ホワイトブロス作戦2
昇降式のエレベーター車室が、静かに降下を終える。
車内に薄い沈黙が流れる中、FLOWAは手を伸ばし、
変装用のフェイスマスクを外した。
薄い素材が頬から剥がれ、
人工的に整えられた顔が消える。
そこに現れたのは──本来のFLOWAの横顔。
「……ふぅ」
短く、ひとつだけ息を吐いた。
シャフトが静止し、ドアが開く。
FLOWAはセダンを再始動し、
まるで複製されたような“同じ車が並ぶ列”の中へ、滑らかに移動させた。
指定されたスロットへ、ほとんど音も立てずに駐車。
エンジンを切ると、ハンドルから手を離した瞬間、
またひとつ、表情が静かに消える。
車から降り、無機質なコンクリートの廊下を歩く。
その先には──まるで人を拒絶するような自動ドア。
赤いラインが引かれたその扉は、
人感センサーに反応しない。
“登録されていない存在”には、一切開かないよう設計されている。
扉の手前──
脇に置かれた、目立たない銀色のステンレス製のゴミ箱。
中には、人間の顔を模したマスクが2、3枚──ぐしゃりと捨てられていた。
FLOWAは無言のまま、自身のマスクを手に取り、
それを静かに、同じように重ねて捨てた。
すでに“顔”を脱ぎ捨てた存在が、ここにはいる。
扉脇のスキャナーに顔を向け、
網膜が読み込まれると、青いリングが静かに光る。
続いて、右手をプレートに乗せる。
静脈認証──完了。
数秒の沈黙の後、
冷たい電子音と共にドアが“カチリ”とロックを解除する。
扉が、左右に音もなく開いた。
ドアの正面、両脇に立つ警備担当が目に入った。
UISF製スーツジャケットを着用した2名。
サングラス越しに、MP-7を構えたまま、
静かに、無言でFLOWAを睨んでいた。
腰には、左側にマガジンが2本。
ただ立っているだけなのに、“迎撃準備完了”の空気が伝わる。
FLOWAは無言で、胸元に右手を当て、UISF式の敬礼を一礼。
警備員たちは微動だにせず、ただ静かに視線を外した。
この階では、“帰還”ですら問答無用で警戒される。
それが、UISFのゼロ本部。
エレベーターに乗り込み、たった一つのボタンを押すと動き出す。
無音。振動もない。まるで、建物そのものに飲み込まれていくような感覚だった。
──ここは、サンポート高松。
四国最大規模の高層複合ビル。
ビジネス、観光、行政。すべてが一つに収まる“表向きの中枢”。
だがその地上28階──
「存在しない階」とされる領域には、UISFのゼロ本部が置かれている。
28階の存在は、公式には欠番扱い。
館内案内板にもエレベーター内の階表示にも、その数字はない。
非常階段からも到達できず、壁面はあらかじめコンクリートパネルで封鎖されている。
もし踏破できたとしても、物理的な“最終ロック”が行く手を阻む。
アクセスする手段はただ一つ──
UISF専用の暗号コード認証付きリフトのみ
エレベーターが到着した先、
ひとつの“空気が違う空間”が広がっていた。
そこは、任務を終えた諜報員たちが報告をまとめ、
次の任務が通達されるまでの短い休息を過ごす、UISFゼロ本部・第28階オフィス区画。
足音を吸収するカーペット。
壁には柔らかなグレーのテクスチャ。
窓はなく、だが間接照明とLEDフロアランプが
まるで雨の日の読書室のような静けさを保っている。
端の方では、諜報員が一人──
コーヒーを片手に、情報端末を指でスクロールしながら、
「この気圧、うどんに影響出るなぁ」と、ひとりごとのように呟いていた。
その隣では別の分析官が、
「そう思って天気図調べたんだけど、今日の茹で帯域は安定してたよ」と、笑うように返す。
それはまるで、
“うどんの話をしているだけの雑談”に見えて──
──実際は、全国の出汁流通網に関する解析結果のコード名だった。
FLOWAは、そんな空間を歩きながら、
壁際に並んだスチールラックの一角に設けられた「任務端末ステーション」へと向かう。
そこでは、誰もが静かに座り、
各自の報告をまとめていた。
タイプ音も、椅子の軋みも、
なぜか“気にならない静けさ”がこの空間にはあった。
UISFのゼロ本部は冷たい。だが──
この28階は、静かで、整っていて、どこか落ち着ける空気がある。
FLOWAは、ひとつ空いていたブースに座り、
端末を立ち上げた。
画面に浮かぶ文字列は、すでに標題を表示している。
【機密任務記録】UISF-OP/WH-BR-011
作戦名称:ホワイトブロス作戦
担当諜報員:FLOWA(JP-UDN-2025-α013)
状態:帰還済み / データ解析待機
「……“隠し味”、解析開始」
静かに呟き、指を動かす。
タイプ音が、雨音のように混ざっていく。