびりとした声が聞こえて来た。
「おはよう、すぐ行くから」
平祐は通学鞄を肩に掛け、玄関先へと向かう。
訪れて来たのは、遥子だった。
学校がある日は、いつもこの時間帯くらいに迎えに来てくれるのだ。
平祐は中学に入学した頃から現在完了進行形で登校は別々でも良いと思っているのだが、遥子がそうは思ってくれていないので付き添ってあげているという感じである。とはいっても平祐もべつに嫌がってはいない。けれども通学中に同じクラスのやつ他知り合いにはあまり会いたくないなぁ、という思春期の少年らしい照れくさく思う気持ちは持っていた。
「平祐お兄ちゃん、遥子お姉ちゃん、行ってらっしゃーい」
舞羽も玄関先へとことこ駆け寄って来て、手を振りながら見送った。
「おはよう舞羽ちゃん、学校へ行ってくるね」
「じゃ、行ってくる」
八時頃に遥子と平祐は家を出発。この二人は高校へ入ってからも徒歩通学である。葛山宅から二人が通う高校まで1.5キロ圏内の自転車通学禁止区域に指定されているからだ。ちなみに鈴恵も同じである。
「あの子達が通う学校も、長期休暇中はやっぱり宿題が出てるのかな?」
「日本の学校よりも多いみたいだった。昨日の夜、三人とも一生懸命やってたよ。キビノヌ星の学生は、日本の学生よりも勤勉だと実感したよ。大学入試の科目数も日本の大学入試よりも多いんだって」
「そうなんだ。文明が地球以上に発達しているわけだね」
公立校らしいオーソドックスな紺色ブレザーを身に纏った二人は門を抜けて、他愛ない会話を弾ませながら通学路を一列で歩き進む。
八時十五分頃。葛山宅では、
「食器洗いだけでなく、お掃除とお洗濯まで手伝ってくれるなんてとってもいい子達ね。お駄賃をあげたいくらいだわ」
母が上機嫌で三姉妹を褒めていた。
「タダで泊まっとんやから、やって当然と思うわ。お母さん、あの子達に小遣いあげたらいかんよ。それじゃ、行って来まーす」
由貴は不機嫌そうに言い、家を出た。市内の私立大学に通っており、今日は朝一から講義があるのだ。
それから二分ほどのち、
「きゃあああっ!」
裏庭からこんな悲鳴が――。
里緒の声だった。
「里緒お姉ちゃん、どうしたの?」
「里緒、いったい何があったの?」
その時台所で食器洗いをしていた舞羽と愛紗美は駆け寄って行こうとしたら、
「助けて下さぁーいっ!」
里緒の方からやって来た。逃げ惑いながらすぐ後ろにいる茶色い毛並み扁平なお鼻四本足の野生動物を手で指し示す。
「大変だぁー。里緒お姉ちゃんがイノシシさんとループ軌道を描いてるぅ」
「おば様に助けてもらわなきゃ」
舞羽と愛紗美は心配そうに見守る。
「あらま、また遊びに来たのね」
母は爽やかな笑顔だった。
「あっ、あの、おば様。なんとかして、いただけないでしょうか?」
里緒とイノシシはダイニングテーブルの周りを何週も走る。
「任せて」
母はそう言うと蠅叩きを手に取り、冷静にイノシシのお鼻目掛けて突きつけた。
するとイノシシはビクッと反応し、ピタッと動きを止めた。
「山へ帰りなさい」
母がにこっと微笑みかけて命令すると、イノシシは理解出来たのかくるりとターンし、大人しく台所から出て行き裏庭へ戻り葛山宅敷地内から出て、背後に聳える山の方へと走り去っていった。
「ハァハァハァ……あっ、ありがとう、ござい、ました。おば様。まさか、イノシシさんが、出るとは――」
里緒は息を切らす。目は点になっていた。
「この辺りではイノシシの出没なんて日常茶飯事よ。神戸大学のキャンパスや、清隆が通ってる高校の敷地内でもわりとよく見かけるらしいわ」
母はにこにこ笑いながら言う。
「さすが大自然にも恵まれてるだけはあるね」
舞羽は嬉しそうだった。
「大きくて太っちょだし、いきなり目の前に現れると怖いわね」
「生で初めて目にし、非常にびっくりしましたよ」
愛紗美と里緒がこんな感想を抱いていたその頃には、平祐と遥子は一年一組の教室に辿り着いていた。幼小中高同じ学校に通い続けているこの二人は小学六年生の時以来、久し振りに同じクラスになった。共に一学年全八クラス中一クラスしかない理系特進コースへ入学したため、必然的になれたのだ。ちなみに一年一組は男子二九名、女子十一名の計四〇名。理系のクラスらしい男女比率となっている。
「ハルコちゃん、ヘイスケくん、おっはよう!」
二人が自分の席へ向かおうとすると、先に来ていた鈴恵が元気な声で挨拶してくる。
「おはよう、鈴江さん」
平祐は素の表情でごく普通に、
「おはよー鈴恵ちゃん。今朝は冬の気配を感じたね」
遥子は爽やかな表情と穏やかな声で返してあげた。
「ヘイスケくん、あの子達泊めて、トラブルは起きんかったん?」
鈴恵がさっそくこんな質問を問いかけてくる。
「小さなトラブルは起きたよ。今朝、舞羽ちゃんに俺の布団にイナゴを入れられた」
平祐は苦笑いを浮かべながら伝えた。
「ほうか。夏目漱石さんの小説『坊っちゃん』みたいじゃね」
鈴恵はくすくす笑う。
「かわいいイタズラされたんだね」
遥子はにこりと微笑む。
「幼い子のすることだし、俺は許せたんだけど、姉ちゃんは怒り心頭だったよ」
平祐がため息混じりに伝えると、
「ヘイスケくんのお姉ちゃん、やっぱ今でも大の虫嫌いなんじゃね」
鈴恵は由貴にちょっぴり憐憫の念を抱いたようだった。
「でも舞羽ちゃんは、理数系が得意でとても役に立つ子だったよ。あの、鈴江さん。物理のテスト、舞羽ちゃんに解説付きの模範解答作ってもらったから再試験対策に役立てて」
平祐は鞄から取り出し、鈴恵に手渡す。
「おう、すごい。字はちょっと汚いけど教科書や問題集の解答例よりも分かり易い。マウちゃんやるじゃん。蛭田の変わりに教師になって欲しいじょ。サンキュー」
鈴恵はざっと全体を眺めた後、ハイテンションな気分でじっくり目を通し始めた。
「よかったね鈴恵ちゃん、平祐くん、私にも貸してね」
「もちろんいいよ」
平祐は快く承諾し、自分の席へ。それから七分ほどのち、
「やぁ、平祐殿ぉー。さっそくで悪いのだが、数学の宿題見せてくれ」
「ほらよ、大智。ついでに昨日借りたラノベも返しとく」
「サンキュー。面白かったか?」
「まあまあだったな。途中で飽きて最後の方は流し読みになった」
大智が登校して来てのっしのっしと近寄って来る。身長一八〇センチ、体重は百キロを優に越える恵まれ過ぎた体格が仇となってか、大智は平祐以上にスポーツどの競技も超苦手なのだ。
「平祐殿、このラノベもべらぼうに面白いぞ、読んでみろ。来年一月からアニメも始まるんだぜ」
大智は鞄の中から例の物を一冊取り出し、平祐に手渡す。
「……一応、借りておくよ」
それを見て、平祐は顔をしかめる。表表紙に下着丸見えの制服姿な可愛らしい少女のカラーイラストが描かれていたのだ。大智は、小学五年生の終わり頃からラノベや萌え系の深夜アニメに嵌っていたらしい。
平祐はこういう世界に深く踏み込んではいけないな、と本能的に感じている。すぐさま鞄の中に片付けた。
(これと同じの、姉ちゃんも持ってたような……)
じつは平祐は、今から遡ること四年三ヶ月ほど前、大智から初めてラノベを借してもらい家に持ち帰った時、由貴にエロ本を読んでいると勘違いされ、「保健の教科書で我慢しなさぁーいっ!」と険しい表情で叱責されたあとに没収され、ビンタ一発、じかにお尻ペンペン十数発、とどめの大外刈り一発を食らわされた苦い経験があるのだ。皮肉にもその出来事が、由貴がオタク趣味に嵌ったきっかけとなってしまったのである。
「おっはよう、ダイちゃん」
「……おっ、おはよぅ」
突如、鈴恵に明るい声で挨拶された大智は、俯き加減になり小さい声で挨拶を返す。彼は鈴恵に限らず、三次元の女の子がよほど年上でもない限り苦手なのだ。
「大ちゃん、今後はなるべく自分の力で最後まで仕上げるようにしなきゃダメだよ。テスト本番で痛い目に遭うからね」
「はっ、はい」
遥子の忠告にも、大智が緊張気味に返事した。いつものようにこの二人から話しかけられるが、いつまで経っても慣れない大智に対し平祐は、この性格は一生治らないだろうなとちょっと心配に思っていた。
平祐達の通う高校で一時限目の授業が行われていたその頃、葛山宅では、茶の間にてこんな会話が交わされていた。
「おば様、こんな大金を渡して下さり、誠にありがとうございます」
「おばちゃん、ありがとう。大事に使うよ」
「電車賃や観光施設の入場料事前に確認したけど、今日行こうと思った場所を巡るにはお昼代含めてもじゅうぶん過ぎるわ。半分くらいお返しするね」
「いいのよ、お手伝いすごく頑張ってくれたから。では、気をつけて行ってらっしゃい」
三姉妹は合わせて三万円以上の旅費を頂き、九時ちょっと前に葛山宅を出た。JR三ノ宮駅へと向かって歩いていく。構内へ辿り着いてから、
「あら?」
券売機の前で、愛紗美はジーパンのポケットに手を突っ込みながらこう呟いた。
「愛紗美姉ちゃん、どうしたの?」
舞羽は不思議そうに問いかける。
「あのね、財布、どこかへ落としちゃったみたいなの」
愛紗美は苦笑いしながら答えた。
「愛紗美お姉さんったら、あれほど気を付けてって言いましたのに」
里緒は若干呆れ顔。
「大変だぁ。早く見つけないと、誰かに盗まれちゃうかも。拾い主が親切な人だったらいいんだけど」
舞羽は愛紗美よりも深刻そうな面持ち。
「ついさっきまではあったの。売店でお茶買ってお金払ってからポケットに仕舞って。すられたのかも」
「きっとその辺に落ちてるよ。あたしが探してあげる」
愛紗美を責めることもなく、心配そうに接してくれた。
「ありがとう、ごめんね舞羽、迷惑かけちゃって」
愛紗美は申し訳なさそうに礼を言う。その時、
「愛紗美お姉さん、一五メートルくらい後方に落ちていましたよ」
里緒が拾って知らせてくれた。
「ありがとう里緒。頼りになるわ」
愛紗美は深々とお辞儀してから受け取る。
「愛紗美お姉ちゃん、見つかってよかったね。里緒お姉ちゃんも、いいところ見せたね」
舞羽はにっこり微笑む。
「愛紗美お姉さん、財布はいくら取り出し易くても、ポケットにそのまま突っ込むのではなく、鞄に入れて置きましょう。ガイドブックにも注意書きされてありました通り、スリの心配もありますから」
里緒は心配そうに注意した。
「分かったわ。今から気をつける。地球は治安悪いもんね」
愛紗美はてへっと笑って少し反省。
ともあれ一件落着。
けれどもその後すぐに困った事が。
「これ、どうすればいいのかしら?」
「わたしも分からないです。昨日、有馬温泉から帰る時、遥子さんに教えてもらっていればよかったですね」
切符の買い方で悩んでしまった。愛紗美は券売機の前で立ち止まってしまう。
「愛紗美お姉ちゃん、あたしに任せて」
舞羽は愛紗美から千円札を一枚受け取って、テキパキと操作をし始める。
特に問題なく目的地までの子ども一枚、大人二枚計三枚の片道切符と釣り銭が出て来た。
「舞羽、未知の機械なのに難なく使いこなせて凄いです」
「たいしたことないよ里緒お姉ちゃん、日本の電車の切符の買い方、社会科の授業でこの間習ったばっかりだもん」
舞羽は照れくさそうに言う。
「今は小学校でそんなのも習うのですか?」
「ユニバーサル化がますます進んでるのね」
やや驚く里緒と愛紗美。
こうして三姉妹は計画通り、当駅九時二五分頃発の姫路行き新快速電車に乗り込むことが出来た。
※
平祐達の通う高校。
九時三五分、二時限目担任の衣笠先生による古文の授業が始まってほどなく、
「それでは、呼ばれたら取りに来てね」
衣笠先生は教卓前からこう伝える。一月ほど前に行われた校内マーク模試の個人成績表がついでに返却されることになったのだ。
次の休み時間が始まると、平祐と大智はいつものように近くに寄り添う。
「大智、本当に第一志望東大って書いたのかよ。無謀過ぎだろ。第二志望以降も難関国立大だし」
「オレ、父ちゃんと母ちゃんから力士になって横綱を目指さんのやったら受験界の横綱、東大を目指せって言われてるし」
にっこり笑顔で伝えた大智に、
「ダイちゃん、ワタシより成績酷いのによくやるねぇ。身の程知らずじょ」
鈴恵は呆れ顔で言う。
「父ちゃんと母ちゃんは、大智なら絶対受かるって期待してくれてるぜ」
大智は第一志望から第五志望まで書く欄に、第一志望東大理科Ⅰ類、第二志望京都大工学部、第三志望阪大工学部、第四志望神戸大工学部、第五志望神戸大理学部と書き、全て見事にE判定を取ってしまっていた。
「親ばかだな。まあ東大も相撲界入って横綱になるよりはずっと簡単なことだろうけど」
平祐も呆れ顔だ。
「ダイちゃん、名前は大きな智恵で賢そうじゃけどね。ハルコちゃんは神大B判定か。さすがじゃ。阪大京大も狙えそうじゃね」
「私、そこは受ける気は全くないよ。絶対受かりそうにないもん」
「ほうか。ハルコちゃんらしく安全思考じゃね。ヘイスケくんもこの模試、第一志望ワタシと同じで兵庫県立大の工学部にしてたじゃろ? 判定どうじゃった?」
「B判定だった。もうあと二点高かったらA判定になるところだったけど」
「めっちゃいいじゃん。もっと嬉しそうにしなよ。ワタシなんてEに近いD判定なんじょ」
鈴恵は恥ずかしげも無く堂々と言い張る。
「なあ平祐殿、オレらの高校のホームページに書いてること、絶対詐欺だよな? 何がハイレベルなカリキュラムで東大・京大をはじめとした難関国公立大に合格出来る学力が身につきますだ。全然身につかないではないかぁ」
大智は平祐に向かってこんな不満をぶつぶつ呟く。
「いや、べつに、皆が身につくわけじゃ……俺もたいして身についてないし」
平祐は迷惑そうに意見した。
「ダイちゃん、それは毎日授業の予習復習、宿題をしっかりこなして、真面目に自学自習に励んだ場合じゃろ。ただ授業に出席しただけで身につくなんていうのは、甘ぁい考えなんじょ。東大・京大への進学は、日々コツコツ勉強を頑張った子だけが叶うんよ。ワタシが言うのもなんじゃけど」
さらに鈴恵に苦笑顔で言われた。
「しかしながら、実際に東大・京大に現役で合格出来るやつ、理系特進クラスからでも毎年十人に一人くらいではないかぁ。比率少な過ぎるよな?」
「偏差値五〇くらいのごく普通レベルの高校からじゃと、一学年三百人程度として、東大京大に現役で合格出来る子は年に一人出るかどうかくらいなんじょ。それと比べればずいぶん高いじゃろ」
尚も不満を呟く大智に、鈴恵はこう意見する。
「まあ、そりゃぁそうだが……」
大智はまだ腑に落ちない様子だった。
「大ちゃんも今からでも一生懸命勉強頑張れば、きっと東大京大へ行けるよ」
遥子はほんわかとした表情で励ましてくれた。
「大智は、遥子ちゃんのような継続力も向上心も無いから、何年掛けたって絶対無理だと思う」
すかさず、平祐は素の表情でさらりと言った。
「はっきり言うなよ平祐殿、否定は全く出来ないが」
大智は苦笑する。
「平祐くん、そんなネガティブなこと言っちゃ大ちゃんがかわいそうだよ。ところで明日の奈良への遠足だけど、平祐くんと大ちゃん、一緒に回るんでしょう? 私達と一緒に回らない?」
「やめとくよ」
「オレもけっこう」
「あーん、残念。私達はどこを回ろうかな? 奈良国立博物館は行きたいよ」
「ワタシもー。リニューアルしてからはまだ行ってないけん」
「ならまちや平城宮跡も時間があれば散策したいよね」
「奈良公園はかなり広いけん、そこまで回るんはちょっと厳しいと思うじょ」
遥子と鈴恵がそんな打ち合わせをしていた頃、あの三姉妹は、
「お天気良いから、六甲山系もくっきりと見えるわね。平祐ちゃんちも見えたりして」
「明石海峡大橋の眺めも素晴らしいですね。あっ、ちょうど今、山陽電鉄とJRとの並走をしていますよ」
「JRの方が速いね。お船も見えるよ。名産の明石鯛を獲ってるのかな? この間、社会科の授業で明石海峡大橋は、本州側は何市に架かっているでしょうって先生から質問されたよ。あたし、ちゃんと神戸市って答えれたよ」
「おめでとう舞羽。明石海峡大橋の所在地って、東京って冠されてるのに千葉県浦安市なあの夢のテーマパークみたいに紛らわしいわね」
神戸の西隣の街、明石を楽しく観光中。日本標準時、東経一三五度の子午線が館内を通る天文科学館の展望室から景色を眺めていた。
続いて訪れた展示室。
「キビノヌ星は、やっぱり無いことにされてるね」
「地球人には永久に発見出来ないでしょ」
「わたしは、近年の地球の科学技術の驚異的な発展を見る限り、近い将来発見されてしまう可能性も無きにしも非ずだと思いますよ」
天文ギャラリー太陽系に関するコーナーにて、三姉妹は楽しそうにおしゃべりし合う。
このあと三姉妹は、プラネタリウムを眺めてから天文科学館をあとにし、二〇分近く歩いて魚の棚商店街へ。
「平日の昼間なのに、けっこう賑わってるわね。魚の棚は、服や体が魚臭くなっちゃいそうだから、わたくし正直あまり寄りたくなかったな」
「愛紗美お姉さん、魚の棚で働く人々や、魚の棚を訪れたことがある日本で人気の魚類学者兼タレント、さ○なクンさんに叱られますよ。しかもそのお方、明石たこ大使らしいです」
愚痴を呟きながら通りを歩く愛紗美に、里緒は優しく注意。
「さ○なクンって、ド○えもんの映画にも出てたよね。あーっ、生きてるタコさんがいるぅ! ガイドブックの紹介通りだね。こんにちはっ」
舞羽はとある商店の前に駆け寄り、中腰になって唇も尖らせ楽しそうに眺める。
「舞羽、そんなに間近で見ると墨を吐かれるかもしれないですよ」
里緒は笑顔で警告しておいた。
「生きてる茹でる前のタコって、エイリアンみたいで正直気持ち悪くない?」
愛紗美は苦笑いしながら問う。
「わたしも、そう思います。生きた蛸に触るのは無理です」
里緒は肯定派のようだ。
「あたしはかわいいと思うよ」
舞羽が引き続き、うねるタコをじーっと眺めていると、
「お譲ちゃん達、いかが?」
店主のおばさんから声をかけられた。
「舞羽、愛紗美お姉さん、どうしますか?」
意見を訊いてみる里緒。
「欲しい、欲しい!」
舞羽はねだったが、
「荷物になるので、今回は止めておきましょう。すいません。また次の機会に」
愛紗美は店主のおばさんに申し訳無さそうに買う意志がないことを伝えた。
こんな不気味なもの、買うわけないでしょ。
これが愛紗美の店主のおばさんに言ってやりたかった本音である。
「ばいばい、タコさん。他の人に美味しく調理されてね」
舞羽は手を振り、名残惜しそうに別れを告げた。
三姉妹は商店街をさらに奥へと歩き進んでいく。
「きゃっ!」
愛紗美は突然跳ねた魚に驚いた。さらにその拍子に、すてんっと転げてタイル敷きの床に尻餅を付いてしまった。
「愛紗美お姉ちゃん、豪快だね」
舞羽はくすくす笑う。
「恥ずかしい」
愛紗美はすぐに立ち上がって何事も無かったように歩き進んでいく。お尻はぐっちょり濡れてしまったが気にせずに。
「愛紗美お姉さん、ただでさえ背が高いのにハイヒールなんか履くからですよ。そろそろお昼ごはんを食べましょう。明石に来たからには、やはり明石焼きを食べないとですね」
里緒は兵庫県のガイドブック明石の案内ページを見ながら提案した。
そんなわけで三姉妹は魚の棚にある明石焼きの専門店で昼食を取り、明石の街を後にしたのであった。
※
平祐達が通う学校、この日の帰りのSHR終了、解散後。
「再試験、嫌じゃぁー。だるいじょ」
座席で頬杖をついてため息をついた鈴恵に、
「鈴恵ちゃん、頑張れ。きっと上手くいくよ」
遥子は優しくエールを送ってあげ、一年一組の教室をあとにした。
掃除のあと、教室を見渡すと鈴恵の他にも、七人はいた。うち六人が男子だ。
大智もいた。余裕の構えか、ラノベを読みながら待機していた。
「一緒に頑張ろうね」
一つ前の席に座る、鈴恵以外の唯一の女子が優しく声をかけてくれる。
「うん、今回は他に女の子がいてくれて嬉しいじょ」
鈴恵はちょっぴりやる気アップ。
教室の時計の針が午後四時ちょうどを指してほどなく、
「グッイーブニン、それでは、再試験を始めますでー」
蛭田先生はいつものようにアロハシャツ袴姿足袋+下駄履きで、カッポカッポと足音を立てて颯爽と現れ教室に入り込んで来た。休まず再試験用の問題用紙と解答用紙を八人のクラスメート達に配布していく。
「それじゃ、始めてくれ。カンニングするならわしにばれんようにな」
この合図で、試験開始。
(おう、本試験と問題ほとんど一緒じゃ。手抜きしたんじゃろうけどラッキー)
問題を最後までザッと見渡してみて、鈴恵は思わず微笑んだ。確実に分かる問題から順に解いていく。
それから約四五分後、
「おーい、すずえすずえ、おはようさん!」
蛭田先生は鈴恵の頭の上に、何かをちょこんと乗っけた。
「うわっ、びっくりした」
鈴恵はすぐさまビクリと反応し目を覚ます。慌てて床に払い落とした。
「ハッハッハ、お目覚めじゃな」
蛭田先生は大きく笑う。
「もう蛭田ぁ、何するんよぅ? 坊っちゃんに影響受け過ぎじゃ」
鈴恵は迷惑そうに言い放つ。
イナゴだったのだ。
「佃煮にするとナイステイストなんやけどな。そんなことより、テスト終了や。あと集めてないん、すずえすずえだけやで」
蛭田先生はさらりと告げる。
「え!? もう終わりなん? ワタシまだ、ほとんど埋めてないんよーっ」
「自業自得や。集めますでー」
「あーん。不可抗力なのにぃーっ。蛭田、ちょっと待って。せめてあと二、三分」
鈴恵はかなり焦っている。
「それはあかん。わしはせっかちやさかい。そんじゃわし、野球部と天文部の見回りに行って来るわー。ほな、おおきに」
けれども蛭田先生はおかまいなしに鈴恵の答案をパッとすばやく奪い取り、教室から走り去っていった。
(蛭田のアホゥー。まあ、ワタシも悪いんじゃけど)
鈴恵は若干罪悪感に駆られながら教室を出て、廊下を歩き進んでいく。
「鈴恵ちゃん、再試験お疲れ様。出来はどうだった?」
遥子と平祐は下駄箱前で待ってくれていた。
「最悪じゃー。途中で寝てしまったじょ。マウちゃんに面目立たんじょ」
鈴恵はげんなりとした表情で伝える。
「まあまあ、気を落とさずに、結果を待とう」
「鈴江さん、そんな状況に陥った時って、意外と良い点取れてるものだから」
遥子と平祐は優しく慰めてあげたが、
「絶対再々試験になっちゃうよぅ」
鈴恵の気分はさほど晴れず。
このあと三人は校内裏庭へ。今日は畑に植えられてあるさつまいもを収穫する。品種は鳴門金時だ。六月半ばに鈴恵の母の実家、徳島から送られて来た苗を植えていたのだ。
「おイモさん、おイモさん。私、この日をずっと待ってたよ」
一番喜んでいるのは遥子だった。中腰姿勢になってさつまいもの葉っぱを眺める。
三人は防護ネットを取り外した後、スコップ片手にイモ掘り作業を始めた。
「思ったより引き抜き易いな。昨日昼まで雨降ってたからかな?」
「きっとそうだね」
平祐と遥子がそんな会話をしながら土を掘っていた時、
「ハルコちゃん、ヘイスケくん、これ、抜けないんよ。かなり大物みたいじゃ」
鈴恵は葉っぱと茎の部分を持って、懸命に引っ張り続けていた。
「鈴恵ちゃん、私に任せて!」
交代して、遥子が挑戦するも、
「……あっ、あれ? 全く動かせないよぅ」
全く歯が立たず。
「俺も手伝うよ」
平祐も協力してくれることに。
「三人で一緒に引っ張ろう。平祐くん、私の背中掴んで」
遥子は提案する。
そんなわけで平祐は遥子の腰の辺りをつかみ、遥子は鈴恵の腰の辺りをつかみ、鈴恵は本体を引っ張った。こうして三人で力を合わせ、ようやく引き抜くことが出来たのだ。
平祐は勢い余って地面にドシンッと尻餅をつく。
「いたたた、あの、遥子ちゃん、早く、退いて、欲しいな」
彼のおへその辺りに、遥子のおしりがどっかり。ズボンが少しずれて、花柄のショーツも見えてしまっていた。
「ごめんね、平祐くん」
遥子は慌てて立ち上がり、ズボンを引っ張り上げる。その後、平祐の方を向いてぺこんと頭を下げた。
「ロシア民話『大きなかぶ』のさつまいもバージョンじゃね。こんなのがとれて、めっちゃ嬉しいじょ。ワタシの気分もすっかり晴れたよ」
鈴恵はにっこり微笑む。そのさつまいもは、十本以上は絡み合っていた。
「大きなかぶ、小学校の時、劇でやったよね。私はねずみさんの役だった」
「ワタシはお婆さん役やったんよ。懐かしいじょ。さてと、おイモ掘りのあとは、これをやらなきゃね。事前に衣笠に許可は取ったよ」
鈴恵はそう伝えて、通学鞄の中からチャッカマンとアルミホイルを取り出した。
「さすが鈴恵ちゃん、準備がいいね。焼きイモ、焼きイモーッ」
遥子は満面の笑みを浮かべて喜ぶ。
そんな時、
「あっ、また出たよ。俺達が収穫するのを狙ってたかのように」
平祐は注意を促す。
三人のいる十数メートル先に、一頭のイノシシが現れたのだ。
「ごめんね、イノシシちゃん、条例があるけん一本もあげれんのじょ。山へ帰ってドングリでも食べてね」
鈴恵はそう伝えるとイノシシのいる方へ歩み寄り、砂を足で蹴ってイノシシに引っ掛ける。
するとイノシシはくるっと一八〇度体の向きを変え、三人にお尻と尻尾を見せる形で大人しく山の方へ向かっていった。
「イノシシさん、かわいそうだけど、あげたら条例違反になっちゃうもんね」
遥子は憐憫の眼差しで見送る。
三人は落ち葉や枯れ枝を集め、おイモを三本、アルミホイルに包んでその中に埋めて、火をつけた。
しばらくのち、おイモの香ばしい香りが漂ってき出した頃、
「ぃよう、おまえさんら。いいもん作ってるな」
蛭田先生がどこからともなくひょこっと現れた。
「げっ、最悪じゃ。一つもやらんよ。帰った、帰った。しっし」
鈴恵は迷惑そうな表情を浮かべる。
「ハッハッハ。わし、焼きイモなんか子どもの頃から飽きるほど食うてるから取らへんって。おまえさんら焚き火始めよったさかい、面白いもんお見せしてあげようと思うてな。あのことわざや」
「あああーっ、蛭田先生、それは絶対やめてぇぇぇーっ! 危険です。心臓に悪いです」
遥子は大声で叫んで懇願した。
「安福よ、よう勘付いたな。大当たり! さすがやな。わし、今から『火中の栗を拾う』をビジュアルでお見せ致します。ことわざっちゅうんもやはりビジュアルで体験するんが一番脳内にインプットされやすいからな。百聞は一見にしかず、Seeing is believing.や」
そうどや顔で得意げにおっしゃり蛭田先生は、右手に持っていた竹籠の中から栗を一粒取り出した。
「これは命より大事な栗、高級丹波栗『銀寄』やっ!」
「ダメダメダメェェェーッ!」
遥子は目にも留まらぬ速さでそれをパッと奪い取り、遠くへ投げ捨てた。
「おう、きれいな放物線運動や。今年度一年一組の小町、安福よ。斜方投射で一番飛距離を出せる仰角45度に限りなく近かったからな。それより残念やったな、まだまだいっぱいあるから」
蛭田先生がにやけ顔でそう伝えると、
「えぇぇーっ!」
遥子はさらに慌てふためく。
「蛭田、やめて下さい」
鈴恵も止めに入った。しかし蛭田先生は学習した。
「おまえさんらに届くかな?」
今度は手を上に伸ばし籠を高く掲げ、二人に届かないようにしたのだ。
「俺なら届きそうだ」
身長一六八センチの平祐も助けに加わろうとした。
その時――。
「アホ蛭、こんな所で油売ってたんですか!」
と、一人の女生徒の叫び声が聞こえた。
「あっ……見つかってしまった」
その瞬間、蛭田先生の動きがピタッと止まる。
「園芸部員の皆さま、アホ蛭が多大なご迷惑をおかけしたみたいで、本当に申し訳ございません。すぐに片付けますので」
この隙に、その子は蛭田先生の後首襟をぐいっと掴んだ。
「オーマイゴッド、あともう少しやったのにぃーっ」
こうして彼はずるずる引き摺られ、連れ戻されていったのであった。
「どなたか知りませんが、ありがとうございました」
遥子は深々と頭を下げ、お礼を言っておいた。
「おそらくは天文部の子じゃろう。これで邪魔者は消えたね」
鈴恵は近くの用具置き場にあったトングを使っておイモを全て掴み、アルミホイルを除けた。一人一本ずつ手に取る。
「美味しいーっ。太っちゃいそう」
「甘くて最高じゃ。さすがは鳴門金時じゃね」
一口齧った瞬間、遥子と鈴恵に満面の笑みが浮かぶ。
「店で買ったやつよりも美味しく感じる」
平祐も満足げだ。
きちんと火の後始末をして、本日の部活動は終了。すでに午後六時を過ぎ、辺りは真っ暗になっていた。収穫したおイモの残りはスーパーの袋に詰めて、お土産としておウチへ持ち帰ることに。
途中で鈴恵と別れ、平祐と遥子、二人で一緒にしばらく歩いていると、
「やっほー。帰る時間、たまたま一緒になったね」
由貴と出会った。こうして残りの道は、三人一緒に帰っていく。
午後六時半頃に平祐と由貴が帰宅し茶の間に向かうと、
「おかえりーっ、平祐お兄ちゃん、由貴お姉ちゃん、帰りに一緒になったんだね。明石の天文科学館、すっごく楽しかったよーっ。シ○センジャー、格好いいよね。主題歌CDも買ってもらったよ」
舞羽が駆け寄って来て嬉しそうに報告してくる。
「天文科学館か、懐かしい。平祐、中で迷子になって泣いとったね」
由貴はくすりと微笑む。
「姉ちゃん、思い出させるなよ。幼稚園から小学校の頃、家族でよく行ったよな。遥子ちゃんや鈴江さん、大智もたまに誘って」
「プラネタリウムも鑑賞出来て、楽しかったです」
「けっこう見所満載だったわ」
里緒と愛紗美も満足げな様子だった。
「あとね、スマシーにも寄ったよーっ。タッチングプールでエイとかいっぱい触ったんだ」
「うちは、宇宙人みたいで怖くて触れなかったわ」
「あの大水槽、生で見られて大満足です。イルカショーも最高でしたよ。ピラニアさんの餌付けはちょっと怖かったですが」
三姉妹は加えて伝える。
「そっか。今日は楽しい思い出がいっぱい作れたみたいだね」
「スマシーといえば昔、リニューアル前の時に平祐にナマコを背中に入れられたトラウマが」
由貴は思い出し、やや顔をしかめた。
「姉ちゃん、泣きじゃくってたな。懐かしい」
平祐は思い出し笑いしてしまう。
「それにしても、あんた達、イルカやペンギンやウミガメのぬいぐるみとか、いろんなお菓子とかその他グッズ、いっぱい買ったのね」
由貴は、茶の間に置かれていたそれらを眺め、眉をくいっと曲げる。
「申し訳ございません。今日は土産物類を買うだけで二万円近くも使ってしまいました」
「ついつい買い過ぎちゃったの。ごめんね」
「あたし達の住んでる所じゃ、手に入らないレアな物ばかりだったもんね」
三姉妹は決まり悪そうに伝える。
「あんた達、立場分かってるの?」
由貴はため息をついた。
「まあまあ由貴、せっかく観光に来たんだから、思う存分楽しんだっていいじゃない」
「お母さんがお金渡し過ぎるから、この子達、こんなに無駄遣いしたんよ」
「由貴も人のこと言えないでしょ。お部屋見るたびにいろんなグッズがどんどん増えてきてるし」
母に笑顔で突っ込まれると、
「そっ、それは……」
由貴は反論出来なかった。
「姉ちゃんも部屋飾りの雑貨とかマンガとか、けっこう無駄遣いしてるよな。みんな、今日はさつまいも収穫して来たから、庭で焼いもパーティしよう」
平祐がさつまいもの詰められた袋を通学鞄から取り出してかざすと、
「わぁー、おイモさんだぁ!」
「お土産ありがとうございます、平祐さん」
「平祐ちゃん、気が利くわね」
三姉妹はとても喜んでくれた。
このあと、葛山宅裏庭にて焼いもパーティを行うことに。
三姉妹が落ち葉や枯れ枝を集め、母が火をつけてくれた。
「平祐、こんなにいっぱい収穫しちゃって。うち、太っちゃうじゃない」
「姉ちゃん、そう言いつつめっちゃ食ってるじゃないか」
「落ち葉で焼きイモ、日本の秋の風物詩ですね」
「し○かちゃんの大好物だね。このさつまいもさん、甘くてすごく美味しい」
「やっぱり焼き立ては最高ね。こういうイベントが楽しめるとは思わなかったわ」
由貴も三姉妹も大いに満足出来たようだ。
そのあとは応接間にて、昨日と同じ座席配置で夕食会。
今夜は寄せ鍋だった。
「もーらった」
「こら舞羽、この肉団子、わたくしが最初に目に付けたのよ」
昨日と同じように舞羽と愛紗美、争奪バトル。
「もう、お行儀良く食べなさい! お汁が跳ねて火傷するわよ」
由貴は不機嫌そうに注意する。
夕食後。平祐は、この家では二日振りの入浴。
広々とした湯船に浸かってゆったりくつろいでいたところへ、
「平祐お兄ちゃん、一緒に入ろう」
「平祐さん、ご一緒しますね」
「お邪魔するわね、平祐ちゃん」
三姉妹がいきなり入り込んで来た。舞羽はすっぽんぽん姿で。
「うわっ!」
里緒と愛紗美は肩から膝の辺りまでバスタオルを巻いていたものの、平祐は当然のように慌てる。
「平祐ちゃん、わたくしと里緒は、ちゃんと気を遣ってクレープみたいにタオル巻いてるんだから、そんなに慌てなくてもいいじゃない。それに、家族同士は男女の区別なく一緒に入浴するのが普通でしょ? 有馬温泉だって家族連れ用のお風呂たくさんあるし。わたくし達も葛山家の一員だから」
「いつから俺の家族になったんだよ?」
平祐は呆れ返る。
「昨日からよ。なにより平祐ちゃん一人で入るには広過ぎるでしょう?」
愛紗美はにこにこ顔で問いかける。
「それは、そうだけど、いつも俺一人で入ってるし」
平祐が困っていたところ、
「ちょっと、ちょっと、あんた達、平祐に何しようとしてるのよ」
由貴も入り込んで来た。彼女は舞羽と同じくすっぽんぽんだった。
「裸のお付き合いよ」
愛紗美はすかさず答えた。
「裸のお付き合いよ、じゃないわよっ!」
由貴は怒りに満ちた表情で愛紗美のおっぱいを両手で押し、壁際まで追い詰める。
「あっ、あのう、由貴ちゃん、どうして、そんなに、怒っていらっしゃるのかしら?」
愛紗美はやや怯えながら、不思議そうに問いかける。
「平祐に不健全なことしようとしたからやっ!」
由貴は険しい表情でこう答えた。
(俺の目の前でも平然と裸になる姉ちゃんの方が、よっぽど不健全だと思うんだけど……)
平祐は壁の方を向いて、心の中でこう思う。
「艶やかな体さらけ出してる由貴ちゃんの方がずっと不健全だと思うわ」
愛紗美も彼と同じような考えだった。由貴の腰の辺りをガシッと掴む。
「マワシなしのお相撲ごっこだぁーっ! のこった、のこった!」
舞羽は嬉しそうに大声で叫ぶ。
「日本の伝統文化、相撲はわたし達の住む街でも子ども達の間で流行っていますよ」
里緒は微笑んだ。
「うちの裸は平祐が赤ん坊の頃から見せ慣れてるのっ! せやから平祐にとっては全然性的なものじゃないねん」
「そうかしら? 平祐ちゃん、とっても気まずそうにしてるわよ。舞羽も行司さんごっこ始めたし、この体勢になったことだし、わたくしと力比べしましょう」
「望むところよ!」
「強気ね。さすが日本人、大和魂。でも由貴ちゃん、わたくしより二〇センチ近くも背がちっちゃいし太ってもないから、わたくしの勝ちは決まりね」
「体が大きいからってうちに勝てるとでも思ったら大間違いやっ。そりゃぁっ!」
由貴は愛紗美の腰を両手で掴むや高々と吊り上げ、ぶんっと放り投げた。
「嘘ぉ! きゃっ!」
愛紗美は湯船にぼっちゃーんと突っ込む。
「由貴お姉ちゃん、力すごーい。愛紗美お姉ちゃんよりずっとちっちゃいのに軽々と投げ飛ばしちゃったぁー。ただいまの決まり手は……吊り落としかなぁ?」
舞羽はにっこり微笑み、パチパチ拍手した。
「……」
平祐の頬がカァーッと赤くなる。
愛紗美の巻いていたバスタオルが解け、すっぽんぽんになった状態をばっちり見てしまったのだ。さらに愛紗美の唇が、平祐の頬に直撃していた。
「ごめんね平祐ちゃん、ファーストキス、奪っちゃった? それとももう遥子ちゃんと」
愛紗美はゆっくりと自分の唇を平祐の頬から放し、にやけ顔で質問する。
「へっ、平祐の唇が、愛紗美ちゃんに!」
由貴は怒りに満ちた表情だ。握りこぶしも作る。
「由貴ちゃんがわたくしを投げ飛ばしたせいでしょ。自業自得よ」
愛紗美はくすっと笑った。
「否定は出来へんけど、こうなったら……んっ」
すると由貴は、大胆な行動をとった。
その瞬間、
「ねっ、姉ちゃん、何てことを……」
平祐の頬はさらに赤くなった。のではなく、逆に瞬く間に蒼ざめた。
由貴は今しがた平祐の唇に、チュッとキスをしたのだ。三秒ほど。
「あらぁ、禁断の恋」
愛紗美はにやける。
「平祐お兄ちゃんと由貴お姉ちゃんの唇と唇とが完全非弾性衝突だぁ!」
舞羽も嬉しそうに笑う。
里緒はこんな状況にも惑わされず、風呂椅子に腰掛け髪の毛を洗っていた。
「これでおあいこや」
由貴は愛紗美を睨みつけながら言い、風呂椅子にどかっと腰掛ける。
「汚なっ」
平祐は湯船に接する水道の蛇口を捻り、唇をすすぎ始めた。
「ちょっと平祐、失礼よ」
由貴はむすっとなる。
そんな時、浴室の扉がガラガラッと開かれた。
「賑やかそうにしてたから、来たよー」
そしてこんなのんびりとした声が――。
「はっ、遥子、ちゃん……」
平祐は咄嗟に目を覆う。
「あらっ、遥ちゃん。いらっしゃい」
「遥子お姉ちゃんだぁーっ、いらっしゃーい!」
「遥子さん、こんばんはです」
「いらっしゃい。わたくし達の騒ぎ声、遥子ちゃんちまで聞こえてたのね」
他の四人は温かく歓迎した。遥子は昔から時たま、葛山宅のお風呂を頂きに来るのだ。
「はい、丸聞こえだったよ。私、ちょうど入ろうとしたら、みんなの声が聞こえて来て、楽しそうだったから」
ちなみに葛山宅の浴室と、安福宅の浴室は低い塀越しに向かい合っていて、双方の窓が開いていれば互いの浴室をなんとか覗けるようにもなっている。
「遥子ちゃん、来るなら俺が入ってることちゃんと確認してから」
平祐は湯船から飛び出し、浴室から逃げて行こうとするが、
「平祐お兄ちゃん、待ってぇー」
舞羽に通せん坊され阻止された。
「……」
まだつるぺたな幼児体型だが、平祐は目にした途端思わず視線を逸らしてしまう。
「大丈夫だよ、私、タオルでしっかり隠してるもん。平祐くんだって前隠してるでしょ。一緒にプールに入ってるようなものだよ」
遥子は平祐の下半身をちらっと見て、にこやかな表情で主張した。
「そういう問題じゃないって」
それでも平祐は居た堪れなく感じ、舞羽の横をさっと通り抜け浴室から出て行った。
「あーん、逃げられちゃったよ」
舞羽は舌をぺろっと出した。
「平祐くん、なんでそんなに恥ずかしがるのかなぁ? んっしょ」
微笑み顔の遥子は風呂椅子にゆっくりと腰掛ける。平祐がいなくなったということで気兼ねすることなくバスタオルを外し、すっぽんぽんになった。シャンプーを出して髪の毛を洗っている最中に、
「遥ちゃん、この子達、淫乱だから気をつけてね」
すぐ隣にいる由貴は真顔で警告する。
「由貴ちゃん、そんな言い方したら失礼だよ。かわいそうだよ」
遥子は髪の毛を擦りながら、困惑顔を浮かべた。
「由貴お姉ちゃん、淫乱ってなぁに? 教えてー」
舞羽が顔を近づけて質問してくる。
「そっ、それはね」
由貴が困っていると、
「舞羽はまだ知る必要のない難しい日本語ですよ」
里緒が慌てて説明。彼女はその単語の意味を既に知っているようだ。
「それにしても、里緒ちゃんはフランス人らしい金髪としてともかく、舞羽ちゃんと愛紗美ちゃんは髪の毛染めてるのかと思いきや、地毛のようね」
由貴はシャンプーを付けても髪の色が落ちないことに、少し不思議がる。
「あたしも愛紗美お姉ちゃんも里緒お姉ちゃんも、赤ちゃんの頃から髪の毛この色だよ」
「染めてるかと思ってたのか。まあ、地……日本人にはそう思われても仕方ないわね」
「わたし達の住むキ……町の人々は、髪の色のバリエーションがその他地域に住む人々以上に豊富なんです。ちなみにわたし達姉妹のお母さんの髪の色はピンクですよ」
里緒からされた説明に、
「そうなんだ。アニメキャラみたいな髪の色の民族って、実在するのね」
由貴はハッとさせられていた。
「遥子お姉ちゃん、一緒に遊ぼう」
舞羽が水鉄砲を差し出して誘って来る。
「もちろんいいよ」
遥子は受け取って、快く誘いに乗ってあげた。
「遥子お姉ちゃん、覚悟ぉーっ」
「きゃあっ、やられたー。舞羽ちゃん強い。私も負けないよ」
「あーん、遥子お姉ちゃん、わきの下はくすぐったいよぅ」
楽しそうに一緒に撃ち合う。
「遥子ちゃん、ご迷惑かけてごめんね。この子、小四のわりには幼くて」
愛紗美は申し訳無さそうにしていた。
「いえいえ。私、ちっちゃい子どもは大好きですから」
遥子はじゅうぶん楽しんでいるようだ。
同じ頃、
「疲れが取れるどころか、くたびれたー」
平祐は自室に入って、椅子にどかっと座り込んだところだった。
とりあえず化学の教科書をぼーっと眺めてしばらく過ごしているうち、
「平祐お兄ちゃん、一緒にテレビゲームしよう」
「平祐ちゃん、美術の宿題の人物デッサンでモデルになって欲しいんだけど、いいかな?」
「平祐さん、トランプで遊びましょう」
三姉妹がノックはしたが許可は取らずにすぐに入り込んで来る。
「勘弁して。俺、明日の朝、早いし」
「部活の早朝練習ですか?」
里緒はきょとーんとした表情で尋ねる。
「いや、遠足。奈良へ」
平祐は疲れ切った様子で答えた。
「奈良かぁ。あたし達も平城遷都一三〇〇年祭の時に家族で行ったよ」
「東大寺の大仏様は壮観でしたね。せ○とくんはちょっと不気味でしたが。皆さん、平祐さんが明日ばてないように、早めに寝かせてあげましょう」
「はーい。平祐お兄ちゃん、おやすみー」
「平祐ちゃん、遠足前夜だからってあんまり興奮し過ぎないようにね。おやすみ♪」
三姉妹は速やかにお部屋から出て行ってくれた。
それからさらに数分のち、
「姉ちゃん、今夜も俺の部屋で寝るつもりなのかよ」
「うん、まだ安心出来んねんもん」
由貴が昨日と同じく平祐の自室に布団一式を運んで来た。
「俺はもう寝るから。明日の朝早いし」
平祐はそう伝えて椅子から離れ、布団に潜る。
「そういえば、遠足だったわね。うちがお弁当作ってあげよっか?」
「いらないって。食堂で食うし」
「あーん、頼りにして欲しいのに。それじゃ、おやすみ。うちはもうしばらくしてから寝るから」
由貴はこう伝えて自室へと戻っていく。
夜十一時半頃。
「こんばんはー、由貴ちゃん」
由貴の自室に、愛紗美が入り込んで来た。
「何よ? うち今原稿作業で忙しいねん」
「ちょっと、頼み事が……あの、人物デッサンのモデルになって。美術の宿題になってて」
「嫌っ! 恥ずかしいことさせないで」
由貴は愛紗美からぷいっと顔を背け、原稿作業に戻る。
「由貴ちゃん、ヌードデッサンかと思ったでしょ?」
そんな仕草を見て愛紗美はくすっと笑った。
「……そっ、そんなことは、ないわよっ!」
「もう、照れなくっても。丸分かり♪」
「とにかく、あなたの描く絵のモデルになんかにはならんからねっ!」
「あーん、残念。それじゃ、代わりに、わたくしを膝枕して」
「なんでよ?」
由貴は眉をくいっと顰める。
「わたくし、長女ゆえに里緒と舞羽の面倒見てばっかりで。甘えさせてくれるお姉ちゃんが欲しかったの。ほんの数秒だけでいいので」
愛紗美にきらきらとした瞳で見つめられると、
「……しょうがないなぁ」
由貴は十秒ほど悩んだのち、嫌々ながらも引き受けてあげた。
「ありがとう、由貴ちゃん、おやすみなさい」
愛紗美は由貴のお膝にぽすっとお顔をうずめる。
「こらこら、寝たらあかんよ」
由貴は不愉快そうな表情を浮かべながらGペンの先端で愛紗美の後頭部をこちんっと叩く。
「あいてっ。ごめんなさい。あまりに気持ち良くって。それにしても由貴ちゃん、ちっちゃいのにとっても強いわね。わたくしがあんなに軽々と投げ飛ばされちゃうなんて。ひょっとして、柔道やってました?」
愛紗美がくいっとお顔を上げて質問すると、
「うん、中学まで、部活で。高校でも授業でやったんよ」
由貴は照れくさそうに打ち明けた。
「そっか。由貴ちゃんが強いはずだ。そういえば、鈴恵ちゃんって子にもわたくしあっさり投げ飛ばされちゃったんだけど、ひょっとして」
「あの子は小学校時代まで、柔道じゃなくて相撲を習ってたんよ。この地域の小学生相撲大会で男の子に交じって準優勝の経験あるし、かなり強かったわよ」
「そうなんだ。どうりで。由貴ちゃん弟の平祐ちゃんとすごく仲良さそうね。由貴ちゃんがわたくし達に敵意を持ってるのは、平祐ちゃんを素性の知れないわたくし達から守ってあげたいって思う気持ちが強いからなんでしょ?」
愛紗美にしつこく問い詰められると、
「そりゃぁ、うちのかわいい弟なんやもん」
由貴はさらに照れてしまう。
「そっか。わたくしも里緒や舞羽を守ってあげたいって思う気持ちは強いから、由貴ちゃんの気持ちは良く分かるわ。それじゃ、由貴ちゃん、おやすみ♪」
愛紗美は由貴の体から離れると就寝前の挨拶をして、割り当てられたお部屋へと戻っていった。
(不覚にも、あの愛紗美ちゃんって子に添い寝したいなと思っちゃったわ。ってインクが原稿にこぼれとう。完成しかけの一ページ台無しやー。やっぱりあの子は許せへんわ、平祐にキスしたし、いや、あれはうちのせいやぁー)
由貴はどこに怒りをぶつけていいのやら分からない心境に陥ってしまった。頭を抱え、机に突っ伏してしまう。